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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
巣立つ子羊編

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155/307

アーシュ13歳5の月ブランは

マルに朝食とランチを任せて、私たちは急いでニルムへと向かった。焦る気持ちを抑えて4日間、ブランがそんなことするわけがないと言う気持ちと、ニコがそう簡単に助けを呼ぶわけがないという気持ちとの間で揺れ動いた。そして、「たとえ鈍感でも」と笑ったソフィーの気持ちを思って胸が痛んだ。


手紙がついて4日目、急いでギルドに行くと、ちょうどダンジョンから冒険者たちが帰ってくる頃だった。ソフィーが帰ってくる冒険者の群れを眺めている。


「ソフィー!」


ハッとしてソフィーが振り返った。


「アーシュったら、セームはどうしたの?放り出してきちゃだめよ」


いたずらに微笑むソフィーは一見変わらないようだったが、さっきの瞳を見てしまった私にはわかる。何も言わずにギュッと抱きついた。


「ニコが呼んだのね」

「うん」

「何をしても、何を言ってもだめだったの。もう何もとどかない。でも、こうやって毎日迎えに来るのをやめられないの」

「うん」


その時、ひときわ賑やかなパーティーがやってきた。この笑い声は、ブランだ。振り向くと、1ヶ月半ぶりに見るなつかしい薄茶の目があった。


しかし、その様子はどうだろう。くまのできた疲れた顔に、だらしない微笑み。右手には女の子がしがみついて、まんざらでもなさそうだ。荒んでいる、まさにそうとしかいえなかった。


「ブラン……」


ブランはハッとしてこちらを見て、私とソフィーを認めると皮肉げに笑った。


「お目付役を呼んだのか」

「ブラン」


私の声を聞くと、なにかが痛むような顔をした。


「ブラン、この子だれ?」


腕にしがみついていた冒険者が言った。やわらかく長い薄茶の髪に、薄茶の瞳、年のころはブランより少し上だろうか、外見から言って魔法師、とてもきれいな人だった。その人は私をじっと見ると一瞬悔しげに眼を細めた。


「妹、いや、近所の子だよ」

「そうなんだ、よろしくねえ」


ブランの言葉を聞くと、私とソフィーを見て、勝ち誇ったように笑った。


「ブラン、今日は……」

「適当に戻る。いちいち迎えに来ないでくれ」

「ブラン!」

「チッ、優等生もきてやがる、お前には関係ない、アーシュのおもりでもしてろよ」


セロにそう言い放つと賑やかに去って行った。


「これから酒場に行くのよ」


ソフィーがため息をついた。そこにニコが急いでやってきた。ニコも臨時でパーティーを組んでいるようだ。


「ブランは」

「もう酒場よ」

「間に合わなかったか」


大きく息をついた。


「すまなかったな、セームはどうだ」

「うまくいってる。何があったの?」

「ここではなんだから、まず宿屋に行くか」


確かに私たちは人目を引いていた。


「うん、行こう」


ソフィーたちと同じ宿を取り、セロの部屋に集まった。


「なにがあったんだ」


セロが問いかける。


「何から話したらいいのか」


ニコも疲れ果てた顔をしていた。


3の月、ニルムに来てすぐは、そうでもなかったのだという。西領の開放的な雰囲気は、ブランに合っていたようで、とても楽しく過ごしていた。ソフィーのほうも順調だった。しかし、ニコとブランがもうすぐA級に上がりそうなB級であることが分かると、さまざまな若者パーティーが群がってきた。気軽にいろいろなところとパーティーを組んでいた中の一つがさっきのパーティーなのだとか。女子2人の魔法師に、男子6人の大きいパーティーだ。


「今は男子7人だがな」


ニコは皮肉げに言った。そして4の月になり、A級になったとたん、そのパーティーからの勧誘がひどくなったのだという。ニコにはわずらわしかったが、そうなるとブランにだけ攻勢がかかり、あっという間に引き離された。そして適当にダンジョンに潜り、毎日のように酒場通いだ。


「もう貯金もしてねえ。稼いだ金は全部使っちまってる」

「今までの貯金には……」

「それはまだだ。律儀にパーティー費もいれてるしな」


セロが考えながら言った。


「ブランが子羊から離れて新しいパーティーに入りたいってことか?」

「少なくとも、そう誘われてはいるらしい」

「冷たいようだけどニコ、それも一つの選択なんじゃないのか」

「わかってる。クリフだってザッシュから離れた。ただな……」


ニコがため息をついた。


「どんなに遅くても、必ずここに帰ってくるんだ。話そうとしてもするりと逃げるけどな。なによりあの目………」


ニコは天を仰いだ。


「楽しそうに見えないんだ」


みんなで黙り込んだ。私はぽつりとつぶやいた。


「食べるものがあって住むところがあっても、心が満たされないと人は幸せじゃないんだよ」

「心、か。ブランには何が足りなかった。今までオレたちうまくやってたよな。やりたいことやって、一生懸命生きて」

「そして恋もかなった」

「アーシュ」


ニコは照れたように私の名を呼んだ。そしてはっと目を見開いた。


「オレか、オレがブランを1人にしたのか!」


ソフィーが苦しそうな顔をした。


「ごめん、ニコのせいに聞こえたね、そうじゃなくて」


私は考え考え言った。


「子羊のみんなって、案外別々でそれぞれも目標を持って動いてるよね」

「そうだな」

「ブランは?」

「え……」

「ブランは何を?」

「ブランは、おれといつも一緒で、帝国に行くことも楽しみにしてたし……あれ、ブランから言いだしたことって……今回ソフィーについていくことくらいだ……オレ、ブランのこと何にもわかってなかったのか?」


「影なのよ」


突然ソフィーが言った。


「ソフィー?」

「私にはわかるの。よく似ていて、でも私より華やかなマリアと比べて、いつも目立たない私は、影のようだといつも思ってた」

「そんな……ソフィーはマリアとは違うよ」

「アーシュ、わかってる、わかってるのよ。とくに子羊のみんなはまったく私たちを比べない。でも、だからこそ私はマリアとは別の道を選び、別の生き方をしたいの。自分だけが光る場所を勝ち取りたいの」

「じゃあ、ブランは……」


ニコがつぶやく。


「あいつは俺の影だと思ってるってのか」

「ブランは私たちの誰より明るくて、深くものを考えないわ。私のようにはっきりと感じているとは限らないけど」


セロもつぶやいた。


「ニコとマリアのことがきっかけで、自分が揺らいでるってことか」

「自分が一番の場所を見つけたいのかも」


私が言うと、ニコは


「それがあいつらのとこだってのか!あのクズどもの!」

「クズって」

「あいつらみんな魔法師の取り巻きだ。ブランこそA級だが、他の奴は見かけだけの実力なしだ!あんな女、オレたちの母親のようにいい男ができればすぐのりかえ、る……」

「ニコ?」

「探して会いに行けばよかったのかって」

「だれが?」

「ブランが。ブランを捨てた母親を。捨てられたことを、許せてないのか……」

「ニコはどうなの?」

「いや、おれはもう親なんてどうでもいい。オレの光はある。じゃあ、ブランの光は……」

「ニコでしょ」

「いや、今は……光を見失ってるのか」


「とにかく、どうする?話を聞く気もなさそうだし」


セロが言った。


「すまねえ、せっかく来てもらったが、どうしていいか」


そしてその夜からブランは帰ってこなくなった。そして3日後、それは起こった。


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