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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    近しく遠い者(4)


 ――『強化獣種(アツプ・ビースト)

 NBC兵器……核兵器、生物兵器、化学兵器の頭文字を用いられた総称。

 その中でも核兵器よりも入手、開発が容易であり化学兵器よりも自然環境に影響されず甚大かつ広範囲にわたって損害を与える事を可能とする生物兵器に分類され、そしてそれは生み出された。

 日本製薬企業Bright future first。

 通称『BFF』は数ある製薬企業の中でも異例の特色を持つ会社であり、その研究員の一人である道影佳久の献身によって。

 製薬産業における特色は大まかに分けて四つ。

 生命に密接に関連した産業、多種品目・少数生産の産業、研究開発志向の産業、付加価値の高い知識集約型の産業。これらの特色以外にも様々な物が挙げられるが、そして殆どの製薬会社はこの四つの特色を経営基盤とし、病に苦しみ倒れる患者の為に活動している。

 BFFもこれらの特色を基盤としているが異なる点が一つ、それは重症患者、重篤な病に侵された患者の生命維持に関する研究だった。

 研究そのものは他の企業も行っている事ではあるが、BFFが行っていた研究は極秘で行われている物が殆ど。つまり非合法の薬物調合や機械工学による人工臓器、義手義足の開発、更には毒性の高いウイルスを用いた人体実験……。


 人道から外れた実験を重ねてきた事実が表沙汰になるまで、数多くの実験と犠牲者が出た事は言うまでも無い。しかし未認可の薬、無許可の治験であっても被験者として募る者は多かったのだ。

 病に侵され余命幾ばくもないと知り生きたいと願った者がいた。事故によって手を、足を……身体の一部を失い、火に炙られ肌がケロイド状になってしまい謂われの無い差別に苦しむ者が居た。

 そんな彼等が少しでも命を長らえられるならと、欠落した四肢を、醜く歪んでしまった風貌を改善できるならと――『ただ生きられる』。そんな変哲も無い平穏無事な生活を取り戻せるなら、たとえ非合法な手段だと分かっていても手を伸ばさずにはいられない。

 そんな彼等を責められるはずも無い、何の関係の無い他者を差し出し求めた結果のみを享受しているのでは無い。施される投薬、繰り返される実験……その過程で発生する全ての苦痛と失敗という副産物を押しつける事無く受け入れる。その果ての結果が望まぬものでも、何の成果が得られず終わっても自分自身を差し出しているのだから。

 BFFで行われている実験の数々は間違いなく違法行為、だがその始まりは怪我や病に苦しむ多くの患者を救おうとした善性が発端なのだ。

 そしてそれは佳久という一人の男にとっても同じ。

  死にゆく愛する人を救いたい、人にとって尤も尊き奇跡に望んだだけ。たったそれだの願いと行動が『成って』しまったにすぎない――人類滅亡という名の引き金に。

 

『――ALS、筋萎縮性側索硬化症を発症した婚約者を救う為に非合法な実験に着手。その過程で『黒陽華』と呼ばれるアマゾンの熱帯雨林深部で発見、日の光を必要とせず高い湿度と茹だるような気温の中でしか生育できない植物で、黒陽華から取り出した特殊な遺伝子配列を有する二本連鎖RNAウイルスを元に製造されたC2(クラフトキュア)薬が『強化獣種』の発生要因のようです』



「C2薬の効果は?」


『投薬された対象の動物細胞が持つ遺伝子材料とたんぱく質を利用し低下、萎縮した筋組織の代替組織として形成されるようです。筋萎縮側性索硬化症は脳の運動神経の障害によって起こる症状の為、根本的な治療薬とまではいきませんが病状の進行を抑えられる、と』


 筋萎縮性側索硬化症は病状が発生してからの進行速度は非常に速く、発症の症状に種類がある。

 だが人工呼吸器を使用しない患者の場合、平均で二年から五年間の間に死亡する。中には人工呼吸器を使用しなくても二十年以上生存したケースも確認されている、これらの事から個人差が大きい病である事が分かるだろう。

 だが、佳久の巻役者の病状は的確な対処療法を施し、最良の経過観察が出来たとしても余命二年と言う診断が下されていた。


『しかし、結果としてC2薬は婚約者に投与される事は無かったようです』


「間に合わなかったのか」


『いいえ、薬そのものは完成したようですが治験に用いた実験動物達に致命的な副作用が発見されてしまったようです。その結果が『強化獣種』の発生に繋がったのでしょう』


 C2薬を投与された動物達の体内でウイルスの増殖が予想されていた数値を超え、成長ホルモンの異常分泌が止まらず生体を構成する全ての器官の大型化。発達促進作用は数倍から数十倍の数値を叩きだし、種としての性能を大幅に増大させてしまった。

 何より致命的な副作用――それは突発的な凶暴化の獲得である。


『C2薬の効果によって向上してしまった五感が取得してしまう外的要因の情報量に過大なストレスを抱えてしまった結果、視界に入るもしくは自身に危険が及ぶと判断した範囲に踏み入込んで来た対象に攻撃を加える事例が多数発生してしまい人間に打つには危険だと判断しC2薬の製造の中止に踏み切ったようです』


 しかし、既に投与された動物達の処理作業中に百近い実験体が脱走。先に述べた凶暴性によって人間社会に甚大な被害を及ぼし同種、他の野生動物との交配。強化された遺伝子情報はそのまま子に引き継がれ『強化獣種』の総数は爆発的に増加。

 それでもまだ対処できる範囲ではあったが、BFFと佳久の想いとは裏腹に最悪のケースが起きてしまった。それは『強化獣種』を生物兵器として活用しようと乗り出した国々の干渉である。


『申し訳ないとは考えましたがナガレ様の脳内、記憶領域にアクセスし得た情報からするとテロ国家と判断された先進国によるものです。事の発生はナガレ様の世代より五世代遡った時点の案件ですね。責任の所在は機密情報扱いになっているために正確な国名は伏せられているようですが、彼等の利己的な判断によって『強化獣種』は世界規模で生息域を広げ、中にはより強化されてしまった個体も存在したようです』


「その対抗策が人工的に作られた《輪外者》という訳か」


『概ねその解釈で間違いないと思われます』


 各国だけでは対処しきれなくなった結果、国家間共同で『強化獣種』を淘汰すべく世界救済の大義名分の元に2薬の改良に着手。BFFが行っていた人体実験が人道的だと思える程の苛烈にして残酷極まる実験を幾度となく繰り返し、無数に積み上げた失敗と使い潰された命の果てに副作用を起こす事なく身体強化を可能にする新薬《系統進化薬(セフィロ・クラフト)》によって《輪外者》が誕生した。


『身体機能の向上には脳も含まれ、脳幹から脊髄に《系統進化薬》の成分が浸透。脳細胞の変質によって人では持ち得ない特殊能力、世代を重ねた過程によってワタシ達の世界と同じ異能を獲得した者も存在しています』


「異能を持たない輪外者もいると言う事か?」


『はい、輪外者の成り立ちが異なる為にそういった差異が発生しているのでしょう』


「にわかには信じがたいが……事実なのだろうな」


 名無と流は同じ銀の瞳を持ち異能を保有している。

 二人を比べ判断するのであれば両世界の《輪外者》に違いは殆ど無い。しかし、名無の世界において輪外者は人の別種として存在している。一方の流の世界では生物兵器に対抗する為に遺伝子操作を可能とした薬物によって作り上げられた対抗兵器(アンチウェポン)に位置する存在。

 加えて異能を獲得している者としていない者に分かれ、それでも同じ人間であるという意識基準も確立されている。

 人類の脅威である『強化獣種』という共通敵の存在がそれを可能としているのだとしても、人間と《輪外者》が争う世界で生きてきた名無にしてみればその衝撃は計り知れない。


『独断になってしまいましたが、ワタシ達が転移してくる以前の経緯の情報共有は中止。この世界の基礎知識とマスターが取るスタンスの情報を譲渡しました』


「助かる……とは言っても」


 秘密裏にマクスウェルが流から取得した情報を整理しつつ、


「――何者かも分からない誰かに転移魔法で飛ばされて、気付いたら私の目の前にいて、戦ったのは私の勘違いから。それが貴方の言い分ってわけね」


「そ、そう! フォルティナさんと戦ったのは本当に事故なんだ! 俺に戦う気は無かったんだよ。いきなりこんな所に飛ばされちゃって焦ってたから、思わず手が出ちゃったけど……けど君に乱暴な事をしようとした訳じゃ無いんだ!!」


 名無はフォルティナを相手に前振りも無く押しつけられた立ち振る舞いを元に身振り手振りを交え、懸命に身の上と潔白を説明する流に眼を向ける。


(流には負担をかけてしまうな)


 生まれ落ちた世界が異なってはいても異世界に迷い込んだ者同士、不運が重なり甚だ不本意な誤解をされてしまった同志でもある。フォルティナに与えてしまった悪い印象を払拭する手助けをしてやりたいのだが同じ人間でそれも男、その上同じ境遇に身を置いているとくれば同情から情けを掛けるのではと勘ぐられてもおかしくはない。


(そうなってしまえば状況の改善は見込めない、此処は流一人で場を収めさせるのが望ましいんだが)


「自分でも色々と無理があるような話だなって思う……けど嘘じゃないんだ! 信じて、信じて欲しい、信じて下さいお願いします!!」


「………………」


 恥も外聞も捨て流は土下座を敢行、額を地面に打ち付ける勢いで再三頭を下げる。一方のフォルティナは銀に染まる鋭い瞳で流を見下ろす、『明輝暗目(ヘリツヒカイト・オープス)』によって流の言葉の真意を確かめているのだろうが厳しい表情を浮かべていた。

 名無の場合は判断を誤りルクイ村の面々に遅れをとり拘束され尋問に掛けられ害がないと判断された。だが流は一対一の戦いで勝利し、容易には受け入れられないであろうでっち上げた身の上を語り、自分がフォルティナに取って無害である事を主張……。

 互いに物申したくなる内容ではあるが、どちらが相手方に安心を与え理解を求めやすい状況にあるかと言えば名無に軍配があがる。

 二人の仲を取り持ちいざこざに終止符を打ちたい名無ではあったが、如何せん片方ばかりに肩入れ為るわけにもいかないせいで手を拱いていた。


(せめて流への敵対心だけでも和らげる事が出来れば……)


「ふふっ」


「レラ?」


 フォルティナが無茶をしないかハラハラしながらもティニーを連れ合流したレラだったが、慌てぶりは形を潜め二人の成り行きを見守る金の瞳は穏やかだった。


「あっ、すみません。何だかナナキさんと出会った時の事を思い出してしまって」


「……確かに状況は似ているからな」


「はい、でもナナキさんは落ち着いてましたね」


「荒事や不測の事態には慣れているからな」


 こちらが一方的に収集した情報からすれば、流は何処にでもいる学生と何ら変わらない少年だ。《輪外者》と『強化獣種』という項目を除けばという前提はあるものの対人、対『強化獣種』の戦闘の経験はあっても人の命を奪った事が無い事が分かる。

 戦闘経験がある時点で一般人とは言えないが、涙しながらフォルティナに謝り倒す姿に殺人者特有の殺伐とした雰囲気は一切無い。


「だが、それがどうかしたのか?」


「いえ、その、何かあるわけじゃ無くて……少し懐かしいなって。本当にそれだけで……すみません」


「いや、気にしないでくれ」


 二人のやりとりを見て違和感を感じたわけでは無く、本当にルクイ村での名無とのやり取りを思い出しただけなのだろう。まさか名無が意味ありげな物と判断してしまうとは露程も思ってなかったに違いない。

 現にレラは頬赤らめ気まずげに視線をそらしている、彼女には何の非も無いというのに。


(気にしないでくれ、は……違ったか)


 何とも言えない空気が漂ったことで、自分の発言が何のフォローにもなっていない事に気づいた名無も珍しく視線を泳がせる。それで状況が変わるはずも無いが、何か起死回生となる一手に繋がる物を。

 そんな考えが名無の頭の中を満たす中、


「………………」


 フォルティナが自分達に眼を向けていることに気付く名無。

 もう言葉を尽くした流は土下座のまま頭を上げる事無く無言で沙汰を待っていたが、そんな彼には目もくれず名無とレラ達を見ていたフォルティナは銀の瞳を閉じ小さく溜息を吐いた。


「……分かった、貴方の言い分は聞き入れるわ」


「し、信じてくれるの!?」


「いいえ」


「えぇぇ……」


 フォルティナが自分の事情を受け入れてくれたと喜びを見せる流だったが、間を置くこと無くバッサリと否定されてしまい喉の奥から引きつった声が響く。そんな流にフォルティナは銀の輝きを収めながらも未だ冷たい瞳を向ける。


「何不満そうな顔してるの? 言ったでしょ、言い分『は』聞き入れるって。そうでもしないと話が進まないのは分かりきっているしね」


「うぅ……」


 フォルティナの言うように無実を訴える流と警戒を緩めないフォルティナ、二人の主張だけでは問題の解決には判断材料が少ない。名無が指摘したように流がその気なら彼女を辱める事は出来た、それをしなかった事実が有り流の人となりを示せる物でもある。

 しかしながら、それはあくまで状況証拠であって物的、もしくは信頼に値する証拠であると言い切ることは出来ない。

 レラの心色を読み取る力、フォルティナの『明輝暗目』と流の真意を探る出来る力はあるが絶対の保証になるかは結局の所判断する側の心根によるのだ。繰り返し確かめる事になるが、流ととフォルティナの出会いが最悪であった事は致命的。


 その直後に和解を求められて直ぐに胸襟を開くような者がいるとしたら、それこそ精神破綻者と見られてもおかしくない。この世界の常識でなくとも戦いに身を置く物であればその異常性は充分に警戒に値する、それが純真無垢な善性から出たものだとしても鵜呑みにする者はいないだろう。

 その為に、流がどれだけ言葉を尽くしてもフォルティナが警戒を緩めない理由。これには名無も納得出来る部分が多すぎる為に、この場を流に任せ傍観に徹する訳でもあった。

 その結果話が進まないのだが、納得出来ずとも理解はする。他に加えるなら名無と流が口裏を合わせる様子が無かったことと、自分達の話し合いを見守る名無とレラの二人に緊張感が無かった事がフォルティナに合理的な答えを出させたのだった。


「話は付いたようだな……一応ではあるようだが」


「ええ、カザネはまだ不満があるようだけど。でも、このままこうしていても埒があかないもの。貴方達はどう?」


「こちらは問題ない、殺し合いを止めさせるのが目的だったからな。それに旅をしている身としては情報源は多いに越した事はない」


「わ、私は皆さんが無事ならそれで……」


「ティニーも!」


「じゃあ私とカザネの件はこれで一旦終わりにしましょう――それで、貴方達が求めてる情報源は私だけって事になるわよね?」


「ああ。恩着せがましいとは思うが、こちらの質問に答えて欲しい」


「質問の内容次第よ、助けて貰った事には感謝しているけど」


「それで充分だ、感謝する」


「……ああ、もう置いてけぼりになってる……」


 この場の当事者の一人であるはずの流を横目に淀みなく言葉を交わすフォルティナと意識を切り替えている名無の姿に流は肩を落とす。名無達の切り替えの速さに意気消沈してしまう流だったが、そんな流に構わず名無はフォルティナに今一番必要としている問いを投げかける。




「『フォーエン』という街の名前に聞き覚えは?」


「っ」



 

 レラとティニーの手厚い治療、流の悲哀滲む弁解をへて落ち着きを取り戻したフォルティナ。しかし、そんな彼女の顔が動揺と驚愕に染まりあがる。

 名無が質問する声と顔に殺気や圧力の類いを込めた訳では無い、名無にとって魔王に繋がる唯一の手がかりというだけの、この世界に存在している又は存在したはずの街の名を知っているのか、何の変哲も無い質問を投げかけただけ。

 だと言うのにフォルティナは時が止まったかのように動かない……いや、動けないでいた。

 それも交渉にいおいて相手に動揺を悟らせない、そう繕って見せなければならない余裕を完全に失って――。



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