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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第四章 延命休息
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    見えざる手にて(5)


「――ここまで出来る様になれば大丈夫、後はより一層経験を積むだけよ。怪我人や病人がいないにこした事はないんだけど……まあ、処置をしなきゃいけない状況になったら全力で治療に専念する事を忘れなければ良いわ」


「うん! ありがとー、ルゼせんせー」


 名無と杏奈の死闘に決着が着いてから一週間。

 ティニーは魔法による治療、緊急時の応急処置、薬剤の調合と一定の技術と知識を身に付ける事が出来たかどうかの試験に挑んでいた。

 被験者にして協力者は言うまでも無く敗者の終点の住人であるニックスやダレフ達男衆である。日頃の手合わせで出来た傷や、過去に患った様々な病状を症例問題とし迅速で適格な処置が出来たか。問診、触診で出来る限りの正確な診断を下せるか。

 他にも患者に不安を与えるような応答、態度がなかったか等。事細かに採点基準が決められたものだ。十歳にも満たない子供が受けるには難度が高すぎるものではあったが、ティニーは見事にルゼから合格の言葉を引き出すことが出来たのだった。

 燐火の『着識製記(メモリア・ルリユール)』によって得られた物だとしても、その技術と知識を正しく扱えれ無ければ意味が無い。

 そうならずに済んだのは確実にティニーの努力の賜である。ルゼと同等の処置が今すぐに出来るかと言われれば否だろうが、その努力の甲斐あって僅か一週間でティニーはレラよりも高い医術を身に付けて見せたのだった。


「おめでとうございます、ティニーちゃん。よく頑張りましたね!」


「うん、ティニーがんばったよ。レラお母さん!!」


 ルゼの傍らで試験を見守っていたレラも自分の事のように笑みを浮かべながら膝を付きティニーを優しく抱き寄せた、ティニーもレラの言葉と抱擁に満面の笑みを浮かべ身を任せる。


「良く頑張ったな……ちびっ子、今日でお前は弟子卒業だ!!」


「何言ってんだ、殆ど女衆が面倒見てたじゃねえか?」


「う、うっさいな! 基本を教えたんだよ、基本を! 教えた事に変わりは無いんだから良いだろ!?」


「うん、ニックスお兄ちゃんのおかげでルゼせんせーにおしえてもらえたもんね!」


「うぐぅっ!」


 ティニーとしては純粋に感謝の念を伝えただけだったのだが、その言葉と何の疑いも無い輝く笑顔にニックスは胸に激痛が走った。小さな子供からの感謝の言葉、何の変哲も無いお礼の言葉に己が精神性が薄らとでも汚れてしまっている事に気付かされ膝をついてしまうニックス。そんな少年の姿にダレフ達は苦い笑い声を上げた。


「ニックスお兄ちゃん、しんぞうがいたいの? それともはい? ティニーが見てあげる!」


「だ、大丈夫だ! 痛くもなんともないぞ!!」


「いたくないの? ならよかったー!」


 命の危険性の無い急変を見せたニックスを気遣うティニーだったが、更なる追い打ちを予感したニックス本人によって事なきを得る。それでも無用な心配を掛けさせた事実は、またもニックスの胸に痛く突き刺さったのだった。


「お待たせしましたー、宴の準備が出来ましたよー!」


 そんなニックスに救いの手を差し伸べるかのように、キユロの声が洞窟内に響き渡り用意した料理を手に歩いてくる女性陣の姿があった。

 杏奈との戦いで彼女達住人の憩いの場であった場所は更地とかしていた。あの戦いの後直ぐに崩れ落ちた壁や砕けた岩、抉られ陥没した地面など。ティニーが眼を覚ます前に住人総出でルゼの試験に合格するであろうティニーを祝う為の場として整えられた。全員が魔法や能力を持っている身である為、片付けは迅速に終わり何事も無かったかのような今に至る。


「うわーっ! おいしそうなおりょうりがいっぱい!!」


「ありがとう、ティニーちゃん。そんなに喜んでくれると頑張って作ったかいがあるよ」

 キユロ達が用意したのは子供が好むメニュー。

 芋と牛乳がふんだんに使用されたポテトポタージュスープ、鳥の丸ごと香草焼きにオムレツ。塩や胡椒、ソースにタレと好きな調味料を付けて食べる揚げ料理に新鮮な野菜が盛り付けられたサラダ。果物を惜しみなく使った果汁百パーセントの手作りジュース等々、どれもティニーの食欲を刺激する物ばかりだった。

 大人達が嗜むであろうアルコールの類いは見えず、宴と言うよりもちょっとしたお祝いのていだ。元よりティニーの頑張りを喜ぶ場である、そう言った物がある必要は無いと判断したのだろう。

 子供の成長を喜ぶべき時に、必ずしも酒が必要という事は無いのだから。


「ねー、ねー。もうたべていいー?」


「――駄目ですよ、ティニーちゃん。食べる前にちゃんと手を綺麗にしないといけません」


 テーブルの上に並べられた料理の数々に珍しく堪えらず先走ろうとするティニーだったが、そんなティニーを見て笑みを柔らかな笑みを浮かべながらも手拭きを手にしたレラが止めに入った。


「小さな傷だったとは言っても手に血が付いてたりするかも知れません、ちゃんと手を洗ってからじゃないとティニーちゃんだけじゃ無くて次の患者さんにも悪い物が付いてしまうかも知れませんからね」


「ご、ごめんなさい。すごくおいしそうだったから……ティニー、ちゃんとてをきれいにするね」


「はい、これで拭いて下さい。お料理は逃げませんから慌てなくて良いですよ」


「うん!」


 ティニーはニックス達の助けで覚えたる事ができた水の魔法で手を洗い流し、レラが要してくれていた手拭きで綺麗に水気を拭っていく。その後は治療の際、腰に付けていた道具箱から消毒効果のある薬液が入った小さな小瓶を取り出し掌に数滴垂らして蒸発するまで丁寧に刷り込んだ。

 これで一応の消毒が完了、レラも問題ないと頷きティニーを椅子に座らせるのだった。


「でも、ちびっ子がはしゃぐのも分かるぜ。こんなにうまそうなもんが出てきたらちびっ子じゃ無くても我慢できないって」


 ニックス達もティニーに習い手の消毒を済ませ席に着く。食事の席で出てきたのが子供向けのメニューだったとは言っても、見た目良し味良し、ましてティニーの一人前を祝う料理である、食べないという選択肢は無いだろう。


「そ、そうですか? それなら良かったです……ルゼさん達に教えて貰いながらでしたけど初めて作った物ばかりだったので不安だったんです。そう言って貰えて良かったです」


「えっ、これ全部レラさんが作ったんすか!?」


「は、はい。でも、作る量が多かったので全部というわけじゃありませんよ。一人分はちゃんと作れたと言うだけで……」


「それにしたってどれも美味そうに出来てるじゃねえか。いや、大したもんだぜ」

「あ、ありがとうございます」


 ルゼ達の手ほどきがあったとは言うものの、レラが初めて作った料理は彼女と達と何ら遜色ない出来映えだった。料理が得意だったとしても、初めて作る物となれば少々不格好になるものである。それも仲間内で振る舞い振る舞われた仲であるダレフ達に何の違和感も感じさせない完成度、レラの家事炊事スキルの高さが皆に知れ渡った瞬間だった。


「レラさん飲み込みが早くてついね」


「他にも幾つか覚えてもらったのよ。本当にレラさんは良い奥さんよね、女の鏡と言っても過言じゃ無いわ」


「い、いえ……そんな事は」


 レラの腕前にルゼや燐火だけでなく他の女性陣達も口を揃えてレラを褒め称える、同じ女の目からしてもレラの気立ての良さや奥ゆかしさは胸を打つものがあったに違いない。そんな彼女達の賞賛にレラは頬を染めながらも苦笑いを浮かべる。


「あのー、皆さん。楽しくお話ししているのは良い事だと思うんですけど、そろそろ食べませんか? ティニーちゃん我慢してますよ?」


 宴が始まる前から和気藹々とした雰囲気が流れている事は良い事だったが、お腹を空かせてまだかまだかと待ち望んでいる主賓を待たせるのは悪手でしかない。

 涎をダラダラと流しているといった様な事にはなっていないが、ティニーの眼は並べられた料理に釘付けになっている。腹の虫が鳴っていなくともお腹を空かせていることは一目瞭然だろう。

 お腹を空かせていても駄々をこねないのはティニーの我慢強さからくるものだろうが、これ以上は子供に我慢させる意味も必要性も皆無。


「それじゃティニーちゃんの薬師合格、レラさん達の門出を祝って――乾杯!」


 いち早く空腹に耐えるティニーに気付いたキユロは流れが逸れてしまう前に乾杯の音頭をあげる、レラ達も慌ててジュースが入ったコップを手に取り乾杯の音頭をあげるのだった。


「ごめんなさい、ティニーちゃん。お腹が空いていたのに我慢させてしまって」


「ううん、だいじょうぶ! ごはんはみんなでたべたほうがおいしいもん」


「ふふっ、そうですよね……はい、いっぱい食べて下さい」


「うん、いただきまーす!」


 行儀良く待っていたご褒美と言う訳ではないが、普段より多めに料理を取り分けティニーに振る舞うレラ。ティニーも待ってましたとばかりに顔を輝かせ、湯気が上がる料理を口一杯に頬張っていくのだった。


「良い食いっぷりだぞ、嬢ちゃん。それだけ食えりゃでかくなれる……所でレラさんよ。ナナキの坊主の姿が見えねえが?」


「――ナナキさんならアンナさんとミドさんと一緒に、後片付けをしたらすぐ来るっていってました」


 何気ないダレフの問いかけに一瞬、ほんの一瞬だけ息を詰まらせるレラ。しかし、直ぐに笑みを浮かべてニックスやキユロ達の分の料理を取り分ける。


「そうかい、なら問題ねえな」


 そしてダレフも何事もなく自分のコップに注がれたジュースを一気に飲み干し満足そうに笑みを溢した、名無が杏奈達と一緒にいる事の意味をレラ以上に知っていながら。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あー、もうっ! 後片付けなんて後にしようよー!! あたし達も皆と一緒にティニーちゃんの合格を祝おう、騒ごう、ご飯食べに行こー!!」


「却下だ、くじ引きで片付けを役を引いたお前が悪い。黙って作業しろ、さぼればさぼる程、楽しみにしている食事が減っていく一方だぞ」


「わーん! そんな正論返さないでよ、ミー君の意地悪っ! おたんこ狼!!」


「何とでも言え、困るのはお前だぞ」


「うぎぎいぃぃっ、そんな事言ったってあたし達の分がなくなっちゃうよー!!」


 皆が美味い食事に舌鼓を打ちティニーの成長を我が子のように喜び話に花を咲かせる中、少し離れた調理場で不満を募らせる杏奈とぞんざいに嗜めるミドと共に名無は調理に使われた器具や食器の片付けに勤しんでいた。

 流石に敗者の終点にいる全員を賄える量の料理を作っただけあって後始末も中々に重労働な作業、それを三人だけ行っている為に進みはそう早くない。そこに子供のように杏奈が駄々をこねるという遅延要素が加わり、作業効率は只管悪い。


「杏奈さん、その心配は要らない。レラに俺達の分を取っておいてもらえるよう頼んでおいた、片付けさえ終わればレラ達が作ってくれた料理が食べられる」


「ふーっ! さっすが名無君!!」


 名無の言葉に眼に見えて気分を高揚させる杏奈、打って変わって鼻歌を奏でながら片付け作業に意欲を見せるのだった。


「手間を掛けさせてすまないな、名無君」


「気にしないでくれ、杏奈さんが言ってることは少なからず俺も思ってる。ティニーの頑張りを褒めたい気持ちは同じだ」


「そうだな、と言って良いものか。あいつの場合は祝うよりも空腹を満たしたいという欲求の方が強いだろう…………まったく、夫として恥ずかしい限りだ」


「それは、杏奈さんの前では言わない方が良いな」


 あからさまにはしゃぐ杏奈を見て重いため息と共に小さく溢れ出たミドの無遠慮な言葉。彼女の耳に届いていたのなら、また恥も外聞も無く泣き崩れてしまうのは眼に見えている。機嫌良く働いてくれている杏奈を思い、名無はせめてもの擁護と口止めを嘆願するのだった。

 そんなやり取りを何度か繰り返して名無達は片付けを終え、やり残しが無いか調理場を見回す。


「器具良し、食器良し、お台所良し、生ごみ良し! うーん、ようやく終わったー!」


「こっちも掃き掃除が終わった、流石に三人では手間が掛かってしまうか」


「だが、量を考えれば運が良いことに時間は掛かっていない方だ。宴が始まって三十分程だろう……ふむ、酒は無いはずなのだが騒ぎが落ち着く様子はなさそうだ」


 やり残しが無いか確認する名無達の言葉に大きな耳を微かに動かしティニー達の様子を窺うミド、彼の耳にはまだまだ和気藹々と言葉とコップを打ち付ける音が今も届く。


「それは何よりだ、俺達も皆に交ざろう」


「ああ、そうしよう。だが――」


「そうだね、あと一仕事終わらせてから……かな?」


 ミドと杏奈は片付けが終わってもティニー達の元に向かう事は無く、名無も二人が何を言わんとしているのか理解しその場に留まった。


「レラさんからは?」


「何も……レラは話そうとしてくれたが、彼女に無理はさせられない」


 ミドの口から聞かされた真実、それを話そうとしたレラの姿は痛々しいものだった。

 浅く早く繰り返される呼吸、胸の前で組まれた震える両手、視線が定まらずに潤む金の瞳……一目で無理をしていると分かる状態の彼女に真実を語らせるのは余りに酷だ。


「そうか、そうだろうな。彼女にはすまない事をした、あとで謝らなくてはな」


 名無と杏奈の戦いが始まった以上、何も話さずに済ませる事は出来ない。しかし、もっと言葉と話すべき事実を選ぶべきだったと配慮の無さを悔いるミド。


「でも、名無君なら大体は予想できてるんじゃ無い? あたし達が何を話そうとしているのかさ」


「確証は無い、それでもそうで無ければ良いと……それは今も変わらない」


「そっか、そう言って貰えると少しだけ気が楽になるよ」


「だが、俺達が抱えている問題は君の考えているとおりだろう。俺達は魔王に敗れた敗北者だ、そして……」


 知らず知らず強ばった身体から力を抜くように小さく息を吐くミド、その隣にいる杏奈はそんなミドを支えるように彼の右手を優しく握りしめた。その握られた手が感じる彼女の温もりに落ち着きを取り戻したミドは名無の銀の双眸を見据え口を開いた。


「魔王が定めた役目に殉じることでしか死ぬ事が出来ない、生きた屍が俺達の正体だ」






今月分の投稿です!

気持ち早めですので、お収め下さいませ(*^-^*)

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