イシノアリカ(2)
「――治癒魔法を教えて欲しい? 私に?」
「よろしくおねがいします!」
「さっき調べてみたんだけどさ、ちびっ子の得意な属性が水と光だったんだよ。んで治癒魔法が使えるかも知れないってなって、ここだと先生しか思いつかなくてな」
「勿論、お手伝いが必要なら私も協力します……駄目ですか?」
「駄目じゃないわよ、でも…………」
ティニーに気づかれないよう名無達の見守りが続く中。
無事にティニーの適正属性を調べ終わったニックスとキユロの二人は、判明したティニーの適正属性の使い手である人物――ブルーリッドのルゼがいる診察部屋へと足を運んでいた。
敗者の終点で医師を務める身、魔法を気兼ねなく扱うことが出来ない魔族であったとしても助けを求められれば助力を惜しむことは無い……そんな彼女であってもいぶかしげな顔を浮かべずにはいられないだろう。
『…………………』
ニックスと同じように影から見守っている名無達の姿を眼にしたルゼは、皺が寄る眉間を指で抑え小さく溜息を溢した。
「貴女のお父さん、ナナキ君に教え――」
「あっ、その辺りの事はもうやったんだわ。駄目じゃねえならちびっ子に教えてやって欲しいんだよ」
「ナナキさんとレラさんには内緒で動いてるんですよ……一応」
「一応なのはもう分かってるんだけど……………………良いでしょう、私が教えてあげられる事は全部教えてあげるわ。キユロちゃん、早速だけどお手伝いをお願い」
「何をすれば良いんですか?」
「リンカを連れてきてちょうだい、ティニーちゃんに効率良く教えるには彼女の力が必要だから。力を借りたいと言えばそれだけで伝わるでしょ、今の時間なら部屋にいると思うから」
「わかりました、直ぐに連れてきますから!」
「お願いね」
キユロは踵を返し燐火を探す為に診察部屋を駆け足で後にした。
「それじゃキユロちゃんがリンカを連れてもどってくるまでに色々と確認しておきましょう。さっき適正属性を調べたみたいだけど、ティニーちゃんは今まで一度も魔法を使った事がなかったのね?」
「うん」
「得意属性は水と光の二属性で間違いない?」
「うん、みずとひかりがじょうずだってにっくすお兄ちゃんがおしえてくれたよ」
「他の基本属性はなりなり、闇は一番相性が悪いみたいだった。魔力総量は心配しなくても大丈夫だぜ、結構連続で使わせてみたけど息切れ一つしなかったし魔法騎士になれるかもって位にはあると思う」
「素質は心配ないみたい……そうなるとやっぱり問題になるのは知識の方ね」
「ちしき……おべんきょうのこと?」
「ええ、治癒魔法を扱うには絶対に知っておかないといけない事が沢山あるのよ」
この世界では日常生活や機密事項の情報伝達まで全てが口頭で行われている。製紙技術が無い以上、次世代に知識を残せる方法はそれ以外に無い。
先達者が後に続く者達に身に付けた技術、調べ上げた情報、体験した経験の所感、それらを効率良くかつ長い時間を経ても残すには口頭だけではなく紙を用いた本や電子媒体を利用した電子書籍などが必要だろう。
それらの技術が確立されていない世界では、後世に知識を残すという事は簡単な事では無かった。
そんな状況下で膨大な知識と経験が必要な医療を未経験者に教える事は困難。
そうでなくとも人間を突然に襲う外傷や感染症などの疾病、いわゆる急性病態からの脱却。肉体の回復、促進、健康の維持などを行うのが医師であり医療だ。
患者の治療に当たるには多くの専門的な知識と技術が必要不可欠。
分かりやすい症状であれば物理的な要因によって負う外傷が上げられる。症状をそれに限定しても鋭利な刃物による切創、皮膚が二方向に引っ張られることによって裂ける損傷
、裂傷によって皮膚組織すべてが引き裂かれ内臓や骨がむき出しになってしまう割創。
他には内部における骨折、内臓の破裂。熱的要因による熱傷や凍傷、電気的要因による電撃傷、放射線的要因による被爆、化学的要因による中毒症状。様々な要因によって多数の病例があげられる。
それら全ての症状がどのようなモノで、どんな対処を取れば改善し完治出来るのか。
その為の知識の有無が患者の生死を分ける事になる。魔法の扱いに長ける魔法騎士でさえ治癒魔法を使える者が少ないのも、この知識の取得が困難である事が最大の要因でもあった。
「治癒魔法を使うなら色々な事を覚えてもらわないといけないのだけど、それを教えるとなると凄い時間が掛かってしまうの。大の大人でも数年は掛かる……何年間も此処にはいられないでしょ?」
「うん……ナナキお父さんがつぎのまちにいくよっていうまでしかいられない」
何時旅を再開するかは分からないが、ティニーが医療に関する知識をルゼから学び終わるまで名無が此処に留まる事は無いであろう事はティニーも分かっていた。そうでなくても名無達には内緒で動いているのだ、何年も時間を掛けていられるわけがなかった。
「それだとあまりにも時間が足りない、だからちょっとした裏技を使いましょう」
「うらわざ?」
「そう、裏技って言うのは――」
「ルゼ先生、リンカさんを連れてきました!」
「丁度その裏技のご到着ね」
キユロの溌剌とした声に腰を上げ椅子から立ち上がるルゼ。
彼女がティニーの為にと用意した裏技――燐火がキユロの後に続いて診察部屋に姿を現した。
「ティニーちゃんに治癒魔法を教えるって聞いたんだけど…………大丈夫?」
「それを今からティニーちゃんに話すのよ、許可はそのついで」
「ついでかー、こりゃ誠心誠意お話ししなくちゃ駄目ね」
簡略された物とは言え、キユロから概ねの事情を聞いていた燐火は部屋の外で顔合わせした名無達の心配そうな姿を思いだし苦笑を浮かべる。診察部屋と廊下を遮るのは薄い布扉だけ、不自然に大きな声など出さなくとも充分に燐火の説明は聞こえるだろう。
「リンカさんがうらわざなの?」
「そうだよ。私もティニーちゃんと同じ人間だけど、魔族の人達と同じように異能が使えるのよ、凄いでしょ?」
燐火は肩に掛かっている艶めく黒髪を右手で優雅に靡かせ自慢げに鼻を鳴らす。
黒髪に黒い瞳、一般的な人としての外見。少々言動に周りから危うさを感じられてはいるものの、見えるかどうか別問題ではあるがその自信ありげな立ち姿は出来る女と言った所だろうか 。
「いのうってレラお母さんみたいな?」
「そうそう、とは言ってもティニーちゃんのお母さんとは全然違うけどね。私の異能は『着識製記』、触れた相手の記憶にある知識を読み取って、その知識をまったく別の人に刷り込む能力なの」
人の記憶は大きく分けて感覚記憶、短期記憶、長期記憶の三つ。
感覚記憶は、外部からの刺激を与えた時に起こる。最大で一秒から二秒程の保持期間が短い記憶で各感覚器官に特有に存在し、外部からの刺激を与えられた時の情報は感覚記憶として保持され、そのうち注意を向けられた情報が短期記憶といえる。
長期記憶は短期記憶とは違い決して忘れることの無い記憶と考えられており、事実と経験、時間や場所、その時に感じた感情などを意識的に議論したり、宣言したりすることができ陳述記憶とも呼ぶ。
そして俗に言う身体で覚えるという言葉以外で覚える物を手続き記憶、非陳述記憶と呼ばれる物も長期記憶に含まれる。
燐火の能力はこれらの記憶に干渉し、脳内に蓄積されている知識を必要に応じて選択して取り出し他者へと植え付ける力だ。
「あくまで頭の中にある知識だけを取り出し上書きする力だから、ティニーちゃんの人格に影響を与えるような事はないわ……これでも割と簡単にしてみたんだけど分かったかしら?」
「む……むずかしくてわからなかった」
「ごめんごめん、ティニーちゃんにはちょっと難しかったわよね。もっと簡単に言うと『あれ、いつの間にか分からないことが分かるようになってる、私頭が良くなってる!』って感じ」
「それならわかる!」
「補足するのであれば能力による知識の上書きに痛みは発生しない、気分が悪くなることもない。時間にしてみれば一瞬、一息する前に終わる……怖いなら無理強いはしない。やるかどうかの判断は任せるわ」
「やる! こわくないってわかったから、それにいたくないならだいじょうぶ!!」
「ティニーちゃんはやる気満々ね」
「そうなると、あとは……」
名無達の力になりたいティニーに迷いは無い。
本人がやる気を出しているならばルゼと燐火はティニーに『着識製記』を施すだろう。しかし、名無とレラが止めに入るなら当然の事ながらこの話はここまで、今まで様子を見守っていた事を話す事が無くてもティニーを説得に掛かるのは眼に見えていた。
だが……
『…………………………』
燐火の持つ能力の詳細とティニーの意思、その二つを確かめた上で名無とレラが動くことは無かった。それを肯定故の行動と受け取ったルゼと燐火は頷きあい、ルゼは椅子に腰掛けたまま眼を瞑り燐火はルゼとティニーの間に入りルゼの頭の上に右手を乗せた。
「知識を読み取られる方も読み取る方もやり方は同じ、ルゼから必要な知識を読み取るから見ててね」
「見ててと言っても明確な変化は無いでしょうに。けど、危険が無いと知ってもらうには見て貰うしか無いからなんとも言えないのも事実。さっさとやってしまいましょう」
「言われなくても……でも、どのくらいの知識をティニーちゃんに渡すの? 医学系全部ってなると時間掛かるかもだよ」
「必要最低限の知識だけで良いわ、此処に幽閉されている私と外にいる薬師とじゃ身に付けている物の差が大きいに違いないもの。余計な情報は省いて新しい知識や技術を覚えやすいように……今後のティニーちゃんの負担を減らすよう心がけましょう」
「そういう事ならルゼがティニーちゃんに覚えて欲しい物を意識してちょうだい、そっちの方が私も記憶を読み取りやすいし渡しやすいしね」
「ええ、じゃあ後はお願いするわ」
「任された!」
そう言ってルゼの頭に置いていた右手を一度離し、大きく手を開き包み込むように掌をルゼの頭の上に置き直す――
「はい、終わり!」
そして、数秒も経たずに記憶の読み取りが終わったとルゼの頭から右手を離す燐火。
「……もうおわったの?」
「うん、もう終わったよ」
「ほ、ほんとうに??」
「本当に本当」
これには普段から聞き分けの良いティニーでさえ戸惑いを隠せず、あまりにもあっさり終わってしまった実演作業に疑問を投げかけてしまう有様だ。だが、実演して見せた燐火とルゼは気にする事なく次の作業に入ろうと行動を起こす。
「これからティニーちゃんに私の知識を受け取って貰うけど、今やって見せたみたいに直ぐに終わるから眼を閉じて気を楽に。いきなり分からない事が分かるようになるから少し混乱するかも知れないけど、それも暫くすれば気にならなくなるから安心して良いわ」
「それじゃ眼を瞑って、ティニーちゃん」
「うん」
ティニーはルゼと同じように眼を瞑り知識の移植に備えた。
事前に『着識製記』の実演を見たとは言え、頭の中をいじられると言ってもいい行為が始まるのだ。害が無いと分かった大の大人でも身構えしまう状況である。
だと言うのに、ティニーにはそう言った様子は無い。ルゼや燐火達が自分を傷つけるような事はしないと絶対の信頼を抱いているようだ。普通はそれが分かっていても怖がるのが子供らしい姿だと思うのだが、人を疑う事なく無条件で信じるのもまた子供らしい一面と言えるだろう。
繰り返すようだが前者の様な反応が普通なのだが、気を張る事も身体も強ばらせる事なく自然体のティニーにルゼや燐火だけでなく付き添いのニックスとキユロも柔らかい苦笑を浮かべる。
「まったく、ティニーちゃんは良い子なんだから」
燐火はティニーの頭の上に手を置き、優しく頭を撫でつける。それは能力による知識の導入では当然無く、何の変哲も無い触れあい。
「? もうおわった??」
「ふふ、まだだよ。今からちゃんとやるから、まだ眼を瞑ってて」
「はーい!」
不意に頭を撫でられてもティニーは嫌がる事なく受け入れ、嬉しそうに笑みを浮かべた。そんなティニーの姿に燐火も顔を破顔させたが、今度はしっかりと知識の刷り込みを行ったのだろう。
名残惜しそうな手つきでティニーの頭から手を離し距離を取る燐火。
「おわったの?」
「ええ、今度こそ終わったわ。でも、まだそのまま眼を瞑っていてちょうだい」
燐火に代わって答えたルゼは椅子から腰を上げティニーの前に立ち、そのままティニーの頭を胸に抱えるように静かに抱きしめる。
「これは私個人の意見だけど、薬師にとって病や傷に関する知識と治す為の技術は絶対に必要なものではある。でも、それ以上に大事な事があるわ……何か分かる?」
「けがをしてるひとやびょうきのひとをなおすことをあきらめない、こと?」
「それも大事ね……でも、それ以上に大事なのは患者の優先順位を見誤らない事よ。どうしてなのかは今の貴女なら分かるわよね?」
「…………うん」
患者の優先順位……それは災害や紛争などで多くの負傷者が出たとき、窒息や失血が可能な持続出血といった症状の迅速な処置を施せば命を救える重傷者。他の負傷との合併症を発症しない骨折や中等度の熱傷など、ある程度時間的な余裕が許される負傷者。
小さな切り傷や、打撲など人の助けを借りる事なく動くことの出来る軽傷者。多少の生命徴候はあっても明らかな遺体、命を救える見込みの無い絶対予後不良者と順に治療を行う前に処置を施す順番を明確に定義する事である。
救いを求める声に応えるべく、その声に、その情に左右される事無く助けるべき者から助ける……その姿勢を非情と思う者達は大勢いるだろう。しかし、一人でも多くの命を救う為にはやむを得ない行動なのだ。
「魔族だけじゃなく人間にも魔法を使える限界はある。どれだけ優れた魔法の使い手だとしても限りある力の中で誰を助け、誰を切り捨てるのか。誰かを助けられる力を持っている人は、力を持たない人よりも命と向き合わなければいけない」
助ける事を選ばなかった事で誰かを悲しませる事になっても、救われる事を望まぬ者を助け責められてしまっても、痛くて堪らない言葉をぶつけられ打ちのめされる事になったとしても。
「自分が選んだ選択は正しいと信じ続ける、選び取った結果は間違いなんかじゃ無いって声を上げ続けなければいけない……その覚悟はある?」
ティニーを優しく包み込む抱擁とは真逆、ティニーの小さな身体にのし掛かる重い重圧に満ちた言葉が何処までも変わらずあり続ける事実である事を語り覚悟を問うルゼ。
口にした苦悩と苦行を味わった事のある一人の医師として、ティニーよりも多くの経験を積んできた一人の女性としての言葉は確かに厳しいものではあるが同時に優しさでもある。
成人した大人でも命と向き合う事は容易ではない、子供であれば尚更だ。ニックス達に示して見せた覚悟とは異なる医師としての心構え。名無達の助けになりたいという不変の決意が胸に灯ってはいても、救っても救わなくても心に傷を負う事になるのは避けられなだろう。
そんなルゼの言葉を彼女の腕の中で聞いていたティニーは胸に包まれていた顔を上げ、ルゼのレラと同じ金色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「あしたがどんなにつらくても、かなしいことがあっても……がんばる。しんじゃだめだって、いきてっていってもらえたから――だから、がんばる」
「……そう、なら私から言う事はもうないみたいね」
ティニーの答えはルゼの問いかけに対する答えとしては少しだけ違っていたが、ティニーの大きな瞳は陰ること無く、自分に向けられるルゼの視線から眼を逸らすことも迷いにぶれる事も無かった。
それだけでティニーが胸に灯した決意が、揺るぎない覚悟によって導き出された物である事が伝わってくる。ティニーの決断を確かめたルゼは彼女を抱きしめている腕を解き、ゆっくりと立ち上がる。
「リンカのお陰で知識の譲渡は無事に終わったわ、あとは今知った知識を元に実践あるのみよ。とは言っても、わざと怪我をするのもさせるのは薬師として許可できない。だから治癒魔法の実践は男性陣の手合わせの時が最適、今のティニーちゃんの練習相手には丁度良いくらいの怪我をするでしょうからね」
「うん、やってみる! あっ…………ナナキお父さんにみられちゃう」
「そこは私とニックス君達で上手い具合に話しておいてあげる、安心して練習に励みなさい」
「ありがとう、ルゼせんせー!」
すぐ近くで名無達が見守っている、ルゼ達が話すまでも無く事情は全て理解している。それにティニーの胸の内や覚悟を確かめる事が出来たのだ、名無とレラがティニーを叱るような事は決して無い。
しかしながら、名無達に自分の行動が隠せていると思っているティニーからして見れば気が気でないのも仕方が無い。何にせよルゼが取り合ってくれると分かって安心できたのか、満面の笑みと共にルゼにお礼の言葉を返す。
「リンカさんのお陰で知りたい事は知れたしささっと広場に戻るか、そろそろおっさん達も鍛錬始めてるだろうしな」
「まほう、ちゃんとつかえるようにがんばる!」
「ティニーちゃんの練習相手になってくれるようお願いもしなくちゃいけないし、善は急げってやつだね」
機は熟したと言わんばかりにニックスとティニーは拳を突き上げ、キユロは落ち着いて協力してもらえるよう打診を考えていた。
「その息だよ、ティニーちゃん!」
「私とリンカも後から行くわ、魔法を使わない治療も見る必要もあるから」
リンカとルゼもティニーを送り出すだけで無く、しっかりと補助できるよう準備を整えに入る。
「よっし! いくぞ、ちびっ子。俺に続けえ!!」
「つづけー!」
「それじゃ先に行きます、心配ないと思いますけどルゼ先生達も早く来て下さいね」
ニックスとティニーはやる気と共に手合わせを始めているであろう男衆達が集まる広場へと向かって駆け出し、キユロも二人に習って後をついて行った。
僅かばかりの騒がしさが消えた診察部屋に残ったのは予期せぬ事態が起こってしまっても対応出来るよう、常備している薬と道具を準備するルゼと一気に手持ち無沙汰になってしまったリンカだけだった。
まだ名無達が部屋の外で待機していたなら今のやり取りに付いて何かしろ話すために姿を見せていただろうが、診察部屋に入ってこない所を見るとティニー達の後を追っていったのだろう。
「――どうだった、リンカ。貴女の分も出来た?」
だからだろう、何一つ包み隠すこと無く名無達に感づかせること無くティニーに行った事を口にしたのは。
「ええ、ほんの少しだけだったけどね。でも、肩の荷が下りたって言えば良いのか、胸のつっかえが取れたと言うか……とにかく身体が軽くなった感じ!」
「なら良かったわ、あの子に『託せた』のが私だけだったら心苦しいと思っていたから」
「どさくさに紛れてやるって言っておいたんだから、ルゼが気にするような事じゃ無いのに」
「それでもよ……あの二人の眼がある以上、『救われる』事はあっても皆が皆『託せる』訳じゃ無い」
「それはそれで皆が納得してる事だよ、だから気にしない気にしない。方法はどうあれルゼと私は託せた喜びを噛みしめる、それっきゃないよ」
「本当にリンカは前向きね、そこだけは見習いたかったと思っていたわ」
「そこだけって酷くない? もっと他にもあると思うんだけど」
名無達が近くにいない事で警戒心は薄れ、目的を果たせた達成感が心穏やかに二人の口を心地よく軽くしていた。
「さ、必要な物は全部揃えたわ。私達もそろそろ行きましょう、今頃は素知らぬふりをしてナナキ君達が合流している頃でしょうから」
「了解。ティニーちゃんが見てる所で名無君達に事情を説明する振りもしないと、気になって治癒魔法の練習に集中できないだろうしね」
準備を整え終わった二人は姿を見せた名無とレラを前に慌てふためくであろうティニーの姿を想像して、どちらともなく柔らかい笑みを溢し合う。
「でも、杏奈はどうすると思う? 杏奈は私達とは別枠でしょ」
「ええ、彼女はまだ一矢報いる気でいる。それも私達の命に意味を持たせる行為だもの、止める気は無いわ。後はそれぞれが納得出来るよう動くしかない、私達に出来る事はそれしか残っていないのだから」
「それもそうだね、私達は昔からずっと出来る事をしてきたからこうなってるんだし」
「今更でありきたりな答えではあったけれどね」
「本当にね」
名無達への企みを匂わせ杏奈に対する気遣い見せながらも二人は唇に微笑を湛えながら診察部屋を出る。
薄い布一枚だけで遮られた扉を通り抜ける二人。
特に振り向くような所作が必要になるような流れでは無かったが、振り向く事なく出て行ったその後ろ姿には、数秒前まで清々しさを溢していた口とは裏腹に寂しさを感じさせるか細い背中が垣間見えていたのだった。
医療関係の知識を少し取り入れた話になります。
医療サイトを回り自分なりの理解で文を書きましたので、おかしいと思われる方もいると思います。
「ここ変じゃない」とか「ここ間違ってるじゃん」など気付いたらご指摘頂ければありがたいです<(_ _)>




