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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
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    異形の竈(4)


 白いキャンバスを飾るかのように滲む赤い、赤い血。

 太陽を思わせる橙色の髪も、うっすらと開かれた新緑の瞳も、小さく薄い桜色の唇も、身にまとうローブも、その下にある健康的な肌も……何一つ漏れる事無く小さな肢体から溢れ出る鮮血に浸っていた。


「………………………………」


 真っ赤な血溜まりに横たわるティファをレラとティニーは呆然と眺め、その光景を作り出し名無は冷たく見下ろしている。


「立て、意識はあるだろう。今の一撃でお前が人の枠を超えた『ナニカ』なのは理解した」


「…………もう、そんなに早くネタばらししたらつまらないじゃない。ちょっとくらいお芝居に付き合ってくれても良いのに」


 声音も、感情も、一切の抑揚を排除した名無の言葉に血溜まりに横たわり瀕死の重傷を負っているはずのティファが答える。それも何事もなかったように淀みなく。


「ど、どうして……ナナキさんが、でも、ティファちゃんの傷も……??」


「ティファ、姉?」


 名無の突発的な行動についていけなかったレラとティニー。しかし、更に追い打ちを掛けるように血だらけの姿でありながら苦も無く血溜まりから身を起こしたティファの常軌を外れた行動。

 それだけでもレラ達が言葉を失うには充分すぎる要素だが、それ以上に思考を止めさせているのは名無が彼女に与えた一撃の無慈悲さ。


「全力でないにしろ、殺せるだけの力で切り飛ばしたはずだったんだが……殺しきれないとは思っていなかった」


 ティファの身体に刻み込まれたのは左脇腹から右肩に掛けての深い裂傷、傷口からは止めどなく血が流れ中に収まっている内臓が今にも溢れでてもおかしくない致命傷。名無の左手に握られている小刀に纏わり付くように付着している血が、彼が何の迷いもなく刃を振るった事を物語っている。

 まさしく命を絶つ一撃……それを喰らってなお悠然と立つティファの姿に苦言を溢す名無。


「今の一撃、異名騎士でも両断できるだけの力は込めた。たとえ両断できなくても立ち上がる事すら出来ない……それをもう再生してくるとはな」


「これもクアス様の研究の成果。こんなひどい傷でも痛みすら感じないの、凄いでしょ?」


 目を背けたくなる程に痛々しく、嫌悪せざる終えない傷口は肉を脈打ちながら塞がっていく。治癒速度そのものは名無の能力ほどの早さはないが、それでも致命傷であるはずの傷を僅か数十秒で完治させてしまった。

 見てくれこそ血まみれのままで身につけているローブも大きく切り裂かれ惜しげも無く肢体をさらけ出されてしまっているが、名無の一撃による影響は微塵も見られない。


「でも、どうして私がティファじゃないって分かったの? 姿形だけじゃない、使える魔法、出せる声、身体の匂い、取る仕草、性格、態度、口調、記憶に至るまで完璧に再現したつもりだったんだけど」


「ティニーの姉を完全に再現したと言っておきながら粗末だな。ティニーが魔法具に触れようとした瞬間、微かに殺気が漏れていたぞ」


 目の前の人間が『ティファ』で無い以上、彼女と会った事のない自分では見分けられる道理はない。ティファを姉と慕っていたティニーでさえ気づけない程に自然な擬態だ。しかし、それだけ巧みに演じていながら最後の最後で爪が甘かった。


「その魔法具はこの施設の人間が二人いなければ使えないと言ったのはお前だ、俺達の身動きを制限するのならティニーを殺せば事足りる……目の前の手柄に焦ったか?」


「うーん、私としては殺気を出した覚えはないんだけど……そういうことなのかもしれないね」


 失敗、失敗と屈託無い笑みを浮かべるティファを演じていた敵対者。

 その笑みさえティファの物なのだろう、ティニーは自分の前にいる少女が『ティファ』ではないと言う言葉を否定する事はしなかった。

 どれだけ彼女が事実を語ろうともティニーにとって目の前にいる少女はティファなのだとティニーの眼が、心が自分が知るティファなのだと……否応なく偽物(じじつ)である事を否定する。

 それでも……


「お前は何だ?」


 外見は何一つ変わっていない、だが中身がまるで別物に置き換わっている少女に名無は追求の言葉を突きつける。

 命を絶ちきる一撃を耐え凌ぎ、自己再生すらしてみせる強靱な肉体。魔法という超常の力を身に宿すことが出来るとしても度を超した生体機能。それらを備え付けた魔法儀式の全容……それら全ての疑念の答えを知り得る事が出来る彼女の正体を。



「――彼女は魔法と科学技術を用いて私が造った疑似人体魔法具『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』、その内の一個体になる」



 しかし、それを答えたのは彼女では無く彼女の隣にいた頭からつま先まで白の礼服に身を包んだ赤髪の男。その出で立ちは赤い髪と微かに露出している顔肌が見えなくては室内の白さに溶け込みきっていただろう。


「お前がクアスか」


 奇妙な一体感を醸し出す服を纏うクアス。

 一体いつからこの部屋に、ティファを名乗った少女の隣にいたのか……そんな至極真っ当な疑問が思い浮かんで然るべき状況だったが、名無はクアスの出現に何の反応も見せず声を返す。


「ああ、クアス・ルシェルシュ。この施設の管理者にしてラウエルの統治者でもある、『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』の他にも質問があっても全てに答えることは出来ない。が、会話の主導権をこちらに譲ってくれるのであれば今回の件についてある程度の情報開示はしよう」


「そうか、話が早くて助かる」


 名無とクアス、前触れの無い出現という視覚化における強制的な認識について問題ですら無いと淡々と言葉を交わしていく様は酷く冷たい。発する言葉、声の音質から情報を得ようという探りは無く、既に互いが持っている答えをすり合わせる作業に入っているようにすら見える。

 応答の間が長くも短くも無い、相手の意見を遮ることも声をかぶせることも無いやりとりは、『聖約魔律調整体』の正体、前触れの無い出現――そして、ティニーが自分の『何』

を恐れていたのか、それ等全ての答えはもう出ている……この純白の空間下にありながら、交わる二人の視線からにじみ出る白々しさは隠しきれるものではなかった。


「では『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』についてだが……先ほど言ったとおりだ。この世界の魔法と君が知る科学という多くの点で類似しうる技術を駆使して私が造り上げた疑似人体魔法具、その性能は見ての通り君との戦闘にも耐えるだけの性能を有している。コレを造り上げるまでに数万体分のコストがかかってしまったが、それに見あうだけの成果は得られた……肉体性能、魔法技能、学習能力、付与人格強度。どの点においても現存する魔法具や心器とは比べるまでも無い完成度、コレが保有する力は騎士階級最高位である選定騎士すら凌駕し得る。私が手がけたものの中で最も強力な生体兵器、それが『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』だ」


 ティファを模した生体兵器『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)

 その解説を一度も噛むこと無く、一度も言いよどむ事無く話し続けるクアス。本来であれば戦うべき相手を前にして手札をさらすのは許されざる愚行。まして、弱肉強食を絶対の基盤とする人間社会において、彼自身が造り上げた疑似人体魔法具が如何にその根底を揺るがすものかを誰よりも理解していながらクアスに戦力の吐露を惜しむ様子は無く、また自ら造り上げた兵器の有用性を誇ることも無く語る様は作業以上の認識は見受けられない。


「君の元にいる実験素体についてだが――ソレはもう私には必要ない物だ」


「ッ!」


 クアスは赤い色の瞳に反し冷め切った眼をティニーに向け、その視線にティニーは身体を震わせた。


「現在、実験は最終フェーズへと移行した。他の実験素体達は既に廃棄、残るはそこの一個体のみ。実験素体としてだけで無く君達を此処へ導くという役割も全うしてくれた、君の好きなように使い潰してくれてかまわない」


「ナナキお兄ちゃんとレラお姉ちゃんを……ここにつれて、くる? しらない……そんなの、ティニーしらない!」


「知らなくて当然だ、一々道具に役割を説明する手間をかける必要は無い」


「……ティニーちゃんを道具だなんて、酷い……」


「酷くなど無いさ、弱者は強者に従い道具は所有者の為に摩耗するだけの事。君達魔族も狩り、調理、農耕など日々の生活の中に溢れる様々な目的を達成するために必要な道具を使い潰すだろう? それと何も変わらない」


「……同じ、同じ人間なのに……そんな……」


「同じ人間でない事は既に説明したと思うのだが? まあ、個人の価値観は異なる。今は私にとってソレの存在価値が消えた事だけ理解してくれれば良い、話を戻そう」


 事もなげに名無達との出会いが仕組まれたもので、自身の事を道具以下としか認識していないクアスの言葉にティニーはその場に崩れ落ちる。そんなティニーを抱きしめるレラの顔色は此処までで一番悪い物に変わり、呆然と前を見つめるティニーを映す金の双眸は悲痛の色で満たされていた。

 それでも名無はじっと対輪外者武器を構えたままクアスの話に口を挟むことはしなかった。


「次に私がどうやって科学技術を手に入れたのか、どのように君達の前に現れたかについて話そう。答えはどちらも同じ、君と同じ輪外者であり三千年の長きにわたる間、この世界の頂点に座した魔法使いの王――『魔王』ノーハート様から授けられた物だ」


 クアスは白スーツの内ポケットから一枚の金貨を取り出す。

 それは名無が警戒すべき魔法具でも心器でも無い、この世界の通過である何の変哲も無い金貨だった。


「後者については言うまでも無く異能によるものだ。能力名は『認知引換(アドミツト・リプレイス)』、指定した対象の位置を置換する能力。一度の発動で置換できるのはどうあっても一組のみ、能力使用前には対象物を必ず目視しておく必要があり、効果範囲は二キロ圏内の三つ。転移魔法と違い制約が多く使いづらい能力だ、種が割れてしまえば魔法による対策が充分に立てられてしまう上に戦闘下における連続使用は致命的な隙ができてしまう……残念なものだよ」


 名無と同じ輪外者であるノーハートによって与えられたという『認知引換(アドミツト・リプレイス)』、その能力に対して落胆し小さくため息を溢すクアス。しかし、本題からそれる事無く言葉を続ける。


「最後に『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』を生み出す研究を始めたのか、何故ソレを君の元へ差し向けたのかについて話そう。事の始まりはノーハート様のとある願いを叶える為に発足した物だ、願いに付いては他言することは許されていない為、此処で君に打ち明ける事は出来ない。しかし――」


「ティニーを保護するよううしむけたもう一つの理由か……」


「その通りだ、この研究には強者が必要でね。それも只の強者ではいけない、魔王から異能を与えられ『選定騎士』の位に就いた者ですら足りない……君のような圧倒的強者でなければね」


 ティニー達を使って行っていた計画の最終的な目的は分からない。

 だが、計画を完遂する為に名無が必要だったという言葉に嘘は無いのだろう。この部屋に姿を見せたときから彼の眼は名無を捉えて放さない。


「そしてソレを君に差し向けた理由だが……これに見覚えが有るだろう」


 品定めをするように名無に眼を向けていたクアスは、おもむろに金貨を握った右手を横に掲げ赤い瞳を銀の双眸へと変える。それはティニーが自分を見て怯えた理由、そして《輪外者》としての能力行使の証であり『認知引換(アドミツト・リプレイス)』の実演でもあった。

 クアスの瞳が銀色の輝きを放つと同時、彼の右手には一振りの剣が握られていた。それは以前ルクイ村において災禍を振りまいた魔法具の内の一つ。

 未だ記憶から色あせることの無い禍々しい朱庵の刃を持つ剣、特異魔法の一つ死霊魔法を組み込まれた剣の魔法具『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』である。


「この魔法具も私が制作した物の一つで『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』の試作品だ、死んだ者達の魂を喰らい使用者の能力を何倍にも高める。しかし、それで得られる恩恵は取り込んだ魂を食い潰すまでの一時的なもの。使用者の強化を行えるとしても事前に掛かってしまう手間と見合わない」


 能力によって『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』と金貨を置換したようだったが、戦闘の意思を見せること無くそのまま白い床に突き刺すクアス。


「当初は『心器』として設計し人格を担う魔族に魂の管理を担わせ、可能な限り魂の劣化を遅らせる試みも試してみたが失敗。材料にした魔族が黙って協力するわけも無い事は分かっていた、その分人格強度を弱体化させ運用効率を高めた、それでも得られる恩恵も弱体化。幾度となく失敗を繰り返す日々が続いたが、材料を人間に変えた事で滞りなく問題は解消できた」


 二百文字にも満たない言葉の羅列、行った研究の経過説明。これが只事実を並べていく作業でしかない事はこの場の誰もが分かっている。

 しかし、その二百文字未満の中に刻まれた犠牲は桁違い。一分も掛からずに吐き出せる文章で済ませてしまって良い物では無いと言うのに、やはりクアスに罪悪感や後悔といった感情は見えなかった。


「そうして出来上がったのが『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』、その完成の有無がこの場で明らかにすると言うのが現状だ……では、君の質問を再度受け付けよう。答えられる物であれば答えるが、そうでない物は潔く諦めてくれ」


「いや、必要ない。お前が今、俺達に話した事が教えることが出来る内容で、それ以外に付いては関わりが薄いものしか答える気が無いだろう事も理解した」


 一見、クアスの解説は自分の疑問に答えているように思える。だが、核心に至る部分に関しては巧みに隠蔽されたままだ。

 ティニー達を使って疑似人体魔法具というまったく新しい魔法具を創り出す研究に、魔王が関わっていることは分かったが目的は明かされていない。研究の完成に自分が必要だという理由、強者が何時用とされる根幹が……。

 それでもルクイ村の一件にクアスが関わっていたという事実が浮上し、話の流れからしてまず間違いなく『魔王』と呼ばれる《輪外者》は自分の事を知っているという情報は無視できない。それも顔見知りという程度のものではなく、自分の《輪外者》としての戦闘能力を事細かくまで知っている人物。

 かなりの確率で所属していた軍に在籍していた誰か。

 こちらの世界には無い科学技術を事細かに教える事が出来る物であれば研究部門、科学部門に席を置いていたのは間違いないだろう。

 しかし、そうであったとしても辻褄が合わない事が出てくる。


(俺の事を知っているのであれば年齢は近いはず、離れていたとしても五十以上は無い。だが、クアスは三千年と明言した。つまり、三千年を超える時間を生きている事になる。延命を施す能力は希少、俺が持つ者の中にはない。そもそもそれだけの時間を生きながらえる事を可能にする能力は無かったはず……能力ではなく魔法で延命しているのか?)


 ティニー達を使った実験のように延命に関わる研究にも手を出している可能性もあるが、それ以上に気に掛かるのは魔王としてこの世界に君臨している《輪外者》が自分と同じように複数の能力を保持し、あまつさえ能力を譲渡していることの方が気がかりだ。


(能力を譲渡できる能力、もしくは能力そのものを作成し他者に植え付ける力、それとも只の人間に能力を発現させるものなのか……どれか一つだけだったとしても脅威としか言いようがない)


 一対一の戦いに持ち込めるなら自分にも勝ち目は充分にある。しかし、能力を譲渡した人間――選定騎士と呼ばれる騎士の最高位を生み出している。魔王という呼び名からしてもその実力は自分が知る魔法騎士とは比較すら出来ないのだろう。

 恐らく魔王に勝てる者は魔族を含めたとしてもいない。それは誰よりも強者であり、誰も逆らえる者がいないと言うことだ。その上で永遠に近い長命を手にしている。

 力と命、人間が求めてやまない絶対の力と吸血鬼に匹敵する長命まで手にしている男を脅かす要素は何も無い。

 ……無いはずだというのに魔王は何かを欲している、自分という敵対者を求めてまで自分達の世界を離れ異世界であるこの地に着てまで。

(俺達の世界で実現させることが出来なかった何か、手に入れることが出来ない物……人工的に強化された人間を作ってまで手に入れようとしているものは一体何だ?)

 この異世界に迷い込んだもう一人の《輪外者》、時間軸で言えば一番最初の世界渡航者だろう。同じ輪外者ではあっても全く目的が見えてこない事に対輪外者武器を握る名無の両手は自然と力が込められた。


「思考の整理は終わったかね?」


「ああ……まさか黙って待ってくれるとは思っていなかったが」


「気に病む必要は無い、待つと決めたのは私だ。それに君にはこれから何の気負いもなく全力で私と戦ってもらう必要がある」


「お前と?」


 手持ちの能力の解説、実演したクアスが魔法騎士の最高位、選定騎士の一人である事は問うまでもない事だ。その実力も今まで相手にしてきた者達とは一線を画すだろう。だが、クアスの隣には彼自身が作り上げた選定騎士すらものともしない生体兵器の少女がいる。

 向こうの最大戦力は間違いなく彼女であるはずなのだが、自分との戦いに名乗りを上げたクアスの言葉に眼を細めティファだった少女へと視線を向ける。


「あたしは戦わないよ、あたしはあくまでクアス様のお手伝い。造物主が与えてくれた役割を全うするだけだよ」


「なら尚更君が俺と戦うはずだろう、君の方が強い事は君を作った張本人から聞いたばかりだぞ」


「確かに戦闘能力なら私の方が上なのは確かだよ。でも、クアス様があたしを使う事でクアス様はあたしよりもずっと強くなる。結果的に強い方を選ぶのは当然のことじゃないかな?」


「君を使うとはどういう意味だ」


「そこを聞くの? 酷いな、あたしなりに貴方と一生懸命戦ったのに……って、ティファって子の格好じゃ分からないよね」


「………………まさか」


「ふふっ、さすがナナキさん! クアス様がお求めになるだけはあるね」


 自分が何を言っているのか名無が理解した事に喜々とした笑みを浮かべた少女は自身の左手をクアスの右手と絡める。たったそれだけの事で名無の警戒は最大まで引き上がる。

「貴方と戦うのはこれで二回目、今度は勝てると良いな♪」


 柔らかな太陽を連想させる満面の笑みを浮かべる少女――だが、その笑みは狂気の光景に塗りつぶされる。



 …………ごきゅ……ぶちぃぃ……ぐちゅ……



「あ、あぁ……っ!」


「てぃ……姉……」


 少女の眼を細めてしまいそうな眩しい笑みは肥大し眼底から零れ落ちた眼球に隠れ、白い肌は膨れ上がる筋組織に痛々しく引き裂かれ、むき出しになった血肉がおぞましく蠢き騒ぐ。

 その様にレラとティニーは目をそらす事も出来ず言葉を失う。


「前回は協力してもらった個体が非力でコレの機能に耐えられず終わってしまったが、私なら問題なく『聖約魔律調整体』の機能を充分に引き出せる」


「お前が作ったのは……何の間違いようも無い兵器という事か」


「私は最初からそのつもりで話をしていたんだがね、だが物が相手なら君も戦いやすいだろう。君も存分に力を振るってくれてかまわない、出なければ――」


 耳に酷く残る湿り気を帯びた音が響く中。血肉が蠢き滴り落ちた血の一滴さえもがクアスの右手に集約されていく。人の形を失い内砕した少女はその姿を全く異なるものへと形成し直した。



「――さしもの君でも死は免れんよ」



 名無達の眼に映るのは『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』が玩具に見えてしまうほどに禍々しい光を宿す数多の眼球を刀身に点在させる異形の剣。

 ラウエル第二区画において多大な被害を振りまいた災禍の剣が、その凶刃を鈍く輝かせ再び名無達の前へと顕現する。




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