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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第四章 延命休息
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    敗者の終点(3)


「案内するって意気込んでみたは良いけど……特に無いんだよねー」


「有るのは生命活動に必要な最低限の生活線の類いだけだからな、ナナキ君はともかくティニー嬢の好奇心を満たしてやれる物は無い……すまないな」


 数多の水晶が灯す光の下、前を見ても、横を見ても、後ろを見ても土。何処を見ても土色一色。道すがら立ち並んでいる建物も商業や娯楽と入った物とは程遠い住居以上の役割は一切無い家屋だけ。

 あったとしてもルゼの診療所のようなものが一件、案内も何もあったものではない。


「そんな事はない、レラを助けてくれただけで充分だ」


「ティニーも!」


「ありがとう、二人とも優しくてほっとしたよー!」


 純粋な時間経過でしか症状の改善が見込めない心象酔い。何かしろ処置を受けたわけでは無いが精神的な安定が得られ、ゆっくり身体を休めることが出来る場所も提供してもらえた。

 直ぐにでも打開したかった状況から抜け出す事が出来たのだから、目新しいものなど無くとも名無達にとっては充分すぎるほどの援助である。


「でも、このままレラちゃんの所に戻るのもね」


「あれだけ意気込んでコレでは確かに不甲斐ないが、これ以上出来る事が無いのは変わらん。気分転換が出来たと思うしかないな」


「案内するって言ったのに出来たのはお散歩だけか……はあ、締まらないなー」


「そんな事はない、こうして出歩く事が出来ただけでも俺達にとっては有意義だ」


 案内が出来ず落胆する杏奈に労いの言葉を掛けた名無は立ち止まり周囲に目を向けた。


(この密閉空間における地理地形、特殊な状況下だからこそ直に確認できて良かった)


 集落全体を見て回れたわけではなかったが、それでも自分達がいるこの地下集落の構造は大凡の見当を付ける事が出来た。基本的には自分達に宛がわれた居住区域が主に造設されており、その他には診療所が一つと自分達が『敗者の終点』に来る要因となった転移魔法の術式が組み込まれた洞窟と繋がっている小部屋が数カ所。

 部屋の配置、歩いた距離と道の造りからして地下に空間が広がっていると言うよりは、一定の広さと高さを確保された巨大な長方形の形をした空間が確保されているようだ。

広さそのもの確定出来ないものの、地上部分と水晶が列ぶ天井部分の間はおよそ十階建てのビルほど。

 限定された空間ではあるものの呼吸は問題なく出来ている事からも、空気の循環も問題なく機能させている物が有る事も予想できる。

 それが魔法による物なのか、クアスのような科学に関する知識と技術を用いることが出来る者の手が加えられているのかまでは分からないが、管理されてるのは明白。もしかしなくても杏奈達の中に管理者、もしくは管理者としての役目を与えられているものが居るに違いない。

 彼女達の言動からもそれは明らか、しかしこちらを害する気は無いのだろう。


(……向こうに不審な動きは見えない、マクスウェルの方も特に何もないようだな)


 マクスウェルはレラの首元に。何かあれば最大音量で警告音を鳴らすか、自分が所持している対輪外者武器(ノーティス)の構築を開始するなどして異変を知らせる手はずになっている。


(レラと別行動をとっても仕掛けてくる様子も無い、戦闘の意思は無いか……それに)


 集落の中を歩いていれば自然と周りの眼は自分達に集まる。共通の敵に負けた集まりであるとは言え、その中でも力に固執している人物がいれば視線にもそれがにじみ出る。

 だが、


「新顔が来るのは何時いらいだ? 結構な間が空いたろ?」


「何でも子連れらしいわ、嫁さんと子供がいながら奴に挑んだみたいよ」


「負けたとは言えたいした男だ、あの若さで子をもうけ育てているのだから」


 名無とティニーに向けられる視線は殺伐としたものとは全くの正反対、賞賛と尊敬の眼差し。杏奈とミドに連れられ歩いているだけなのだが、集落に漂う雰囲気は警戒どころか歓迎に満ちたものだった。


「……血の繋がりは無いと伝えたはずなんだが、これは?」


「あー、うん、あたしも説明しようとは思ったんだけどね。ちょっと手遅れでした……てへっ♪」


「はあ……」


 敵意を向けられるよりもずっと良い状況下に有る事に不満は無いが、自分達の関係が間違って伝わっている事に疑問を投げかずにはいられなかった名無。その疑問に対する杏奈の返答は虚しく響き、ミドは溜息を堪えられなかった。


「いやー、皆新顔さんが来てはしゃいじゃってたみたいでね。ルゼさんがレラちゃんを診終わった後直ぐに診療所に殺到したみたいで」


「そこで俺とレラが夫婦でティニーが我が子だと広まってしまったと」


「そうなるかな、そこは本当にごめん!」


「彼方のせいじゃない、それに誰が悪いという事でもないのは分かってる」


 とは言っても、どうしたものかと名無は頭を悩ませる。

 普通に考えれば誤解を解いて回れば良いだけだが、それには自分達の事情を説明して回らなければ無い。

 それ自体は既に杏奈とミドに伝え終えている、多くは語らなかったが名無達が複雑な事情を抱えている事を二人は察し追求することは無かった。けれど他の者達までそうであるかと言われれば否である。

 歓迎ムードが漂っていると言う事は、それだけ名無達に興味が向けられているという事。どういった経緯で敗者の終点にきたのか、三人の関係性、幽閉され知る事が出来なくなってしまった外の状況など、聞きたいことは山ほど有るだろう。

 お互いが似た経緯で集められた者同士であるという認識がある以上、事情に踏み込みす安くもあるのだ。


(俺とレラの事であれば隠す必要はないだろう。しかし、現状ティニーの事まで話題に上げられるのは拙い)


 レラが命の危機に関わるような状態では無いと分かってティニーの心労も大分和らいだものの、彼女が抱える事情を声を掛けてくる度に口にしてしまってはティニーの心の傷をより深くしてしまう。


(ティニーなりに自分の出生の意味、亡くした姉の言葉と向き合っている……何事も無いように見せてくれてはいるが精一杯なはずだ)


 自分達三人の中で一番余裕とは無縁な心境、だと言うのに自分とレラに笑顔を見せてくれている。そんなティニーの心の傷を開き抉るような真似をするわけにはいかない。


「…………事後承諾になってしまうか」


 レラに負担を掛けないようにと結論を出したばかりだというのに、また負担を掛けてしまう事になってしまい名無は溜息を溢す。


「こちらの不備で要らぬ迷惑を掛けてしまうが話を合わせてやってくれるとありがたい」


「可能な限り善処するが……ティニーは大丈夫か? 此処にいる間だけ俺が父親役をかってでても」


「だいじょうぶだよ。お父さんとお母さんってよくわからないけど、ティファ姉と同じってことだよね。ナナキお兄ちゃん達がティニーのお父さん達になってくれるならうれしいもん」


 生い立ちの事もあり少なからず拒否させれるかと思っていた名無だったが、ティニーの反応は名無の予想に反して好感触だった。


「そうか、ティニーが問題ないのなら良い」


 レラの許可も取らず、ティニーもいまいち話を理解し切れていない。

 しかも父親と母親を姉と同じ意味で捉えている……正直問題しかないのだが今更頑なに関係性にこだわっていても話がややこしくなるだけだろう。

 せめてティニーが不安にならないようにと優しい笑みを浮かべる名無。


「ナナキお兄ちゃんがお父さんだから……ナナキお父さん?」


「俺は普段と変わらずティニーと呼ぶ事になる、ティニーも呼びやすいように呼んでくれて構わない」


「うん、ナナキお父さん!」


「…………慣れるまで時間が掛かるのは俺の方か」


 柔らかな笑みを浮かべるティニーの呼びかけに名無は苦笑いを浮かべた。しかし、そこに嫌悪は無く変わってしまった呼び名に少しばかりの違和感と照れからくるものだった。

 子供と接するだけでも悩むというのに、子供の父親に様変わりしてしまっては無理も無い。


「子供って大人が思ってる以上に順応力高いよね、名無君の方がボロ出さないか心配」


「子供をもうけていない身だ、むしろ父親と呼ばれて直ぐに受け入れる男はおらんさ。だが、ティニー嬢が笑ってそう呼べるのだ、違和感を感じる者はそういないだろう。ナナキ君も変に構えるより今まで通りにしていた方が良い」


 杏奈達もぎこちない名無を見て苦笑を浮かべる、自分達の不手際による物だとしても少なからず動揺している名無の姿が微笑ましかったようだ。


「とりあえず呼び方は名無君が慣れれば問題ないとして……あとは接し方だね」


「そうだな、親子なのだから手を繋いで歩くくらいしてはどうだ? 此処は君達に取って見知らぬ土地、安全の為にもティニー嬢の年頃の子供と手を繋いでいてもおかしくは無いからな」


 精神的に幼いとは言っても肉体は十歳前後、その頃の子供はもう親が手を引いて歩くという事は少なくなる。だが、安全だと判断できる場所だとしても敗者の終点は名無達にとって未開の地。

 どんな危険が潜んでいるか分からないと手を繋いで歩いていても何もおかしい事ではない。


「ナナキおに、じゃなかった! ナナキお父さんとてをつないでもいいの?」


「えっ? 手を繋いでも良いのって、名無君と手を繋いだこと無いの??」


「うん。きゅうにこわいひちたちがでてきてもだいじょうぶなようにって、レラお母さんとならずっとてをつないでたよ」


「ふむ……確かに戦力はナナキ君だけだからな。ティニー嬢と手を繋ぐ機会が無くて当然ともいえるか」


「いやいや、これは由々しき事態だよ! 名無君、今日からはちゃんとティニーちゃんと手を繋いであげるように!!」


「あ、ああ」


「やったー!」


「………………」


 敵の奇襲に対して迅速に行動が出来る様にと体制を整えていたのだがm手を繋ぐと明言しただけで両手を挙げて喜ぶティニー。この喜び様を見る限り二人の身を護るために配慮していたつもりだったが、その配慮が足りていなかったのだろ思い知らされた。


「えへへー!」


 翡翠色の大きな瞳をキラキラと輝かせ名無に右手を差し出すティニー。

 自分に向けられる期待に満ちた曇り無き眼に名無はちくりと罪悪感に胸を痛めるも、その眼差しに答えるべく行動を起こす。

 ティニーの差し出された右手を握ろうと左手を伸ばす名無、その動きは極めて慎重で壊れ物に触れるかのよう。手を繋ぐだけなのだが名無の表情は真剣そのもの、額に滲み出ている汗が緊張の度合いを表している。


「………………」


 少しずつ、少しずつティニーの右手に近づいていく名無の左手。

 息が詰まるような錯覚さえ覚える静けさの中、長くは無いが短くも無い時間を掛けて漸く名無の左手はティニーの小さな右手を優しく包み込んだ。


「ふふっ! ナナキお兄ちゃんのておっきいね、それにあったかい!!」


「暖かい、か」


 対してティニーはすぐさま名無の左手をぎゅっと握り返し、名無と手をつなげた事に満足気な笑みを浮かべる。その言葉と自分の掌に収まる柔らかで小さな感触に名無も小さく笑みを溢す。


「ティニーが気に入ったなら何よりだ」


 こうして誰かと手を繋いだのはレラと旅を始めたあの日以来。

 レラよりも小さな手、両手を使っても自分の手を包み込むことは出来ない小さな手。それでも握りしめるティニーの手が感じさせてくれる温もりはレラと同じ、あの時は求める側だったが今回は与える側。レラと同じようにティニーに温もりを感じさせる事が出来ているとは思わない……が、ティニーが笑ってくれているのなら曲がりなりにも役は果たせているのだろう。

 名無は痛くならないよう、それでいて離す事が無いようしっかりとティニーの手を握り返した。


「うんうん、さっきよりも更に親子っぽくなったね!」


「それにナナキ君は大人びた風貌だからな、ティニー嬢の幼さと相まってより信憑性が高まった。折角手を繋いだんだ、このまま散歩を続けて仲の良い親子だという印象を強くさせよう」


「ティニー、ナナキお兄ちゃんとなかよしだよ?」


「ははっ、呼び方がもどってしまっているぞ」


「あっ」


 ミドに名無と仲が悪いのではと言われ疑問符を浮かべるも、無意識に名無の呼び方が戻っていることも指摘され慌てて左の手で口元を隠すティニー。ばつが悪そうに視線をあちらこちらに泳がせてしまっている。


「困らせるような事を言ってすまない、別にティニー嬢を責めているわけでは無いのだ。今さっきの事も二人が仲違いしていると言ったわけでは無いよ、だから難しく考えなくて良い。俺達以外にも二人の仲の良さを見せてやってくれ」


 ミドは人狼特有の鋭い瞳を笑みと共に和らげ、謝罪の意味も込めてげティニーの頭をそっと撫でた。


「あとは自由に見て回ると良い、案内しようにも俺達に出来る事はもう無いのでな」


「……良いのか?」


「構わんよ、君に露見しては拙い事など一つも無い。それとレラさんの事も心配しなくて良い、ここでは人も魔族も関係なく手を取り合える者の集まりだ。彼女に危害を加える者はおらんよ」


「そうだよ、此処にいるのは皆いい人達ばっかりだから安心してレラちゃんは任せてね」


「どうする、ティニー……このまま二人で歩いてみるか?」


「もっとナナキお父さんとてをつないでたい」


「そうか、なら少し歩こう」


「うん!」


 何の躊躇も無い心地よいティニーの返事に名無は安堵の笑みは浮かべ、杏奈とミドに一礼してティニーと一緒に集落を歩き進めていく。今日までティニーと手を繋いで歩いた事が無かった名無だったが、その足取りはティニーの小さな歩幅に合わせた物だった。

 子供も歩幅では進む速度は早くない。しかし、名無に歩きにくさや焦れったさを感じている様子は無く、気ままに歩を進めるティニーを見守るように優しい眼差しを向けていた。

 ティニーも名無と初めて手をつなげた事で、この憂鬱になりやすい地下空間でも不安といった陰りが無い双眸で前を向いて歩いている。

 血のつながりはなく、家族でも無い……それでも二人揃って歩く姿は本当の親子のような姿に杏奈とミドは和やかに眼を細める。


「うんうん、これぞ親子って光景だね」


「そうだな、あの何気ないやり取りこそ家族の触れあいだ」


 だが、その細められた眼には微かな悲哀が浮かぶ。

 まるで自分達では叶えられないモノを見ているかのように……。






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