アーシュ11歳11の月
今日3話目です。
「では、行ってきます」
「お前らホントに自由になったな。普通荷物持ちは移動しねえぞ」
「あちこち派遣されてるから」
「それを言われるとな、まあ、シースは暖かいが、体には気をつけろ」
「「「「はい!」」」」
まずはメルシェまで3日。セロとウィルは、護衛も兼ねた冒険者割引で馬車に乗る。私とマルはお客さんだ。わずかに残る緑も寒々しいが、初冬の澄んだ空気を楽しみながらメルシェについた。ギルド長にあいさつし、ダンに頼まれていたお茶類の仕入れを整理し、すぐにシースに旅立った。シースはメルシェから南に馬車で3日。冬なのに次第に暖かくなる不思議な移動は、2日目の乾燥地帯を抜けて、やっと終わる。
砂だらけの私たちは、まずはギルドに向かった。セロとウィルの後を、マルと手をつないで歩く。ギルドで宿の紹介を頼むと
「安いところでも、1泊1人3000ギルなのよ。妹さんを連れてたら、雑魚寝は難しいわよね」
「え?いや、大丈夫……」
「なんとかなる?じゃあ、ちょうどいいところを紹介してあげる。冒険者よね、明日からしっかり稼ぐのよ」
と励まされていた。
ポカンと口を開ける私たちに、ますますあわれむような視線が突き刺さる。
「親がいないのね、妹をつれて冒険者だなんて、泣けるわ」
「ちゃんといいところ紹介した?」
「安くておいしい女将さんのところよ」
「あそこなら大丈夫ね」
急いでギルドを飛び出し、顔を見合わせる。
「何も間違ってはいない。妹だし、孤児だし、冒険者だし、親切だし」
「でも、なんか違うんだ」
「オレ、なんかいたたまれなくて」
おかしいやら、切ないやら、荷物持ちが旅に出ないって、こういうことか。子どもは、旅をしないんだ。する子は、訳ありってことか。とにかく、宿に向かおう。
「いらっしゃい!おや、冒険者、妹づれかい、親はどうしたんだい、いない?宿代は大丈夫かい?前払いでもいいって、まあ、後でもいいけどさ。四人部屋がいいかね、そうかね、じゃあ娘に案内させるよ、ジェシカ!」
「はーい」
「冒険者だとさ、2階の四人部屋に案内しとくれ」
「はーい、どうぞ」
「あたしジェシカ、11歳なの。あんたたちは?」
「「11歳」」
「おんなじだね!ねえ、夕方なら少し遊べるんだ、後で遊びに行かない?。港を案内するよ?兄さんたちも一緒にさ」
「「いい?」」
「いいよ、オレたちもいいのか」
「いいよ、後で呼びに来るね。はい、ここ。ご飯は夜と朝でいい?食べる所は食堂ね」
「ありがとう」
四人部屋は狭いけれど清潔だった。これで1泊3000ギルなら悪くない。休んでいるとすぐに迎えが来た。
「わあー、海だ!」
「船だ!」
「海のにおいがする」
「港は初めて?」
「うん、メリルから来たの。山だから」
「遠くから来たんだねえ、まだしばらくいるんならさ、釣りも教えたげる」
「ホントに?やったー!」
「あ、ねえ、みんなー、宿のお客なんだけどさー、しばらくいるって、遊んだげてー」
「おー、お前らどこから来たんだ?冒険者?すげーな、オレらは港で手伝いしてんだ」
「よろしくな」
「おう!なあ船見に行こうぜ」
「「うん!」」
こうしてジェシカのおかげで、あっという間にシースになじんだ。朝は早くに起き、ギルドで訓練し、朝ごはんを食べ、ダンジョンに行き、早めに上がってジェシカやみんなと遊ぶ。セロやウィルまで、夕方はみんなと遊んだり釣りをしたりした。それは当たり前の生活なんだけれど、当たり前ではなかった。誰も自分たちを知らない。ただの孤児で、冒険者の兄妹。ただの子どもでいられた。そこには自由があった。
「あっ、痛っ」
「おねえちゃん、ごめんね、大丈夫だった?」
「大丈夫、あなたは?」
「へーきだよ、じゃあね!」
「……」
「シースにも、孤児がいるんだな」
気がついてはいた。毎日ギルドに向かう時、荷物持ちの孤児を見送る小さい子どもたち、解体所に向かう子どもたち、ギルドから帰ってくる時、大事そうに黒パンを買って帰る子たち、うれしげに待つ子たち。
「やせてた……」
「4年前のマルたちと同じ……」
「あんたたちは兄さんが冒険者だからいいけどね、あの子たちは大きい子で11歳なんだよ」
「何人いるの?」
「今、10人くらいかね、こことメルシェとメリルはギルド長が仲良くてね、解体所で孤児を雇ってるんだけど、なかなかね」
「大して稼げないよね」
「みんなも何とかしてやりたいと思ってんだけど、何をしていいかわかんないんだよ、裕福でもないしねえ」
「住むところは……」
「ギルドの先のあばら家にね」
セロがギュッと手を握る。
「明日からさ、荷物持ち、別の人と行ってくれるか」
「セロ、いいよ、あの子たち連れていくの?」
「少しようすを見てみたいんだ」
もうただの子どもでは、いられない。




