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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    次なる一手(2)


 ――朝の薄明にほんの一時だけ色づく瑠璃色の空。

 水平線が明るみ初め、星が見えるか見えないかの僅かな時間。明けゆく深く暗くも決して冷たくは無い真っ青な空は次第に陽光に染められ暖かく淡い青空へと変わっていく。


「ふぅっ!」

「…………」


 眩い光を放つ朝日が瑠璃色を染める中、暖かく穏やかな蒼空とは反対に荒々しい戦いによって開拓された平地に相対する名無と流の姿があった。

 流は鋭い呼気と供に名無へ右拳を突き出す、名無は右肘を起点に円を描くように繰り出された流の拳の逸らし――


「――ッ」

「――」


 瞬間、鈍く重い打撃特有の低音が辺りの木々を揺らす圧力と供に木霊した。

 右と左、流の両手が形作る拳が弓がしなるように振りかぶられた腕によって立て続けに放たれてる。顔面、胸元と何の遠慮も感じられない拳は生半可な鈍器をも上回る破壊力が込められ、其処に拳一辺倒にならぬようにと確かな軸を持って生み出された遠心力を纏う鋭い蹴りが織り混ざる。

 その様は攻撃を向けられている者だけでなく見ている者にさえ身震いさせてしまう程に荒々しい舞踏、少しでも隙を晒せば容赦なく骨肉を打ち砕かれるだろう。

 しかし、それほどの猛攻を名無は右腕一本でいなしていく。

 その身に迫る拳を手で払い、繰り出された蹴りを腕で受け止め、顔面狙いと見せかけてがら空きである脇腹へとめり込むはずの蹴りを肘で迎撃――常に右腕で流の攻撃に対応出来る様相対する足運び。


「くぅ……っ、はあっ!」


「………………」


 動きは無駄なく最小限に、疲れも焦りも無い。息一つ切れていない名無とのは逆に絶えず攻め立てている流の額に大粒の汗が浮かび、呼吸にも乱れが生じ始めていた。それでも余力が残っている事が覗えるが、名無と見比べれば残している余力にも圧倒的な差がある事が分かる。

 互いに体術のみ、此処に異能や魔法も加味すれば二人の実力差はより広がるが……


「この位で良いだろう」


「そ、そうだねっ」


 先に矛を収めたのは名無だった。

 このまま続ければ間違いなく名無の勝利であったはず、そう思うかも知れないがこれは実戦では無くあくまでも手合わせ。それも気晴らしや身体の調子を確かめるちょっとした運動と言えるもの。

 全力で無いにしろ端から見れば殺し合い同然のやり取りである。が、二人の間に殺意や敵意など有るはずも無く流も顎から滴る汗を拭い一息つく。

 時間にしてみれば三十分ほどだろうか、神秘的な瑠璃色の空は誰もが見慣れた蒼空へ。

 朝の軽い運動、そんな感覚で始められた二人の手合わせは当然の帰結として何事も無く終わる。


「『強化獣種』との戦いを大分経験しているようだな、学生としては充分過ぎる実力だ。しかし、対人戦の経験は足りていない様に思える……攻撃一辺倒になりやすい傾向が見えた。敵対対象との間合いの取り方、敢えて隙を見せ油断を誘う、そう言った近接戦闘の駆け引きをもう少し身に付けた方が良い」


「うーん、これでも学校でちゃんと対人戦の訓練も受けてるんだけどね。でに、名無の言う通り足りてないのは痛感してる。フォルティナさんだけど、こっちの世界の魔法騎士って凄い強いもんね」


「ああ。肉体性能の面では俺達《輪外者》の方が有利ではあるが、その差を簡単に覆す事が出来る魔法の使い手達だ。流なら異名騎士クラスまであれば問題ないだろうが、それ以上となると保証は出来ないな」


「名無でも?」


「勝率は充分に見込めるが絶対じゃ無い、俺達の異能と違って魔法は千差万別だ。一瞬の油断、気の緩みが死に繋がってもおかしくない」


 『誓約封書(プロメテア・リスト)』と『身体劣化(キヤパシティ・ダウン)』の二つの能力によって弱体化を施していた頃の名無であれば異名騎士と同程度、それらを解除し『虐殺継承(リスティス・マーダー)』の状態であれば選定騎士だろうと負けは無い。

 だが、如何に圧倒的な力を有しているとは言っても魔法にはソレを覆すことが出来る可能性が秘められている。まして、選定騎士ともなればクアスのように異能の複数所持、魔法具と言う軍用兵器に引けを取らない武具まで存在しているのだ。

 名無がこの世界に迷い込んでからそれなりの時間が経過したが、奪った魔法を十全に扱うことが出来ても今この瞬間も新たな属性、新たな特異魔法が生み出されているに違いない。

 それら全てに対応しきる事は流石の名無でも不可能だ、名無もその事を理解しているからこそ流の疑問に何の驕りも無い主観で答える。


「そっか……うん、そうだよね。フォルティナさんも風に光、あと雷の魔法も使ってたし。魔力が切れまで粘れなかったら負けてたのは、きっと俺の方」


「俺は魔法を使える様になった事で大凡ではあるが敵の魔力の気配や魔力量を感じる事が出来るが……」


「俺にも魔力があったら良かったんだけど」


「魔力に関しては運としか言えないな」


 運とは口にしていても名無の場合は『虐殺継承』による剥奪の結果だ、魔法に関しての知識もマクスウェルによって共有し終わっている。が、似て非なる世界の《輪外者》であったが為に名無の『虐殺継承』や他に所持している能力については秘匿したままである。

 現状、名無の能力は常時発動型の肉体強化と流には伝えてはある。先ほどまで行っていた手合わせでも体術だけだったのも、より名無の能力を強く誤認させる為の場でもあるのだが……


「うん、無い物ねだりは駄目だよね。俺達の世界でもこっちの世界でも、今あるもので対処できるようにしないと生き残れない事に変わりは無いんだし」


「自分の力を正確に判断し出来る事と出来ない事を把握しておく事は重要な事だが、その場にある物、状況に合わせて行動する事も大事な事だぞ」


 名無とマクスウェルの思惑通り能力や魔法に関して深く追求してくる事は無かった。


「でも、俺が他に出来そうな事ってあるかな? あったら教えて欲しいんだけど」


「そうだな……流は『風製製統(エア・クラフト)』をどの程度扱える?」


「攻撃に使うときは乱回転の風を掌に圧縮して叩き付けたり、圧縮した風に方向性を決めて放出してみたりかな。他には移動する時の推進力にしたり、攻撃を受けた時は風で逸らしたり軽減したり、大体こんな感じだよ」


「操る風そのもので攻撃を防ぎきる事は?」


「出来るけど凄い疲れちゃうんだ、攻撃されて避けれないって思った時くらいしかしないかな。でも、結構使いこなせてるでしょ? 魔法と比べると見劣りしちゃうかもだけど、学校じゃ五本の指に入るくらい強いんだよ」


 えっへん、と胸を張る流。胸を張る姿や言葉から自分の力に確かな自信が覗えるが、フォルティナとの戦いで魔法の驚異的な多様性を体験した事で自身の力を過信した様子は見受けられない。

 《輪外者》としての身体能力、『風製製統(エア・クラフト)』の正確な練度認識、何より名無に欠点を指摘されても改善し取り入れ様とする柔軟な気質。この世界において自分の力がどれだけ通用するのかを傲る事なく見つめる事の出来る冷静さ、どれを見ても異名騎士に劣るものはないが今の会話から足りないものがハッキリと浮かび上がる。

 それは――


「ある程度の相手であれば今の流でも問題ない、それは俺も同じ意見だ。だが、これから先、間違いなく戦闘思考力を鍛えなければ厳しいだろうな」


「戦闘思考力って……戦いながら考える力だよね?」


「そうだ、流に戦闘思考力が無いと言う訳じゃ無い。繰り返すがある程度の実力者、つまり流と同程度か弱い敵なら問題なく勝つことが出来る。同じ輪外者であれ『強化獣種』であれな」


「それは……まあ、その通りだけど」


 戦いの場において圧倒的な力の差があれば戦略どころか戦術を練る必要も無い。

 しかし、敵対者が自分以上の戦闘能力を有する時、敵に対しあらゆる対策を講じて望まなければ勝利は得られない。それが戦闘前であれ、戦闘中であれ。随時変化する戦況に対応しきってこそ完璧な勝利と言えるだろう。

 ……最も望み求める理想の完璧な勝利など戦場に有りはしないが。


「戦いの中で相手の力を分析し、自分の手札でどう勝つかを考える。これは誰もが勝つために、生き残るために行っている事だ――それをより細分化する必要がある」


「もっと細かく?」


「ああ、敵の攻撃に対して防ぐ、避ける、受け流す、逸らすと考えるだけじゃない。その攻撃の姿や動作そのものにも眼を向けるんだ、武器の持ち方から腕の動かし方、踏み出す足先の方向や重心の位置。攻撃手段の流れや癖に視線、視点の変化。戦いの中で起こる全ての事柄を細分化、判断対象を増やし思考力を鍛えるんだ……最初は決まった動作に対してだけでも良い。一つの動作に対して考えを巡らせ思いつく限りの工程を頭の中で常に想像し、些細な動きの変化から相手の次の動きを読んで対応出来るようにする」


「………………」


「それが出来る様になれば実力が近い相手でも勝てるだろう。初見の異能や、魔法を使ってくる敵と戦う事になっても早々負けるような事も無くなる、それが出来る様になったら今度は自分の行動を細分化して如何に相手に手の内を見せないか、見せる事で不必要な選択肢を押しつけられるか出来る様にすることが肝心だ。もっと正確で分かりやすい方がいいならマクスウェルに――」


「だ、大丈夫! これ以上無いくらいの助言だった!! だからもうそれ以上は言わないでっ!?」


「そうか? 期待に添えたのなら何よりだ」


 自分以上の実力者である名無からの助言、それは流にとって一攫千金の情報。この世界を生き抜く為に必要不可欠な生存戦略の知識。名無の助言を助言で終わらせる事無く自分の血肉にする事が出来れば、元の世界に戻る方法を探すためのこれ以上無い力となる。

 だが、その内容は異能一つで異名騎士に匹敵するフォルティナを下す事の出来る実力を持つ少年を持ってしても、簡単に身に付ける事が出来るようなものではなかった。

 現に流は名無に感謝の言葉を返しながらも、その表情は引きつり何気ない教えを請う言葉から己の未熟さをこれでもかと突きつけられてしまった。結果、流の眼には薄らと涙が浮かんでいるようにも見える。

 今まで相手の攻撃をただの一撃としていなかった流にしてみれば、その一撃をより細かい動きとして認識し分析をしてみせろといとも簡単に言われてしまったのだ。それも一歩間違えれば即死に繋がる状況下で。

 名無に悪気は無い、流の身に降りかかる危険を彼が乗り越えられるようにという善意からの言葉……それが分かっているからこそ要求された改善点の実現の難しさに冷や汗に飾られた苦笑いを浮かべるのだった。


「最後に『風製製統(エア・クラフト)』についてだが」


「まだあるのっ!?」


「安心してくれ、『風製製統(エア・クラフト)』の使い方の提案というだけだ」


 流石に隠しきれていない流の胸の内を察して小さく笑みを浮かべる名無。


「流は『風製製統(エア・クラフト)』を戦闘にしか使っていないようだが、非戦闘時……索敵に使った事はあるか?」


「『風製製統(エア・クラフト)』を索敵にか……基本的に『強化獣種』と戦う時は学生でも軍人でも四人一組のチームじゃん、索敵系の能力を持ってる人と組む事が殆どだから名無が言うみたいな使い方はした事無いよ」


 加えて言えば『強化獣種』との戦闘は純粋な力比べでに近い、中には高い知能を持つ個体も存在するが数は極めて少ない。だからこそ《輪外者》を生み出す猶予があったと言える、そうで無ければもっと早い段階で人類は敗北していたに違いない。


「今までやった事が無いのなら尚更だ。この世界では他者に頼る事は出来ないとは言わないが、出来る限り自分で対処できるよう近接戦闘の技術だけでなく能力面でも鍛えた方が良い。風属性魔法の使い手であれば、俺が言ったような効果を持つ魔法を簡単に扱える。姿が見えない敵を捕らえる事が出来る、それが出来る出来ないで状況判断において大きく差を付けられてしまうからな……戦いに遊びを持ち込まない相手なら何もさせて貰えずに殺されるぞ」


「…………うん、出来るだけ早く身に付けるよ」


 今の流は自分の異能を攻撃、防御、移動と同時に扱う事は出来るだろうが肉体を強化する強化魔法のように防御や移動といった方面でも常に維持するような使い方をしてこなかった。敵が本能に忠実な『強化獣種』や同じ世界の輪外者が相手であれば然程問題視する必要も無かったかも知れない――しかし、こちらの世界では致命的な弱点でしかない。

 一つの能力しか無いからこそ、様々な方面で練度を高めなくては魔法という似て非なる超常の力に対抗する事も出来ない。攻撃為る度に、防御する度にと能力を一方向でしか使えないのでは如何に切り替えが早くとも必ず同時に攻守だけでなく他の戦闘面と併用する事が出来る相手に遅れを取る事は必然。

 この世界で流よりも早く、多くの戦いを経験した名無だからこその助言。

 流は大げさだと慢心することも、心配しすぎだと楽観することも無く只事実として名無の言葉を受け入れる。


「分かってくれたなら俺も安心だ……そろそろ戻ろう、レラが朝食の準備をしてくれてるはずだ」


「もうそんな時間? じゃあ、名無は先に戻ってて。俺は汗が落ち着いてから行くよ」


「そうか、身体を拭く手拭いとお湯は用意しておく。人目が気になるなら簡単な更衣室も用意しておくがどうする?」


「あー、あると嬉しいな。裸を見られて恥ずかしいわけじゃ無いけど、フォルティナさん達の眼もあるし」


「分かった、流が戻ってくるまでには準備しておく」


「ありがとう、名無」


 日も完全に登り、動物達も行動を起こす時間。

 早朝の手合わせは名無と流、どちらにとっても有意義な物となった。名無は一足早くレラ達の元へと戻り、流は一人汗が引くのを静かに待つ。


「…………やっぱり今の俺じゃ知識だけ教えてもらっても駄目だ」


 その間、流はただ休むのでは無く名無との手合わせで分かった自分に足りないものについて考えを巡らせた。


「フォルティナさんに勝てたからって他の人の魔法を対処できるわけじゃ無い、それに名無が指摘してくれた事を熟せないと帰る方法を見つける事も出来ない」


 自分と敵の行動を事細かに分析し如何に自身の勝利に繋げるか、それだけでも少なくない時間が掛かる事はハッキリとした。今の自分ではこの世界で生き抜くだけでも困難、一人でも問題ない力を身に付けるにはどうあっても協力者がいる。


「……うん、決めた!」


 汗に濡れる頬を気を引き締めるように両手で力強く叩く流。

 パシンッと鋭い音が響く中、流は力のこもった黒い瞳で青空を見上げる。


「元の世界に戻る方法を自力で探せる様にならなくちゃ……その為には名無に鍛えてもらうのが一番だし、まずは名無の説得から頑張ろう!」


 これが男同士、二人だけの度であったなら簡単に了解を得られたかも知れない。

 けれど、実際はレラとティニー。名無に取って掛け替えのない旅の仲間が居る、それも名無に取って大切な存在であろう二人が。

 そこにぽっとでの自分が加わるとなると名無だけでなくレラ達にも要らぬ心配や不安を賭けさせてしまうに違いない、まずは自分が敵では無い事を充分以上に分かってもらう必要がある。


「よーっし! 張り切っていこう!!」


 異世界生活初日からフォルティナと最悪の形で始まりはしたが同時に名無という理解者を得られた。その幸運がまだ身近にある今、このチャンスを逃すまいと流は両手で作った握り拳を気合いの言葉と供に力一杯突き上げるのだった。





今回もギリギリの投稿ですが、楽しんで頂けたら幸いです(´д`)

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