アーシュ12歳9の月の終わり
みんなが進路を決めた8月も終わり、9月に入ると、アロイスたちは、それは熱心に授業を受け、帝国語クラブに参加し、真面目にクラブ員に帝国語の指導をした。少しでも学院で得るものを増やしたいという一心だった。そんな彼らに、息抜きさせつつ、ダンジョンに付き合いつつ、私たちは割とのんびり9月を過ごした。
「ちぇ、お前らさ、のんびりしてるけど、高等学校はけっこう勉強つらいらしいぜ。ましてや俺たちと一緒だと、貴族が多いあの学校になるだろ?平民、孤児、冒険者、異国人となったら、嫌がらせされるかもしれないってのにさ。冒険者として行ったほうが楽だったと思うよ、俺は」
「私もそう思うんだ、テオドール。何で大使はわざわざ留学生としたのか……」
「そうなの?嫌がらせってなにかな。くつ隠されちゃう?机の中にゴミとか入れられる?教科書破かれる?水とかかけられちゃう?」
「こわっ、アーシュ、どこからそんな発想が出てくるんだよ。うーん、無視するとか、かな」
「どうやって水をかけるの」
とマルが聞くので、
「窓の下を歩いてる時にね、2階からザーッて」
「具体的だな、おい」
「窓の下に来るまで、バケツ持って待ってるの、変」
「うーん、確かに……じゃあ、庶民のクセに!とか?悪口を言う」
「庶民だからいい」
「親がいないクセに、とか」
「覚えてるからいい」
「辺境の小さい国のいなか者のクセに、とか」
「田舎者だからいい」
「んーと、あとはね……」
「お前ら、もういいよ。いじめるやつが気の毒なきがしてきた……」
「いじめられたら、学校を辞めて、帝国の先に行ってみようか」
とセロが言った。
「フィンダリアか?」
「そう」
「援助されなくなるぜ」
「金なら問題ないよ、稼いでるし」
「お前ら意外と金持ちだよな」
「まあな、まあのんびり行こうぜ」
そうして9の月の終わり、旅立ちの日が来た。
「では、行ってきます」
「うむ、見聞を広げてくるがよい。セロ、ウィル、アーシュ、マル、よろしく頼む」
「はい、先生、2月中には王都に送り届けます」
オルドに行くのは初めてだ。王都の中央門から出て、草原をゆくと、やがて両側から少しずつ稜線が現れ、突き当たりの大きな山脈のふもとがオルドだ。ギルドに行くと、ニコとブランが苦々しい顔で待っていた。どうしたの?
「やあ、アーシュ、久しぶりだね、おや、本当に大きくなって!」
ジュストさんだ!
「ずっと待ってたんだよ、さあ、一緒にダンジョンに行くよ」
「ええ……」
アロイスたちはポカンとしている。セロとウィルが気色ばんで止めようとした時、
「ジュスト」
「しまった!見つかった」
「ヒューゴさん!ルイさん!」
「すまないな、ニコとブランを見つけてついて行ってしまったんだよ」
子どもか!
「ところでアーシュ、早速だがうちにきてガガでも入れてくれないか?奥さんが楽しみにしていてね」
「いいですけど、ルイさん……あの……」
「今日くらいはダンジョンを休んでもいいのではないか?」
「いいですけど、あの」
「オルドに来る道中はどうだったね」
「山が素敵で、あの」
「うちの奥さんは料理上手でね」
「あの」
「ルイ」
「ん?」
「ジュスト以上に勝手だぞ」
「そうか、久しぶりで楽しくてね」
そこでセロが声を出した。
「あの、こちらは帝国からの留学生で、アロイス、テオドール、エーベルです。冒険者として勉強できるかと思って、連れてきました」
「おお、話は聞いているよ。子羊諸君共々、うちのクランで預かるのでいいかね」
「あの、いいんですか?」
アロイスが遠慮勝ちに聞いた。ルイさんは、
「構わないよ。帝国の子に冒険者のあれこれを教えられるのは光栄だね。と言っても剣士だからヒューゴが担当か」
と言った。ヒューゴさんも、
「子羊組と共に、あるいはうちのクランの若いのとともに、しっかり鍛えてやる」
と言う。そこにジュストさんが
「合間に僕ともダンジョンに行こうよ」
と言い、ルイさんが、
「そうだな、魔法師組も頑張ろうか」
と言った。ニコやセロは不満そうだったが、
「ジュストも子どもでわがままなだけだ。魔法師としてはなんの問題もない。アーシュの力がぐんと上がるぞ?」
と言われ、しぶしぶ引いていた。小声で、「子どもでわがままなのが問題なんだよ」とはいっていたが、私は文句はない。ジュストさんはおもしろい。ルイさんについて行くと、大きなお屋敷に着いた。
「ただいまー」
「おかえり、お客かい?」
大きな女の人だ!
「奥さんのルミエルだよ、料理上手なんだ。こちらは子羊たちと、帝国からのお客さんだ」
「まあまあ、あんたたちが朝食とランチの仕組みを作った子たちかい、なんてかわいらしい。オルドでもやってみたいと思ってたのさ、後で話を聞かせておくれな。帝国の子もよろしくねえ」
ルミエルさんはちゃきちゃきしていた。ルイさんはニコニコしている。ああ、楽しく温かく過ごせそうだ。
次の日からすぐ、ダンジョンアタックが始まった。オーガ1体くらいなら今までも何とかなった。しかし、オーガ5体を魔法だけでどうやって倒せるのか。私は知っている。炎を高温にすることを。風を鋭くすることを。つぶてに回転をかけることを。ずっと出来ていなかった氷さえつくれるようになっていた。
しかし、やれるからといってやりはしない。それは、その魔法を人に向ける危険を教えられているからだ。だから魔物にも基本魔法と応用を使う。しかし、オルドではその限りではないと教わった。
スライムを倒す風の刃や高温の炎をオーガに使ってもよい。そうして確実に1体1体倒さないと、自分が死ぬ。その代わり、魔法師としての倫理をさらにしっかりと教わった。帝国に行っても、攻撃魔法は教えてはいけないことも。人は力を持てば使いたくなる。その力がすべて魔物に行くメリダ以外は、それは人に向いてしまうからと。
時にはウィルも交えて、4人で行くオーガダンジョンは楽しかった。しかし、ただ1人、マルだけが苦戦していたのだった。




