アーシュ13歳1の月
ギルド長会議が入ります。各都市については主要人物その他を参照してもらえれば。メリルと西ギルド長のグレッグとグレアムは親友で、二人そろうと暴走しがち。若い頃は問題も起こしています。東ギルド長はかわいいもの好き。
ギルド長は、自分が年がいもなく恋に落ちたことは自覚していた。そして、それがほぼかなわぬものだということも。自分は平民だ。メリダでは尊敬される魔法師も、ギルド長という地位も、帝国貴族には何の価値もないだろう。
では引き止めるか。引き止めたら、残ってくれるだろうか。大事に育ててくれた父母を、帝国に残して。金はある。だてにA級ではない。稼いでも使いもしなかった。贅沢もさせてやれるだろう。しかし。
そもそも。好意を持ってくれている、だろうか。
夜の空を見る。
「なにガラでもないことをしてるんですか」
「副ギルド長……」
「あなたが早く引退してくれないと、私がギルド長になれないんですがね」
「お前、そんな野望持ってたか?」
「持ってませんよ。面倒な事は人に押しつけて、自分は陰にいるのが一番です」
「そういうやつだよな」
「そういうやつが、無理してギルド長やるって言ってるんですよ」
「お前……」
「ギルド長がなんぼのもんですか。いつもいつも子羊たちと同じように、飛びだして行きたいと思ってるクセに」
「大人には、義務がある」
「今頃恋に落ちてるようなやつが大人ですか」
「なっ、お前、なんで」
「わかりやすすぎるんですよ」
「落ちたものは仕方ないだろう」
ギルド長は開き直った。
「やりたかったこと、全部できたでしょう」
「まあな、子羊のおかげでな」
「私の言いたいのは、それだけです」
「うん」
「さあ、お迎えの時間ですよ」
「おう」
カレンさんをギルドから引き揚げ、子羊館までの道をゆっくり歩く。無言が心地よい。
「冒険者の」
「はい?」
「冒険者の配偶者って、どう思いますか」
カレンさんはゆっくりと答えた。
「愛する人なら、どんな職業でも」
「親や家族に嫌われる職業でも?」
「メリダに来て、アーシュたちに会って、考えが変わりました。立派な職業です」
カレンさんはさらに続けた。
「私、元気になった自分を、心配してくれた両親にちゃんと見せたいです」
ギルド長はわかっていたことだけれど、心が沈んだ。
「でも、メリダが好き。必ず戻ってきます。そうしたら、また働かせてくれますか」
戻って来る気がある!俺の側に!心が浮き立った。
「その時はもうギルド長じゃないかもしれないけど」
「それでも、戻ってきたい」
「俺の側に?」
「はい」
大きく息を吐く。
「あと少しで、ギルド長会議だ。ギルド長会議が終わったら、俺の話を聞いてくれますか」
「……はい」
子羊館まで、もうすぐだ。決意は固まった。
「じゃあ、行ってくる。もう依頼はねえから、心配すんな」
「わかってます、いってらっしゃい!」
ギルド長はギルド長会議に出発した。会議の前に、ギルド総長と面談を希望した。
「ふむ、ギルド長を辞めたいと」
「はい、冒険者に戻ります」
「戻ってどうする」
「帝国に」
「なんと」
「帝国に、行かせてください」
「子羊らがそれほど心配か」
「いいえ」
「ではなぜ」
「恋を」
「は?」
「恋をしました」
「バカな、女を追いかけて帝国にか!」
「はい」
ギルド総長はこめかみをもんだ。
「後継は」
「副ギルド長がいます」
「あやつなら大丈夫だろうが……」
「はい」
「まずはギルド長会議だ。その後もう一度話を聞く」
定例の報告が終わると、これも恒例の、朝食、ランチの報告だ。
「シースでも、オルドでも孤児まで拾い上げた、それが十分に効果が出ている、と」
「見事な手腕でした。子羊は女性が目立っていたが、シースではセロ君という銀髪の少年が指揮を取っていて」
「銀髪?珍しいな」
「そういえばギルド総長と同じ、アイスブルーの瞳でしたな」
ギルド総長は首を傾げた。しかし今はその話をすべき時ではない。
「オルドでは」
「ニコとブランという元悪ガキたちが指揮をとった」
「ほう」
「アーシュという黒髪は、携帯スープの生産のメドをつけていった。冒険者としても一流、帝国に出すのは惜しいことだ」
「仕方あるまい。大きくなって戻ってくることを願おう」
「次にニルムとセームは」
「ニルムは、職員となった子羊がほぼ1人で形を作っていった。何やらトラブルもあったようだが、取り残された冒険者を守り続け、またそれを迎えに行った仲間の見事さと言ったら……」
「そんな事があったか」
「セームではずいぶん大がかりに仕組みを整えてもらったが、半信半疑で、準備不足だったため最初はなかなかうまく行かず、申し訳ないことをした」
東ギルド長が口をはさむ。
「無理もない。あのように幼くかわいらしいものに本当にできるのかと思ったものだ」
「そういえばニルムと中央ギルドだけギルド長室には行ったことがないと言っていたが」
セームが言うと、
「ぜひ招かなくてはなるまいな」
中央がニヤリとした。
「では今年はこれまでか」
「オルドの、そう急くな。今年はもう一つ厄介なことがあるのだ」
「厄介なこととは」
「帝国のギルドが一つ、機能を停止した」
「バカな!きちんとマニュアルに従って入れば、故障など無縁のはず」
「帝国がやっていると思うか」
「……」
帝国に派遣される冒険者から話は聞いている。ギルドが軍に管理され、最低限しか機能していないことを。いや、ギルドが機能しないから軍が管理しているのだったか。
ギルドが一つ機能停止したくらいで仕組みが揺らぐわけではない。しかし帝国がこのままでは、他のギルドも早々に停止しかねない。メリダ国内は問題ないが……
「では帝国に冒険者を派遣するのをやめればよいではないか」
「そのとおり!」
メルシェとナッシュがそう言いつのる。総長はため息をついた。
「修理要請が来た」
「は?」
「帝国から、メリダに、ギルドを何とかしてほしいと要請が入った」
「はあ?」
さすがに皆あきれはてた。
「子羊によると」
メリルのギルド長が言う。
「帝国の貴族でさえ、生活魔法を使えるほどの魔力もないそうだ。魔力で管理するギルドの機構を、こちらが思うほど使いこなせていないのではないか」
「生活魔法だぞ。子どもでも使えるものを」
「魔法などおとぎ話だそうだ」
「そこまでか」
「確かに、我らには帝国に行ったものはいないが……」
ニルムとセームがつぶやいた。
「仕方がないので、ギルドの技師を派遣する」
「まあ、妥当なところですな」
東ギルド長が言った。
「それと共に、我らから1人、ギルド長も派遣する。メリル、どうだ」
「は?」
「技師だけでは心もとない。ギルドとダンジョンがどうなっているのか、管理者の目で1度きちんと見てきてもらいたい」
「なぜメリルだ」
西ギルド長が言う。
「一つは分析力。朝食、ランチの仕組みにきちんと根拠を持たせたその姿勢。二つ。子羊。三つ。後継の当てがある」
「なるほど」
納得できる理由である。
「私も行きたい」
「オルドよ、お前のところは代わりがいない。お前以外にあそこを管理できるか」
「おもしろそうなのに」
「私も」
「西ギルドか、グレアム、お前とグレッグを一緒にしてはならぬと我らは学んでいる」
「しかし」
「ノアのパーティをつけよう。了承済みだ」
「2度と行かぬと言っていましたが」
「子羊とならいいそうだ」
「なるほど」
「して、グレッグよ、いかにする」
「行きます」
「うむ、よろしく頼む」
運命を、初めて信じた。




