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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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04  移り気の誘い(1)



「このもふもふの毛皮、薬草の匂いが混じったお日様みたいな匂い。間違いない、猫先生だわ! 全然変わってない、うふふっ!」


「まぁ、ボクは妖精猫だからねぇ。魔族の中でも長生きする方だから見た目が変わらないのは割と当たり前の事なんだけどぉ、でもフォルティナは大きくなったねぇ」


 グノーと思わぬ再会を果たした名無とレラであったが、そんな二人を置き去りにしてフォルティナは赤ん坊をあやすように高く抱き上げたグノーをこれまた赤ん坊の如く抱え、グノーの顔に頬をすり寄せていた。彼に頬ずりするフォルティナの顔は名無達が見たことも無い程に緩みきっており、警戒心の欠片も無い気の抜けきった体裁を晒していた。


「あ~、もっふもふ~もっふもふ~♪」

「あちゃあ、話聞いてないねぇ」


 これには名無やレラ達よりも流が誰よりも驚きを露わにしていた、グノーに頬ずりをして角が取れた柔らかな声や表情。そのどれもが流が向けられる事の無かったものばかりで、その余りにもかけ離れたフォルティナの様子に唖然と大口を開け固まる流。


「久しぶりに会えたのは嬉しいしフォルティナが喜んでくれてるのも悪い気はしないけど、そろそろ降ろしてもらって良いかなぁ。そんなだらしない顔してたら折角の美人さんが台無しだよぉ、ナナキ君達も居るの忘れてるでしょ?」


「もふもふ、もふ……も……ふぅ………………」


 何とも温度差のある二人の再会はグノーのやんわりと嗜める声に寄って終わりを迎える。だが、今更嗜めた所で時は既に遅し。

 醜態、とは言わない。けれど、フォルティナの勝ち気ある姿勢が見る影も無なかったやり取りが消える事は無いのだ。

 故に、


「まさか猫先生がナナキさん達と顔見知りとは……説明してくれますよね?」


 グノーを地面に降ろし名無達が知る凜とした佇まいで語り始めたとしても、フォルティナの威厳はもう戻らない。何があっても、どうあっても、諦めが肝心である。


「「「………………」」」


 現に名無は腕を組んで眼を瞑り、レラは気まずげにあたふたと視線を泳がせ、流は未だに放心状態……この場において名無とレラの気遣いは物言わぬ刃。むしろ驚愕のあまりに理解が追いつかず声を出せずにいる流の反応こそが救いだろう。


「レラお姉ちゃん、ティニーもフォルティナお姉ちゃんみたいにねこせんせいをぎゅっとしてみたい!!」


「~~ッ!?」


 もう取り返しが付かないとは言え、この場をあやふやに為るために毅然とした態度を取り繕っていたフォルティナにトドメをさしたのはやはりと言うべきかティニーだった。

 悪意も善意も無い、只単に初めて見る妖精猫に興味を抱いて名無やレラが知っていて、フォルティナが幸せそうにグノーと触れあっていたから。自分もグノーに抱きついて未体験にして魅惑のもふもふ毛皮に触ってみたい、そんな子供らしい純粋な想いからの発言でしかない。

 その証拠にレラに話しかけるティニーの瞳は好奇心に満たされ輝きを放っていた。


「えっと、あの……今は少し駄目かもしれませ――」


「ボクは大丈夫だよぉ、おいでおいでぇ」


「わー! ありがとう、ねこせんせい!!」


 冷静さを取り戻し羞恥に顔を真っ赤に染め上げているフォルティナの横で自分とそう背丈の変わらないティニーを手招きするグノー、ティニーも遠慮無くグノーの元へと駆け寄り勢いのままグノーへと抱きつく。


「わー、わー! フォルティナお姉ちゃんのいったとおりだ! ねこせんせいもふもふしてやくそうとおひさまのにおいがする!!」


「ボクは薬師だからねぇ、病気になったり他の人に移したりしないように身体は出来る限り清潔にしてるんだよぉ。ところで君は知らない子だねぇ、名前を教えて貰えるかなぁ」


「なまえはティニーっていうんだよ、ナナキお兄ちゃんとレラお姉ちゃんといっしょにたびをしてるの!」


「そかそか、ティにーちゃんって言うだねぇ。二人の旅にこんな可愛い子が加わってるなんて思ってもみなかったなぁ、それじゃそっちの君も旅仲間なのかい?」


 全身で自身の毛皮を堪能するティニーをあやしながら、グノーは流へと眼を向ける。今し方とは言え、流も新しく名無達の旅に加わったのだ。初対面の相手に声を掛けることは何もおかしな事では無かったが、ティニーにもみくちゃにされながらもソレを全く意に返していないのは年長者としての貫禄から来るものだとしても中々に奇抜な対応だった。

 だが、そのお陰なのか流はグノーの声と視線に正気を取り戻し背筋を正す。


「あぁ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよぉ。ただ自己紹介して話をしようってだけだからさぁ」


「あ、ありがとうございます……猫、先生?」


「君が呼びたいならそう呼んでくれても良いよぉ。まあ、ちゃんと名乗らせてはもらうけどねぇ。はぁい、もふもふするのは一旦終わりぃ」


 こほん、と小さく咳払いをしてもふもふの毛皮を堪能するティニーを窘め優しくひき離すグノー。引き離されたティニーは物足りなさそうに眉尻を落とすが、グノーの邪魔をすることは無くレラの元へと戻っていった。


「改めましてボクは妖精猫のグノー、ナナキ君と薬師と元患者。レラとは薬師と元助手の間柄だねぇ」


「俺は風音流って言います。名無やレラさん達とはこの森で会ったばかりだけど、魔族とか人間族とか関係なく接してくれると嬉しいです!」


「うん、見てて何となく分かってたけどナガレ君もナナキ君と同じ良い子みたいだねぇ。こう見えてもこの中で一番長生きしてるお爺ちゃんだ、何か分からない事があったり具合が悪かったりしたら遠慮無く言ってくれて良いからねぇ」


「はい、宜しくお願いします!」


「元気があって大変よろしいぃ。それでナナキ君もレラも久しぶりだねぇ。二人とも元気そうで良かった良かったぁ」


「ああ、体調面に大きな問題はない」


「グノー先生も無事で良かった、また会えて嬉しいです!」


 フォルティナとティニー、そして流と長くは無いが短くも無い待ち時間を経て漸くグノーと言葉を交わす名無とレラ。


「こうして二人に会えるなんて思ってなかったから驚いたけど、またナナキ君がやらかしちゃった感じぃ? それともナガレ君の方かなぁ?」


「今回は流の方だ……他人事では無い状況下での対面だった、本当に……」


「その様子だと、まずはナナキ君達の話し方聞いた方が良いかもねぇ……お互いに話したい事、聞きたい事が沢山だろうから腰を据えて話そっかぁ」


 名無が溢した小さな溜息と眉間に寄った苦さが滲む皺に自身の予想が当たっていることを察したグノーは口元のひげ袋から伸びる髭を掌の肉球で苦笑交じりに撫でつけるのだった。











 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「いやぁ…………………………ボクも猫生長い方だけど、村を出て半年くらいの間に経験するような事じゃ無いよねぇ。どう? 心病んでない? 簡単に治せるような事じゃ無いけど気を紛らわせるくらいのことはしてあげられるよぉ?」


「気遣い感謝する。だが自分自身の意思で選んだ道のりだ、問題無い」


「私も大丈夫です……大変だったのは本当ですけど」


「ナナキ君は今更なんだろうけどレラもかぁ………………うん、まあその様子なら心配はいらないかなぁ」


 流とフォルティナの一件で停留する森の中で思わぬ再会を果たした名無達とグノー。フォルティナとも面識があると分かり再会の驚きと喜びもそこそこに、ルクイ村を出てから今日までに立ち寄った街、見聞きした情報、自分達に降りかかった出来事を大まかにではあったがグノーに話して聞かせる名無とレラ。

 美しい女吸血鬼が収める街の異様ながらも尊い在り方を、高く広い天蓋に覆われた魔法具そのものであった都市での惨劇を、嘗て魔王に挑み敗れた者達との出会いを。

 そして、つい先日不幸な行き違いから争った少年少女達の仲裁に務めた事を……。

 一つ一つ語り聞かせて行く中でグノーの表情は驚きや悲しみ、苦悶に苦笑いと休む間もなく変化し最終的に呆れにも似た力の抜けたものに落ち着くのだった。


「安心してもらえたか?」


「一応わねぇ。本当は小言の一つや二つ言わせて貰いたい気分だけどぉ、こういう世界だから仕方ない事でもあるからねぇ。もう何も言わないでおくよぉ」


「す、すみません……もっと気を付けるようにしますね」


「右に同じく、だ」


「うん、よろしいぃ……マクスウェルさんからは何かあるかなぁ?」


『いえ、ワタシからは何も。マスターとレラ様の話とワタシが記録している情報に差異はありませんので』


「じゃあナナキ君達の話は今ので全部って事だねぇ、今度はボクの番だねぇ。そうだなぁ……まあ普通に村の皆がどうなったか話そうかなぁ」


 胸の前で腕を組み話の段取りを組み立てたグノー、とは言ってもグノーが言うように順序的にも名無とレラの心情的にもルクイ村の面々が今どうしているのか。一番気に掛かっていることからグノーは切り出した。


「ナナキ君とレラが村を出た後、ボク達も定住できる場所を探してたんだぁ。探したとは言ってもボクが放浪してた時の伝手を頼って転々と回っただけだけどねぇ」


「そうか、村の皆を受け入れてくれる心当たりがあったんだな」


「そうだよぉ、結論から言うと皆一緒って訳にはいかなくて何人かずつになっちゃけどねぇ。それでも全員無事に受け入れてもらう事が出来たから心配いらないよぉ」


「良かったです、本当に……そ、それガロ村長や村の皆さんは元気ですか? ミリィちゃんやリーザさんは?」


「うん、元気元気。ミリィとリーザは二人一緒に生活してる、あの二人は働き手として申し分ないしねぇ。ガロは今頃子守に追われてるんじゃ無いかなぁ? 子供が多い集落があってね、其処の子達に気に入られちゃったから別の所に行くのは忍びないってさぁ。そこの集落を出ようとすると子供達が泣いちゃってねぇ、魔狼を見て見せる反応としては珍しいよぉ」


「ねこせんせい、まろってなに?」


「魔狼っていうのはボクやティニーちゃんみたいに言葉を話す事が出来る大っきな犬の事だよぉ、ティニーちゃんを背中に乗せても凄く早く奔ることも出来るんだぁ」


「わー! まろーさんにあったらティニーもせなかにのってみたい!」


「うん、いつか乗せてもらうと良いぃ。ガロが何処にいるか、後でナナキ君に教えて奥からさぁ」


「ありがとう、ねこせんせい!!」


 ガロと面識があるわけではないが、グノーの話でガロに興味を持ってしまったティニー。ガロ自身良識ある人物ではあるが、その外見は確かに子供達を怖がらせてしまうものである。


(俺も初めて見た時は驚いたが……ティニーなら怖がらずに接してしまいそうだな)


(普通の動物は大丈夫みたいですけど、ガロ村長は凄く大きいですから……口元や爪に血が付いてなければ……大丈夫ですよね?)


 グノーの大分気を遣ったやんわりとした説明に、きっとティニーは可愛らしい姿を想像しているに違いない。実物と出会った時に見せる反応がどんな物になってしまうのか、面白くもあり心配でもある名無とレラだった。


「ボク達の方は二人みたいに波瀾万丈じゃ無かったから話せる事はこれくらいだねぇ。で、次はフォルティナとボクについてなんだけど……ナナキ君達はフォーエンに行こうとしてたんだっけぇ?」


「ああ、次の目的地にと助言してもらった」


「じゃあ、詳しい話はフォーエンに――」


「猫先生!」


「どうかしたぁ、フォルティナ。そんな大っきな声だしちゃってぇ」


 グノーがフォルティナとの関係に付いて語ろうとした時、固い声でそれを遮るフォルティナ。しかし、グノーは小首を傾げ戸惑いの様子を返す。


「グノー先生と彼等が見知った仲なのは分かったわ。でも、そこから先は話しちゃ駄目よ」


「駄目も何もフォルティナがそんなじゃ喋っちゃってるのも同然だよぉ」


「そ、それは……そうかもしれないけど。だからってこっちの内情をべらべら話しちゃうのは」


「ナガレ君も含めてこの子達なら心配いらないよぉ。何なら招いちゃった方が良いくらいだよぉ、悪い事にならないのはボクが保証するからぁ。それにぃ」


「……それに?」


「フォルティナ、ボクがどうして此処にって言ってたじゃない。簡単だよぉ、『反逆の(レベリオン・ライン)』の皆に頼まれてボクが君を迎えに来たんだぁ」


「っ!」


「『反逆の境』……そこがフォルティナの拠点か」


 あっけらかんと自身が必死に隠していたことを暴露されてしまったフォルティナは名無の言葉に苦々しい表情を浮かべる、その顔から単なる場所の名前だとしても彼女にとって致命的な痛手である事がまざまざと伝わってくる。


「此処で何も話さずに黙って別れる事も出来きたけど、それだとナナキ君達が色々と苦労しちゃうからねぇ。個人的にも村の仲間の手助けくらいはしてあげたいしさぁ、それに色々と経験豊富なナナキ君とブルーリッドのレラを相手に隠し事は無理だよぉ。現に気を遣ってもらって深く聞かないでくれてるのはフォルティナも分かってるでしょ?」


「……ええ」


「なら余計に隠さない方が良い――大丈夫、ナナキ君もナガレ君も信用できる。人を見る眼に間違いは無いって断言しても良い、だてに長生きはしてない妖精猫のお墨付きってやつだよぉ」


「……分かった、猫先生が言うなら……」


「ありがとぉ、フォルティナ」


 名無と流が善良な人間であると知っても自分達の知られてはならない拠点の存在を明かすのは彼女に取って苦渋の決断だっただろう、如何に窮地の間柄で信頼する相手の言葉でも少なくない葛藤を抱いてしまうのは沈痛な面持ちが何よりの答えであるに違いない。

 それでもグノーが信頼できると断言してくれるならと、フォルティナはこの場の決定権をグノーに預けた。


「良しぃ、フォルティナからも良いよって言って貰えたことだし早速フォーエンに行こうかぁ。ナナキ君達もそれでいいよねぇ?」


「俺達は構わない。だが、本当に良いのか? 彼女の口ぶりや様子から簡単に決めて良いような事でも無いはずだ」


「でも、そうしないとボクとフォルティナの関係性が話せないからねぇ。必要な事だって割り切ればぁ……まあ、怒られはしても罰を与えられる事は無いと思うよぉ。と言うか、もうこの話をしちゃった時点で手遅れみたいなものだからねぇ」


「手遅れ?」


「そう、だって――」


 グノーはゆっくりと立ち上がり自前の白衣に付いた土汚れを落として悪戯が成功した子供のような、生き生きとしたドヤ顔を浮かべ胸を張って満ち足りた翡翠色の双眸を名無に向けた。


「ナナキ君が行きたがってるフォーエンは『此処』だからねぇ」





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