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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    深域に逃げ場無し(3)


 ――深域内、フォーエン居住区


 その一画に建つ三階建ての一軒家が名無達のフォーエン仮住まいである。

 内装は至ってシンプル、一階は多くの食料を蓄えておく事が出来る貯蔵庫と、農具や仕事着等を保管する物置に洗い場を兼ねた浴室。二階は来客をもてなす為のパーティールームと二人部屋が二部屋。三階は丸々家主達の生活スペース。

 深域に何日滞在するかも分からない中で貸し与えられた優良物件、その三階に集まって深域最初の夜を迎える名無達。既に食事も入浴を終え後は眠るだけ。ティニーは既に寝室で安らかな寝息を立てている。しかし名無、レラ、流、そしてマクスウェルの四名は居間でテーブルを囲み茶を傾けながら互いに過ごした今日一日の出来事をすり合わせていた。


「あの後、レラ達の方は特に変わった事は無かったんだな?」


「はい、ナナキさん達がベッカーさんと一緒に出掛けた後はフォルティナさんからグリツルの作り方を教えてもらいました。その間も私が普段作る料理がどんなものなのかとか、お裁縫のコツを教えてほしいとか、個人的な事だったり家族の事だったり。村で過ごしていた時とあまり変わらない感じでした」


「深域にフォーエン、俺達について話題に上がる事は?」


『深域については何も、恐らくグノー様以上の情報は無いのでしょう。フォーエンに関しても同様です、こちらに関してはベッカー様から説明を受けたマスター達から話があるだろうからとのことでした。最後にマスターと流様についてですが……』


「……俺達には聞かせづらい事か」


「ナナキさん達、と言うか……」


レラは申し訳なさそうに視線を泳がせ、


『ナガレ様だけ、と言うのが正しいでしょう』


 マクスウェルは躊躇うことなく言葉を続ける。


『ドクター・グノーからベッカー様が流様にフォルティナ様の花婿になるよう迫ったと』


 そして、流にとってこれ以上ない程残酷な事実を突きつけるのだった。


「うん、だよね……そうなんじゃないかって思った」


『ですがドクター・グノーも何の対策も無いまま話を切り出したわけではありません。まずグリツルの完成度を褒めるところから朗らかな流れを作り、ベッカー様を窘めた後に流様を婚約者にと』


「いや、それ正直に話しただけで何もフォローになってないっ!!」


 こういった場合、本題とは別の話題で本題に対する価値感が弱くなるよう印象操作をするのが鉄則である。

 グノーが流を助ける為にしたと言うのなら、まず流がフォルティナと結婚する事になったという話題以上に衝撃と問題性がある話を切り出さなくてはならなかったのだ。尤も、十五歳で成人と認められるこの世界であっても年若い二人にとっては、結婚という一種の終着点であり始まりである事柄以上に問題になるものはそう多くない。

 それこそ流がフォルティナの瑞々しい肢体の誘惑に抗えず身を固めるのも乗り気だった、くらいの話をしなければならなかったのだ。

 しかし、この進め方では流に対するフォルティナ株が下がりに下がってしまうのは眼に見えている上に、ベッカーに最大限の援護をした事になってしまう。

 そうなってしまうかもしれない可能性を踏まえると、グノーがとった行動は流とフォルティナの関係性を現状維持するという面では最善と言える。


『嘘偽りなく伝える、これは嘘を見抜く異能を所持しているフォルティナ様に対して最も効果的と言えます』


「そうなると流から行動を起こすのはまずいな」


『少なくともこの件に関してはフォルティナ様の中で区切りが付くまでは、流様からこの話題を出すのは悪手です。フォルティナ様の心情が気がかりであるとは思いますが、今は無暗に解決しようしない事が得策かと』


「二人の言う通りにするよ…………でも、また濡れ衣が増えちゃったな……ははっ……」


 自分の意志とは全く関係なく、また自分の知らない所で汚名を着せられてしまった流。

 婚約に関しては直ぐに誤解が広がらぬようグノーが動いた甲斐あって被害を最小限に抑える事が出来た……とはいえ、最大の被害者が流なのは変わらない。ただでさえフォルティナによく思われていないというのに、まるで止めを刺すかのようなタイミングでのベッカーの暴走。

 流は力なくテーブルに突っ伏して音もなく涙を流す。何時自暴自棄になってもおかしくない様子だが、名無達の存在がぎりぎりのところで挫けかけている流を支えていた。


「そ、それでナナキさん達の方はどうでしたか? ベッカーさんから、その……色々聞けたんですよね?」


 グノーがフォルティナに婚約の話をしてしまい出来る事がない以上、ずるずるとこの話題を続けても流の心の傷を悪戯に大きくするだけ。居たたまれない雰囲気を少しでも変えようと明るい声音で話を繋げるレラ。

 口では名無達とは言ってはいても目線は名無に注がれている、名無もレラの言わんとする事を察知し流れに乗って本題へと移る。


「まずフォーエンに関してだが、街の規模としてはエルマリアさんが統治しているシャルアと同程度だ。ただ魔王に対抗する勢力の拠点としての面が強いのか人口は一万弱、数としては少ないが精鋭が集まっているのは間違いない」


 流の実力を試す為に設置された罠の巧妙な配置と殺傷力の高さ、魔法を詠唱無しで的確に狙い撃つ事が出来る技量、所在がばれた際の迅速な行動力に気配遮断の練度。どれをとっても一流の手腕、中には魔法または能力を併用している者もいた。

 こちらも能力を併用しなければ正確な位置を完全に把握するのは容易では無い程の実力者が揃っている。一万弱という街としてそう多くない人数だとしても、これだけの手練れが同じ数だけいる。

その事実は戦力としてみれば十分すぎる程だ。少なくともこのフォーエンにいる総員で打って出るのであれば、クアス・ルシェルシュを戦力に加えた城塞都市ラウエルを攻め墜とす事も決して不可能ではないだろう。


「深域に関してはやはりグノーさんから聞いた以上の事は何も。意図的に情報を隠蔽している節も見られなかった」


レラにベッカーの心色を見て貰うまでは確定とは言い切れないが、グノーとのやり取りを見ても自分達に嘘をついているとは思えない。そう判断させるほどに巧妙な演技と人心掌握に長けている可能性も考えられるが、既に自分達は彼等の最も有利な状況下に身を置いている。

 用心に用心を重ねている、と疑う事も出来る……がその心配はないだろう。


「うぅ……異世界に来てから散々だよー……名無達と会えた幸運が帳消しだよー、帳消しどころか悪い方に傾いちゃってるよー……はあぁぁ…………挫ける」


(俺達と敵対するつもりなら流とフォルティナの仲を取り持つような事はしない。むしろ味方だと証明しようとしてくれている……方法はどうかとは思うが、少なくとも安全に休む事は出来るだろう)


 深域と重なって存在する森林に入ってから進む速度は遅くなったが、それでもこうして雨風を凌げ柔らかい寝床に暖かい部屋での質の高い睡眠。自分はともかくレラ達には定期的に取らせたい身としても今の状況は渡りに船ではある。


『ベッカー様やフォルティナ様達の組織、『反逆の境』についての情報は得られましたか? 屯所を出る際にベッカー様が説明すると仰っていたはずですが……』


「すまない、その点に関しても進展らしい進展はない」


『どういう事でしょうか?』


「ベッカーさん達の目的は魔王を倒す事である事は間違いないが……それ以外の詳細について今は話せない、と。言うまでも無く第三者から情報の漏洩を防ぐ為だろう」


『つまり『反逆の境』に所属するなら、という事ですね』


「ああ……悪意や駆け引きの類だったならやりようはあったが、な」


 打倒魔王を掲げる以上、組織としての統率は取らなくてはならない。

 そこに敵意や害意が無いとは言え、協力者となるかどうかわからない第三者が紛れ込んだのだ。グノーの進言のお陰で深域内部に入ることが許されフォーエンで滞在を許可されたとしても、『仲間』として集団行動が出来ない相手に組織の運営にかかわる情報を提示するはずがない。

 そして同時に、情報を共有しないからこそ無理に巻き込む事も無い。言わば自分達の自由意思を尊重しての行動だ、それが分かっていながら無理に事情を聴きだすのはベッカーのひいては『反逆の境』に所属している者達の気遣いを無下にしてしまう事になる。


「戦力の増強の為に俺と流の加入を望んでいるのは間違いないだろうが無理強いは無いと思って良だろう、仮に向こうからこちらに探りを入れてくる事があっても今まで通りで良い」


「今まで通りって事は……私達が見てきたものを隠さずに話すってことですよね?」


「そうだ。フォルティナさんが深域の外にいた事を考えると全然情報を得られないという事は無いだろうが、それでも限られたものになってしまっているはずだ。単純に滞在させてもらっている礼に話をする、そのくらい楽に考えてくれていい」

「はい、分かりました」


 もちろん、口には出さないが協力関係を築くかどうかの判断を下すための時間の確保の意味合いもある。自分達から情報収集をしている間にこちらも出来る限り彼等を取り巻く状況を知らなければならない。


「………………マクスウェル」


 一通りベッカーとのやり取りを話終えた名無だったが、微かな沈黙に逡巡の色を浮かべマクスウェルの名を呼んだ。


『何でしょうか、マスター』


「ベッカーさんの事で何か気づいた事はあるか?」


『ワタシが同席している間に限られてしまいますがベッカー様のバイタルに不自然な点はありませんでした、身体データの数値変動を見ても嘘をついている可能性は低いかと。確実性を高めたいのであれば、レラ様にベッカー様の心色を見ていただくほかないでしょう』


「そうか……何も無いなら良い」


 名無はマクスウェルの返答に小さく頷いて見せ茶で喉を潤す。マクスウェルへの質問、その内容は今後の活動の際に決して無視して良いものではなかったが、念を押すように確認するような事ではなかった。

 むしろ、共有すべきことを話終えた時点で蛇足的なものだと言っても良い。


(マクスウェルの生態スキャンに異常は無し。だが、あの時ベッカーさんが流に向けていた眼は――)


 しかし、名無には無視出来ない物だった。

 残りの茶を静かに口にする名無の頭によぎるのは流とベッカーの予想だにしなかった慌ただしい一幕――その中で見えた違和感。



「魔族に偏見を持たず、他者を慈しみ慮る心を持ち、年も同じ頃――何よりフォルティナが提示した『自分より強くて、性格も良くて、背丈と年が同じくらいの人間の男がいたら結婚してあげる』という条件に当てはまる! 漸く、漸く訪れたこの出会いはまさに天恵に他ならぬっ!!」

「えっ、待って? 待って、マってまッってまっテマッテマッテマッテマッテマッテ!? 将来って、結婚って、まさか――」



 当然の来訪者である流に対する近すぎる距離感、大切な愛娘であるはずのフォルティナの意志を無視した行動。



「またとないこの好機! 絶対逃がすわけにはいかぬのだ!! どうかフォルティナと供にこの地に骨を埋めてくれ、ナガレ殿おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォッ!」

「はああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 娘の将来を憂いている、そんな私情で動く人間が選ばれるはずのない立場にある人物が見せた仰々しい言葉と表情。それらの中に紛れ込んでいた冷静な諦観の視線。

 それは――


(自分の死を確信している人間の……残していく者達を見る眼だ)


 フォルティナの幸福を願うあまりに暴走した父親が、そんな人物がするには酷く場違いな……それでいてしても可笑しくは無い慈愛と後悔が入り混じった感傷に満ちた眼差し。

 その見覚えあるベッカーの瞳が名無の脳裏に鮮明に浮かび上がっていた。




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