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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    近しく遠い者(3)


「………………」


「………………」


 名無と流は互いに口を噤み、二人の間にはただ静寂だけが流れる。

 だが、二人が胸の内に抱く静寂の根幹は全く異なっている。それは落ち着きある銀の双眸を見せる名無と、銀の輝きを失った力の無い黒い瞳が物語っていると言って良い。


(異世界に迷い込んだ、それだけでも簡単には受け入れないだろう。最悪の場合、元の世界に戻ることが出来ないという事実もこれ以上無い追い打ち。俺と同じように何れ軍に身を置く事になるとは言っても直ぐには……)


 流が身を包んでいる制服は輪外者側の教育機関、それも対輪外者戦闘に特化した戦闘教育を施す機関の物。自身が有する能力を十全に使いこなす為の知識だけでなく、能力と相性の良い武装の開発、学生同士による実戦経験の蓄積。戦闘に必要なあらゆる要素を習得させ、兵士としての質を可能な限り高め送り出すための学び舎。

 とは言っても、その教育方針から教育とは名ばかりの施設である事は間違いない。


(この世界に転移し状況が掴めない中で彼女を、フォルティナを下す事が出来る事から考えても何時戦場に投入されてもおかしくはなかったに違いない。だが、まだ踏み留まる事が出来る状況下での転移と考えれば運が良かったと言えるか)


 流自身が自分の意思で軍人として、兵器としての生き方を望んでいるのなら名無の判断は余計なお世話としか言えないだろう。しかし、なし崩し的に命のやり取りをする事になってしまったフォルティナを傷つけないよう立ち回り、身を挺して自害を防いだ事から鑑みても的外れでは無いことも覗える。


(問題なのは流に元の世界への帰還に対する未練、戻る理由が存在するという事。状況説明しか出来ていない以上、下手な事は言えない)


 間違った憶測を口にすることも危険だが、不用意に核心を突いてしまっても精神的に流を追い詰めてしまうかも知れない。元の世界に戻る事は出来ないとは断言できない、戻る方法があると希望的観測を口にすることも出来ない。


(今は様子を見るしか無いが……)


 俯き肩を落とす流を気に掛けつつ、名無は自分達の元に近づいてくる人影に視線を移す。


「………………」


「ま、待って下さい!」


「ケンカしちゃだめだよー!」


(やはり彼女の方が流よりも立ち直りが早かったか)


 現状を受け入れられていない流の様子を見て優位に立つなら今しかないと行動を起こしたのだろう。武装も取り上げられ戦えるだけの魔力が回復していなくても、フォルティナが浮かべる鋭い眼光は警戒と戦意に満ちあふれている。

 二人の精神状態を見ればどちらが舌戦の勝敗がどちらに上がるか……分かりきった結果を前に、名無は腰を上げ意気消沈している流を背にしながらフォルティナへと歩み寄った。


「すまないがもう暫く彼に――流に時間を与えてやって欲しい、君との戦闘は彼にとって不本意な物だったようだからな」


「まず敵かも知れない相手に背を見せる迂闊さを責めた方が良い? もしくは言葉を交わしただけで気を許している事を怒るべき? それとも優しさと甘さの違いを懇切丁寧に教授為べき? ……どれがお望みかしら?」


「どれも不要だ、流がどのような状況に置かれているのかは知ることが出来た。確かに同情も気遣いもしてはいるが、君が思っているほど腑抜けてもいないからな」


「……確かにそうみたいね」


 無防備な背中を流れに向けているように見える名無ではあったが、魔法が使えるフォルティナには名無が魔法を既に発動させている事に気付いた。魔法の行使による魔力の気配、腕の立つ者であれば気配その物を限りなく感じさせないようにする事も出来る。

 当然の事ながら名無もそれが出来る。しかし、その気配を隠す事無く漂わせているのは流が魔法が使えず魔力の気配を感じ取る事が出来ないと分かっているからだ。同時に、フォルティナにも同じ人間でも警戒を払っている体裁を分かりやすく示すためでもあった。


「君が流を警戒するのは分かる。だが、彼に君を害する意思はない。どちらかと言えばアレは正当防衛の末の不幸な結果だ」


「それを証明できる証拠はあるの?」


「傷一つ付けられていない君の身体が証拠だ。何より本当に君をどうこうする気だったなら、俺が助けに入る前に事に及んでいたはずだ、それだけの実力差があった事は君が誰よりも分かっているだろう?」



「……っ……」


 名無の言葉に顔を俯かせ薄く柔らかな唇をきつく噛みしめ悔しさを滲ませるフォルティナ。事実、フォルティナから一方的に傷を負わせられたと言っても流は彼女に傷一つ付ける事無く無力化してみせた。

 それは二人の間に明確な実力差が無くては実現しえない事である。それも視界も居場所も突如として切り替わり、状況を理解する間も意思疎通する猶予も無い追い詰められた状況で。

 間違いなく異名騎士に匹敵する力を持つフォルティナを相手にやってのけた流の実力は間違いなく一流、それだけの力があってフォルティナを弄ぶ様な真似をしなかった時点で流の無実は証明されていると言える。


「君にも君の言い分がある事は分かっている、その正当性を訴えるなとは言わない。だが、今は待ってくれ。流にも事情がある、彼が気持ちの整理を終わらせるまで」


「……いいわ。けど、そんなに長くは待てないわ」


「猶予は?」


「十分。貴方達が口裏を合わせるとは思わないけど、あいつにとって都合の良い答えを用意させるわけにはいかない」


「分かった」


 十分という時間は流にとって余りにも短い猶予。しかし、この世界の社会性からすればフォルティナに取っては長すぎる譲歩。これ以上は落とし所を交渉しても進展は無いだろう……名無は再び踵を返し流の元へと戻る。

 同じ輪外者である流であれば能力を発動させていなくても、二人の会話は聞こえていたはず。それでも座り込んみ動けないままでいるのは、フォルティナに与えてしまった最悪の印象を払拭する事よりもずっと難題と直面しているからだった。


「流、落ち着いて考えさせてやれずすまない。だが、今はフォルティナとの問題を解決する事を優先して貰えるか? 俺も出来る限り手助けしよう」


「………………うん、誤解されたままなのは嫌だしね」


 まだ感情の、情報の整理が出来ていない中で名無の呼びかけに応える流。

 優先すべき問題に取りかかれない、それだけで冷静さは欠けてしまうもの。しかし、自身の中で暴れる焦燥と動揺を抑え込んで流は立ち上がった。


「あの子の誤解を解くにはどうしたら良いと思う?」


「まず君はこの世界がどういった社会性の上に成り立っているのか知る必要がある、その事で俺も何度か失敗した事がある」


 フォルティナが提示した時間で名無が見聞きし経験してきた世界の在り方を口頭で伝えるには無理がある、何より何時までも流がこちらの世界の言葉を理解できず意思疎通が侭ならないのは交渉をする上で放置していて良いことではない。

 名無は今日に至るまでの出来事を思い返し微かに表情を曇らせながら、身に付けていたマクスウェルを流に手渡した。


「綺麗なチョーカーだね、これを……どうすれば良いの?」


『マスター・ナナキが身に付けていた様にワタシを装備して頂ければ問題ありません』


「へっ、今、えっ? しゃ、喋った? チョーカーが喋ったの!?」


『突然の発言失礼しました、まさか其処まで驚かせてしまうとは……』


「えぇ……ええぇぇっ……会話、出来てるぅ……」


「そんなに驚く様な事じゃ無いだろう」


 マクスウェルは軍の管理下にある戦闘支援型自律AIではあるが、自律AIは一般社会にも浸透しているシステムだ。

 公共交通機関における交通の円滑さと事故対応の迅速さ、医療機関においては患者の健康管理に始まり適切な投薬の提案や治療方針の提示。農作物や畜産物などを作る農業、木材を生産する林業、海や河川などで行われる漁業で必須となる重機や船舶の自動運転におけるコントロール制御等。

 あらゆる分野で人のサポート、人に代わり危険な作業を代行するAIドライバーとして多用されている。流が在籍している学園でもマクスウェル程では無いにしろ戦闘支援の為のAIが各個人に配布されているはず――何か、何かがおかしい。

 マクスウェルを手に狼狽する流の姿に名無は無視できない違和感を感じ取る。

 そして、


「普通驚くよ、ニュースで自律AIの開発に着手した発表があったばっかりだったんだから。やっぱり政府とか軍とかはだいぶ前から手を付けてたんだ。でも、これだけ高性能な人工知能なら『強化獣種(アツプ・ビースト)』との戦いが凄く楽になるのは間違いないし、それに――」


 ――『強化獣種(アツプ・ビースト)

 その聞き覚えの無い単語が流にとって揺るぎない世界の基準の一つであり、同時に名無が感じ取った違和感が形を変えていく。


「これなら何時か俺達輪外者が普通の人に戻れる時だって遠くない……まさかこんな所で実感出来るなんて思わなかった!」


 人間と輪外者、生まれ落ちた時から相容れない両者が肩を並べているかのような物言いが。何より人から外れた力を持って生まれた《輪外者》が人に戻れる、そんなあり得るはずの無い。

 起こることのない種としての退化を希望のように声を弾ませ眼を輝かせている……そんな流の姿は、名無に受け入れがたい戦慄を植え付けるのだった。



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