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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
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    その是非を問えずとも(2)


 ――数多の剣戟が舞う。


 ――無数の閃光が爆ぜり奔る。


 ――流星のごとく駆け続ける。


 名無とクアス。

 二人の戦いはもはや手段も場所も選ばず繰り広げられている、近接戦闘、遠距離射撃――地上戦、空中戦と縦横無尽に目まぐるしい交叉と衝撃が幾度も起こり繰り返されている。戦闘の中で互いに力を繰り上げ、息をするのと同じく無駄のない動きへと洗練していく。

 異常なまでの反射神経と反応速度、本能による機転と培ってきた戦闘経験。そして能力と魔法具による絶大な向上効果が人の域を超えた戦いを実現させていた。

 しかし、


(……間違いない)


 時間にして約十分。

 名無とクアスの死闘はここに来て、勝敗の天秤が戦いの行く末を明確に傾けた。


(力、速度、発動する魔法の威力……奴の戦闘能力の上昇が止まった)


 ラウエルの街の人間の肉体と魂を取り込み続け力を増大させていた『聖約魔律調整体』の効果停滞を感じ取ったのは、ほんの数秒の間に斬り交わされた数十合の応酬。だが、それだけでも感じ取れるほどの自身との力の落差を名無が見逃すわけが無い。


(『聖約魔律調整体』の効果は俺の『虐殺継承』と同質。戦闘能力の上昇が止まったと言うことは、ラウエルの街にいた者達はもう……)


 この戦いの中でもレラ達には気を配っている。

 コーディーとフェイがどういった経緯で合流を果たしたのかも所々だが聞き取っていた。その中で自分達の戦闘が地上にどんな影響を与えてしまったのかも……戦いの勝敗は間違いなく自分に軍配が上がる、それでも無関係の住人達を巻き込んでしまった事に表情を歪める名無。


「やはり、やはり……届かないか」


 しかし、クアスに名無のように死を悼む様子はない。

 息を上げ細めた彼の眼に映るのは戦いの結果だけ……で無く、クアスが浮かべるには違和感を感じざるをえない清々しさに満ちた笑み。

 そこに名無と対峙し『聖約魔律調整体』の性能を語り、ティニーの存在価値を否定した事務的な表情は無い。あるのは己の敗北という結末を誰よりも肯定し、誰よりも歓喜し、誰よりも望む異質さを帯びる男の姿。

 被っていてたシルクハットは既に無く粉塵に汚れた赤い髪があらわになり、そして赤い髪よりも更に鮮やかな鮮血が流れ出る数々の傷で汚れ一つ無かった白のスーツを紅く飾っている。名無も傷を負っているがクアスの傷は、名無よりずっと酷い。

 死に体とまでいかないにしても、このまま放置すれば命に関わるのは時間の問題だ。それほどの傷を負っていても、痛みに表情を歪めること無く佇むクアスに名無は警戒を緩めること無く対輪外者用武器を構え続ける。


「届かない、届かなかった、届くどころか、私は息を切らし、傷を負い、血を流し、魔力を酷く消耗した。だと言うのに君の息は一切乱れず、与えた傷は結局かすり傷程度、流れていた血も既に止まっている。内包する魔力は私が圧倒しているというのに、君の消耗は微々たるもの。この様で君に届くなど考えていた己の浅はかさ、死にかねないなどと口にした己の傲慢さ……忌むべき恥だが今はソレがとても誇らしくもある」


「………………」


「しかし、この結末が私が君の力を正しく認識できていなかったという事実が実験の結果そのものである事に違いは無い。ラウエル、そしてこの施設にストックしていた実験体の総数は二十五万七千五百二十九人。魔法騎士の肩書きを持つ者も数に入っているとは言え、それだけ使っても遇われてしまうだけの差があるか。これは彼が言っていた数値よりも更に多そうだ……三十万、四十万、五十万もしかすれば六十万を越える命を刈りとって君は今ここに立っているのだろうか」


 その言葉に、敗れた結果にさえ満足げな声を漏らすクアス。戦闘態勢を解き名無と自分の戦力差を理解する姿には、名無に異質さを感じさせていた歪な熱はいつの間にか消えていた。


「決着が着いたと言うなら洗いざらい吐いてもらうぞ、強者に従うのがお前の主が決めた取り決めであるなら反故する気は無いだろう」


「ああ、君の言う通り私は君に負けた。君が強者で私が弱者、殺すも生かすも君の自由だ。が、私は君の言葉には従えない、従う気もない、従う義務も発生しない」


「お前の様な狂った科学者が黙ってこちらの言い分を聞くとは元から思っていない、敵から情報を引き出すのに交渉に固執する必要は無いからな」


 答える気が無い相手に言葉を尽くす意味は無い。

 保有する能力には読心術に類似する異能も含まれている。レラのように心の変化を色で表すような物はないが、『虚偽明決(リユーゲ・クリシス)』と言う対象者の嘘を見抜く能力がある。こちらの質問に対して嘘をついた時、能力を掛けた対象の瞳は光を失う。あくまで嘘を判断する為の視覚作用であって失明する事は無く、そこにマクスウェルの生体スキャンで心拍数、血流、脳波の変化を観測することで聞き出す情報の信憑性を高める事は出来る。

 加えて、レラの特殊能力があれば感情の起伏も含めより一層の効果が見込める。

 だが、念の為にと名無が提示した弱肉強食の理、その譲歩を蹴った時点でクアスに対する僅かな慈悲はもう名無には無かった。


「無駄を省く最適な解だ、私も君の立場なら同じ事を言い同じ事をするだろう――それでも君の提案は受け入れないがね」


 クアスの答えを尊重するように『聖約魔律調整体』の刀身から刃を携えた触手が乱雑に主人の周囲を撓り切った。その攻撃に名無との戦いで見せた繊細さはない。力に任せた威力のみを追求したものだったが、込められた威力に見合うだけの轟音と粉塵が巻き起こりクアスを包み込む。


「まだ話は終わっていないぞ」


 何をと考えるまでもなく、クアスはこの場から離脱する為の行動を起こしたのだ。名無は煙に紛れて追撃される危険性を理解しながらも、躊躇う事なく噴煙の中に飛び込み大刀を突き出す。


「魔法は使っていないな、能力を使う間もなかったと思うが……これが『虐殺継承』のなせる技か? 君の眼を眩ませ気配を消してまでしたというのに私を正確に貫くとは流石だ」


「………………」


 名無の刺突は確実にクアスの腹部に突き刺さっていた、その一突きによって煙は晴れクアスの逃亡を防いだ事が分かる光景が広がっている。しかし、名無の表情は苦々しい。

「君の疑問に答えられない事は申し訳ないと思ってはいるが、思い通りに事が運ばないのは世の常だと思って諦めてもらいたい。今回の実験に関しては最高の結果とはいかなかったが、最良の経過には収まった。私の実験に協力してくれた事に感謝を――」


「お前と話す事は無い、失せろ」


 ラウエルに辿り着きティニーを保護してから今に至るまで、全てがクアスの掌の上だったのは明白。どれだけ考えを巡らせても、ソレを含め踊らされていた自分に憤る名無の口調は荒い。それでも冷静さを失うこと無く、名無は身体が薄れていくクアスを銀の双眸に焼き付けた。


(『認知引換』とは別の能力……噴煙を起こすと同時に能力を発動させ、俺の攻撃を無効化。その動揺から俺が立ち直る間に転移魔法での退去…………この男は此処で仕留めておくべきだった)

 クアスがが魔王から与えられた能力が一つだけ、そう思い込んでしまった自分の浅慮がこの結果を招き寄せた。しかし徹頭徹尾、目的を果たす事だけを考えて行動する全く隙の無いクアスの立ち回りにも唸らざるをえないだろう。

 攻勢に出るべき瞬間を逃さない獰猛さ、劣勢であれば敵の出方に関係なく撤退を選ぶ潔さ。クアスとの戦いこそ勝利したものの、戦況を見れば完全に自分の敗北だった。

 この男を野放しにしておけば、また今回の様なことを繰り返す。

 自分だけでは無い。自分とは何の関わりの無い者達が、この狂気に取り込まれてしまう。そう確信出来てしまう事に名無は後悔に顔を歪める。


「君の要望に応え退去しよう、もう一仕事終えてからだが」


 しかし、クアスの凶行はまだ終わっていなかった。


「!」


 クアスの不穏な言葉はそのまま彼の眼に映り、名無の後方にいるレラ達に向けられている。『絶越断界』によって安全を確保されてはいても、レラ達を捉えて離さないクアスの視線にこれまでの経験が告げる警鐘を感じとった名無はその場から飛きレラ達を庇うように陣を取る。


 そして、名無の胸騒ぎを現実の物にしたのは、やはり異形の剣『聖約魔律調整体』。

 クアスはその禍々しい刀身を深々と床に突き立てる。床に刃を納め数秒、『聖約魔律調整体』は心臓が鼓動を刻むように絶え間なく脈打ち赤い雷光を無差別に解き放つ。


「何をした、クアス・ルシェルシュ!」


「完全では無いが今回の実験で君の力をある程度だが確認することが出来た、だからこそ僅かでも力をそぎ落とす。この状況下であれば、君は必ず使う。使わざるをえないだろう能力を」


 刻一刻と勢いを増す赤雷の奔流は轟音を響かせて一層激しさを強め――


「またいずれ相まみえよう、宿願の担い手よ」


 瞬きの収斂と静寂を経て形ある物、命ある者全てを悉く屠る赤い輝きが名無とレラ達を

爆雷と共に飲み込んだ。





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