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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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06  真偽の眼差し(1)
































 ――――大丈夫だ、心配はいらない

















その言葉を純粋に信じる事が出来たのは幾つの時だっただろう。



















 ――――大丈夫だ、心配はいらない



















 その言葉を盲目に信じてしまっていたのは幾つまでだっただろう。




















 ――――大丈夫だ、心配はいらない


















 その言葉が嘘なのだと気づいた時には、もう……。

 

――――大丈夫だ、心配はいらない

虚飾へと成ったその言葉を耳にする度に怒りが込み上げ、伴に突きつけられる不変の事実に後悔する事しか出来ない。

逃げ道など、逃げ場なんて無い。奇蹟どころか僅かな希望さえ抱けない……どれだけ眼を背けても、気づけていたらと想いを馳せても、止まってと願っても『今』という時間は『未来』という終着点へと時を刻む。

ほんの少しも遅れる事無く、淡々と一定に……時間という知らない者はいない概念。

絶対とも、不変とも言える理――その理に干渉する方法はある。

時間を進める魔法、時間を巻き戻す魔法、速める事も遅くする事も出来る魔法はある、時間を操る事も可能な異能も……ただ自分がその力を持っていないだけ。

身に着ける事は出来る――師事する事が出来る適任が居ない。

身に着ける事は出来る――適任を見つけても覚える為の時間が無い。

時間を操る異能の保持者を見つける……のも、時間が足りない。

足りない、足りない、足りない足りない、足りない足りない足りない、足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない――――間に合わない、手遅れなのだと突きつけられた……もう嫌と言う程に。


もっと早く気づけていたら――


もっと早く疑えていたなら――


もっと視ようとしていたなら――



















 ――未来だった、『今』が変わっていたかもしれないのに。






























「念の為に男女で部屋分けが出来るよう手配したんだけど……その様子ならちゃんと休めたみたいね、良かったわ」


「はい、ゆっくり休めました。ティニーちゃんもぐっすりですよ」


 朝の澄んだ空気に差し込む朝日が顔を見せ始めた頃、レラは借り受けた家の台所で朝食の準備に勤しんでいた。

 普段であればここに名無の姿があるのだが、今日は朝早くからレラ達の様子を見に来たフォルティナが代わりにレラと一緒に台所に並んでいる。フォルティナが担当しているのはラム肉とトマトをふんだんに使ったシチュー。

 朝から何ともボリュームのあると思うかもしれないが、使っている肉がラム肉という事もありしつこくない。味付けもトマトの甘みと酸味、そして塩とあっさりめに。かといって薄味にならないよう味のメリハリに辛み、甘みのあるスパイスを少々。

 一緒に煮込む野菜はティニーでも一口で食べられる大きさに切り分けられており、ラム肉に関しても独特の臭みが出ないようしっかりとした処理を済ませこんがりとした焼き色が入っている。

 それらを纏めて煮込んでいるのだが材料の準備から切り分け、味付けに煮込みに至るまでフォルティナがたった一人で捌ききっていた。朝の忙しい時間帯にこれほど頼もしい助っ人はいないだろう。

 レラと話をしていても一切よどみなく調理を続けているのだから、フォルティナの料理の腕が確かな事が伺える。


「野宿に慣れられるっていっても、野外より屋内の方が休めるのはどうあっても変わらないもの。ここにいる間は安心して過ごしてくれていいから……まあ、ナナキさんが居るから言う必要もないとは思うけどね」


異空間領域という特殊空間、フォルティナとベッカーを含めた魔王討伐を掲げる『反逆の境』の総勢一万人。

 たった二つの要因では安全を保障するには、そう思う者もいるだろう。だが、深域だけとってみてもフォルティナの発言に説得力を持たせる事は出来る。

 一つ目は自然界における大きな災害によって引き起こされた魔力衝突による異空間領域そのもの、二つ目は深域の出入り口の所在と出入りの主導権を全面的にフォルティナ側達が握っているということ。

 深域の入り口である空間の亀裂は深域発生時に巻き込まれた者達にしか見えず、後から外部の出入りを許可する際にも深域内部の者の判断で信頼できる人物しか許されることは無い。

 信頼できる条件も魔族と人間族の共存を願う者、魔王討伐を決意する者と弱肉強食が常の世界において既に達成困難とも言える内容だ。

 三つ目としてフォーエンに住まう子供以外の全ての住人が一流の猛者のみという点だろう。仮に外部から侵攻を許してしまったとしても、フォルティナやベッカー、それ以外の住人達一人一人が異名騎士に匹敵、もしくは凌駕する者が一万人もいるのだ。生半可な戦力では敵側に勝利は見込めない、フォルティナの言った安心という言葉の根拠はこの揺るがない事実に基づいての発言である。

 しかし、その優位性にも負けないのが圧倒的なまでの戦力を有する名無の存在。

 直にフォルティナと戦った事は無い、だが『法具狂』のマリスを五体満足で下したという情報はフォルティナだけでなく『反逆の境』に実力者達にとっても衝撃的な物であったのだ。


「さてと、シチューは完成したわよ。レラさんの方はどう? まだなら手伝うわよ」


「いえ、私の方も作り終わりました。朝早くから手伝ってもらってありがとうございました」


「お礼はいらないわ、私の分もあるしね。それにしても……」


 シチューを煮込み終わったフォルティナに続いてレラの方も調理を終えたようだ、彼女の手にはカリッと焼かれたベーコンと薄切りのマッシュルームが乗ったバゲットがずらりと並んだトレーが握られている。その量は優に十人前はあるだろうか、中央には食べ飽きないようケチャップやマスタードまで用意されていた。

朝食には些か不釣り合いな程の量ではある。

フォルティナが作ったシチューもラム肉が使われている事も考えれば朝からボリュームのあるものが食卓に並ぶのは間違いないが、フォルティナはひと際量の多いバゲットを見て呆れた表情を浮かべた。


「カザネのやつ、良く朝から食べるわね。ナナキさんも食べる方とは思うけど、この量は……」


「ナナキさんとの手合わせでいっぱい動きますからね、それに男の子ですから沢山食べる事はおかしな事じゃありません。何より作った料理をお腹いっぱい食べてくれたら嬉しいですし」


「言ってることが保護者じゃない……まあ、レラさんが良いなら良いんだけど」


 小さくため息を溢しながらフォルティナはシチューの鍋を手に食卓へと運ぶ、レラも作った料理が冷めないうちにと手早くテーブルの上に並べ準備を整える。


「準備はできたし私はナナキさんとカザネを呼んでくるから、レラさんはティニーちゃんを起こしてあげて。私が行って驚かせちゃったら悪いしね」


「ありがとうございます……でも、本当に良いんですか? ベッカーさんの分のご飯を用意しなくても」


「さっき安心して良いって言ったけど、それでも深域内で異常が無いか見て回らなきゃいけないの。朝方から昼頃まで、昼前より早く終わる時もあるけど時間は当番の顔ぶれ次第ね」


 深域の特性からすると難攻不落の城塞にも思えるが絶対に突破出来はしない、とは言えない。フォルティナと流の時のような事が起きないとは限らない、むしろフォルティナの戦った相手が流であった事は幸運と言える。

これがレラの良く知る、フォルティナが忌み嫌う強者の理屈を振り掲げ押し付けてくる下郎であったなら自由を奪った上で肉体的、精神的に容赦なく痛めつけてくるだろう。

 それこそ女であるフォルティナが相手であれば抵抗できないようにして彼女の尊厳を弄ぶことすら嬉々として実行するに違いない。そうならなかったのは幸運であり偶然ではあるが、それが起こらないとも限らないのだ。

 そして、何かしろの方法で深域内への侵入が可能となる。そんなもしもにも迅速に対応できるよう深域内部を見回る、見回りは最悪を想定し同時に起こさせないという『反逆の境』のメンバー全員の強い覚悟と結束力の結果である。


「昼の時に朝の分も出す感じてやってたからレラさんが気にする必要は本当にまったくもってないから、私達は私達で朝食にしましょう」


「そ、そうですか……それじゃ私はティニーちゃんを起こしてきますね」


「ええ、そうして頂戴。私も二人を呼んでくるから、何だったら先に食べててくれて良いわよ」


「分かりました」


 父親に対するフォルティナの遠慮ない物言いに苦笑しながらもレラはティニーが眠る寝室へと踵を返す――


「…………はぁ…………」


 そんなレラの背中が見えなくなった時、フォルティナの口から沈痛な吐息が零れる。


「まったく、貴女達の方がよっぽど……」


 そういったフォルティナの視線は出来立ての料理と五人分の食器が並ぶテーブルへと注がれ、それらが映る彼女の赤い双眸には零れ出た吐息に相応しい忸怩たる淋しさが滲んでいた……。



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