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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    移り気の誘い(2)






 ――ナナキ君が行きたがっているフォーエンは『此処』だからねぇ






 そんなグノーの一言が場を静寂へと変える。

 戸惑いに口を噤み、驚きに眼を見開き、焦燥に眉を寄せ、言葉の意味が分からず首を傾げる。様々な感情と反応が入り乱れ、それぞれが切り返しの言葉を出せずにいる中でグノーだけが飄々と言葉を口を動かしていく。


「この森にはね『深域』あるんだよぉ、フォーエンはその中」


『ドクター・グノー、その深域について説明を求めます』


 それに続くのはやはりと言うべきか数々の、そして様々な戦いで名無のサポートを務めてきたマクスウェルである。彼女の問いかけにグノーは淀みなく言葉を続ける。


「深域って言うのは大きな災害が起きた時に起こる魔力の奔流がぶつかり合って出来る異空間領域の事だよぉ、大陸が揺れて山が崩れたり雨が沢山降って川が氾濫したりとか。そういった時に希に出来るもので、深域が出来ると其処に亀裂がはいって周囲の空間を根こそぎ取り込んじゃうんだよぉ。簡単に言うと天然の魔法具ってところかなぁ」


『フォルティナ様の肉体に目立った変化は確認出来ませんでした。その点を踏まえると生命活動に異常をきたすような環境で無い事は理解出来ますが……異空間領域という言葉から取り込む事が出来る限界規模があると推測できます。深域の最大規模、吸収許容上限。発生した深域の維持限界期間、時間的概念の有無に差異、出入方法等の情報は広く周知されているものでしょうか? それとも深域を活用している当人達にのみに限定されているものでしょうか?』


「おっ……おぉ…………」


 グノーから得られた『深域』に付いての情報は少ない。しかし、そのごく僅かな情報とフォルティナの生存事実と体調面から深域について知っておかなくてはならないであろう項目を矢継ぎ早に提示して見せた分析能力は流石の一言に尽きる。

 これには得意げに話をしていたグノーもお役御免の瞬間がもう直ぐ其処まで迫ってきてしまっている事に、余裕を持った年長者として取り繕うことも出来ず引きつった表情を浮かべるのだった。


『――? グノー様の血圧の低下を確認。肉体に異常はないようですが、どうかされましたか??』


「い、いやぁ……こんなに一杯質問されるとは思ってなくてねぇ。流石はマクスウェルさん、村で話した時もそうだったけど、どんな時でも冷静に物事を考えられるのはマクスウェルさんの強みだよねぇ」


『お褒めのお言葉ありがとうございます。ですが今は深域についての情報が最優先ですので続きをお願いいたします』


「う~ん、ぶれないねぇ……まあ良いかぁ。それでマクスウェルさんが言ってた事なんだけど、全部に答えられなくても良いかなぁ? 深域に詳しいって訳じゃないから、ボクが知ってることくらいしか教えられないよぉ」


『構いません、何も知らないワタシ達に比べればグノー様は充分以上に理解している側ですので』


「ありがとうねぇ……えーっと、それじゃさっきの質問の順に答えてくねぇ。深域の大きさは被害の大きさと同じ位だねぇ、一度出来た深域は無くならなくてぇ、時間の流れはあんまり変わらないと思うよぉ」

『誤差はどの程度でしょうか?』


「あんまり気にしたこと無いねぇ、気にもならないくらいって所かなぁ」


『では深域への出入方法は?』


「出入りは意外と簡単だよぉ、でも出入りする方法は結構重要な事だから他の誰にも言わないって約束できるなら教えてあげるぅ」


 深域内部情報についての質問にはハキハキと答えていたが、深域という特異な領域を拠点とする者達の安否を脅かすかも知れない。その事実が確かに存在する事柄に対してはフォルティナ達の側に立つ一人として是非を問うグノー。


「他言しない事を誓う、何があってもな」


「わ、私もっ」


「ティニーもやくそくできる!」


「俺も誰にも言わない、深域の事も言わないようにするよ」


『ワタシも含めた全員、満場一致で他言無用の確約を提示します。よろしいですか?』


「良いよぉ」


 その軽い声音からは念の為の確認というよりは、形式上必要な物だったのだろう。五人の答えを疑うような雰囲気も感じられない。


「で、深域の出入りだけど基本的には深域に取り込まれた魔族と人間族には出入り口になってる空間の亀裂が見えるんだぁ。でも、その場所を深域に入ったことが無い子に教えても入ることは出来ない。見えなくても亀裂が見える子の身体に触れてれば一緒に入ることは出来るけど、それこそ信頼できる相手じゃないとしないから実質深域には入れるのは限られてるのが現状だねぇ」


『特性から判断するにワタシ達がしる生体認証(バイオメトリクス)の一種……指紋、瞳の中の虹彩。他に指、手のひら、手の甲などの血管の形を読み取る静脈認証と同一のシステム。しかし、自然発生する魔力災害の産物によるものである以上、深域が認証しているのは生体認証における生体組織では無く原因となった魔力、その性質でしょうか? そうだとすると深域の魔力の影響を受けた者の魔力に反応するのか、深域が無差別に取り込んでしまった魔力を個別に認識し自動で選別して出入を可能にしているのか。後者の場合であれば、深域が自我を保有している可能性が。だとすれば天然の魔法具と言うよりも、深域発生時における死者や動物達の思念が自我として昇華され心器としての機能の獲得に至った? だとすれば自我の主人格は……』


「あー……マクスウェルさんの言うばいお? 静脈なんとか? が何かは分からないけど、そう難しく考えなくても良いと思うよぉ。今はそういうモノだからって納得してくれればさぁ」


 新しい知識に対して即座に解析作業に入るマクスウェル。

 この世界における情報は常に最新のものが手に入るわけでは無い、グノーの口から聞くことが出来た深域の情報も彼が知らぬ間に新たな発見がされているかも知れない。または深域という不可侵と言ってもおかしくない異空間領域を脅かす事の出来る方法が確立されているかもしれない。

 それらの可能性を念頭に起き、現状考える事が出来る仮定を演算しそれら全てに対して憶測という結果用意する事で実際に起きた状況に対処する。それがこの場におけるマクスウェルが行える最大限の支援でもあるのだ。

 だからこそマクスウェルの思考が閉鎖的になってしまったのだった。


『申し訳ありません、グノー様。未知の現象、新たな情報の入手と更新に思考を傾けすぎてしまいました』


「ううん、ボクのことは気にしなくて良いよぉ。知らない事を分かろうとする事も、準備を怠らないようにする事も悪い事じゃないからねぇ……とりあえずマクスウェルさんの質問には大体答えたけどナナキ君達は何か聞きたい事とか気になる事とかあるかなぁ? あるなら全然効いてくれて構わないからぁ」


「俺から良いだろうか、グノーさん」


「ばっちこいだよぉ」


「グノーさんがフォルティナと旧知なのは分かった、深域についてもある程度だが理解出来た……だが、何故深域内に居る貴方達の仲間が俺達を招き入れる理由は?」


 世間話なのかた、旅の土産話かは分からない。しかし、自分達を招き入れるという言葉が深域内にいる者達の総意であるのなら、ルクイ村で自分が結果的にレラ達魔族を救った事を言って聞かせたであろう事は充分に考えられる。

 魔族と人間族が共存しているのだから、その話だけで自分達が彼等にとって危険な存在ではないと判断を下す大きな容易になっただろう。それでもグノーが知る自分の行動指針は世界を見て回ること。

 それは魔族も人間族も変わらないただ一つの命、その考えが覆されてしまうかも知れない可能性を秘めていることも分かっているはずだ。


(魔族は自分よりも遥かに劣る劣等種だと、自分は人間族の中でも強者の側に立つ存在だと俺が価値観を覆す事もあり得る。そんな相手を軽々と招くとは思えない。深域に立ち入るための制約、もしくは『魔封じし流るる(タイン・リオン・エヴィ)』で魔力の封印を事前に施す……何かしろ縛りを提示してくると身構えていたんだが)


 自分の言葉と視線を受け止めるグノーにそう言った雰囲気は感じられず、今考えたことを実行に移す様も見えない。だからと言って本当に招き入れる事がグノーの、敷いては『反逆の境』の真意だと只受け入れるのは如何に知った間柄だろうと迂闊と言えるだろう。


「グノーさん。貴方は――いや、『反逆の境』は俺達に何を求めているんだ?」


「うん、まあ、魔王打倒の有望戦力……って感じかなぁ」


 名無の問いかけにグノーは苦笑いを浮かべ、それでいて自分達の思惑を隠す事なく吐露した。口から出された内容は簡単に聞き入れる事の出来ないものだったが、誤魔化す事無く言葉にしたのは彼が今取れる誠意ある行動だったに違いない。

 だが、グノーの口から聞かされた要求。深域に立ち入る為の条件にレラは悲痛な表情を浮かべ息を飲んだ。


「戦力に欲しいって言っても誤解しないで欲しいのは無理強いする気はないってこと、今のナナキ君がどのくらい強くなったのかは知らないし分からない。だからルクイ村での事を基準に話したんだぁ、『法具狂』を殺せる位には強いよってねぇ」


「『法具狂』を殺した!? あのマリス・ハーヴェィを……ナナキさんが!?」


「ど、どうしたの急に? その……マリスって人そんなに強いの?」


 そして、名無の実力を明確にしたグノーの言葉に今度はフォルティナが驚愕の声をあげる。名無がマリスを下した、その言葉のままにしか事態を理解出来ていない流は首を傾げフォルティナに怖々と答えを求めた。


「あんたし――知らないから驚いているのよね……答えるのは癪だけど良く聞いておきなさい。『法具狂』マリス・ハーヴェィは異名騎士最強の魔法騎士よ、次期精霊騎士の一人として私達も警戒をしていた相手。集めた魔法具を自在に操り多くの魔族と自分の意に反した人間を躊躇いなく手に掛けてきた屑……でも、力だけは本物で精霊騎士の位についてもまず間違いなく上位に食い込む実力者よ。おいそれと殺せるような相手じゃない、そんなマリスを相手取って五体満足で勝つだなんて……」


「そんな凄い人に名無はかったんだ」


「相性もあるとは思う、けど私やあんたと同等の力は持ってる…………確かに皆がナナキさんを引き入れようとするのも納得がいくわね」


「でも、無理強いじゃないからねぇ。嫌なら断ってくれて全然良いんだからねぇ、物は試しってくらいな感じだからねぇ」


「提案の内容はそう気軽なものじゃないが……」


 安心した、その言葉こそ口に出さなかったが名無は苦言と供に僅かに気を緩めた。


(俺だけなら提案に乗れる。だが、レラやティニー……それに流も戦力として囲い込む条件だったら身動きが取れなくなっていたな)


 触れた相手の心の色を読み取れるレラの力はマリスが喜々として心器にしようとする程だ、ティニーは戦いの最前線に立てるだけの力は無いが戦いで傷ついた負傷者の治療に従事できるだけの気概と能力を身に付けている。

 流に至ってはフォルティナを無傷で押さえ込める、彼等にとって自分と同じように即実戦投入できる魅力的すぎる戦力だ。

 しかし、三人が三人とも自ら進んで戦いに身を投じるような気質ではない。争いが避けられるなら避ける、助けを求める者がいれば手を差し出せてしまう、そんな心根の優しい者達ばかりだ。

 そんな三人の心を無視してグノーの提案に乗れる程、自分は冷酷になりきれない。

 自分自身の為だけにしか生きられない自分が何をとも思うが、誰かを按じる心に嘘が無い事も事実なのだから。


「何はともあれ、断ってくれても良いから皆の話を聞いてみてくれないかなぁ。こっちのお願いを聞いてくれなくても追い出したり閉じ込めたりしないって約束するよぉ」


「……分かった、俺も深域内でむやみに戦闘行為になるような事はしない」


「ありがとう、そう言ってくれるだけでもありがたいよぉ。レラとティニーちゃん、それにナガレ君も大丈夫かなぁ?」


「は、はい。大丈夫です」


「ナナキお兄ちゃんたちがいいならティニーも良いよ」


「俺も大丈夫、此処で名無達と別行動になっちゃったら最悪死んじゃうかもだし」


「うんうん、皆ありがとうねぇ。それじゃ、早速深域に移ろっかぁ。皆、何処でも良いからボク達の身体に手をあててぇ、それだけで深域の中に入れるようになるからぁ」


「レラさんとティニーちゃんは私に、ナナキさんとカザネは猫先生で……良いわよね?」


「ああ」


「う、うん! 当然だよねっ!?」


 深域内に入ることが出来ればグノーでもフォルティナでも問題ないのだが、其処は年頃の少女だ。気安く身体を触れさせる事に抵抗があるのは当然の事だだろう。名無にして見れば未だに強く警戒されている流に巻き込まれてしまった形ではあるが、要らぬ禍根を生んでしまうよりは事前に回避した方が互いのためである。


「じゃあ、ナナキ君もナガレ君もボクの方に手をおいてぇ。移動は一瞬、急に目の前の風景が変わっちゃう感じだけど危なくないからぁ」


「分かった、俺は何時でも問題ない」


「俺も」


「レラさんとティニーちゃんも良い?」


「はい。お願いしますね、フォルティナさん」


「おねがいしまーす!」


「ではではぁ、四名様ご案内だよぉ」


 名無達の承諾を得たグノーの高らかな声が響く――



「………………」

「ナ、ナナキ……さん」

「……っ……」

「ちょっ……」



 次の瞬間、名無達が眼にしたのはグノーの言う通り深い森から煉瓦造りの街並みに変わった光景。そして、僅かな身動きすら許さないと自分達の首元、胸元、背中に突きつけられた鋭利な刃を有する多くの魔族と人間族の姿。

 そんな状況下で取り乱すことが無かったのは名無のみ。レラとティニーは小さく身体を震わせ、流は驚きと困惑に頬に一筋の汗を流す。

 嵌められた、誰もがそうとしか思えない状況に身を置く四人。


「……おやぁ? おやおやぁ??」


 刃こそ向けられていなかったが、事を企てたであろうグノーはこてんと首を傾げる。こちらもまた、誰が見ても思いがけない状況に戸惑っていた。


「…………猫先生」


 そんな緊張と混乱が広がる殺伐とした状況下で、大きな溜息と供に零れたフォルティナの言葉だけが場にそぐわないやりきれなさと呆れを滲ませるのだった。






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