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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    次なる一手(3)




















「――名無達の旅に俺も連れって欲しいんだっ!」



「ああ、宜しく頼む」


「えっ?」


 朝食を終えて程なく、勝手が分からない異世界での行動指針を名無達と供にする事を決めた流。名無は同じ世界から来た人間、異世界における知識だけでなく戦闘面においても自分よりも圧倒的に先を行く先人……そう考えている流からして見れば妥当な方針と言えよう。

 しかし、レラとティニー。既に旅の同行者がいる以上、簡単には了承を得られるはずが無い。流の目的は元の世界に戻る方法を見つけ出す事だが、ノーハートの手がかりを探す為に動く名無とは異なる。

 目的が違えば其処に至るまでの道のりも、手段も必然的に違ってくる。そうなれば旅路を供にする事は出来ても少なくない摩擦が起きる事は眼に見えている、両者ともに理性的出あるために大きな諍いは無いだろうが、何らかの理由で衝突する事が無いとも言えない。

 流はたた名無の旅について行くだけで済む話ではあるが、名無にはレラ達を護らなくてはならない。これらの事を考えれば決して色よい返事が返ってくる事はないだろう覚悟して、それでも何とか名無達と一緒に旅が出来るよう交渉しなければ。

 並々ならぬ決意を持って話を切り出した流に名無は特に渋ること無く頷きを返し、そんなあっさりとした反応を見せる名無に流は眼を点にしてしまった。


「……どうした?」


「えっ、いや……その…………良いの? 本当に??」


「ああ、いくら事前に情報を得ることが出来ているとは言っても右も左も分かってない状態だろう。俺も同じ経験をしている、尚更同輩を見捨てるような真似は出来ないさ」


 行く当てが無くとも逃げる事が出来れば良かった自分とは違う。

 流は元の世界に戻ろうと出来る限りの事をしようとしている。帰りたいと思える居場所がある、会いたいと焦がれる人達がいる、成し遂げなければならない願いがある。その為に必要な事が自分達に付いてくる事だというのであれば拒む理由は無理に用意するような事でも無い。

 それに何一つ打算は無い、とも言えないのだから。


「それに流が同行してくれるのであれば戦力の補強になる。これから先、俺がレラ達の傍に居ない状況になっても流が居てくれれば心強い。もしもの時は期待させてくれ……それが嫌で無ければだが」


 少しばかりの後ろめたさを言葉にしつつ、流に右手を差し出す名無。その差し出された右手に呆けた顔で何度か眼を落とす流だったが、直ぐ顔を喜びに破顔させ両手で握り返す。


「嫌じゃ無い! 全然嫌じゃ無いよ! ありがとう、名無!! 名無の期待に応えられるよう頑張るから!!」


「あ、ああ。こちらこそだ」


 打算はあっても恩に着せるつもりは無く、同性の旅仲間が出来た位に軽く受け止めてくれるだけでも良かったのだが。流の思わぬ喜びぶりに名無はどもりながらも手を離した。


「これからよろしく――って、レラさん達は良いの? その、大丈夫?」


「は、はい! 大丈夫です!!」


「ティニーもだいじょうぶ!」


 名無を説得する事に神経を尖らせていた流だった一息入れることが出来た事で、名無と一緒に旅をしているレラとティニーの了解を得る事を失念していた事に気付く。しかし、それも名無の時と同様に苦労すること無く二人からも賛成の声が上がる。


「実は昨日の夜、ナガレさんが眠っている間にナナキさん達と相談をしたんです。今のナガレさんを一人にしてしまうのは良くないですから…………ナナキさんの時も、そうでしたし」


「名無の時も?」


『先日の流様とフォルティナ様と同様の状況です。危険度、深刻度、緊急性はマスターの方が高いものでしたが』


「……大変だったんだね」


「それなりにはな」


 名無に至っては解毒法の分からない輪外者の命すら奪える毒物を受けて死にかけている、同情的な視線を向ける流が思っている以上の危機に実を晒したわけだが……そんな事があった事など微塵も感じさせず流の視線を受け止める名無。


「同じ境遇にあった身として、助け合う者として。これ以上流に同じ轍を踏ませるわけにはいかないさ」


「本当に、本当にありがとう!」


「礼は良い…………兎に角、そう言った事はこれから先も起こる。状況に応じて人間側として行動するか魔族側として行動するか、迅速に判断出来るようにしておいてくれ。それが俺達の身を護る為に最も必要な覚悟だ」


「うん、分かったよ」


 流が名無と供に旅をする以上、この世界における人間と魔族の争いからは眼を背ける事は出来ない。助けを求められれば魔族だろうと人間だろうと流は彼等の手を取る、そんな彼の善良な心根を考えれば過酷以外の何ものでも無いだろう。

 名無であっても全ては救えない、助けられない、手は届かない。その事実がただただ存在する世界で生きる、名無との旅は流にとって最高の援助であり最大の戦いの始まりでもある。

 それでも名無の言葉にしっかりと答えを返す流の黒い双眸に陰りは無かった。


「流は俺達と一緒に行動するとしてフォルティナ、君はどうする?」


 自分達と一緒にいる事で流の行動はある程度だがコントロールする事が出来る。しかし、フォルティナに関しては流のようには行かないだろう。

 フォルティナは元からこの世界の住人、流のように足りない知識と経験を補う為に自分と旅を為る必要は無い。其れ処かこの場の誰よりも多い情報を持っている。


(フォーエン、もしくは魔王に繋がる情報が欲しい身としては流と同じように行動を供にしてくれるのが望ましいが……彼女がどうするかを確認してから可能な限り探りを入れるしか無いな)


 名無はあくまで強制することなくフォルティナの言葉を待つ。それでも何かしろ魔王に関する情報を手に入れれればと考えを巡らせる。


「私は貴方達四人とは別行動を取るわ……って言いたい所だけど、少し……少し貴方達四人の時間をもらう事は出来るかしら?」


「何か協力して欲しい事がある、そういう解釈で間違いないか?」


「……本当は何も言わずに済ませようかとも考えてたんだけど」


 フォルティナは背に腹はかえられないと苦々しい顔でレラに右手を差し出す。


「え、えっと……?」


「私の話に嘘が無い事の証明が欲しいの。貴方達なら信じてくれるだろうけど、これは私なりの誠意。形はどうあれ助けてもらったんだもの、出来る限り誠実でいたいの」


「そ、そういうことなら……失礼しますね」


 あくまで苦々しい表情は名無達――特に流に――対して助けを求める事に対して出会って、レラに触れられ心色を見られる事の嫌悪感からでは全く無い。現にレラの手が触れるフォルティナの手や身体に強ばりは無く優しく、それでいてしっかりと握りかえされている。


「それで俺達に協力して欲しい事とは?」


「今私達がいるこの森の調査を手伝って欲しいの、調査と言ってもそう難しいことじゃないわ。森の広さ、生息してる動物、食料になりそうな物全般を調べたいの……何の為かは聞かなくても想像つくでしょ?」


「大まかには。君が身を寄せている街や村の為か君が属している組織の物資調達といった所なのだろう、その表情からして俺達には場所だけでなく事情も感づかれたくなかったようだが」


 この広大な深森に仲間を連れずフォルティナ一人で調査に来た。その事についてもいくつか推測は出来る……が、目立つことを嫌い単独行動ともなればそれだけで可能な限りの秘匿を望んでのこと。

 万が一、敵対する勢力に見つかってしまっても逃げ切る手段を準備して行う予定だったはず。流という予想外にして予定外の遭遇者によって破綻してしまったのは望まぬ偶然であったに違い無い。


「ナナキさんの言う通りよ。でも、私がカザネと戦ってしまった事で隠し通す事が無理なことくらいは分かってるわ」


「だからこその協力要請か」


「ええ、下手に隠して疑われるより事情を話してある程度線引きした対応をしてもらった方が被害が少ないでしょ」


 フォルティナの苦々しい表情の原因は彼女側の情報を漏らしてしまう事にあった。漏らすと言っても知られても問題が無い範囲ではあるのだろうが、名無とマクスウェルにはそれだけでも致命的な物になりかねない。

 僅かな情報から決して侮れない憶測を導き出し、二人の間で考えをすり合わせる事で限りなく正解に近い答えを、フォルティナに取って知られては不都合な事実に辿り着いてしまう。その事を理解しているからこそフォルティナの陰った表情は変わる事はない。


「森の調査には手を貸そう、俺達もこの森で食料の補充をしなくてはならないからな。それと不用意な詮索はしない事も約束しよう、それでも君が話せる範囲で話してくれた情報を元に行動方針を決める事に関しては……すまないが許して欲しい」


「分かってるわ、貴方達には貴方達の目的がある……仮に貴方達が私の拠点に辿り着く事があっても責めるような事はしない。もし其処に私が同席していたら調査のお礼として可能な限りの便宜を図るわ、どう?」


「ああ、それで充分だ」


「良かったわ、レラさんから見ても問題ない?」


「はい、フォルティナさんの心色は殆ど白でした。ほんの少し黒やくすんだ緑色が見えましたけど、緊張や不安の色なのはちゃんと分かってますから」


「やっぱりブルーリッドの力は凄いわね。逆に安心出来た……ありがとう、レラさん」


「い、いえ。お役に立てたのなら、よかったです……ふふっ」


 肩の力が抜け苦しそうだったフォルティナの表情が安堵に緩む。色とは言え胸の内を見透かされてしまっては嫌悪を感じる者が大半だろうが、今のように潔白を訴えるものの助けにもなる。

 張り詰めていたフォルティナの力が抜けた様子と礼の言葉にレラも釣られるように笑みを溢す。


「じゃあ、善は急げって言うしさっそく調査をしちゃおう。皆一緒に調べる? それとも別れて?」


「出来れば手分けして調査したい所だが、まずは全員で動こう。森に関してしっかりとした知識がある者がいないと折角調べても二度手間になってしまう。協力すると言った手前なさけないが、この手の知識はレラに頼らせてもらっているからな」


「なら、全員で動くことにしましょう。私もまったく知らないって訳じゃ無いけど、こういう自然に関する事は魔族の方がずっと詳しいもの、先にある程度レラさんに確認してもらう。そこからは何を調べるか分担して動くのも良いかもしれない」


「そうだな、それじゃ身支度を調えしだいうご――――このタイミングでか」


『センサー内に熱源反応を確認、数は一。方位北北東より真っ直ぐこちらに向かってきています』


 レラ主導の下、森の調査を始めようとした名無達ではあったが、その直後名無とマクスウェルが来訪者の到来を告げる。


「何でこうタイミング悪く人がくるのかしら……其処の所、貴方はどう思う?」


「お、俺に聞かなくても良いんじゃないかな!」


 行動に移ろうとした矢先に出鼻を挫かれるのは誰でも良い気分では無い、それも敵か味方も分からない相手との遭遇ともなれば必要以上に緊張感をもって対応しなければならないのだから尚更だ。

 そんなフォルティナの不満を理不尽にも受け止めざる終えない流、だが二人の意識はしっかりと来訪者へと向けられていた。その証拠に二人の視線はぶつかり合う事無くマクスウェルが示した方向を捉えている。


「流とフォルティナはレラとティニーを、二人を護りながら転移魔法による奇襲を警戒してくれ。フォルティナは魔力の気配に注意を、流はぶっつけ本番で済まないが『風製製統』で索敵をしてくれ。交渉は俺がする、戦闘になった場合はそのまま前衛を受け持つ」


「うん、分かった」


「任せるわ」


 名無の指示に異論を唱えること無くレラ達の傍に経つ流とフォルティナ。

 出会って間もなく気心知れた間柄とは程遠いものの、現状において何を優先すべきかを瞬時に理解して互いの役割に集中し補う息の合った様子は正に三人一組(スリーマンセル)

 レラとティニーも護られる側ではあるが、可能な限り邪魔にならずはぐれる事の無いよう身を寄せ合い周囲に視線を奔らせている。


『対象、接触まで後十五秒。移動速度から既にこちらの位置を察知していようです、感知した熱源のシルエットから魔族と判明。データベースと照合………………照合完了、これは――』


「お~、嗅ぎ覚えのある匂いに聞き覚えのある声が為ると思って来てみたら……これはこれは懐かしい顔ぶれだね~」


 思いの外速い速度で自分達に近づいてくる来訪者の種族が魔族であると分かった時点で先立って攻撃するのは悪手中の悪手である判断する名無達。後数秒でマクスウェルの解析によって正確な種別が判明しようとした時、彼等の眼に映ったのは高まった警戒心がまったく意味をなさない人物だった。


「…………驚いたな」


「は、はい……本当に……」


「ナナキお兄ちゃん? レラお姉ちゃんも……どうしたの??」


「もしかしなくても知ってる人……っていうか、猫?」


「ああ」


 名無達の眼に映るのは黒い毛に覆われたずんぐりとした姿が特徴的な若草色のローブに身を包んだ妖精猫。

 彼の手には釣り竿と今日の成果が入ってるであろう魚籠が握られており、思わず微笑んでしまうほど愛らしい出で立ちに戸惑いと驚きを隠せないレラ。本当ならレラから相手が誰か聞くのが一番なのだが、彼と出会った衝撃に呆けている彼女に代わって名無が警戒を解いて彼と彼を知らない三人の間を取り持つ。


「彼は俺の命の恩人で、レラと同郷のグ――」


「猫先生、猫先生じゃないですか! 何でこんな所に居るんですか!?」


 しかし、名無の紹介は必要無かった人物が一人。フォルティナが勢いよく猫先生と呼んだ妖精猫――元ルクイ村薬師であるグノーに歩み寄り両手で高々と抱き上げる光景に四人は何も言えずに見守る事しか出来なかったのだった。







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