アーシュ11歳8の月3週目クランにて続き
今日3話目、王都の翼編、終わります。
訓練所はシーンと静まり返っている。
「おばさん」
「な、なんだい」
「アーシュの父さんはね、ダンジョンで死んだんだ。7歳の時」
「そんな……」
「母さんもね、後を追うようにして死んだ」
「……」
「それからアーシュはさ、1日に黒パン1個しか食べれなかったオレたちのために、野菜クズを集め、解体所で働いてクズ肉をもらい、一生懸命ご飯を作ってくれたんだ。子どもはお肉も野菜も食べて大きくなるの、ダンジョンでは空腹は命取りだからって」
「あたし……」
「ジュストも聞くんだ。そうやってオレたちのために作ってたご飯が、やがてギルドで認められて冒険者のためになってるんだ。きいたことあるだろ、東西ギルドの朝食とランチ」
「知り合いが世話になってるよ……」
「みんなも聞けよ!この中に、レーションの世話になってないやついるか!」
「「「……」」」
「いないだろ!それもみんなアーシュが開発したんだ!アーシュの父さんみたいに、ダンジョンで死ぬやつが少しでも減るようにって!」
「……あ……」
「アーシュは優しい、アーシュは怒らない、アーシュは何でもがんばる、けどまだ11歳なんだ!大人の都合で使いつぶすな!」
セロがアーシュを抱いて立ち上がる。
ニコが前に立つ。
「オレたちに、王都の翼に付き合う義理はない。3週間ようすを見たが、空腹で冒険者をダンジョンに送り出すような所に学ぶことなどない。アーシュとマルの扱いについて正式に謝罪があるまで、メリルの子羊は王都の翼とは一切かかわらない」
「いや、待ってくれ……」
「ジュストさん、このままのクランでは、謝罪されても同じことの繰り返しだ。アーシュは笑って許すだろう。変な人だからって言ってな。でも、オレたちはアーシュを大事にしないやつは許さない」
「アーシュって何様だよ、たかだかラスカに勝ったくらいでよ」
若いヤツが吐き捨てる。
「言っとくがな、オレもアーシュも魔法師だからな。本気で来るなら、魔法で来いよ」
「魔法師!」
「ウィル、かまうな、行くぞ」
「「「「「3週間、お世話になりました」」」」」
「ジュスト、お前何をやった?」
「いや、ただ面白くて強い子がいたから、みんなの刺激になればなって」
「考えなしにも程がある。メリルの子羊って言ったか……。まあすべては『涌き』が済んでからだ。ジュスト、お前はちゃんと謝っとけ」
メリルの子羊を敵に回して、そんな適当な扱いで無事に済むわけがなかった。アーシュの知らないところで、まずグリッター商会が動いた。石けんが手に入りにくくなった。レーションもなかなか回ってこない。子羊亭はいつも満室お断りだ。東西ギルドでの扱いも冷たい。もちろん、商会の売上も落ちるが、そもそもアーシュがいなかったらできなかった商売だ。そのうち、けが人が増え始めた。ここにきて、ようやくクランが謝罪に来た。
「何やってるの!ダンジョンで帰ってこれない人が出るかもしれないのに、私が喜ぶとでも思うの!」
「けどさ」
「済まなかった。大きいクランだからと言って、おごっていたようだ。君たちが来てくれたことは無駄ではなかった。若い子たちの訓練に熱が入ったよ。1年間、時間をくれないか。来年の夏には、ちゃんとできてると思う。ほら、ラスカ、おばさん」
「意地悪して、ごめんなさい」
「あたしもだよ、もう2度と冒険者を空腹でダンジョンに出したりしないよ」
「私も勉強になりましたよ。魔法師としての戦い方をいろいろ学べました」
「アーシュ君、君は……」
「ほらな、だからアーシュはいいように使われるんだよ。もうこいつに手を出さないでくれ」
「ほんとにごめんなさい。嫌かもだけど、もう絶対意地悪しないから、訓練とか遊びに来て?」
「ラスカ……」
「悪いのはジュスト。乙女心が分かってない」
「ほら、これ、ラスカ?だっけ」
「なに?」
「リボン。ほしかったんだろ?マルにやるやつ、余ってたから、お前にやる」
「ホントに?ありがとう!」
「「ウィル……」」
「なんだよ」
「「べつに……」」
「そういえばジュストさんは……」
「あいつはしばらくオルドに島流しだ。魔法師にはつらいとこだが、どこにやっても罰を与えてる気がしない。いっそのこと帝国に送るか……」
「ははは」
こうして11歳の夏は、王都の翼に巻き込まれて終わった。




