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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    差し出す手、伸ばす手(6)


 ――――ィィイインッ!!


 重く、鋭く、まるで聴覚を引き裂くような金属音が鳴り響く度に大気が震え、緑豊かな大樹が枯れ葉の如く宙へと舞う。

 耳を劈く音が鳴る、鳴る、鳴る――幾度となく鳴り重なり合う不協和音が奏でられる度に広く深い森林は痛々しい様を見せながら切り開かれていく。


「むぅっ!」

『――■■■■――』


 無慈悲に、理不尽に。剣撃の嵐が豊かな自然を淡々と蝕む。

 そんな状況を作り出すのは白髪の偉丈夫――ベッカーと人の眼窩には到底収まりきらない血の滴る眼球を蠢かせる一体の異形――生前の名残など何一つ失ってしまったキトとロワーのなれの果て。


(キト、ロワー……。出来る事なら直ぐにでも弔ってやりたいのだが――っ!)


 皮膚は剥がれ落ち露わになる骨と血肉、左右体格の違う肉体を悍ましく蠢く複数の触手が無理矢理繋ぎ合わせていた。左右の体格差によって著しく動きが阻害されるであろう欠点を、身体を繋ぎ合わせているモノとは別の触手が夥しい刃の応酬の最中でも、凶暴かつ予測困難な蛇剣の如きうねりによって振るわれる触手刃と繊細な身体捌でベッカーへと襲いかかっていた。


(くぅ、何と厄介な魔法具だ……これでは迂闊に魔法を使うわけにはいかん!!)


 自身の命を脅かすには充分すぎる威力を内包する無数の触手刃を切り払い、流し、躱し異形の攻勢を凌ぎ続けるベッカー。絶え間ない攻撃をかいくぐり僅かな隙を見逃さず攻撃へと打って出る、それを只管に繰り返してきた彼の頬にとうとう凶刃の切っ先が掠めてしまう。

 一人と一体の間で行き交う矢継ぎ早な斬撃の応酬、その際に伴う余波は災害の域に達している。

 そんな戦いの中でベッカーが異形より受けた傷はかすり傷が一つだけ、それも血が僅かばかり滲む程度……だと言うのにベッカーの表情は険しさを増していく。

 何故なら――


(また魔力を奪われた、この膠着状態があちらに傾いてしまうのも時間の問題だが……今は!)


 キトとロワー、二人の身体を苗床として来合わせ暴威を振るう異形――疑似人体試作魔法具『未完魔律調整体(フラグメント・レプリツク)』が持つ魔力吸収機能。『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』の試作の一つで性能は魔法具と同一のもの。

 しかし、生命体を素に真価を発揮するよう汲み上げられた生物兵器であり、その性能は脅威と言う他ない。現にベッカーと刃を交える『未完魔律調整体』の力は精霊騎士クラス、其処に魔法――魔力そのものに干渉し奪う事の出来る機能。


 牽制の意味を兼ね様子見に放った魔法はおろか、友人達の遺体を傷つける事に臆すること無く向けた高威力な魔法も、機能を停止すべく確実な破壊を目的として用いた一切の加減無い魔法……それら全ての魔法を『未完魔律調整体』は禍々しい鋭刃で切り結び取り込み自身の力へと変換してしまう。それだけでなく刃が触れてしまえば肉体に付与する強化魔法や体内の魔力さえ貪るように奪っていく。

 しかし、素体が生物であるからか、衣服や武器に付与した魔力は些細とも言えないほど魔力吸収率が低い。この事を考えれば機能では無く特性と言うべきか。

 だが、ベッカーが表情を曇らせているのは『未完魔律調整体』の性能だけでは無い。


(仕留めきれなかった猪達の位置が掴めん、魔法具であっても起動していれば少なからず魔力が溢れ出ているというのに……魔力を奪うだけでなく探知出来ないよう細工も施されているとはか。魔力吸収、魔力探知無効化……個体ごとに異なる能力であるなら良いが、そうで無く基本的な特性だというなら対処しきれる者がどれだけいるか)


 個別の能力であっても厄介極まりない、それも魔力探知の無効化は戦場の情報が乏しいベッカー達にとって一気に戦況を傾けられてしまってもおかしくない。最悪なのは『未完魔律調整体』全てに魔力吸収と探知無効化が備わっている、または第三、第四、第五と未確認な複数の機能を有している場合だ。

 そんな危険な生物兵器が他に三体、キトとロワーが相対していた時よりもずっと数の脅威は低下したとはいってもベッカーに襲いかかる『未完魔律調整体』の力を見れば安心など出来るはずも無し。


(魔法や身体に触れさせなければ問題ないとしても魔力に対する恐ろしいまでの干渉能力、気付くのが遅れ対処し損ねてしまった。目の前のモノよりも脅威ではないモノだとしても、野放しにしおいて良いモノでは無いっ!)


 目の前に居ても魔力の揺らぎ一つ感じられない異形、少しでも早く他の者達に伝えなくては被害が出てしまう。それもどれだけの被害になるか考えるだけで恐ろしくなるほどの犠牲が出てしまうかも知れないのだ。

 それでも対峙する『未完魔律調整体』を無視することは出来ない、此処で情報の共有を優先し姿を見失ってしまえば取り逃がした三体よりも被害が大きくなってしまうのは明らか。そのせいでベッカーは『未完魔律調整体』の危険極まりない戦闘能力に足踏みし破壊しきれず、引くことも出来ないまま『反逆の境』にとって刻一刻と悪くなっていく状況にベッカーの眼差しは鋭さを増し眉間には深い皺が出来上がる。


『――■■■!!』


「ええいっ、何時までも足踏みをしているわけにいかんと言うのにどうしたものかっ!!」


 確実に、正確にかつ的確に。

 伸縮自在のうねる肉の刀身といえる触手の統一性のない動きとは裏腹に頭部、胸部、肩や肘に膝や足首。人体の急所目がけて命を刈り取りに来るだけで無く攻撃に防御、回避とベッカーの動きそのものを阻害もしくは停止を狙って絶え間なく刃を突き立てる『未完魔律調整体』。

 自身の広い間合いを生かした太刀筋の読みにくい変幻自在な多角的斬撃を主としながら、曲線では無く直線――最短最速で致命傷となる箇所を狙い撃つ刺突攻撃。異なる二種の攻撃による攻勢はベッカーの足を鈍らせ次第に防御一辺倒に。

 ここに来て回避よりも防御に徹しなければ一方的に魔力を奪われてしまう程に追い詰められてしまうベッカー。だが、追い詰められてしまっているとは言え被弾は無い。形勢は劣勢ながらもベッカーの瞳に曇りは無く、僅かな勝機を見逃さず勝利を手繰り寄せようとする強い意志が煌々と宿る。


『――』


 だが、生きるべく前を見据えるからこそ終わりは唐突にやってくる。

 その刃は正に死神が携える大鎌、他者の魔力を奪い喰らいながら魔力を放つことは無く一切気取られること無くベッカーの背後。絶え間なく鳴り響く鈍色の残響にまみれる事で、無音の如く地中深くから這いずり忍び寄る切っ先。

 それはキトとロワーの命を刈りとった意識外の一刺し。身に降りかかる凶刃をへ全力を注ぐ五感では間に合わない、魔力探知による認識も出来ない、数多の視線を越え身に付けた危機感さえ掻い潜る決死の一撃は誰にも、何にも阻まれること無くベッカーの心臓を貫く――


「父さんっ!」


 ――こと無く、その凶刃と肉の刀身とを切り離され血飛沫を上げて宙へと舞った。


「おおっ、フォルティナ! 助かったぞ、今のは間違いなく死んでいた。ふはははっ!!」


「笑ってる場合じゃ無いわよ!!」


 後ほんの少し到着が遅れていたら命を落としていたというのに、あっけらかんと笑い声を上げる父に怒声を返しレイピアを構えるフォルティナ。『未完魔律調整体』もフォルティナの乱入に驚いたのか、その場から飛び退き二人から距離を取った。


「こうして目の前に居るのに全然魔力を感じないなんて……あれって何なの?」


「分からん、だがアレが振るう刃は魔法を切り裂き肉体に傷を負わせる事でこちらの魔力を奪う」


「何てデタラメな、ちょっと聞いただけで厄介な相手なのが分かるわね。他には?」


「お前も言った通り魔力探知にも掛からん……魔法具の類いなのは確かだろうが油断はするな」


「それはこっちの台詞だと思うんだけど?」


 父の言葉に呆れた視線を返すフォルティナだったが、彼女が立つのはベッカーよりやや左後方。それも左半身を前に、レイピアを持つ右半身は反対へと向けられている。簡易的にではあるが互いに死角を補う陣形。魔法による防御や支援が行えない以上、頼れるのは自身の五感のみ。

 ベッカーと共有できた情報は少なすぎるものの、魔力に対する絶大な優位性を持つ相手に剣技のみで立ち向かわなくてはならない事を瞬時に理解したようだ。

 しかし、


「助けられた手前、何をと思うかもしれないが――フォルティナ、お前はすぐにここから離れアレと同じ力を持つ別個体の対応に向かってくれ」


「別個体、アレと同等の力だとしたら……だけどそれじゃっ!」


「言いたい事は分かっている。だが、今は少しでも早く見つけ出して対処しなけれならん」


 取り逃がした個体も多少の差はあっても目の前の個体と同等の力を有していると考えて良いだろう。そうなると単独で相手をすることが出来るとすれば『反逆の境』においては自身と娘だけ、必要に追われれば名無も戦力として加わってくれるだろうが防衛体制が整うまで別個体が身を潜め続けるとは考えにくい。


「こいつは我が必ず倒す、だからフォルティナ――許せ」


「父さん! それはだ――」


 現状、ベッカーが一人で『未完魔律調整体』に勝てる可能性は低い。

 しかし、その劣勢を覆す事の出来る手札を切るベッカー。フォルティナと同じ紅い瞳が銀の色を纏い始めた――が、同時に二人を囲うように三つの黒い影が土煙と共に地中から飛び上がる。


「しまった、まさかこちらに――」

「っ!?」


 地中から姿を露わにしたのはたった今、フォルティなの制止を振り切り対処を一任した別個体達。まだ猪として面影が充分に残る毛皮に土を被らせ、それぞれの背中からは十数本の触手刃がベッカーとフォルティナという獲物を前にして荒ぶるような様子を見せていた。

 そしてそれは直ぐさま答えを示すように荒ぶる無数の触手刃は閉じ込める檻のごとく二人の周囲を穿ち退路を遮る。そして、悍ましい檻の外では『未完魔律調整体』が両腕の触手刃を一つに重ね合わせ斧を思わせる肉厚の巨大な凶刃を造り上げ二人へと振り下ろしていた。

 ほんの僅かな逡巡が抗う事すら許さず残酷なまでにベッカー達に死を告げ、













「――『風製製統(エア・クラフト)・破風乱陣』」














 瞬く間も無く大気を裂く風切り音と供に吹き荒れる颶風の多層刃がベッカーとフォルティナを護り包み、二人の閉じ込めた凶悪な檻とソレを作り上げた三体の『未完魔律調整体』、そして命を刈りとろうと迫っていた凶悪な斧刃を拮抗する事無く吹き飛ばした。

 自分達の裏をいとも簡単にとり、あっけなく命をかろうとしていたモノ全てが見る影も無い肉片と化した光景にベッカーとフォルティナは揃って眼を見開き言葉を失っていた。そんな明確な隙を晒している二人ではあったが、颶風の刃から逃れた『未完魔律調整体』も自我を持っていたのか血走る眼の瞳孔を驚きに震わせる。


「ベッカーさん、フォルティナさん……間に合って良かった」


 二人と一体が突然の出来事に固まる中、ゆっくりと地面を踏みしめ彼等に近づく少年――風音流は額から頬へと止めどなく流れる汗を拭い安堵の表情と供に声を響かせた。



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