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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    真偽の眼差し(3)


 今日の空は灰色一色、厚い雲に覆われたどんよりとした生憎の空模様。

 天気や気候の移り変わりは時間と同じく、異空間領域内であろうとそれは変わらない。日の姿は無く雲の切れ目から零れる光芒も見当たらない、頭上高く佇む雲がどれだけ厚く空を覆っているのが良く分かる――


「やったー!」


 しかし、そんな鈍色の空も何のその。

 三階の広間にティニーの活力に満ちる颯爽と弾む声が響く。


「みてみて、レラおねえちゃん、マクスウェルお姉ちゃん! ティニー、ちゃんとますくつくれたよ!!」


「はい、とっても上手に出来てますね。これなら直ぐお洋服も縫えるようになりますよ」


『レラ様の言う通りですね、流様が制作した物と比べても雲泥の差です』


「ほんとーっ! じゃあ、じゃあティニーレラお姉ちゃんといっしょにおようふくつくりたい!!」


「そうですね、そろそろ縫い方を覚えてみるのもいいかもしれません」


「わーいっ!!」


『良かったですね、ティニー様』


 暗い空は無縁と言えるほどに室内は明るい雰囲気に包まれていた。

 ティニーが体調を崩して早五日目、風邪としては比較的長引いたもののティニーに病人特有の血色の悪さや気怠さは無い。対するレラもティニーから風邪をうつれる事無く普段通り接している。

 そんな彼女達の手には流考案のマスクが握られており、三人の会話から感染予防に一役買えるマスクが出来上がった事が分かる。家事全般を得意とするレラとマクスウェルが太鼓判を押すのだから確かだろう。

 うまく作ることが出来た事もそうだが、レラと一緒に何か出来る事が嬉しいのだろう。風邪を引いて数日、動きたくても思うようにさせてもらえなかった事もあり何かしたいという欲求がより一層強く出ているようだ。


「うん、それだけ元気に声を出せるならもう大丈夫かなぁ。風邪をひいて我慢してた分、いっぱい遊ぶと良いよぉ」


「ありがとうー、ねこせんせい!」


「……どういたしま、ふあぁぁぁぁっ……」


 有り余った体力を発散するように元気一杯に声をあげるティニー。そんなティニーの声に広間の中で一番日当たりのいい窓際で横になり微睡んでいたグノーは、裂けんばかりに口角を開き大きな欠伸を溢す。


「むにゃむにゃ……一休み出来たしボクは診療所に戻るよぉ。何かあったら来るといいよぉ、何もなくても来てくれると嬉しいなぁ。ここは患者さんが少ないから暇だしねぇ」


「かんじゃさんがすくないのはいいことだよ、ねこせんせい」


「そうなんだけどねぇ、一日中ずっと一人で診療所にいるのも退屈なんだよぉ。気ままに日向ぼっこ出来るのは良いんだけどさぁ」


「じゃあティニーもいっしょにいく! ティニーがしらないびょうきとか、けがの治しかたおしえて。それならねこせんせいもさみしくないよ!!」


「いやぁ、淋しいってわけじゃないんだけどぉ。でも、ティニーちゃんはレラと一緒に服を作るんじゃなかったけぇ?」


「あっ……えっと……」


「大丈夫ですよ、ティニーちゃん。お洋服の縫い方は私でも教えてあげられますけど、薬師さんのお勉強となると私には出来ません。せっかく立派な先生がいてくれる機会を棒に振るのは良くありませんからね」


「じゃあっ!」


「はい」


 レラと一緒に服を作るか、グノーと一緒に医学の知識を磨くか。

 レラと服を作るのは純粋に楽しみだったから、グノーから教えを受けようとしたのは暇を持て余しているグノーを気遣ってだ。だが、どちらもティニーにとって嬉しい事で、したい事だった。そのせいでどちらか一方を選ぶ事になってしまいしどろもどろになってしまったが、レラの後押しでティニーはグノーの元に駆け寄った。


「それじゃ、お出かけの準備をしますから少し待っていてください」


「うん!」


「ゆっくり準備すると良いよぉ、別に急いでないからぁ」


 テキパキと散らかったテーブルの上を片付けたレラは、そのまま自室へと戻り外出の準備を始める。


「外は曇ってますし一応雨具を用意して、あとはナナキさんが心配しないように、グノー先生の診療所に行くことを言伝石に残して……」


『――』


 そんなレラの首元でマクスウェルは相槌をうつこと無く沈黙を守っていた。


(『赤血球、白血球、血圧、血中脂質、血糖、肝機能、心拍数、心電図他全てが正常の範囲内の数値。この生態スキャンの結果からすれば今日明日に状態が急変する確率はほぼセロパーセント――ですが、テロメアのヘイフリック限界が僅かに短くなっている』)


テロメアとは細胞の染色体末端にある構造蛋白体を示し遺伝子情報を保つDNAを保護している。細胞分裂のたびにDNAは複製されているが、末端は複製されずテロメアは短くなる。この細胞の分裂回数をテロメアの『ヘイフリック限界』であり、今回の生態スキャンで見つかった最大の異常。

 しかし、細胞分裂回数の減少は生命体として当然のこと。寿命という限界は物質における強度の限界と何ら変わらない。だというのにマクスウェルが生態スキャンの結果に懸念を抱いているのか。

 ――それは寿命の消費が何によって促進されたかである。


(『ティニー様は科学と魔法、二つの技術形態によって生み出された実験体。その実験において得た高い再生能力によって長くて三十代、早ければ成人まで生きる事は難しい肉体……再生能力の影響、使用された薬剤の副作用。考えられる要因はあっても、今日まで欠かさず生態スキャンを重ねても明確な原因が見つからない』)


 科学的観点からテロメアの劣化原因を見つける事が出来ない以上、原因は間違いなく魔法に起因する何か。それもこれまでに自身が学習、記録した項目ではない別の魔法知識……それだけであればまだ良かった。



 マ―――――



 最悪なのは前提であり解答である科学と魔法の融合、選定騎士クアス・ルシェルシュの手によって生み出された新技術。科学だけでは解き明かせず、魔法だけでも解析は困難。そこに止めを刺すかのように科学と魔法、二つの面を持ちながら異なる第三の技術形態。絶対的に情報が足りない自身が所有している知識だけでは劣化の要因を発見できず、ティニーの身体情報を元に対処療法を考案するしかできないのが現状である。


(『ドクター・グノーが何か違和感を感じるかと思いましたが……あの様子ではティニー様の状態改善に繋がる情報は得られませんね』)


 魔法が自由に使えなくともこの世界で多くの症例を見てきたグノーの知見があればあるいは。しかし、マクスウェルの期待を裏切るように風邪以外の診断は下されなかった。


 

マ――――さ――



 今すぐ命の危険にさらされる段階では無い。



 マ――ウェ――さ――ん



 何の手立ても模索せずにいればティニーの限界が予測している時期よりも早まる事も十分に――


「マクスウェルさん」


『どうかしましたか、レラ様?』


「すみません、何回か声を掛けたんですけど返事が無くて。何か考え事をしてたみたいですけど……大丈夫ですか?」


『申し訳ありません、ドクター・グノーの診断記録を整理していました。風邪とは言え、まだまだ実務経験の少ないティニー様には貴重な教材。ティニー様が第三者の治療を行う際の指標にもなります』


「そうだったんですね、邪魔をしてしまってすみません」


『お気になさらず……それで何か問題でも?』


 テロメアの劣化はティニーに関する重要な事柄ではあったが、科学的知識の無いレラに説明しても理解に苦しむ事になるだろう。何よりそういった専門用語を用いて僅かでも加速している寿命の終わりをぼかして伝える事が出来ない。

 ティニーの寿命が近づいている、そう虚飾なく行ってしまえば間違いなくレラは冷静ではいられなくなる。ティニーを前にして平静を取り繕うのは耐え難い苦痛になるだろう。

 感受性の高いティニーがレラの異変に気付かない訳がない。このフォーエンにおいてどう立ち回るか、今後の方針が決まり切っていない状況下でそんな悪循環は避けたい。

 マクスウェルは生態スキャンで知りえた情報を打ち明ける事無く、いつも通り抑揚のない声で言葉を返した。


「そ、そこまで大袈裟じゃないですよ。ナナキさん達のお昼ご飯をどうしようかなと思って」


『昼食ですか――フォルティナ様と外出する際に昼食は用意されているというフォルティナ様の発言記録を確認。このままドクター・グノーの診療所へ向かわれても支障は無いかと』


「そうですか……なら、せめて先に帰ってきた時に一息つけるようお茶を用意していきますね」


『それで充分かと思われます、他に気がかりな事はありますか?』


「もう大丈夫です。ありがとうございました、マクスウェルさん」


『お力に成れたようで何よりです、まだ作業が残っていますので何かあれば何度かお声がけをお願いします』


「はい」


『では……』


 再び外出の準備に戻るレラの首元で劣化が促進されてしまう要因の解析に戻るマクスウェル。この場に名無がいればまた違った流れになっていたかもしれないが、マクスウェルは一人解決策を模索する。

 ただ只管に、黙々と解析を続ける様子は血の通わない機械らしい静けさ。

 ……それでも望まぬ残酷な結末ばかりに行きつく演算の中で、自身が考えうる最適解を導き出す葛藤は確かな願いが生み出しマクスウェルを突き動かしていた。



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