アーシュ14歳5の月希望
次の日、どこにいてもみんながそばにいてくれた。落ちこんでなんかいられない。そしてその次の日、トーマスさんは1人でやってきた。
「まずおとといのこと、本当に申しわけありませんでした。お守りはちゃんと返しました」
「いえ、今日は何のご用でしょう」
「あれから、考えてみました」
トーマスさんは言った。
「お守り石、あれは魔石ではないですか」
よく気づきました。感心した。
「しかし、魔石がなぜ病気に効くのかは考えてもわからない。魔石はものを動かす元になるはず。体に何かを足すことで苦しさを軽減しているのか。活力を足しているのか」
「あれは、からの魔石なんです」
「からの?では何の力もないではないですか」
「カレンさんが熱を出した時」
私は話し始めた。
「メリダではよくある、子どもの魔力熱に似てるな、と思ったんです」
「魔力熱。帝国にはないが」
「そうらしいですね。魔力熱が出たら、生活魔法を教える合図なんです」
「生活魔法……からかっているのか?」
「メリダは剣と魔法の国。迷信じゃなくて、事実。ほぼすべての人が魔法を使います」
「はは、まさか」
「カレンさん、ライトを」
「はい、ライト」
光が出た。
「何かしかけが……」
「では風を」
風がうずまいた。
「なんてことだ……」
「これを主婦は、洗濯を乾かすのに使うんですよ。すぐに乾いて便利なんです」
「待ってくれ、待ってくれ、理解が追いつかない。メリダは魔法の国、本当なのか……」
「帝国では使わないと聞いておどろきました」
「では魔力熱は……」
「魔法を使うようになることで出なくなります」
「つまり、魔力のたまり過ぎ」
「そういうことです」
「では、からの魔石は」
「たまり過ぎた魔力を微量だが吸い込むのではないかと思い、用意してありました。意識して流し込むとしっかりと吸い込む。メリダでは魔石は再利用が当たり前です」
「足すのではなく、引くのか!」
「その通りです」
「……信じられない」
トーマスさんはつぶやいた。
「そうでしょうね」
「そうでしょうって君……」
「おとといの助手君、あれが普通でしょう」
「あれは、あれは本当に申しわけなかった」
「私も、これは理論のみです。成功例はカレンさんと魔石の女の子2人だけ。カレンさんは魔法に最初から抵抗がなかったから成功した。では魔法を信じない人には?それで考えたのがお守り石としての活用なのです。そして子供だから成功した。では、大人なら?」
「信じない、だろうな……」
「はい」
トーマスさんはため息をついた。
「しかし、私が見ているだけでも20人は患者がいる。ほぼ大人だ。幸い、すぐにどうこうという患者はいないのだが、いずれは……」
うつむいた。私はつぶやいた。
「20人か。人の命を軽々しく扱えはしないけれど、20人いれば、ある程度の検証はできる。例えば、魔石の冷たさを利用して、額に置く布のように熱をやわらげる道具として使うとか。1日1回、あるいは2回、短い時間で」
「……」
「助手君の説得、そしてからの魔石をどう手に入れるか……」
「君は……」
「はい?」
「あんなにひどくけなされて、それなのになぜそんなに親身に考えられるんだ」
「けなされたことは傷つきましたが、それとこれとは関係ないでしょう。できるから、やる。それだけです」
「魔石によるマイナスはないんだな?」
「あります」
「あるのか」
「大きい魔石だと魔力を吸いすぎる可能性がある。吸われすぎるとだるくなるんです」
「小さい魔石が無難か」
「はい」
トーマスさんは、大きく息をすった。
「試してみるか。アーシュ君、協力お願いできますか」
「そんなに都合よく行くか!」
ダンがどなった。
「迷信扱いされたとき、苦しむのはまたアーシュなんだぞ。アーシュは冒険者だ。これから高等学校にも行く。その未来を台無しにしかねないんだぞ」
「ダン……」
こんなに怒ったダンを初めて見た。いつもひょうひょうとして、商売熱心だけど冷静なダン。こんな辛い未来もあると、それを避けることを最初から考えてくれていた。
「落ち着け、ダン」
「セロ、しかし」
「これで何度目だろう。アーシュが大人に都合よく使われようとするのは」
セロが静かに言った。グレッグさんがちょっと気まずい顔をしている。
「アーシュはできるからやるって言ってるが、そう言って使い潰されかけたことが何度もあるんだ。今回は、そんなことはオレたちが許さない」
「セロ、でも、苦しんでいる人がいるなら」
「それはアーシュが背負うべきものではないんだ」
「……でも」
「アーシュ。お前の父ちゃんと母ちゃんが死んだのは、お前のせいじゃないんだ。誰にも助けられなかったんだよ」
「!」
「誰も彼もを救おうとしなくていいんだ。言ったろ?まだアーシュの手が1番小さいんだよ」
私はうつむいた。私はまだ父ちゃんと母ちゃんの死を納得できていないんだろうか。セロはその場の全員に言った。
「アーシュの考えを試してみるのはかまわない。人を助けたくないわけではないんだ。だが、帝国のものとして、責任ある大人として、自分たちが動いてくれ。アーシュを前に出すな。その考えが納得できるものなら、オレたちも動く」
息を継いだ。そして、ダンと顔を合わせ、2人で侯爵を見た。
「オレたちを巻き込む覚悟を見せてくれ」
しん、とした。
「ふ、ただの夢見がちな若者ではなかったということか」
アールさんが言った。
「経験です。面白いだけで留学させるにしては、オレたちに手をかけすぎている。なぜ貴族の学校に行かせるのか。疑問はいくらでもある」
「心外だな。本当に面白いと思っただけなんだが」
「今までのやつらと同じです。そしてアーシュの存在で何かが動き始めるのを期待してる。実際動き始めた。それも一つじゃない」
「それの何が悪い?」
「アーシュが傷つくのが。アールさん、自分の娘なら、おとといの助手の暴言を許しましたか」
「それは……」
「許さなかったはずだ。生活費がないことを、さらりと流せますか。流せなかったはずだ。アーシュのことは、面白いと思っても、守る気がない。自分で何とかするだろうと思っている。けどな、アーシュはただの14歳になったばかりの女の子なんだぞ。そしてあんたのモノじゃない」
「……」
「オレたちは帝国での冒険者の権利をもらった。第1、第2ダンジョンでノルマも果たしている。これから留学しなくても、自由に帝国を回り、ほかの国に行くこともできる。留学は、オレたちをとどめる足枷にはならない」
「枷などと……」
「オレたちをとどめるものは、誠実さのみ」
私の周りにみんなが立つ。
「そうでないなら、引かせてもらう」




