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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    三者迷走(4)


(名無とマクスウェルさんのお陰で簡単にでもこの世界の事が分かったのは良かったけど……これからどうしたら良いんだろう)


 膝を抱え蹲る流、彼もまたフォルティナと同じように自身の今後について不安と焦燥を募らせていた。

 突如として身に降りかかった異世界への転移、《輪外者》と同等以上に戦う事が出来る少女から受ける警戒と軽蔑、そして自分がいた世界への帰還困難という現実。そんな状況下でレラとティニーのお陰で疲れを癒やし心を落ち着かせる為の時間が得られたとは言っても、冷静に思考を巡らせる時間が逆に流を追い詰める形となってしまったのは皮肉が効きすぎていると言っても過言では無いだろう。


(元の世界に戻る方法は……無いわけじゃ無いんだろうけど、名無達が知らないならやっぱり簡単には見つけられないよね)


 少なくとも半年は早く自分よりも先にこちらに迷い込んだ名無が帰る方法を見つけられていない。


(なのに、こっちに来たばかりの俺が見つけるなんて無理だ)


 自分が異世界に迷い込んでしまった原因も分かっていない、そんな状態で手当たり次第に魔法や異能を調べていてはどれだけ時間が掛かってしまうか。

 こうして考えを巡らせている時間の流れも世界共通であるとは思えない、こっちの一秒は元の世界での何分なのか。一分が何時間だったりするのか、一時間が一日だとしたらもう何日も連絡が取れていないことになる。

 けれど、より不味いのは逆だった時だ。

 こちらの一日が向こうに一秒も経っていないのだとしたら、元の世界に戻る事が出来たとしても年を取った自分が元の世界で何事も無く生きていけるはずがない。


(異世界にいたって話自体夢物語だ、信じてくれるかどうか……信じてくれたとしてもソレで済むはず無い)


 異世界という空想の世界が現実に存在する、その事実がいったいどれだけの騒ぎになるのか簡単に想像出来る――同時に異世界渡航を体験、成功させた素体として幽閉され実験動物として使い潰されてしまうかもしれない未来も。


(『強化獣種』を絶滅させる為なら人体実験くらい何でも無い強硬派の人達が魔法の力を見過ごすわけ無い。実験動物にされるなんて嫌だし、世界の行き来が出来る様になっちゃたら絶対に悪い事が起きる)


 自分の意思で世界を行き来したわけじゃないけれど、貴重な存在である事に変わりは無い。魔法という異能を超えうる力を手にする為に、どうあっても異世界へと向かう為の方法を確立させなければ成らない以上は自分が命を落とすことはないだろう。


(て言うか、今の俺って戻れても戻れなくても――)


 ――詰んでるのでは?

 声に出さずとも口の中で転がした一言が、流に自分が置かれている現状を嫌というほど正確に示していた。


(あーあっ、あの漫画完結まで読みたかったな、クリアしてないゲームもあったのに)


 異世界に迷い込んでしまった事は流の意思に何ら関係の無い不運な事故である。


(はあ、期末試験も近かったし皆で勉強する約束も破っちゃったな。そろって合格しようってはりきってたのに)


 しかし、そこから広がるのは理不尽と断言できる結末のみ。元の世界に戻る事が出来ても、時間の流れが異なっている可能性の元に実験動物にされてしまう未来が。


(門限も破っちゃったし、父さんと母さん怒ってるだろうな。せめて連絡出来る方法があれば生きてる事くらいは伝えられるのに、心配だって……させちゃってる、よね)


 戻る事が出来なければ名無達から得られた必要最低限の知識のみで、この弱肉強食こそ真理であると謳う残酷な世界を生きる事を強いられる現在が……どちらにしても流には降りかかってくるであろう悪意に抗わなくてはならないという選択肢しか残されていなかった。


(あーあっ……泣きそう……男だけど、泣いちゃうよこれ)


 頭の中で帰る方法の有無、それらの選択肢によって発生するであろう状況の仮定。

 冷静に一つずつ、考えつく芳しくない未来予想に対して軽口で対抗してはみても流の思考には最良の未来が浮かび上がってくる事はない。

 《輪外者》であるからこそ、《強化獣種》と戦う為の教育を受けたからこそ、戦士として一人の人間として最悪の結末に対する思考が止まる事は無い。最悪の結末を予想し、ソレを回避すべく考えを巡らせるまでは良くとも、打開策を導き出すための情報が余裕が流には足りていなのだ。

 自分を知る人がいない、自分が知っている人達が居ない。

 有るのは、いるのは自分が生まれ育った家も、街も、国もない。通いなじみのある場所も、見覚え有る建物も、聞き覚えのある暮らしの喧噪も何一つない世界。

 そんな状況で「何とかなる」、「何とか出来る」と前向きになれる訳がない。

 出来る人間がいるとすればそれは漫画や小説にドラマや映画、人が想像した架空の物語の登場人物だけ。

 それでも流が自暴自棄にならずにすんでいるのは、


(本当にレラさんとティニーちゃん、フォルティナさん……も、いてくれて良かった。俺一人だけだった泣いてた、それに名無とマクスウェルさんも)


 自分以外の他者の存在があったからこそ。

 この場に二人の姿は無いが、自分以外の誰かがいるからこそ冷静になろうと努めることが出来る。加えて、名無という自分と同じ境遇を経験し少なくない時間を過ごしてきた先達がいる事が何より心強いだろう。


(戻ってきたら二人だけで話せないかお願いしてみよう……もしかしたら名無は帰れなくても良い、そう思ってるかもだし)


 しかし、流の事情のみを優先するのであればの話である。


(ティニーちゃんが二人の子供じゃないのは分かるけど、レラさんとはお互いに理解し合ってるっていうか……すっごいお似合いだった)


 自分とフォルティナに対する対応、その役割を微塵も迷う事なく分担したやり取りだけで二人がお互いに何が出来て何が出来ないのかをしっかりと理解している事が分かった。人柄に関してもティニーの明るく礼儀正しい様子からは、名無達が慈愛と節度を持って接している事が伝わってくる。

 端から見れば若夫婦とその子供、仲睦まじい家族のようで。


(夫婦とか恋人じゃなくても仲が良いのは見れば分かるくらいだもん……レラさんとティニーちゃんを残して帰るなんて出来ないよね)


 名無達だけじゃなくフォルティナからも人間上位、それも弱肉強食という単純明快な事柄が社会基盤の世界。明らかに戦う力の無い二人を残して自分達の世界に帰れば、瞬く間に悪意という悪意が彼女達に降りかかり悲惨な仕打ちを受けるのは火を見るよりも明らかだ。


(知り合って大切だって想いあえる人が出来たら……迷うだろうな、きっと……)


 今はまだそんな相手はいない、これからどうするのか自分一人の事で精一杯だ。それに向こうでは友達が、家族がいる。そして自分には為べき事が、《輪外者》として《強化獣種》の完全討伐という人の悲願を実現させなければならない。

 自分が大切に思っている人達の何気ない穏やかな日々を何にも怯える事なく過ごすことが出来る様にする為に。その為に自分は《輪外者》となったのだ……それと同じくらい大切な人が、人達が出来てしまったら自分はどんな選択をするのだろうか……


(――って、そんな事考えてる場合じゃ無い)


 これからどうすれば良いのか。

 冷静ながらも解決策が思い浮かばずにいた流だったが、いつの間にか問題点がズレていた事に気付き膝を抱え蹲りながらも小さく頭を振った。


(今は帰る方法を見つける、その為に何をすれば良いのか考えなきゃ……っていっても名無と話す事くらいしかないよね)


 何をするにしても今は異世界に詳しい名無と話す時間が欲しい流。

 フォルティナが警戒を緩めない中では、男二人で話をするのも簡単にはいかないだ。それでも帰れない焦りや悲しみで凝り固まっていた思考がズレたり、今できる事は何かを考え実行するという選択をする事が出来たのは、本当の意味で落ち着きを取り戻し始めているからだろう。


(名無達もフォルティナさんからフォーエンって街の情報をまだ聞きたいだろうし、こうして一緒にいられる間に少しでもこの世界の事を知っておかなきゃ)


 現状、流にとって最優先なのは異世界の情報を少しでも多く手に入れること。そして、可能な限り正誤の確認、そこから元の世界へ帰るための手段の模索。その過程で理不尽にも襲いかかってくるであろう困難に打ち勝つための、弱肉強食の異世界で生き抜く為の術を身に付けること。

 やれる事は少ない、だがやるべき事は多い。

 流は下を向いていた顔を静かに上げ前を見据える。その視線の先には誰の姿も映ってはいなかったが、その黒の双眸には確かな意思の光が宿っていた。

 歩みは止めない、一歩でも前に。その一歩が難しいのなら半歩でも……それよりも遅い歩みでしか進めないのだとしても最善の道を探し出す、と。




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