アーシュ14歳6の月ディーンにて
「大きい魔石を用意して、冷やしてください!それから水分と、早めの食事の支度をお願いします」
指示を飛ばし、魔石の用意をしている間に、ディーンの医療院の医者と、トーマスさんと共に、本当にこの病だけなのか簡単なチェックをしていく。チェックを終えた病人には、セロやマル、ウィル、そしていかついけどニコやブラン、そして助手の人が、魔石を握らせて、ようすをみていく。拒否反応のある人はまだいない。
『……なんだ、魔石じゃねえか』
え、なに?
『久しぶりだな、魔石見たの』
メリダ語だ!誰だ?あそこの奥の患者さん、助手さんが見てる人だ。
『あの!』
『なんだ、メリダの言葉が聞こえる』
『あなた、メリダの人ですか』
『ああ、なつかしいな、お嬢ちゃん、そうだ、メリダから来たんだ』
だいぶやせているけれど、鍛えた体つきだ。30は越えていないだろう。
『冒険者……剣士?』
『そう、だ』
『じゃあわかるよね、体の熱は魔力熱だよ!小さい頃やらなかった?』
『覚えてねえな……』
『冒険者ならわかるはずだよ、魔力を魔石に移して、ほらゆっくり』
『魔力、そういえばしばらく魔法使ってねえなあ……』
『ほら、風を起こすつもりで、魔力を集めて』
『うっ』
『ゆっくり、ゆっくり』
『フー』
『そこまで!』
だいぶ魔力が移ったはずだ。その男の人は、ぐったりとベッドに横たわった。
『きっついな』
私はおでこに手を当てた。
『でも、だいぶ熱は下がったはず。うん、水は?食べ物は?』
『少し、お願いできるか』
『わかった』
みんなようすを見ている。私は帝国語に変えた。
「水と、食事をお願いします。メリダの人なんだって。剣士」
「なんでこんなとこに」
ニコが言った。
「今は休ませる。後で聞いてみよう」
「だな」
その人は水とスープを少し飲むと、すっと寝てしまった。重症の部屋はいつの間にか、静かな寝息が広がっていた。ディーンの医者はつぶやいた。
「信じられない」
「熱が下がって少し落ち着いただけです。これを1日に何回か行います。そして食欲も出てくると思いますから、スープを多めに用意して、なるべく回数を多く食べさせましょう。軽症者で動き回れる人はいますか」
「何人かは」
「その人たちに、食事の世話を頼めませんか」
「できるとは思うが……」
「この調子だと職員の手が足りなくなりますよ」
「わかった」
私はトーマスさんに声をかけた。
「トーマスさん、次に行ってもいいですか」
「次は中くらいの症状の人だな。今日中に半分は見てやりたいものだが」
こんなふうにして一日目は過ぎたのだった。トーマスさんと助手の人は、医療院に泊まるという。夜中の急変に備えるとのこと。
ありがたい。さすがの私たちもかなり疲れ、その日はぐっすりと寝たのだった。
軽症者と言っても、仕事を継続してやれないくらいに悪いからここに送り込まれている。無理はさせられないが、やはり何かの役に立ちたいのだろう。手伝いの希望者はけっこう出た。また、やはり20人に1人くらいは魔石にうまく熱を移せない。長引きそうだ。
二週間、必死に医療院を回した結果、ディーンに家がある人の中には、家族の元に帰れる人も何人か出るほどになった。逆に噂を聞いて、家で療養していた患者が訪ねてくるようになった。一応の成果は出たと言える。
しかし、ディーンの医療院にも魔石を扱える人が増えてきたとはいえ、今の段階で手を引くのは早すぎる気がした。でも……
「ニコ、ブラン、少しでもダンジョンに行っておく?」
「俺たちは、この先お前らが学校行ってる間、ダンジョン潜りっぱなしだぜ。そんな小さいこと気にすんな」
「うん、ありがとう」
正直、大人の男性の患者さんは、私やマルの言う事を聞かないこともある。そんな時、ニコやブランなら話を聞かせられるのだ。4週間いっぱい、ここでがんばる事にした。
メリダの冒険者は、1週間でベッドから出られるようになり、今は手伝いに動き回っている。魔力過多を理解してからは、魔石を使う必要もなかったくらいだが、「アルバイトだから」と言って魔石の補充をしてもらうようにしている。
彼はカイトさんと言う。3年前のメリダの派遣冒険者だそうだ。1年目の終わりに発症し、帰りそびれ、そこからパーティの残り2人がダンジョンに潜って何とか生計を立てていたそうだ。冒険者カードが1年で失効してしまうと、生活も楽ではない。帝都のダンジョンは稼げないので、ディーンに流れてきたという。病の進行速度も早く、自分がいなければ仲間は楽になるのにと、かなり荒んだ気持ちでいたそうだ。
「俺はさ、剣士だけど魔力は多いほうだった。帝国に来てからは日常で魔力を使う事もなくて、体にどんどんたまっていってたんだな。今ならわかるよ」
もともと冒険者だ。体力はある。一旦起き上がれるようになると、みるみる回復して行った。毎日魔石の大1個は補充できるほどの魔力量だ。魔石大の補充のお金はメリダと同じで2000ギル。3週目には短時間なら剣が振れるまでになった。
3週目の終わりには、とぼとぼと残りの仲間がようすを見にきた。2週間ダンジョンに潜り、ようすを見に来て、またダンジョンに潜りに行く。そんな生活の繰り返しだが、来るたびにまだ元気でいてくれるのか不安だったのだ。ちょうどカイトさんが剣を振っている時やって来た2人は、信じられないとでも言うように目を見開き、カイトさんにおそるおそる近寄り、そして号泣した。
事情を知った元領主のおじいさまが、「呼んでおいて放置したメリダの冒険者」について、私たちからの事情説明と苦情を中央に上げてくれていた。3週目の終わりには、何の申請もなかったために帰ったと思われていたという手抜きの説明と共に、わずかな見舞金と、3人分の冒険者用カード、帰りの船のお金も届いた。これで少なくとも宿と食事は困らないはずだ。3人は本当にほっとしたようだった。
もともと帝国に来るような冒険者だ。それこそ冒険心にあふれていたはずだ。言葉も教えない、カードだけ与えて放置。ノアさんたちが、小さいセロに勧めなかったのも今となってはよくわかる。メリダの冒険者に来てもらうお金で、国内の冒険者を育てればいいのに。
「3人に戻ったら、またたくさん稼げるさ。せっかくだから、第6だけじゃなく、第10ダンジョンまで行ってから帰りてえな」
3人はそう言って笑った。よかった、くじけてなくて。
「しばらくは帝都にいるから、困った時は来てね。どうしようもなくなったら、大使のブルクハルト侯を頼ってね。あとなるべく帝国語は覚えて。あとね、貯金もしてね」
「アーシュは世話焼きだな。ホントにありがとうな」
「メリダの仲間だもの」
旅先で出会う故郷の人は、なぜか慕わしい。4週間の滞在を終えて帰る私たちと、そう挨拶を交わして、彼らはまたダンジョンに行く。当分は浅い階層でリハビリだそうだ。
「この4週間は驚きの連続でした。しばらくはディーンで手一杯でしょうが、そのうち北領全体に行き渡らせたいものです」
ディーンの医者はそう話してくれた。ブルクハルトのトーマスさんも結果が出て満足そうだ。第6、第7ダンジョンまで回ってきたグレッグさんたちと合流し、まったく冒険者をしていないまま7の月に入り、帝都へと戻るのであった。




