アーシュ14歳4の月ブルクハルトへ
軍が用意したという馬車はそれなりに立派だった。ヨナスとクンツはギルド組と乗りたかったらしいが、あかつきと黒羊と乗ることになった。この2組はある程度しゃべれるが、そう積極的に話すつもりはない。また軍人が口数が多いわけもなく、初日が終わった頃には、お互いに気疲れしているのが目に見えてわかった。
一方、私たちはとても楽しかった。グレッグさんとカレンさんの仲のいいようすを楽しみながら、市場で見たこと、食べたものの話で盛り上がった。
「私だって食べたかったわ。前回は体調が悪くて食べられなかったんだもの」
というカレンさんに、
「グレッグさんに連れていってもらえばよかったのに」
と言うと、
「番犬が2匹うるさいんだよ」
とブツブツ言っていた。もっとも、お嬢様なのだから、具合が悪くなくても屋台のものなど食べられなかったに違いない。不自由なものだ。
さて、ブルクハルトまでは、石畳の街道が整備されており、途中は小さな町がいくつかある。そこから南へとまた街道がつながっており、馬車での行き来はスムーズだ。収納袋が高価なこの国は、荷台に荷物をたくさん積んでいる馬車もよく見かけた。したがって馬車の行き来も多い。町の近くには農地が広がり、そこを過ぎるとどこまでも広い草原がある。島国のメリダはどこに行っても山があった。この広大な風景は帝国に来ないと見られなかっただろう。
私たちは交代で御者席にのせてもらい、風景を楽しんだ。小さい町が多いので、カレンさんとは宿が一緒のことが多かった。冒険者だからといって今の所嫌な顔をされたことはない。しかし、普通の冒険者ならば、確かに言葉がわからない中、港から一週間もかかるブルクハルトに行くことですら苦痛だろう。
「ノアさんやクーパーさんはどうだったの?」
「その頃、まだ18くらいだったし、希望に燃えて来てみたらこの程度だろう?がんばって帝都に行ってみても同じだったし、正直つまらなかったよ。君たちと一緒というだけで、こうも違うものかとおもうよ」
「確かに気の合う仲間と行く旅行は楽しいですよね」
「そうだね」
クーパーさんが優しい目でそう答えた。
一週間の旅といえど、冒険者が剣を振らないでいる訳にはいかない。毎朝いつもどおり早起きして、空き地を見つけてはみんなで剣を振った。
それに気づいたヨナスとクンツは、見るともなしに眺めていた。中央騎士団はエリートだ。その中でも出世するためには身分やコネが必要で、ヨナスとクンツにはそれはなかった。しかし、入れただけでも十分に力があるということなのだ。それでも入団して既に3年、取り立てて活躍する場もない平和な毎日には少々飽きていた所だった2人には、この任務は渡りに舟だった。帝都を離れるだけでもよいではないか?要人の簡単な出迎えと警護だ。
しかし、実際はそんな簡単なものではなかった。相手がとにかく指示を聞かない。自分の考えがあって自由に振る舞う。帝国ではギルドは軍部の一部のようなものだ。反抗するなどありえない。
来てもこなくても変わらない形だけの冒険者が3組も来た。ご丁寧に侯爵家のお嬢様が一緒ときた。2人は混乱して冒険者のブルクハルトまでの同行を許してしまった程だ。
その冒険者が剣を振っている。
「メリダの冒険者は訓練をするのか」
「A級と言っていたからな、まじめなんだろうよ」
「お、女の子たちもやるようだぞ」
「どれ」
息を飲んだ。軽く剣を合わせるところから、しだいに激しい打ち合いになっていく、珍しい黒髪と金髪が空を舞う。金髪が力で押しているが、黒髪もすばやい。思わず手に汗を握る。黒髪が負けた。笑っている。
「美しいな」
「そして強い。騎士団の女性たちに負けていない、特に金髪のほうは」
「確かに、おや、銀髪とやるぞ、おい、容赦ないな、黒髪が転ばされた」
「金髪もだ。随分弾き飛ばされてるぞ、若いが強い。ヨナス、勝てるか」
「どうかな、癖のある剣だな。慣れればいけるか、いや、慣れればやられるか……」
「そんなにか」
「おそらく。やってみたいな」
「やったら違反か」
「ギルドの面々を無事送り届ければよいのだから、それ以外は……」
その時、金髪の背の高い方が振り向いた。来いよ、相手をしてやる。その目がそう言っていた。ヨナスとクンツは視線を合わせた。生意気な若者には?しつけが必要だな?よし!理由はできた。
訓練初日の朝から、騎士たちも加わることになった。ギルドごとに強者の教えを受けてきた私たちだ。騎士の訓練が楽しくないわけがなかった。時には朝ごはんに遅れるほど夢中になった。もちろん、ニコもブランも、ノアさんもイーサンさんもだ。そしてたちまち仲よくなってしまった。
「お互いに、もう少し線を引くべきじゃないのか?」
グレッグさんはブツブツ言っていたが、それはギルド側がやればいいのだ。帝国に来てから一週間ちょっと、既に毎日が楽しかった。そしてブルクハルトについた。
ブルクハルトは、メリダの王都よりも大きかった。北よりにある高台に領主館があり、城壁で囲まれている。そこから円状に町が広がっている。町そのものには囲いはなく、街道の入口に詰め所はあっても、通る人々をいちいちチェックはしていないようだった。
実はダンジョンは、ブルクハルトよりさらに北に3日ほど行ったところにある。ダンジョンを核に町が広がりはせず、むしろ距離を取ることで安全を維持してきたのだ。
にぎわう町を眺めながら、馬車をゆっくりと領主館まで走らせる。2台並んで領主への取次ぎを願う。ヨナスとクンツは、軍部から連絡があるまで決して動いてくれるなと念を押しつつ、軍の駐在所まで戻っていった。早馬を出して、指示を仰いでいたらしい。
領主館は日本の城に少し似ていた。後で聞くと、町に城壁がない分、領主館に町の人を避難させるためらしい。城壁の中はかなり広かった。そのまま門から馬車で領主館に向かう。
「よく来たな!」
大使がお出迎えだ!いや、侯爵様か。
「私はアール・フォン・ブルクハルト、普段はアールと呼んでくれ。公的な場ではブルクハルト侯爵、または侯爵と」
ニヤリとした。
「メリダに戻ったら大使でいい」
毎年、メリダに行くのに往復で2ヶ月近く、滞在も含めると2ヶ月半ほどになる。領主としてはすべきことは他にもあるのに、そのような事をしているので、変わりものと言われているのだと笑った。
「カレンどの、病気は」
「すっかりよくなりました。詳しいことはアーシュに聞いてもらえればわかります」
「ふうむ、私の親戚筋にも同じ病の者がいる。滞在中にぜひ見てやってくれ」
ということになった。しかし、まずはダンジョンだ。軍からの連絡を待って、まずは第1ダンジョンに行く。
「やっと俺の出番ですね」
テッドが楽しげに笑った。




