アーシュ13歳8の月
時間はあまりなかった。その年によって船の来る時期はずれたりする。8の月の3週の終わりにはニルムについていたかった。王都でマリアとソフィーとの再会を楽しむ暇もなく、アーシュとセロとダンはニルムに向かった。何日待つことになるか分からないので、ウィルとマルは王都に留守番だ。ありがたくダンの家に滞在させてもらう。
オルドからメリルへ、久しぶりの4人パーティだった。勉強もした。ダンジョンにも潜った。B級とD級なら一緒に潜ってもそうおかしくない。5年越しのパーティは、本当に気があった。
だからこそ、少しの間別れても、心は大丈夫なのだ。心は。
「マル、ちゃんと野菜も食べてね」
「わかってる」
「買い食いはほどほどにね」
「大丈夫」
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
私は不安で何度も振り返った。
「ウィルもいるし、大丈夫だろ」
「2人だから余計に心配なんじゃない」
「ニコとブランがいるし」
「……」
「ダンのとこのおじさん、おばさんがいるし」
「そうだね」
2人はのびのびし過ぎるのであった。
おじさん、おばさんは帝国からお客さんが来るのをたいそう楽しみにしていて、仕事に使っている少し大型の馬車を改造して、8人乗り、1人くらいなら横になれるよという快適な空間にしていた。もちろん、王都からニルムに向かうのに、行きに別のお客を乗せるのも忘れない。少し割高でも快適な空間は、専用の馬車を持つほどでもない商人に喜ばれた。
さて、どんな人が来るのだろうか。どこに泊めようか。私たちは冒険者だ。どんな宿屋の高い部屋でも泊まれるだけの収入はある。貴族と言えば辺境伯しか知らない私たちは、「みな私のようだと思うな。貴族のお嬢様は堅苦しい。失礼のないようにな」と注意をされていた。めんどくさい?少しね。でも、楽しみの方が大きかった。
その頃、カレンたち3人は船の上だった。ここまでくるのに1ヶ月と1週間、長かった。帝都から港まで2週間の道のりは、カレンの体のことを考えて1ヶ月を想定した。カレンは定期便に乗りたかったけれど、それはさすがに無理なので、侯爵家が馬車を出してくれた。今生の別れのように悲痛な面持ちの両親と別れ、もっと連れていけと言われながらも抵抗してなじみの侍女と従者と1人ずつ、アロイスの他に南領の伯爵家の若い2人がついて出発だ。体調もいい。
旅は急がなかった。熱が出た時に備え、少しでも先に進む事は心がけたが、いつも早めに馬車を止め、早めに宿屋に入るのだった。侍女にブツブツ言われながらも、若い3人はカレンをいろいろなところに連れ出してくれた。侍女に「そんなものを!」とおののかれながらも、屋台の食べ物、庶民のおやつの買い食いもした。馬車ではメリダ語の勉強もした。侍女に「帝国の礼儀を教えに行くのです。こちらが学びに行くのではありません」とこれも怒られた。途中で3日ほど熱が出たが、それでおさまった。建物もなにもない、広い草原のなんと雄大なことか。そしてついに港にたどり着いたのだった。
青く広い海。港に打ち寄せる波。不思議な魚介のにおい。アロイスに案内してもらい、また熱を出した。それでも乗船の前日には体調は戻った。
「これから2週間は船の上だけど、つらかったら寝てればいいからね。大使、いとこをよろしくお願いします」
「うむ。侯爵家も思い切ったことだ。メリダに着いたら仕事で忙しくはあるが、滞在している間は私が責任を持とう」
もうこれで家に戻ったとしても後悔はない。それほど充実した旅であった。侍女は船酔いして大変だったが、カレンには船旅はあっていたようだ。従者に付きそってもらい、船のあちこちをウロウロし、大使とお茶をし、船長と食事をとる。暇があれば海を眺めてあっという間に2週間たった。
ニルムの港には荷降ろしの商人がいてにぎわっていた。と、若者3人が大きく手を振っている。
「カレン殿、お迎えのようだぞ?」
「まあ、あれは……本人たちですの?」
「なんとはしたない!これは躾のしがいがありますね」
私たちは船着場で待っていた。前回は、ここでアロイスやテオドールたちを見送ったなあ。やがてそう大きくもない船が着くと、まず大使が、そしてその横に若い女性とお付き2人が降りてきた。
「大使ー!」
大きく手を振ると、大使も手を振り返してくれた。一行はゆっくりゆっくりと降りてきた。アロイスと同じ、キレイな栗色の髪に栗色の瞳、これがいとこのおねえさんか。生き生きとした表情をしている。
一方でカレンも驚いていた。銀髪にアイスブルーの涼やかな瞳の少年、薄茶の髪にヘーゼルの瞳の賢そうな少年、そして黒髪に琥珀の瞳の少女、話には聞いていたが、特徴的なその色を差引いても、これほど美しい若者たちは帝国にもそうはいない。お付きも驚きをかくせない。しかし、3人は、不思議そうにこちらを見ると、満面の笑みで
「ようこそメリダへ」
と迎えてくれたのだった。
大使の定宿に泊めてもらうことにし、その居間に集まっている。
「私はすぐに王都に向かうが、君たちはどうする?」
「グリッター商会で馬車を用意したので、それでゆっくりと向かいたいと思います。それでよいでしょうか」
セロが答えた。カレンは言った。
「私たちはゆっくりが助かります。それにしてもきれいな帝国語を話せますね」
「もともと勉強はしていたのですが、アロイスたちと長く過ごしたおかげでしょうか、帝国の方にほめられて嬉しいです」
セロがニコリと笑うと、カレンも侍女も一瞬絶句した。ダンはクスクス笑っている。
「何日か町を楽しんでから出発しましょうか」
「まあ、あなたがアーシュね、ぜひそうしたいわ」
しかし、その夜カレンはまた熱を出した。次の日、お見舞いに行くと、
「いつもの事なのよ、何日かで治るわ。それより、魔法の話をきかせて?」
と熱で汗ばんだ顔で穏やかに言った。ちょうど侍女がお茶を持ってきて、
「退屈なさってるので、よかったら付き合ってあげてくれませんか」
と言うので、まずお茶を冷やして見せた。
「冷たいわ!喉に気持ちいい」
そうして、請われるままに、風を起こしたり灯りを付けたりすると、大喜びだった。
「アロイスは魔法は習わなかったって言ってたの。だから初めて見たわ」
「アロイスたち3人には、魔力があまりなかったので教えなかったんです。でもカレンさんならできるかも。魔力はあるようだから」
「……え」
「魔法、習ってみますか?」
「……はい」
カレンさんは小さい声で返事をし、子どものように布団に潜り込んだ。
「あらあらお嬢様、どちらが家庭教師なんでしょうね」
夢が叶うのなら、病気になったことだって悪いことじゃなかった。布団の中で、涙が伝って落ちた。
「また明日、来ますね」
「お願いします」
やってきた家庭教師のおねえさんは、とてもかわいい人でした。




