アーシュ14歳6の月北領ディーンへ
カレンさんの家、そして北領侯爵の家にお邪魔し、それこそ飽きるほど剣を交じえ、ちょっとだけ魔法を披露し、思いもよらないほど充実した二日間を過ごした。何より、アロイスやテオドール、エーベルに再会することができた。
「小さくなったか?」
などと言っていたが、私はちゃんと5cm伸びました。ただ、そっちが10cm伸びただけだ。マルだって5cmしか伸びていないではないか。マル、頭をなでないで。切ないから。
学業の合間に、帝都近くのダンジョンに潜っていたそうだ。一つだけ、帝都から1時間で行けるダンジョンがあるのだ。そこで気になる話を聞いた。テオドールがこう言っていたのだ。
「俺たちさ、長期休みも遠くへは行けないだろ、せいぜいアロイスについて北領のダンジョンにおじゃまするくらいしかできないんだよ。だから主に週末に行ける王都のダンジョンに行ってるんだけど、ギルドで小さい魔石を買ってくれないんだよ」
じゃあ、冒険者もだけど荷物持ちの子はどうするの、お小遣い稼ぎができないよね?
「荷物持ちの制度はないんだよ」
そうだった。いきなり冒険者か……
「だからけんかっぱやい持て余しものや、何かの理由で軍を辞めたものが冒険者に多いんだ」
「それでも、ブルクハルトの2つのダンジョンはそこまで荒んではいなかったけどな」
セロが言った。
「そうなのか。確かにディーンのダンジョンもそうでもないかもな。しかし帝都はな……」
「そんな中よくダンジョンに潜ってたな」
「メリダで鍛えたからな。ダンジョンそのもので苦労はしなかったし、実力を見せればそうそう絡まれもしない。だけど気を付けるのがダンジョン出た後の背中ってのは、きついものがある」
「そんなにか……どうするかな」
「セロのとこは、よくよく気をつけろ。見た目からは実力がわからないからな。ほんとは行かせたくないくらいなんだが、無理だろ。学校に入ってからは、俺たちも週末つきあうから、なるべく人数を多くしよう。足でまといかもしれないがな」
テオドールは苦笑した。私は聞いてみた。
「ブルクハルトのダンジョンではね、浅い階層に潜る冒険者が多かったの。つまり小さい魔石で稼いでたってこと。帝都の冒険者はやって行けてるの?それから、魔物の発生状況は?」
「アロイス、そこら辺はお前の方がちゃんとみてるだろ」
「そうだな、アーシュ、力のない冒険者は振り落とされてるし、無理するからケガも多いように思う。それからいつ行っても魔物は多い気はするんだ。けどな、前を知らないから、比較できないんだよ。それが元々の帝都のダンジョンのあり方なのかどうか」
「それはそうだよね、うーん。とりあえずこれは、グレッグさんとテッドさんには言っておくね」
「そうしてくれ」
学校については、子どもっぽいテオドールが、子どもっぽいヤツらが多くてと嘆いていておかしかった。
学校は7月からお休みだと言う。
「ディーンまでの往復を考えると、帝都で待っていた方がいいからな、ダンジョン潜って待ってるからな」
「楽しみだね!」
と言って再会を約束した。
1日も休まず、次の日には帝都を出発した。どうせまた来るのだ。帝都から北領ディーンまでは、馬車で1週間、まっすぐ北上する。東側にはダンジョンのある山脈があり、西側には、騎馬民族の国であるキリクとの境界である山脈が遠くに見える。夏だというのに、山の上は白い。
「あの山脈は、標高が高いだけでなく、幅も広い。ルートがあれば、帝国から最短で1週間あれば通り抜けられるだろうが、実際にはそんなルートはないんだ。厳しい山だ。だからこそ、帝国にも攻め入られなかったということでもあるがな」
マッケニーさんが説明してくれた。魔石の手配をしなければと言って付いてきたのだ。もちろん、馬車も出してくれているので文句はない。初夏の風を受けながら、馬車は北へ向かう。グレッグさんとテッドさんに、帝都のダンジョンの話をすると、2人は難しい顔をした。
「ギルドはな、どんな小さな石も買い取ることになってるんだよ」
「メリダではそうでしたよね。ラットやスライムはいい小遣いかぜぎだったし。というか、最初の頃はそれでセロとウィルにパンを買ってもらってたよね」
「そんなことがあったのか」
テッドさんが切なそうに言った。
「ラット1匹で、黒パン1個。バカにならないんですよ」
「半分は貯金させられたから、実質2匹ぶんだな」
私が言ったことにウィルが余計なつけ足しをした。テッドさんは吹き出した。
「させられたって、フッ、最初から尻に敷かれてたのか、お前ら」
「敷かれてたなー」
グレッグさんも遠い目をした。失礼な!貯金は大事です。
「ゴホン、つまりな、ラットや小さいスライムはギルドにとっては赤字なんだよ。小魔石でトントンかな。中魔石以上でしっかり利益が出るからまったく問題はないがな」
「そうですよね、でもダンジョンから出たものは必ず買い取ることになっている、当たり前に思っていましたが、買い取らないとなると……」
「帝都、思ったよりやっかいかもしれんな」
そんな話をアロイスのおじいちゃんは興味深そうに聞いていた。元領主様なのだが、筋肉一家とは思えないほどおだやかな方であった。そうしてディーンに到着した。ディーンもブルクハルトと同じで、1番近いダンジョンが馬車で2日だ。やはり城壁のない開放的な作りの街であった。その日は領主館に全員お世話になり、次の日、グレッグさん、カレンさん、テッドさんのギルド組、ノアさんのあかつきと、ヨナスさんとクンツさんは、近くの第6ダンジョンに出発した。
「グレッグさん夏休みじゃなかったの?」
「一番大切なことは終わったからな」
グレッグさんは優しい目でカレンさんを見た。
「しかしまだ夏休みだ。ちょっと避暑にな。だからヨナスとクンツはついてこなくてもいいぞ」
「目が離せるわけないじゃないですか。副隊長からもくれぐれもよろしくと頼まれましたからね」
「筋肉兄弟め。そういう訳で、今回検証にはつき合ってやれないが、がんばれよ」
一方、私たち子羊、黒羊、トーマスさんと助手の人、そして元領主の8人は、ディーンの医療院へと向かったのだった。マッケニーさんは魔石の手配に行ってくれた。
医療院に行った私たちは、絶句した。20人どころではない。広い部屋にベッドが並び、職員が慌ただしく動き回っている。元領主のおじいさまが言った。
「視察に来たのは久しぶりだが、相変わらずだな」
「いつもこんなに……ブルクハルトにはこんなにいなかったのに」
「北領では、この病は多いのだよ。ここは領主がやっているので、無料なのだ。近辺でこの病にかかり、どうしようもなくなったものは、残念だがここに預けられ、死を待つのみ。少なくとも、見捨てられることはない」
確かに清潔ではある。しかし、希望のない患者、そして見送るしかできない職員の絶望がここにはあった。私は、この病が死病であることを、ここで初めて実感したのだった。
「アーシュ」
はっとした。
「セロ」
肩を抱かれる。セロがついててくれる。マルが、ウィルがついててくれる。ニコが、ブランがいる。トーマスさんと目が合った。
「アーシュ君、魔石に抵抗がある、なしで分けるところから始めますか」
「いいえ」
私は答えた。
「この人数では、そのやりかたでは治療を始めるまで時間がかかりすぎます。重症度で分けましょう。そして、重症の方から治療を始めます」
幸い、明日にもという患者はいないらしい。起きあがれないほど弱っている人は56人中12人。既に別室に分けられていたこの12人から始めよう。




