アーシュ13歳12、13の月
久しぶりの登場なので、人物紹介。
アメリアさん。魔道具師。メリルのギルドで魔石に魔力を補充する担当もしている。アーシュやダンの考えた魔道具を何でも作ってくる。困った時はアメリアさんに相談。
辺境伯の屋敷には、今年の春から息子さん夫婦が戻っている。辺境伯の奥様もダンのお母さんと同じくおちゃめな人であり、また同年代の若い奥様もいて、カレンさんは居心地がいいようだった。
私たちは少しダンジョンに潜る回数を増やし、カレンさんを辺境伯にお任せすることができた。そして少し早めの夕食を子羊館で一緒に取り、夜はギリギリまで私たちと過ごすのだった。毎回、ギルド長も顔を出す。そして必ず辺境伯の屋敷までカレンさんを送っていくのだった。
しかし、私は心配もしていた。カレンさんは、体調が悪くなり、旅に出る体力がなくなった場合、メリダに骨を埋めることも考えていたという。悲しいことだ。けれど、体調はよくなった。病人だったことなど、はた目からはまったくわからないほどだ。
よくなったら、帝国に帰らなければならない。また、いつ再発するかという不安も抱えているのも知っている。メリダには残らない。残れても、結婚を承諾するとは思えない。ギルド長が責任を放棄して帝国へ?ギルド長とはいえ、爵位もない冒険者を侯爵家が婿に取るわけがない。
先がないかもしれない愛を、静かに育む2人を、遠くから眺めているしかなかった。
それでもやるべきことはやらなければならない。私は、ギルド長とアメリアさんに相談しなければならないことがある。カレンさんも入れて、みんなに集まってもらった。
「アーシュちゃん、久しぶりねえ」
「いつも魔道具をありがとうございます」
「今日も新しい開発の相談かしら?」
「そうともいえる、というか、まずは聞いてもらえますか」
「いいわよう」
「なんだ、ハッキリしないな、珍しい」
「ギルド長、カレンさんの病気のことだから」
「!そうか、カレンさん、話してもいいのか」
「かまいません、大事なことですから」
私はカレンさんの病気について話し、魔力放出で改善した事をギルド長に話した。
「確かに、幼い頃にかかる魔力熱に似ているが、メリダではそれが問題になることはないぞ?」
「魔力熱が出たら、それは生活魔法を教える合図でもあるでしょう。帝国には魔法はほとんど残っていないらしいんです。魔力がそのままたまり続けたら」
「熱が出て衰弱して、やがて死に至るのです」
カレンさんが引き取った。
「決して数は多くないのです。しかし、高位の貴族には時々見られ、特に私たち北領には目立ちます。市井の者でもかかったら死ぬまで放置されるか、療養院に入るしかない。大抵は大人になる頃に発症し、30前には……」
「生活魔法なんて簡単よ?誰も教えてくれないの?」
アメリアさんが聞く。
「魔法があることは知識としては知っています。しかし生活魔法なんて使っているのを見たことがありません」
「まさかそんな国があるなんて……」
「メリダは特殊なのですよ。お伽話の国でした」
カレンさんはクスッと笑った。私は続ける。
「帝国からの留学生ももちろん、魔法を使いたがったけど、できなかったの」
「お前、教えるの得意だったろ?」
「魔力がほとんどないんです」
「は?そんなわけないだろ、メリダならどんなに魔力がなくても小さい火とカップ1杯の水は出せるぞ」
「それすら無理だったんです」
「……」
ギルド長とアメリアさんはあっけに取られている。
「いとこがメリダについて話してくれたことには、半信半疑でした。帝国には魔石を使ったお風呂やトイレなどは、貴族にしか普及していないのです。それもものすごく高級品です。魔石の交換も大変ですし。帝国より余程豊かです、メリダは」
「確かに、輸出はしてるけど、多くはないわねえ。魔道具職人は、魔法師程の魔力持ちでなければつとまらないわ。そんなに魔力のない国なら、職人もいないのね?」
「聞いたことがありません。市井のことはよく知らないのですが……」
「アメリアさん」
「なあに、アーシュちゃん」
「カレンさんの魔力量を測ってみてほしいんです」
「いいわよう、小さいのからやってみましょうか」
結果は、中魔石1個分であった。
「カレンさん、疲れませんか」
「少しだるいような気がするわ」
「魔力を使い切った証拠ですよ」
アメリアさんは、
「駆け出しの魔法師くらいの魔力量よう。カレンさん、アルバイトしていかない?」
と言った。
「働けるんですの!ぜひ!」
「働きたいのか?」
「はい、元気になったので、じっとしてられなくて」
「お転婆だな」
「そんな年ではありません」
カレンさんはプィっと横を向いた。泣き虫だった頃がうそのようだ。
「アーシュ、私は泣き虫ではありませんよ」
……。
「なら、ギルドで働いてみるか?」
「まあ」
「給金は安いが、夕方から3時間くらいなら、後は俺が子羊館に送り届けるから」
「ぜひ!お願いします」
「まあ、それはそれとして」
2人ははっとして戻ってきた。私は続けた。
「カレンさんは魔法が使えるようになったからいいけど、誰もが使えるようになるとは限らない。使いたくない人もいるでしょう。それなら病気の人には、魔石に魔力を吸わせるだけでもいいんじゃないかって思って」
みんな押し黙った。アメリアが言い聞かせるように言った。
「でもね、アーシュちゃん、魔石には魔力を入れることを意識しないとできないのよ」
「そこなんですよね、結局魔力を意識させないとできないんですよ。困りました」
「困りましたってお前、病気を治すのはお前の仕事じゃないだろう。頼まれもしないうちから考えすぎじゃないのか?」
ギルド長が言った。
「ですよねー。でも、考えちゃうんです。もし帝国で出会った人が、あるいはその家族がその病だったら?放っておけるかなって」
「無理だな、アーシュの今までを考えたら」
セロがぽつっとつぶやいた。
「何度危ない目にあったか」
「ごめんね、心配かけて」
「けど、アーシュは変わらないだろ」
「たぶん」
ギルド長が続けた。
「で、相談てなんだ」
「ひとつは、魔力量を計る魔道具」
「他には」
「魔力を吸い取る魔道具」
「アーシュちゃん、それは」
「はい、危険なものです。だから、魔力のない人もいる世界で、一定以下の魔力には決して使えないものを、悪用されずに、安全に作るとしたらどうするかって、それが相談です」
「お前……」
「アーシュちゃん……」
「カレンさんの事だけで、そこまで考えたのか」
「はい」
カレンさんは、魔力の事がよくわかっていないので、少しぼんやりしながら聞いている。
「アーシュちゃん、最初のものは画期的な発明になるわ。でもね、二つ目については、魔道具の組合で話し合いが必要よ。つくるにしても、許可が出て作り始めたとしても、今から1年以上かかると思うの。そうまでして必要?」
「必要になる気がするんです」
「アメリア、やってくれないか」
「ギルド長」
「コイツのやったことはほぼ成功してる。俺たちにはわからないところを見てるんだ。取りかかってくれないか」
「わかったわ。詳細は後で詰めましょう」
「アメリアさん、お願いします」
やるべき事の、始まりだ。




