アーシュ13歳5の月ブランと光
ブランが帰ってこなくなっても、私たちはダンジョンから出てくるのを毎日待った。だってまだパーティーを解散するって聞いてない。どこで泊まっているのか、ブランは一層荒み、私たちのほうを見もしなかった。
そしてその日、いつものように待っていると、例のパーティーがあわてて戻ってきた。ブランは?あの魔法師もいない。ソフィーが問いかける。
「ブランは!」
「知らねえ!メリンダがやられて、パーティーが総崩れで死に物狂いで帰ってきたんだ!」
帰ってきたのは女子の魔法師1人、男子6人だ。
「こんなにいて、何をやってた!」
ニコがどなった。
「昨日飲み過ぎて、みんな調子が悪くて、そんな時オーガとウルフが集団で来て、まずメリンダがやられて、魔法師がいなくなったらもうだめだ!必死で逃げてきたんだ!」
「そのメリンダは無事なのか!」
「それもわからない」
「ニコ、落ち着け、あんた、それ何階だ」
「15階だ」
「急いでギルド長のところにいって救援を要請しろ!」
「わ、わかった」
「くそっ」
「ニコ、15階の強さは」
「B級なら何とか行ける」
「なら、行こう」
「っ」
「何をためらってる」
「オレたちに来て、ほしいだろうか」
「お前!」
セロのこぶしがニコに飛んだ。私とソフィーは何も言えず、ただ見守るしかなかった。
「オレたちが行きたいかだ!ブランを手放せんのか!」
「いやだ、ブランはオレと一緒だ、オレの光はマリアだけじゃねえ!」
「なら!」
ニコは立ち上がって叫んだ。
「行くぞ!セロ、アーシュ!」
「「いこう!」」
ギルドの救援隊は動きが遅い。待っていられない私たちは、急いで準備をして、ダンジョンの入口に立った。
「ソフィー、行ってくる」
「お願い、連れて帰ってきて」
「待ってて!」
ザシュ!また一体倒れる。何体倒しただろうか。最近、訓練さぼってたからな。酒も飲んでたし、体がなまってる。メリンダはまだ目を覚まさねえ。出血はないから、オーガに跳ね飛ばされたことによる打撲とショックだろう。あれから何時間がたったか。この階には安全地帯がない。女とは言え人一人を背負って運ぶほどの体力はない。ならば、ここで耐えるしかない。けど、腕が重くなってきたな。
最初メリンダを見たときは何とも思わなかった。ニコはマリアを見つけたが、オレは女なんて、どうでもよかった。どうせ裏切るんだ。けど、腕にしがみつかれて見上げられたとき、その薄茶の瞳が、オレを動けなくさせたんだ。オレに向かって伸びる手、抱き上げる手、ご飯よって呼ぶ声、そこには確かに優しい薄茶の瞳が輝いていた。父ちゃんが死んだってそれは変わらなかったはずだ。働いて、それでも楽にならなくて、そしてある日いなくなったんだ、何も言わずに。
シュッ。ウルフだ。動きは速いが、そう強い魔物でもない。9人もいるから、機動力が劣る。何度も言ったが、聞き入れられることはなかった。だってさみしいじゃない?だってさ。さみしいなら、なんでオレを捨てたんだ。ふたりで幸せに暮らしてたじゃないか。いや、それは母ちゃんか。いけね、なんだかぼんやりしてきたな。
捨てられて、生きていくしかなくて、それでニコにすがったんだ。重たければ、捨てられる。おれは軽く、羽のようにふるまうしかなかった。誰とも深く付き合わない。また捨てられたらどうする?ニコは余計なことを聞かない。いて当たり前の存在だ。そばにいて、いつも自由に息をしていられた。そうして子羊の1人として認められ、もうオレは誰にもすがらなくてもよくなったんだ。
帝国に行く。けど、ギルドもいつでも待ってくれてる。メリルに帰ったら、ザッシュが喜んで迎えてくれるだろう。王都に行ったら、クリフと酒を飲もう。アーシュたちは、どこに行くのかな。どこにいっても、きっとブランブラン言ってまとわりついてくる。甘えんぼだからな。ソフィーは玉の輿狙いだ。オレのことは眼中にねえ。ニコは、ニコはマリアと幸せになる。オレは?次はどこへ行く?オレはまた1人になるんだ。
それなら、この薄茶の目の女の子に甘えて何が悪い?ニコ、ソフィー、なんでオレを責める?どうせいなくなるんだろう。なんで来た、セロ、アーシュ。お前らには未来があるだろう?
体が重い。酒なんていいもんじゃねえ。9人で潜るバカなパーティーなんて、何にもおもしろくなかった。けど、オレはこの魔法師を見捨てられない。好き?なわけねえ。だってさ、オレ、オレさ、メリルの子羊なんだ。ニコと誓ったんだ。ダンジョンで人を死なせないって。
ザシュッ。シュッ。ウルフ2体だ。その後ろに、オーガだ!8体!この体で、行けるか。ちらりと後ろを振り返る。この女の子を守るには、行くしかないんだ。子羊として!踏み出せ!まず一体!
ザシュザシュ!剣の音が重なる。両端のオーガが風で切り裂かれる。
「「「ブラン!」」」
ニコ?セロ、アーシュ。
あっという間にオーガは倒された。すげえな。でも、アーシュを危ない目にあわせたって、ソフィーに怒られるな。
「ブラン!」
え、オレに抱きついてるのって、ニコか?やめろ、男同士で。
「お前は、オレから離れるんじゃねえ!」
「勝手なこというな、マリアがいるだろ」
「マリアも、お前もオレのもんだ!」
「はっ、なんだよそれ、どんだけオレ様だよ……」
は、なんだか前がにじんで見えねえ。疲れてんだな、きっと。天井でも眺めてるか。
「遅くなった!間に合ったか!」
ギルドの救援隊が来た。
「そこの魔法師、気絶してますが、見たところ傷はありません」
「君が1人で守ったのか。感謝する」
足の踏み場もないほど、オーガとウルフが倒れていた。
「さあ、負傷者を運べ。君は」
「大丈夫です、歩けます。仲間と一緒に、ゆっくり戻ります」
「そうか、では先に。だれか、魔物の解体を!」
オレたちはお互いに何も言わず、ゆっくり戻った。一階、一階、上るごとに何かがはがれおちていく。引け目だったり、さみしさだったり、そんなもんだ。やっとダンジョンから出られた。ちぇっ、きっとソフィーに怒られる。
「ブラン!」
どん、とソフィーがぶつかってきた。オレにギュッとしがみついている。
「ソフィー?」
ソフィーは何も言わない。肩が震えている。肩を押さえ、そっと顔をのぞきこむと、目があった。母ちゃんとは違う、きれいな青い瞳だ。みるみるうちに涙があふれだした。ちょ、え?ソフィー?いっそうギュッとしがみつかれた。
「バカね、ブラン」
それはマリアのセリフだろ、アーシュ。
「ソフィーは玉の輿狙いなんだよ」
知ってる。
「ギルドの受付の玉の輿って、なに?」
それは、A級の冒険者をつかまえるこ、と、え?
「ソフィー?」
「鈍感なんだから!」
やっとソフィーが怒った。心がふわりと浮きたつ。
「ソフィー、だめだぞ、そいつオレのだから」
ギルドがざわりとした。ニコ、わざとだろ!あれ、オレ、何やってたんだろ。いつだって仲間はここにいたのに。
「「「「おかえり、ブラン」」」」
「ただいま」




