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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
74/111

01  近しく遠い者(1)


 鬱蒼とした緑の天蓋は幾重にも重なり僅かな陽光さえ許さないと言うかのように生い茂り、日が高い時間だというのに広大な天蓋を作る森の中は暗い。

 歩き進めるのが困難とまではいかないが、それでも広がる薄闇は歩く者達の見えない足枷となって歩みを送らせるには十二分な効力を有していた。


「あっ! レラお姉ちゃん、なたーゆの実みつけたー!!」


 だが、そんな憂鬱な雰囲気を吹き飛ばす快活な声が辺りに響き渡る。

 声の主であるティニーは太陽にも負けない輝きを湛えた大きな翡翠色の瞳を喜びで見たし、弾む声で供に旅をするブルーリッドの少女レラに探していた木の実がなる枝を指差す。


「あんなに沢山実がなっているのは木は久しぶりに見ました。凄いです、ティニーちゃん!」


「えへへっ、はやくとりにいこうよ!!」


 指し示す指の先には潤沢に実ったナターユの実が彼女達の手による収穫を待っていた、この実は黒と黄色のが入り交じった危険極まりない見た目をしている。しかし、ユータナの実という強い毒性をを持ったアケビに似た橙色の実とは正反対の解毒効果を持つ木の実である。


「――お手柄だな、ティニー」


「ナナキお兄ちゃん!」


 そしてもう一人、ティニーに声を掛ける静穏な空気を纏う青年名無。

 その落ち着いた雰囲気と長身からだいぶ大人びた印象を受けるが、ティニーとレラの喜に声を上げる姿を見て溢す笑みは少年のようなあどけなさが仄かに滲み出ていた。


「ティニーが見つけてくれたナターユの実だが、魔法を使って収穫しよう」


「まほうで? あ、そっか。まほうのれんしゅうになるもんね」


「ああ、良く気付いた。偉いぞ、ティニー」


 ナターユの実がなる木の丈はそう大きくない、三人の中で一番背が低いティニーでも背伸びをせずに実を取ることが出来る。直に取る事が尤も効率的な方法なのは言うまでも無いが、魔法を自在に操るには頻繁に魔法を扱う必要がある。

 とは言え、ここ数日魔族や人間達の町や村に立ち寄る事はなく落ち着いて魔法の訓練を行う時間はなかった。

 何時何処で誰から襲われるかも知れない旅路では、身を守るだけで無く日常においても魔力を無駄に消費することは出来ない。しかしながら、成長するためには少なからず危険はあっても魔法を使う事を決断する必要がある。

 今のティニーはまさにその状況に置かれているのだが、名無が居る以上はそんな心配も必要ない。加えて、三人が居るのは魔族や人間が出入りしている痕跡が殆ど見られない樹海とも言える森の中。


『現在周囲に人の反応はありません、動物達の反応も離れた場所に。マスターの言うように魔法の訓練を行うならベストなタイミングかと』


 名無が魔法の使用を提案したことから旅の同行者最後の一人、ではなく一機。

 戦闘支援型自律AI――マクスウェルの索敵結果からも周囲にそれらしい反応が無い事が分かっているからこその提案だろう。


「つかうまほうはなんでもいいの?」


「ティニーが得意な水と光属性でも良いが、ここは風属性の魔法でやってみてくれ。あとは可能な限り木の実に傷を付けないようにな……出来るか?」


「うん、やってみる!」


 名無から提示された条件は二つ。

 扱う魔法を風属性の魔法に留める事、ナターユの実に傷を付けず収穫する事。使う魔法の属性を絞られた事は然程問題では無いが、ナターユの実に傷一つ付けないという条件は今のティニーにとってはかなり難易度が高い。

 風の魔法であれば他の属性よりも応用性は広く、枝から木の実を取る摘果を済ませ地面に落ちないように浮遊させ、そこから自分の手元へと誘導する。

 複数の魔法を使って役割分担をしてやってみるのもより効率の良い訓練法ではあるが、ティニーの魔法技能は治癒魔法以外ほぼ初心者と変わらない身なのだ。得意とする水と光属性は治癒魔法で充分に鍛えられている事を考慮すれば平均的な練度の属性である火属性の熱、土属性の硬度、そして尤も不得手とする闇属性等。それらの中で最も木の実を傷つける心配が少ない風属性が訓練に適していると言えるに違いない。


「だいじなのはしゅうちゅうりょく、どんなまほうをつかうか…………むむうぅ……」


 敗者の終点でニックスから学んだ魔法発動に必要な事柄を思い出し、名無の言いつけ通り風魔法の発動に集中しナターユの実を見つめるティニー。

 魔法とは言っても戦闘用の様な物ではなく、日常生活で扱う攻撃性が殆ど抑えられた物である。


「……かぜよ」


 詠唱も一言で済み、ここから先はどう風を操るか。

 強固なイメージと扱う魔力量の制御が重要となる。魔法としての何度も高く適性も必要となってくる治癒魔法が扱える時点で問題はないと思える、が――


「む、むずかしい……かも」


 ティニーの発動した風属性の魔法はナターユの実を切れはしたものの、それは枝と実を繋ぐ果梗ではなく見事なまでに実を横一線で両断していた。切れた実の下部分も風の魔法で受け取られる事無く地面の上に落ち果肉と果汁を溢している。

 切断面も皮と同じく黒と黄色の様相は潰れた潰れた姿と相まってより毒々しさを増しているようにも見えた。

 その勿体なくもあんまりな光景にティニーは表情を篭もらせる。


「失敗しても良い、今はまず果梗を狙って切る事に集中しよう。それが出来る様になってから切り落とした実を受け止めることも併用していこう、落ちた実は俺が受け止めてレラに加工してもらえる。あまり気負いすぎないようにな」


「うん、がんばるっ!」


「その意気だ」


 失敗に落ち込むティニーではあったが、名無の言葉に萎みかけたやる気を取り戻し魔法のイメージと命中率が上がるようにと両手をナターユの実に向かって掲げ詠唱を唱え続けるのだった。

 そんなティニーの頑張る姿に名無とレラは笑みを溢し、ティニーの集中力の妨げにならないよう距離をとった。


(今のところ外敵の心配は無いか、ティニーの訓練に集中しても問題ないな)


 ティニーとの距離は何かあれば直ぐに対応出来る範囲内、今のところ自分達以外に人や大型動物の気配もない。マクスウェルの探知にも反応はなく、この森を形作る木々や草花そのものが自然の結界と呼べるような物でもある。


(……敗者の終点を出て二週間、『フォーエン』についての情報は皆無か)


 名無はティニーのが切り落としたナターユの実を受け止めレラの元に運びながらも、次の目的地へと思考を裂いていた。


(あの戦いの後、杏奈さん達が次の目的地を教えなかったのは既にティニーに託していたから)


 名無とレラ達が向かっている『フォーエン』について、杏奈達は一切語ることは無かった。自分達を縛る一種の不老不死を、用意された死の道筋を変える為に拳を交えたとは言え杏奈達は魔王の支配に従属せざる終えずにいた。

 その証明に次の目的地を自分や杏奈と同じ《輪外者》であろう燐火の『着識製記(メモリア・ルリユール)』によって、何の違和感も感じさせずにティニーの脳内に知識として刷り込んでいたのだから。

 だが、同時に杏奈のように燐火や他の住人達も魔王の支配に抗っていたこともハッキリと分かった。

 それは『フォーエン』についての情報が地名の他にめぼしい物が無かったからである。

 地名の他に得られたのは敗者の終点に幽閉されてしまう以前から、燐火が身を寄せ居てた人間の街である事だけ。それ以外の情報は全くティニーに刷り込まれてはいなかった。

 燐火が街を離れどれだけの時間が過ぎたのか、今もその街は存在しているのか。『フォーエン』までの道のり、街の規模と思想の傾向等。

 魔王に従っているのであれば確実に誘導する為の情報が何一つだ……これが燐火に出来る魔王への抵抗だったのだ、それが細やかな物だと分かってはいても。


(俺が強くなる為の時間を稼ぐ為、か)


 敗者の終点に生存者はいない、他の誰でも無く自分が杏奈達の命を摘み取った。

 それは『虐殺継承』によって杏奈達の力の全てを簒奪した事に他ならない、その数は百と二。

 奪いとった異能は四つと少ないものの、異名騎士と精霊騎士の位に立つニックス達の魔法と魔力の総量は膨大だ。名無が持ち得る魔力総量と扱うことが出来る魔法の総数は最早選定騎士を凌駕している。


 ――それでも未だ名無の力は魔王ノーハートに遠く及ばない。


(だが、訓練をしたとしても劇的な戦闘能力の上昇は見込めない。俺に出来るのは『虐殺継承』で奪った力をより組み合わせ効率的に運用することだけだ、戦闘技術の練度を上げるにしても同等の力を持った相手がいなくては意味が無い……)


 間違いなく燐火や杏奈達はフォーエンを次の目的地として示した。そこに辿り着くまでの道のりを時間稼ぎだと解釈しても、簡単に戦闘能力の向上は然程見込めないだろう。


(俺が強くなる為の時間稼ぎ、それ以外に何か目的が? 情報を限定的に提示してフォーエンに向かう過程をどう辿るのか監視している可能性もあるのか? 仮に後者だとしたら何の意味が……情報収集力の精査? 不測の事態に対する適応力の確認? もしかすれば魔王側の時間稼ぎである可能性も――いや、戦闘能力だけじゃなく情報量でも劣っている俺に対して時間稼ぎを選択する意味は無い。だとすれば、この時間はいったい何を意味して……)


 杏奈達から得られた情報に偽りは無い。しかし、この彼女達の行動が魔王に対する敵愾心から来たものなのか、それとも彼女達が自分達の為に作ったと思っている時間的猶予も魔王の智謀のうちなのか。

 名無は拭いきれない懸念に弱くは無い胸騒ぎに表情を曇らせ、


「やったー! できた、できたよナナキお兄ちゃん!!」


 ティニーの歓喜の声に曇った表情をかき消す。


「凄いな、まだ時間が掛かると思っていたんだが」


 そして、何事も無かった様にナターユの実を両手に持って自分に駆け寄ってくるティニーを見やる名無。


「えへへ、がんばったよ!」


「ああ、正確に果梗を切れているし切り落とした果梗の切り口も良い。実に傷が無い所を見ても、切って落とした際に受け止める風の扱いも――」


「ううん、ちがうよ。ナナキお兄ちゃんが言ったみたいにきってからおとさないようにするのむずかしかったから、おとさないようにしてからきってたの」


「そうか……ティニーには本当に凄いな」


 意識が思考に偏ってしまいティニーの訓練をしっかりと見れていなかった事に罪悪感を感じながらも、ティニーの適応力の高さに感心の言葉を溢した名無。

 名無の言った手順が間違いというわけではなく、同時にそれしか方法がないと言うわけでも無い。だが、名無がティニーに示した方法は魔法の扱いに慣れている者に適した手法となっているのだ。

 正確にナターユの実の果梗を切り落とし、実を傷つけない様すかさず受け止め、自分の手元に運び寄せる。手順としては何らおかしな点はないが、終始魔法の発動に迅速さを求められる。

 しかし、ティニーが取った方法は僅かばかりの猶予が得られる。

 予めナターユの実が落ちても大丈夫なように風の受け皿を作っておく事で果梗を切り落とす事に集中する事ができ、慌てる事無く実を受け止めたら後は実を自分の手元へと運ぶだけ。

 どちらの方法でも結果は変わらないが、その過程においてティニーに余裕を持たせられるかと言えば断然後者だろう。その方法を名無から聞くのでは無く、決して長くない訓練の時間の中で独自に導き出し実践して見せたのだ。ティニーの成長に名無は小さく笑みを浮かべた。


「もっと時間が掛かると思っていたんだが、これなら他の魔法も問題はなさそうだ」


「こんどはどんなまほうをれんしゅうするの?」


「そうだな、すぐ出来そうなものを試そう。今やったものより簡単な物になるが、どれも日常生活では欠かせない魔法を習得するのが良い」


 飲み水に適した川や湖が無い時、調理や暗闇の中を歩く際の灯りが必要な時、一人でも重い物を運ばなくてはならなくなった時。他にも日常生活におけるちょっとした困りごとを少ない魔力で適切な魔法を用いて解決できるよう色々と身に付けなくてはならない物は多い。

 何れは戦闘用の魔法も、そう考えてはいるが今は森の中だ。マクスウェルの索敵に反応が無いと言っても、巻き添えを食らわせてしまうかも知れない。自分が近くにいたとしても不測の事態に発展しないとは言い切れない以上は、小さく使う頻度の高い魔法を一つずつ確実に覚える事に集中してもらうのが一番だろう。


「ティニーは治癒魔法を身に付けているからな、水と光属性の魔法は心配ないだろう。次は火属性の魔法に――」


 ティニーが覚える事でレラの助けにもなる魔法の中から使用頻度が高い物を選択し、どのような用途で扱うかを説明しようとする名無だったが、そんな彼の言葉を遮るように大気と地面を揺らす轟音が鳴り響く。


「ひぅっ!」


「か、雷でしょうか? 凄く大きい音、近くに落ちたのかも」


 突如として響いた轟音に悲鳴を上げナターユの実を落としてしまったティニー、レラも肩を震わせたものの直ぐに落ち着きを取り戻しビクビクと震えるティ二ー抱き寄せ背中を撫でる。


「……いや、違う」


『落雷の音に酷似していますが、音の発信源は上空からでは無く地上。加えて現在も雷鳴に似た音が断続的に発信している事が確認出来ます』


「そ、そうなんですか?」


 名無とマクスウェルの言葉にレラは右耳に手を添えて音を拾う仕草を見せる、ティニーもそれを真似るように周囲の音に耳を傾けるた。名無達の言葉もあり意識を集中させて音を拾うことで微かにだが確かに同じような音が二人の元に届く。


「距離は思いの外近い……これは誰か戦っているのか」


 雷鳴の他に名無の耳が捉えたのは風が強く逆巻く音に甲高い金切り音、そして先に挙げた音のせいで酷く聞きづらいが男女の声が微かに混じっている。


『落雷であれば落雷地点を割り出すにはメートル毎秒と落雷の発光現象から音が聞こえるまでの時間を掛ければ判明します、ですがワタシとマスターが聞き取った音は明らかに自然発生した物ではありません。ワタシの索敵範囲外の戦闘ですので詳細は不明ですが、間違いなく魔法を用いた戦闘が起きています』


「ま、魔族の人が人間に襲われてるんでしょうか? それとも人間の方が魔族に?」


「もしくは人間同士で、これが一番有力だろう」


 現に何の遠慮もなく繰り出されている魔法によるものと思われる不自然な環境音、それに伴う戦闘音。こうして話をしている間も鳴り止む様子は感じ取れない。つまり今戦って居るであろう人物達の実力が拮抗していることをしてしている……が、拮抗しているからこそ短期戦で決着を急ぐ事も考えられる。


(俺一人なら兎も角、レラとティニーがいる以上は迂闊に手出しは出来ない。接近するにも時間を掛ける必要がある……介入するべきか?)


 この戦いがノーハートの用意した次なる一手だとしたら罠である可能性が大きい。だが、自分達とは何の関係も無いもの、それも一方的に弱者を虐げたり力ずくで尊厳を奪い散らすような物であったなら無視は出来ない。

 そのどちらか判断する材料が無い今、此処での決断は今後の行動に大きく影響を与えてくるに違いないのだが……


「「………………」」


 レラは唇を噛みしめ、ティニーはレラに縋り付いて戦闘音が響いてくる方向をじっと見つめる。二人の眼に浮かぶのは間違いなく不安、しかし同時に焦りと葛藤の感情がありありと見て取れた。


「……状況は分からないが戦闘が起きている場所へ向かおう。どういった事情で争っているのか分からないが、救助、仲裁の方針で動く。場合によっては両者から敵対されることも考えられるが、その際にはこちらも全力で応戦するだけだ。勿論、相手を殺さず可能であれば『フォーエン』に関する情報の収集も視野に入れる」


 助けを求めているのなら、自分に出来る事があるならと思いを吐露する二人の姿に名無は罠である事も覚悟して助けに入る決断を下す。


「い、良いんですか?」


「ああ、問題ない。フォーエンに関する情報を手に入れられるかも知れない機会だ、知らなかったとしても何か関係する話を聞くことができるかも知れないからな、二人は俺の後ろから出ないよう着いてきてくれ」


 誰かの為、自分の為と問答する時間は無いし必要も無い。

 どちらの理由でも今の自分がすべき事は、情報を集める為に迅速に行動を起こすことのみ。その絶好の機会が訪れたのなら逃がす手は無いだから。

 名無は右手に対輪外者武器を握りマクスウェルが大刀を構築、戦闘による流れ弾を警戒しながら足を進める。レラとティニーも名無の指示に従って名無の背に隠れながら後をついて行く。

 戦いの場となっている場所までの距離は正確には分からない。しかし一歩、また一歩と足を進める中で戦闘音は確実に大きく近くなっていき――


「っ!」


 戦いが激化していることを示すように名無達の三人を飲み込むような巨大な雷球や森の木々を優々と薙ぎ倒してくる指向性をもって放出された風が度々名無達の元へと飛んでくる。

 向かってくる流れ弾であるソレ等を大刀一本で受け流し、切り飛ばして難なく進む名無。レラ達にも傷一つ負わせる事も無く進む姿からは油断は無くとも余裕が見て取れた。仮に向かう先で戦う二人の全力であったのなら、万が一にも名無の敗北はないだろう。

 尤も、劣勢を逆転する事の出来る能力があれば話は別だが、名無は余分な緊張に身を支配される事なく淡々と前へと進む。


「――殺しなさい!」


 戦いによって森が切り開かれたのだろう、森と開拓さらた場所の境界線からは充分な光量が見て取れる。同時に甲高い声音に込められた殺気と怒気に名無は足を止め、二人に屈むよう左手で合図を出す。


「――弄ばれて穢されるくらいならっ!!」


(不味い、自害する気だな)


 あと少し境界線まで接近し目視で状況を窺うつもりだった名無。だが、戦いの決着は既に着いてしまっている。その上、少女と思われる方が敗北し自決しようとしていた。

 これ以上は迷っている時間も無いと名無は助け入ろうと森を飛び出すも……


「………………っ」


「………………あっ……」


「………………」

 自分の目の前に広がる光景に名無は眉間にそれはそれは深い皺を寄せた。

(確認したい事、言いたい事……気になる事はあるが……これは身に覚えがある光景だな)

 名無の眼に映るのは血に染まりボロボロになった黒のブレザーの少年が、荒い息をあげて無残にも艶やかな褐色の肌を露わにしている白髪の少女を押し倒している光景。

 それも自害できないよう右手を少女の口に突っ込み、左手一本で両腕を押さえつけるという言い逃れなど出来ようはずも無い程の酷い絵面である。

 レラとティニーを森の中で待たせておいて良かった……レラには嫌な事を思い出させてしまう、ティニーには純粋に教育的に良くない。こんな満場一致で黒髪の少年の有罪が確定してしまっているような場面は見せられない。


(だが、少年に彼女を襲う気は無かったに違いない……)


 少年と少女の体勢こそ最悪だが、落ち着いて冷静に見れば幾つもの不幸が重なったのだと分かる。

 致命傷になるような傷は見受けられないが少年は全身傷だらけ、少女の口を塞いでいる右手からは少なくない出血が見える。一方の少女は胸元から腹部に掛けて肌を晒し服も汗と泥で汚れてはいるが身体に傷は一つも無い。

 おそらく少年は自分と同じ状況に陥ってしまったのだ、第三者の視点からすれば誤解を免れないタイミングで。

 ルクイ村を囲んでいた森の中で自分がレラを襲っている様に見えてしまったあの時と同じように。


「……こ、ごか……誤解なん、です……」

(……ああ、そうだろうな)


 暴れ自害を試みる少女から離れる訳にもいかず、今も右手に激痛を感じながらもそれとは別の危機感で涙目になる少年の銀の瞳からは沈痛な覚悟がひしひしと伝わってきた。


「……まずは落ち着いて話せるようにしなくてはな」


 名無は震える事で精一杯の弁解を溢した少年に降りかかった見覚えも、身に覚えもある災難に同情する事しか出来なかったが、それでも助けを求める少年を自分の二の舞にはすまいと対輪外者武器をホルスターに収め状況の収拾に取りかかるのだった。





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