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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第四章 延命休息
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01  敗者の終点(1)


 陽光を遮る厚い雲に覆われた鉛色の空。

 空の果てまで広がる暗晦の空からは滝を思わせる豪雨が降り注ぐ。灰色の空の下に広がる大地を、大地に根付いた草木を、大地に足を付け芽吹いている命全てを押し流すかのように凄まじい勢いで水の飛礫を打ち付ける様は、この世の終末を匂わせるかのようだった。


「…………疲れていないか、ティニー?」


「うん、だいじょうぶだよ。ナナキお兄ちゃんもだいじょうぶ?」


「問題ない」


 そんな悪環境の中、木々が伸ばす濡れた緑の天蓋程度では遮れない降り注ぐ雨が響かせる轟音など無いように、名無とティニーは苦も無く森の中を歩き続けながら言葉を交わす。隣にいる者との会話も侭ならないであろう濁音が休む間もなく鳴り響いていても二人が言葉を交わせるのは、二人の周りだけ雨が一切降りかかっていないからだ。

 名無達の遙か頭上、という訳ではなく名無の頭の直ぐ上の位置。そこを起点に周囲五メートル程の空間が大雨の影響をまったく受けていない状態だった。



 ――『基台蹴場(クロツォ・ユザージユ)



 眼に見えない足場を作成する能力で、本来の使い方は戦闘下における制空権の確保を有利に進める為のものだ。眼に見えないという点では『絶越断界(イクシード・リフユート)』と似たようなものだが、防御手段としては数段劣る。

 『基台蹴場(クロツォ・ユザージユ)』の特性上、面の力に対して高い強度と適応性はあるのだが斬撃の戦による切断力、刺突の一点集中による貫通力と言ったモノには弱い。

 他にも能力効果の範囲が広くなればなるだけ強度は脆くなり、強度を補おうとすれば消耗も必然的に大きくなる。轟音を響かせるとは言っても『基台蹴場』によって作られた不可視の天蓋が受け止めているのは所詮は雨、《輪外者》である名無の脚力に耐えることが出来る土台を打ち砕くだけの威力があるはずも無かった。

 防御手段としては心許ないとは言え戦闘補助だけでなく、こうした日常生活においても使い勝手の良い能力だ。何の心配も無く降り注ぐ雨の下を、雨でぬかるみ歩きづらくなっている地面を気にすることなく名無とティニーは言葉を交わせる。

 しかし、


「…………はぁ……はぁ…………」


「レラお姉ちゃん……くるしそう」


「ああ、ゆっくり休める場所を探そう。横になれれば少しは違うはずだ」


「うん」


 雨を遮り足を取られる事は無くとも、降り続ける冷雨によって気温は少なからず下がっている。青い頬を赤く染め息苦しさに呼吸を乱すレラには些細な気温の変化も身にしみるだろう……だが、今の彼女に起こっている異変には何の関係も無い要素ではあった。


(『施療光包(メディク・チユール)』を使っても効果が無い、マクスウェルの生態スキャンでも体温が高い以外の異常を見つけ出せない……彼女の身に何が起こってる?)


 レラが体調を崩したのは僅か数時間前、三人で今と同じように雨を遮りながら歩いていた。体調を崩す直前まで何の前触れも無く、外的要因による変調も無かった。これが旅人や商人を狙う野盗の仕業だと考えるなら、レラが動けなくなった時点で姿を現すはず。

 姿を見せないにしてもレラにした事を自分とティニーにしてこない訳が無い、何者かによる仕業でないので有れば必然的にレラ自身の問題。

 突然の体調悪化からして考えられるのは大まかに脳梗塞、心筋梗塞、大動脈瘤の破裂などだがマクスウェルの診断の結果からそれらの心配は無い。それ以外の疾患や症状も無く異様に体温が高いだけ。

 疲れからくる風邪と考えるのが妥当だとは思うが、自分達の呼びかけにも応えられない状態に陥っている。


(マクスウェルが保有している病例とレラの症状が噛み合わない、残る可能性はブルーリッド特有の病か。だとしたらレラが気付かなかったのはおかしい、旅に出てからの健康管理は俺よりもずっと気に掛けていた)


 この世界を見て回る旅にティニーも加わってから更に気を遣うようになっていた、勿論自身の自己管理も怠らずに……そんな中での病の発症。原因も対処も分からなくては、休ませる以外に手が無い。


『マスター』


「レラの病状について何か分かったか?」


『申し訳ありません、再度生体スキャンを行ってみましたが何も。しかし、雨のせいで視認は困難ですが、巨大な樹木を確認しました。この雨が降っていなければ一目で分かる程大きさです、その根元に腐食作用で出来上がった洞窟らしき空間が。そこであればレラ様に横になって頂けるだけの余裕があります』


「洞窟の他には?」


『周囲の木々の中で雨から身を隠している小動物が数匹程です、敵影らしき反応もありません』


「分かった、そこに向かおう。ティニーもまだ歩けるな?」


「うん」


 レラの事も心配だがティニーも体力面で気を配らなくてはならない。

 今のところ疲れは見えないが長い時間歩いてきたことに変わりは無い、今までよりも休憩に気に掛けなくてはレラだけで無くティニーも倒れてしまうだろう。

 兎にも角にも能力で豪雨を防げていても病人に必要なのは休養、名無が背負っていると言っても微かな振動が身体に響いていてもおかしくない。名無は歩く速さは落とさず、少しでもレラの身体をいたわりつつマクスウェルが発見した洞窟へ足を速める。

 程なく辿り着いた洞窟は大樹そのものが大きいこともあり、レラだけで無く名無やティニーが一緒に横になったとしても、まだまだ人が入れるだけの余裕があった。


(ここなら落ち着いて看病する事ができるな)


 巨大樹の幹が腐り出来上がった洞窟ではあったが、かび臭いと言うことは無く木の優しい匂いが感じられる。少々湿気はあるものの、それも火の魔法で暖を取れば直ぐにでも霧散する程度。足下は腐って崩れ落ちた大鋸屑が地面を覆っており程よいクッション性がある、普段は草木の葉を敷き詰めて寝床を作ったりしているが、手持ちのシーツを厚めに引くだけでも横になることに苦は感じないだろう。

 名無は背負っていたレラを優しく地面におろし崩れて出来上がった木の壁に寄りかからせ暖をとる準備に入る。


「ティニーは荷ほどきを頼む、濡れた物はないだろうが一応中の物を出して並べておいてくれ」


「うん、おてつだいがんばる!」


 レラが倒れてもただ二人に付いて歩くことしか出来なかった事を悔やんでいたのか、簡単な作業とはいえ名無から頼りにされた事が嬉しかったのだろう。ティニーはやる気に満ちた声と共に荷ほどきに取りかかった。

 そのティニーの頑張る姿に名無は小さく笑みを溢す……が、その温かな笑みはなりを潜める。


(状態の良い拠点は確保できたが、状況は何も変わっていない。何とかして病の原因を見つけ出したいが問診もままならない……彼女達なら知っていたかもしれないが無い物ねだりだな)


 名無は洞窟の中に転がっている比較的大きな木片や大鋸屑を集めながら、自分達とは別行動を取ったコーディーとフェイの事を思い浮かべた。

















『――とりあえず見つけてこれたのはこんだけだ』


 名無とクアスの戦いによって城塞都市ラウエルが消失してしまってから数時間、コーディーは額の汗を拭い肩に担いでいた袋を落とす。

 数は全部で五つ。大きさもそう大きいものはなく、大きい物でも十キロ入っているかどうかの物が一つ。それ以外は二、三キロほどの物ばかり。


『ちっと心許ねえが何もねえより幾分かマシだろ』


『雑用を押しつけてしまってすまない、コーディーさん』


『気にすんな。あたしや主殿だけで動くなら先立つもんがなくてもやり様はあるが、レラの嬢ちゃんやおチビ達が一緒なんだ。使えるもんは多いに越した事はねえさ』


 コーディーが肩に担いでいた袋の中身は食糧や薬、水と調理器具数点。他には金銭とサイズが若干合わない衣服がいくつか。クアスが撤退の際に発動させた超広域魔法具『無炎にて蝕む獄円炉(ノントリオ・ルロ・ウォード)』によってラウエルは消失した。

 その際に持っていた荷物や馬を全て失ってしまったのだが、その爆発に驚きラウエルの外にいた番兵や商人達が命からがらといった体で逃げだし置いていった荷物から拝借したのだ。

 しかし、商人達は取引や次の目的地への中継地として立ち寄ったものが殆どだろう。

 彼等が残していった荷物には、これから旅に出る事になる名無達の懐を充分に潤すだけの物資は残ってはいなかった。


『物は少ないが飯はそこらの獣や木の実でなんとかなるとして、気をつけなきゃならねえのは患いもんだろう。薬もあったにゃあったが何でもかんでも効くってわけじゃねえからな』


『薬はコーディーさん達が持って行ってくれ、一応だが治癒魔法の類いは使える』


『なら、ありがたく頂いてくぜ。食糧の方も主殿がいれば調達はできるだろうしな…………でだ、本当に魔王を探す気か?』


 集めた物資を小分けにしながらコーディーは、数時間前まで街だった大穴の底で名無が口にした事の真意を問いかけた。


『先にいっとくが、あたしは魔王がどこにいるのか知らねえ。いや、分からねえって言った方が正しいな』


 三千年もの間、この世界の頂点に座し支配を続ける魔王ノーハート。

 彼は今も尚この世界に存在している。しかし、選定騎士を除いた全ての人間と魔族がその姿を眼にしたことは無く、その居城すら何処に有るのかさえ分からない。分かっているのは絶対的な力を持って世界に君臨し続けているという事実のみ。

 誰もが彼を虚構の存在では無いのかと疑いの声を上げないのは、魔王に見出され魔法と異なる超常の力を与えられた選定騎士達がいるからだけではない。たとえその姿が見えずとも、この世界に刻み残してきた弱肉強食という理そのものが魔王なのだから。


『魔王の居場所を知ってるとしたら選定騎士の連中だろうさ。あいつ等は精霊騎士の中でも飛び抜けた力と才能を認められて直に更に上の力、あたし等が知る魔法と同じようでまったく異なる選定魔法を与えられるからな。探すなら魔王じゃ無くて選定騎士の方を探した方が効率が良いはずだ』


『心当たりがあるなら教えて欲しい』


『選定騎士は魔王からデカい街を幾つか任せられてる、その内のどっかにはいるはずだ。ただ何時どの街にいるかまでは分からねえし、どいつがいるのかも分かんねえ。あたしが知ってるのはデカい街ならいるかもって事だけだ』


『いや、助かる。それが分かっただけでも方針の目安に――』


『レラ嬢ちゃん達はどうする?』


 世界を見て回るという漠然とした名無の旅、クアスとの邂逅によってノーハートに接触すると言う明確な目的が出来た。だが、コーディーの指摘したとおりレラとティニーを同行させて良いのかという問題を放置する事は出来ない。

 これから先、ノーハートの情報を求め大きな街。ラウエルと同じ規模の都市へ向かい続けるという事は、レラやティニーに降りかかる危険がこれまでに無い程大きくなるということだ。加えてレラ達に掛かる負担は今までの比では無いことを意味する。

 いくら名無が傍にいようと『絶越断界(イクシード・リフユート)』を使えない状態では『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』で武装した選定騎士が戦線に出てくれば二人を無傷で守り切るのは難しくなるだろう。名無がどれだけ二人に配慮しても、周囲は否応なしに強者と弱者の立場と処遇を突きつけてくる。今日以上の悲劇を目の当たりにしたら……触れざる得ない冥い心色を見てしまっ時、レラは耐えられるだろうか。姉の死に酷く傷ついたティニーの心は持つだろうか。


『……過酷な旅になるのは間違いないが二人は連れて行く、おそらく今回の事でレラ達も眼を付けられたはずだ』


『主人殿の弱みとしてか、本気を出させるための餌としてか……どっちにしろ碌な理由じゃ無いな』


 ノーハートの何らかの目的が名無にある以上、行動を共にするレラ達に手が伸びるのは必定。二人に危険が迫れば名無は必ず全力を尽くす、名無の戦闘データを集めるのが目的で有るならレラ達を活用した方がより効率的だ。

 とは言っても、この世界に置いて安全だと断言できる地帯も名無の直ぐ傍で有る事も間違いない。今も身を隠す建物一つ無くても献身的に気を落とすティニーを元気づけ、惨い人の死を目の当たりにして気分が優れないフェイが安心できるよう声を掛け続けるレラ。

 周囲の状況に対して彼女の無防備と言える態度そのものがソレを示していた。


『主人殿がいりゃそうそうヤバい事にはなんねえだろ。とりあえずあたしの仕事は魔王に関する情報の収集、ついでに坊主の親探しに付き合うで決まりだな?』


『ああ、もし立ち寄った村や街で有力な情報が手に入ったら言伝石を残していってくれ。その場所を訪れるのが何時になるかは分からないが、奴に付いて何も分からないよりずっと良い』


『了解だ、主人殿』


『荷造りが済み次第出発しよう。今のところ奴らから追撃してくる様子は無いが、このまま此処に留まっても意味は無いだろうからな』


『重ねて了解、いらねえ心配だろうが主人殿も気をつけろよ』


『ああ、コーディーさんも。フェイを頼む』

















(あの時、レラの不調の兆しを見つける事が出来ていれば……せめて彼女の意識が戻ってくれれば動きようがあるのだが)


 クアスとの戦いの後、冷静なつもりだったがやはり何処か動揺を抑え切れていなかったようだ。マクスウェルが指摘してこなかった事を考えれば気のせいと思える程に小さな揺らぎ、それでも気付ける予兆はあったに違いない。

 名無は無自覚に魔王について気がはやっていた自分に呆れつつも、レラを休ませるための寝床を作るため魔法を発動させようと魔力を高める。


「っ!」


 しかし、名無が高めた魔力は魔法としてでは無く、そのまま朽ちているはずの樹の壁に吸い込まれ瞬く間に魔法陣をくみ上げてしまう。それは実験施設へと通じる転移魔法具であった水晶に刻まれた魔法陣と同一。

 名無はすかさずレラとティニーを抱き寄せるも魔方陣の転移の方が早く、洞窟の外に出ることはかなわなかった。


「――おーっ、此処に人が送られてくるなんて久しぶりだね。それに親子は初めてのパターンじゃない?」


「外でまた戦いが始まったのかもしれん、此処はそういう場所だからな」


 瞬く間に切り替わった視界で名無が捉えたのは、薄暗くも確かな灯りによって姿を照らされた若葉色の髪の少女と漆黒の体毛に身を包む人狼の姿。そして朽ちた樹の洞窟から幾重にも層が積み重なっている地層に囲まれた小部屋だった。


「……これはお前達の仕業か?」


「そう警戒しなくて良い。俺達も君達と同じ理由で此処に身を置かざるおえない者だよ、言うなれば君達の先達だ」


「俺達と同じ? 身を置かざるおえない?」


「そうそう、だからそんなに怖い顔しない。これから一緒に暮らすことになるんだしね」


「………………」


 今の話しぶりからすると洞窟内に仕掛けてあった魔法陣は彼女達が仕掛けたものではないようだ。しかし、同じ立場や幽閉されたという言葉が何に対しての物なのか分からない。名無は突然の事で固まっているティニーと未だ意識が戻りそうに無いレラを抱きしめる腕から力を抜くことは無かった。


「あれ? 凄い怖い眼で見られてるんだけど……あたし変なこと言っちゃった?」


「言っていない、と言うより馬鹿かお前は。この手のやり取りを何度したと思ってる、奴に敗北し絶望に浸る中での幽閉だ。見知らぬ俺達を睨み付けるのは当たり前の事だろう」


「そうでした、そうでした――じゃあ、改めまして挨拶から始めようよ!」


 大きなため息を溢して疑問に答えた人狼の言葉に、少女は罰が悪そうに苦笑いを浮かべて場を仕切り直した。

 昔から知る間柄のように、同じ食卓を囲んだ関係のように、少女は名無達を曇りの無い若葉色の瞳で見つめ緊張をほぐすような朗らかな声で。


「あたしは杏奈、こっちが人狼で旦那様のミド。そして此処は夢破れ、願い破れ、理想も破れたどん底の敗者さん達による敗者さん達の為の地下集落『敗者の終点(ルーザー・フィーネ)』。これから長い付き合いになると思うから、どうぞ宜しくね三人さん!」







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