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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    差し出す手、伸ばす手(5)


 深緑の天蓋が覆う森の中、時間を掛けて通された砂利道に森に住まう動物達が通る獣道が幾つも行きかい重なる。その手の行き届いた道を、自然の生態系が作り上げた道を全速力で駆ける少年の――流の姿があった。


(――急げ、急げっ! 早く名無達の所へ!!)


 外部から深域内へ侵入を許すという『反逆の境』に置いて前例のない異常事態に際し、ベッカーと別行動を取ることになった流。

 流がベッカーに与えられた役目は援軍として名無を連れて戦線に戻ること。

 相手の戦力が分からない状況下で顔を、人柄を、『反逆の境』内における戦力としての序列までも正確に把握しているベッカーが迷う事なく名無の助太刀を求めた。その事実だけで今、自分達が置かれている状況が良くない事が流にも理解出来てしまう。

 はやる気持ちを抑えようとしても焦燥は止めどなく流れ出る汗として、不安は着実に蓄積していく疲れなど知らぬと言うように前へ前へと進もうとする歩みとして表れてしまっている。


(ここまで来るのに何分かかった? 一分? 二分? 十分は経ってないはず……ああっ! いつもなら学園のオペレーター担当が状況を詳しく教えてくれるのに!!)


 『強化獣種』との戦闘は四人一組が基本、其処に宇宙空間に設置された対『強化獣種』戦闘支援人工衛星【プロビデンスの瞳】を用いたオペレーターによる補助によって高い確率で有利な状況で戦う事が出来ていた。

 しかし、この世界では戦力となる人員は補填出来ても戦場規模、敵個体との接敵タイミング、種別、数、現時点における被害状況……過去の戦闘事例から確立された対処法等。質の高い後方支援を受ける事は出来ない。

 現に名無の元へ向かう最中、道順は覚えていてもどれだけ時間が掛かっているのかを正確に理解出来ていなかった。刻一刻と状況が変わっていく戦場、それも広範囲に広がってしまう可能性がある今回の襲撃に関して正確な時間の把握が出来ていないのは致命的と言えるだろう。

 これが数秒程度であれば誤差と言えるが数分、十数分ともなれば敵が別の地点へ移動している。増援が到着しているといった状況になってしまうかもしれない、そうなれば流が名無の元に持ち帰った情報はほぼ使い物にならないものとなっていてもおかしくない。それ程までに時間の経過を正確に認識していなければ、場合によっては味方が全滅してしまう事も充分にあり得る。

 その上、流は名無やフォルティナ達の様に魔法を使うことは出来ず、まして魔力探知による人物の所在を探る事も出来ない。名無が屯所から離れてしまえば、どれだけ時間が掛かってしまうか……


(まだ名無が屯所に居てくれると良いんだけど――っ!)


 名無との合流に生じる不確定要素に表情を曇らせ走り続ける流だったが、そんな彼の眼が抱いた不安を払拭するものを捉えた。


「フォルティナさんっ!!」


 流の前方、目的地である屯所方向から姿を見せたフォルティナ。彼女も流と同じように焦燥に後押しされ移動していたのだろう、向こうも流に気づき僅かばかり表情から硬さが和らいだようだ。


「フォルティナさん、名無は? 名無もこっちに向かってきてたりする? 俺、魔力探知が全然出来ないから――」


「出会い頭にそんなに問い詰めないで! 私だって状況を完全に把握し得てるわけじゃないんだから」


「ご、ごめん。そうだよね、落ち着かないと、今は落ち着かないと……すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……」


「まったく、あんたの方が慌ててどうするのよ? ……まあ、お陰で私も落ち着けたけど」


「えっ、今なんて?」


「何でも無いわ、それより知ってることをすり合わせるわよ」


 慌てふためく流だったがフォルティナに一喝され自分を言い聞かせる余裕を取り戻す、フォルティナもフォルティナで自分以上の反応を見せる流を見て冷静になれたようだ。頬を伝う汗を袖口で乱暴に拭うも焦りは見られない。


「ナナキさんはレラさん達の所へ行ったわ、近くに猫先生もいるみたい……猫先生の診療所を防衛拠点にするみたいね」


 踵を返し名無達がいる診療所の方向へと眼を向けるフォルティナ。

 視線を向ける紅い双眸に名無達の姿を映らなくても、彼等が身に宿す魔力の気配が診療所だけに留まらず、忙しなく動き回っている事が分かる。後手に回ってしまってはいるが、名無達やグノー、そして『反逆の境』の仲間達が現状に対処すべく迅速な行動を取っている事に信頼の笑みを浮かべる。


「向こうは大丈夫そうね、あんたは診療所に行くように言われたんでしょ? 巻き込んだことは謝るわ。でも、出来るならナナキさんと一緒に護りを固めていて欲しいの」


「ごめん、そっちは手伝えない。ベッカーさんから名無を呼んできて欲しいって――」


「それはあんたを説得する為の方便よ、父さんは最初からあんたを前線で戦わせる気なんて無いんだから」


「えっ……」


「正確に言えばあんたとナナキさんを、ね」


「な、何で?」


「簡単よ、あんた達は私達『反逆の境』の仲間じゃ無いからよ」


 診療所へと向けていた視線を流に戻し、浮かべていた笑みは消え鋭利な刃を連想させる鋭い眼光と張り詰めた表情へ。口にした言葉にも明確に立場の違いを示すものだった、これには流も戸惑いを通り越し言葉を失う。


「でも、誤解しないで。仲間じゃないって言うのはナガレやナナキさん達を信用してないから言ってるわけじゃ無い――魔王を討つ、その為に貴方達は命を賭けられる訳じゃないでしょ?」


「……それは……」


「別に怒ってるわけじゃないから安心して……深域に入る前に猫先生も言ってたでしょ、私達に協力するかどうかは強制しないって」


 グノーがベッカー達の元を訪れた事で、異名騎士最強と名高かった『法具狂』のマリスを倒した名無の力が『反逆の境』にとって有益なものである事が分かってしまった。魔王を討つ、最終的な目的で言えばベッカー達と名無は互いに手を取り合う事が出来る。

 しかし、その目的に対する姿勢。熱量と言えるものに差があった。

 ベッカー達にとって……いや、人間と魔族。

 同族同士だけで無く種族の垣根を越えて心を通わせる者達全てが今日に至るまで何代にもわたり受け継がれてきた宿願。ただ愛する人と、愛する家族と穏やかに暮らせれれば。

 そんな細やかな望みを叶える為に大勢の者達が幾度となく苦汁を飲み下し、血反吐を吐き理不尽に耐え、涙を忍び流し、慟哭に止まる事無く時を積み重ねてきた。

 その積み重ねられ形作られる今を生きるベッカー達と、これからの旅路で目の当たりにするであろう悲劇を食い止めることが出来ればという名無。

 どちらも正しく、どちらも間違っていない。どちらの動機も何れは魔王討伐という目的に達するだろう。けれど、名無はベッカー達のように血気盛んに事に当たる事はない。

 ノーハートを危険視していないわけでは無い、ノーハートを野放しにして置くわけにはいかないと考えている事に間違いない。だが、それと同じように――それ以上にレラとティニーの事が気がかりなのはフォルティナ達の眼からしても明らかだったからだ。


「今、私達と一緒に前に出て戦えば間違いなくあんたは眼を付けられる。それも『反逆の境』の一員として、だけど後方でナナキさんと一緒なら魔法や異能の遠距離支援なら顔を晒さずに済む。父さんがあんたをナナキさんを呼んでくるようにいったのはそう言う事なの」


「で……でも、拠点に攻め込まれた結局同じ――」


「そうなったら猫先生が直ぐにでもあんた達を深域の外に連れ出すはずよ。深域の外に出る時もある程度だけど場所を選べる、出たら直ぐに逃げられるよう転移魔法が発動するよう仕掛けを施してある所があるからもたつかなければ無事に逃げられるわ」


 顔を見られる訳にはいかないというなら顔を隠す方法など幾つもある。

 布の切れ端で顔を覆う、魔法や異能で認識を阻害する。それこそ流の思いつきで作ったマスクでも、この世界においては一時しのぎには充分な視覚的インパクトがあるのだから問題らしい問題でもない。

 しかし、戦いの最中そう言った細工を維持出来るかと言われれば絶対とはいかないだろう。余程実力差がな無ければ、殺し合いにおいて無傷で勝つ事など希も希だ。

 可能な限り不安要素を排除するとなれば、激化が予想される戦線に出て戦う事よりも後方で活動する方が理に適している。


「た、確かに……顔を魔法で隠すのは……俺には難しいから布で隠せば戦えるよ、フォルティナさんは思い出したくないかもだけど俺ならっ!!」


「あんたが、ナガレが強いのは充分すぎる知ってる。それでも魔王を、魔王に付き従う選定騎士達の力は別物よ。ナナキさんが協力してくれてもソレは変わらない」


 名無がいればフォルティナ達の勝率は確かに上がる、その事実が頼もしく感じる事も間違いないだろう。しかし、それでもベッカーが協力を強制しないのは名無が居ても険しい戦いなるであろう事を予期しての事だった。

 名無達が旅の中で見てきたものが、知ったものが、託されたものがあるようにベッカー達にも今日に至る経験がある、敗北を重ねてきたという経験が。

 その敗北が直接なもので無くても、定期的にフォーエンに立ち寄るグノーの見知った外界の情勢を聞くだけで分かってしまうのだ。

 自分達以外の魔王に仇成す勢力がどう動いているのか、どうなってしまったのか……そこから導き出される自分側と魔王側の力の差が覆すことが困難な物である事を。


「今起きてる騒ぎは魔王側が本腰を入れてきたのは間違いないと思う、見つけるのも入るのも簡単にはいかない深域を探り当てられた時点で向こうの勝利は確定してるも同然……要はこんな負け戦に世間知らずなお人好しを巻き込みたくないってこと」


「負け戦って、まだ勝てるかも知れないじゃ無いか!?」


「ええ、私達だって勝つつもりで動いてるわ。だから全力で戦えるように護りをナナキさんに任せてるの……まあ、負けそうだったら直ぐ逃げられるようにって意味合いの方が大きいんだけど其処は話が堂々巡りになっちゃうからこれでお終い。簡単に纏めると私達に手を貸せばあんたもナナキさん達も魔王達の標的にされて今まで通りの生活は出来なくなってしまう、グノー先生と一緒に脱出すれば追っ手を向けられず今まで通りそれなりに静かに生きていける。このどっちかを選ばなきゃいけなくなったってこと」


 私はどっちでも良いけどね、と右手の人差し指と中指を立て流に答えを迫る。

 迫るとはいってもフォルティナが望んだ流れでは無く、ベッカーが差し向け出来上がった状況でも無い。予期せぬ魔王側の侵攻があったために選択の時が来てしまっただけのこと。

 この侵攻が無ければもっと時間を掛けてベッカーやフォルティナ、名無達と流。

 それぞれが熟考を重ねて納得出来る選択を選ぶ事が出来ただろう……これは只そうならなかっただけの話なのだ。


「それなりに顔見知りになった私達の為に命を賭けるって言うなら私に付いてきたら良い、ナナキさんと一緒に旅をして家に戻るなら診療所に向かって」


「………………」


「もう一度言うけど私はどっちでも構わないわ、ナガレが納得出来る方を選ぶのよ……もう行くわ」


 フォルティナは流の答えを聞くこと無くベッカーの元へと向かうべく駆け出す。その背中に迷いは無く、同時に流への気遣いがあった。

 この場に彼女が残り答えを待ってしまっては流の選択の天秤は間違いなく戦いへと傾くだろう、出会いこそ悪くとも接してきた時間が流にフォルティナ達が厳しい現実に身を置きながらも優しく、暖かく、困った人に、酷く傷つき疲れ来た人に寄り添うこと画出来る人格者達なのだと教えてくれた。

 その日々の出来事が脳裏に浮かぶ度に天秤に乗せられた二つの答えのどちらに傾くかなど分かりきった事だろう。そうさせない為に、流が本当に望む方を選んで欲しい、言葉にせずとも顔に出さずともフォルティナの見えない優しさが、流の瞳に映るどんどん遠ざかっていく背中には有ったのである。


「俺は……父さんや母さん、友達の皆にも会いたい……帰りたい、けど……けど……そっちを選んだら――」


 ――フォルティナやベッカー達が命を落としてしまうかも知れない。


「フォルティナさん達を助けたい、見捨てたくなんか無い……でも、そしたら今度は……」


 ……自分の帰りを待ってくれている家族や友達と会えなくなるかも知れない、何より『強化獣種』によって命を奪われてしまうかも知れない。


「俺がいれば助けられるかも知れない……のは、どっちも同じなんだ……なら、どうしたら……どうしたら良い……っ!」


 どちらか一方を助ければ、もう一方は危機に晒される。助けたいという想いはどちらも同じ、違うのは過ごした時間の長さだけ……。

 突きつけられた如何ともしがたい選択を前に、残された時間は余りにも少ない。

 流はあと少しで見失ってしまうフォルティナの背中を瞳に打つし眉間に眉を歪ませ、焦りに視線を震わせ、選択しなければならないという重圧に血が滲むほどに唇を噛みしめる。


(どっちを選ぶ? どっちを選んだら良い?? どっちを、どっちを……俺は――――)





















 ――――――――――のだろう? なら――――――出てるいるも――ではないかな




















 自分の選択で助けられる命が、失ってしまうかも知れない未来がある……その事実に押しつぶされそうになった瞬間、流の脳裏にその言葉が響く。

 それは流の前に提示された残酷な天秤のをゆっくりと、流自身の確かな意思で傾ける助けとなった。


「ごめん……ごめん、謝って許される事じゃ無いけど……ごめん、俺は、やっぱり……」


 血が零れてしまう程に硬くきつく結ばれた唇は震えながらも、絞り出された言葉と黒の双眸に浮かび上がった光に陰りは無い。その確かな意思の輝きは流が選び取ったものに向けられていたのだった。




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