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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
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    坩堝の糸口(4)


 外周を囲む外壁、緑鮮やかな芝生が広がる庭、曇り一つ無い手入れが行き届いた窓……そのどれもが無残にも朽ちた豪邸に煌びやかさは無く、唯々見る者達の背筋を悪戯に騒がす不気味さだけが蔓延っている。


「こ、このお屋敷も人が居なくなって大分経つみたいですね……どの部屋も埃が凄いです」

「レラお姉ちゃん、だいじょうぶ?」


「だ、大丈夫ですよ。ちょっとお屋敷の雰囲気が独特でお、驚いてるだけですから。ナ、ナナキさんのお手伝いを頑張りましょうね!」


「うん!」


 それは家捜しをしているレラを見れば一目瞭然だった。

 薄暗い部屋の中でちょっとした小さな音がすれば肩を振るわせ、自分達が屋敷の主であると主張するように颯爽と床を駆ける鼠を見ては小さくも悲鳴を溢しかけ、溜まった埃に刻んだ自分達の足跡を見て思いもせず心細さを募らせる。

 自分より小さいティニーが平気にしている手前、何とか気丈に振る舞ってはいるもののレラの顔色は良いとは言えない。

 こう言った『いかにも出そう』な物件は当然ながら人受けしない。

 女子供であれば尚更なのだが、いかにも出そうな象徴である死霊の類が実在するこの世界においてもそれは変わらないようだ。

 が、それでも部屋の調度品を手にとっては真剣な眼差しで見つめ、何かおかしな物は無いかと探すのは数少ない活躍の機会だからだろう。

 見えないのに何かがいる、こちらからは触れないのに襲われる……力の差を目の当たりにした時に感じる恐怖とは異なる恐怖に怯えながらもレラはティニーに関わる手がかりを探すのだった。


「二人とも、あまり無理はしないようにな」


『マスターの言う通りです、廃墟区画の捜索は手がかりが得られるかも知れないとめぼしい建物を絞り込んでいますが既に四件目。戦闘行為が無いとは言え疲労の蓄積は避けられません』


「だ、大丈夫です! これくらいなら村のお仕事より楽ですから」


「ティニーもつかれてないよ」


「そうか、だが疲れたら何時でも言ってくれ。今はコーディーさんとフェイも協力してくれている、もっと気を楽にしてくれて大丈夫だ」


「はい」


「うん」


 はっきりとした二人の返事に疲れは感じない、名無は自分も負けてはいられないと捜索を続ける。


(……とは言え、今のところ手がかり無しか)


 マクスウェルの赤外線センサーで周囲の建造物をサーチし、手がかりが有る可能性が高い構造の建物を選別。対象としては今探っている屋敷のように立地条件が良い物に絞った。

 基本的に屋敷で暮らすことが出来る物は潤沢な金銭と強い権力を持っている、それらは表であれ裏であれ周囲へ確かな影響を与える事が出来る側の者だ。そして所有している人間や土地は多く、屋敷の地下に地下室を設けることも出来れば研究員の確保も容易い。そう言った点から廃墟区画で一際大きく広い屋敷に限定して調査を行っているのだが、期待していた手がかりは見つけられていない。

 探さなくてはならない屋敷はまだまだある、こちらも人員が増えたものの捜索範囲が広すぎる事に変わりは無い……出来るなら次の襲撃前に何らかの成果を上げたい所だが難しいだろう。


「マクスウェル、周囲の様子はどうだ?」


『特に動きはありません。こちらの動向は既に明るみになっています、向こうにとって不都合な情報があれば行動を起こしているでしょう』


「それが無いと言う事は、この廃墟区画に手がかりは無いと考えるべきか」


『であるなら捜索を打ち切り襲撃に備えるのも一つの手ではありますが、捜索は続けるべきかと』


「この静観がブラフという線もある、か」


 この手がかりを探して何も出なければ自分達の労力は徒労に終わるだけだ。

 だが、此処で動きがあれば手がかりがある事を自分達に教えるようなものでもある。その可能性も充分に考えられるのだから決して無駄足にはならない。何より向こうが何の手がかりにもならないと思っているものが自分達に取ってこれ以上無い物であるかもしれない。


「コーディー達の方に変わった様子はないか?」


『はい。コーディー様とフェイ様には地下を担当してもらっていますが、すぐこちらに合流するでしょう』


「そうか」


 この屋敷に設けられている地下空間は屋敷と同程度、しかし階数で言えば地下一階分のみ。地上三階分を引き受けた自分達よりも速く捜索を終わらせられる、合流し他の部屋を見て回れば此処での家捜しは終了。

 まだ残っている候補地へと向かうだけなのだが……名無は手詰まりに入りつつある現状に眼を細めた。





「……何も見つからないね」


「こういうのは根気が必要なんだよ、がっかりするのは全部見て回ってからしな」


「コーディーさんの言う通りだと思うけど……はあ」


 カビ臭い臭いが充満する薄暗い廊下で漏れでたフェイの深い溜め息に苦笑で答えるコーディ。名無達と分かれて地下の階を捜索して約一時間、こちらも手がかりらしい手がかりを見つけられずにいた。


「言った傍から溜め息吐くんじゃねえ、それよりちゃんと数えてたか?」


「うん、さっき調べた部屋で二十四部屋目だった」


「そうか、心器の嬢ちゃんが言ってた通りだな――地下にある部屋は全部で二十五部屋、最後の一部屋が見当たらねえ」


 コーディーは眉間に深い皺を寄せ、今さっき調べ終わって出てきた部屋の扉に目を向ける。

「通路は行き止まり、他に部屋はねえ。最後の見当たらねえ部屋は言うまでもなく隠し部屋……さて、どの部屋が繋がってやがるんだ?」


 コーディーがマクスウェルから聞いたのは屋敷に地下がある事、部屋数は全二十五部屋、魔法による隠蔽はマクスウェルでは感知することが出来ないと言う事。すでに発動されている魔法による隠蔽は名無も感じ取れず、それはコーディーも同じだった事から彼女が重点を置いたのは確認が取れた二十四部屋の入念な調査。


「ナナキさん達は全部で二十五部屋あるって言ってたけど、数え間違えとかだったりしないかな」


「主殿の実力を考えればそれはありえねえだろう、マクスウェル嬢ちゃんもどうやったかは分からねえが割り出した部屋の数は主殿と一緒だったしな」


「でも、見て回ったどの部屋も入り口みたいなものは無かったよ」


「ああ、魔法を使わないで人一人通れる扉を隠すだけでも割と眼に付く……はずなんだがなあ」


 しかし、その二十四部屋全てを調べても最後の一部屋まで手がかりがまるで見つけられなかったのだ。

 魔法による隠蔽であれば魔法騎士として余程実力差が離れていない限り魔力の痕跡を感じ取ることが出来る。自分以外にも名無という段違いの実力者ですら魔力を感じ取れていない現状にコーディーは頭を悩ませる。


「黙って考えても仕方ねえな、とにかく動くぞ」


「でも、何処を探せば……」


「そうだな……怪しいとすりゃ、あの部屋か」


 行き止まりの壁に背を向けて来た道を戻るコーディーとフェイ。

 道を歩き足を止めたのは通路の丁度半ばにある一部屋。

 通路側に設けられた扉の造りはどれも同じく別段変わったところは無かった。だが、コーディー達が前にした部屋だけ見慣れぬ物があったのだ。


「この部屋って棚に変な物が入ってた……」


「ああ。他の部屋にも同じような棚はあったが入ってる中身がな、もしかしたら魔法具かもしれねえ」


「確かに見た事無い物だったけど魔力は感じなかったよ」


「坊主は若えから見た事が無い、あたしの場合は奴隷になってから結構長い。その間に新しい魔法具やら心器やら増えたって事もある、あたし達が知らなくても主人殿なら知ってるかもだ」


 心当たりのある部屋の扉を開けて中に入るコーディーとフェイ。

 一度調べたことも有って室内の埃汚れは幾分か和らいでおり、しっかりと調べた証拠でもある置いてある調度品や床には二人の手や足の跡が残っていた。

 コーディーは薄暗い室内を照らす為、人差し指の先に小さな火を灯す。


「怪しいとは考えはしたが改めてこうして見てもさっぱりだな、こりゃいったい何なんだか」


「上の段から下の段までぎゅうぎゅうだけど、こう言うのも壁の飾りだったりするのかな?」


「流石にそれはねえだろ。壁の飾りなら鎧やら剣やら壁に掛けるのが普通だ、態々こんな奇妙なもんを飾るなんて普通はしねえよ」


 コーディー達は淀みなく部屋の中を進み大柄な彼女よりも更に高い天井まで届く大きな棚を前に立ち止まり、壁全体に備え付けられた棚の中を凝視する。

 二人の眼に映るのは使い古された赤い布地で包まれた何か。棚の中に入っている物全てが同じ造りで、その内の一つを手に取るコーディー。


「側は布地なのは間違いねえんだが……使い方が分からねえ上に中の造りが謎だな。いったい何で出来てるんだ、この白くて凄え薄いペラペラしたもんは」


 外側が赤い布地に包まれた何か、そしてその中身はコーディーが考えているほど複雑な用途ではない。中に収まっている素材も手間こそ掛かっている物の、原材料は誰でも見た事があり簡単に手に入れる事が出来る物だ。

 ――製紙技術が確立されていないこの世界では無用の長物というだけの何の変哲も無い一冊の『本』でしかない。


「他のも大体同じようなもんだろうが、もしかしたら種類で分けられてるかも知れねえ。あたしは上の方から一つずつ持ってく、坊主は下の方から一通り集めとけ」


「分かったよ、コーディーさん」


 本来であれば存在するはずの無い本、その正体を気にすること無く棚から一冊ずつ本を取り出していくコーディーとフェイ。取り出す本は多くは無い、全ての棚から一冊ずつ。全部で二十冊程取り出すだけ。


 ――カチ


 しかし、フェイが何の気なしに引いた本が乾いた音を立てる。

 何の音だと確認するよりも速く、フェイの手にしている本から微弱な魔力が淡い光と共に流れ出た。


「な、何!?」


「それから手を離しな坊主!!」


「うわっ!」


 コーディーはいきなりの事で戸惑っているフェイを叱咤し、すかさず襟首を掴んで棚から距離を置いた。だが、本から溢れ出る光が消えることは無く、溢れ出た光は本その物を起点に光の筋となって棚に留まらず天井や壁に床。部屋全体に広がって、薄暗かった部屋を蒼い魔力光で照らしあげる。

 そして、不規則に伸びていた筈の光の筋は部屋のほぼ中央部分の床に集束していった。

「こいつは……」


「これって……魔法陣、だよね」


 一冊の本から絡み合った光の筋が描きあげたのは魔法具に刻まれているものと同じ魔法陣。その完成と同時に床が表層が消え下の階へと下りる石畳の階段が姿を現した。


「よ、よく分からないけどやったね! これ絶対に隠し部屋のい――」


「坊主、すぐに主人殿達を呼んできてくれ」


「えっ? う、うん……それは呼びに行くけど…………コーディー、さん?」


「………………」


 下へと続く階段へ向けてこれまで見せたことの無い厳しい表情と鋭い眼光をぶつけるコーディー。彼女が見つめる先には階段があるだけで自分達の身に降りかかるような危険は見られない。

 彼女の纏うひりついく空気に息を飲んだフェイは脇目も振らず名無達の元へと向かっていった。


「ったく、本当に参ったね。こりゃあ後で褒美くらいせがまにゃ割に合わねえな」


 いや、欲しい褒美を貰ったとしても割に合わないか……そんな軽口を叩いてはいてもコーディーの声は固く階段へと向けている視線も動く気配が無い。

 魔法によって隠蔽されていたとは言え、彼女が眼にしているのは何の変哲も無い階段。

 その先にあるのはマクスウェルが探知した隠し部屋があるだけで他には何も無い。だと言うのに長槍を構えた彼女の両手は小刻みに震え止まる様子が無かった。


「武者震い、だったら良かったんだが……薄暗い階段が奈落の底に見えちまうとはいったいこの先には何があるんだか」


 名無を前にした時に似た感覚。

 全力で抗っても、どれだけ頭を回しても、持てる物全部出し切っても届かない圧倒的な圧力。

 だが、似ているのはそこまで。

 目の前の階段から這い上がってくる暗く冷たい空気、足先から頭の先まで纏わり付く熱病に当てられたような悪寒、名無と対峙した時とは異なる只ならぬ静謐な気配。少しでも眼を階段から逸らせば、少しでも気を抜けば瞬く間に死神の鎌が首を刎ねる。

 そんな幻想が今にも現実になるのではないか……コーディーは怖じ気づき自分の意志と関係なく後ずさろうとする足で何とかその場に踏みとどまり、見つけなければならなかった深い闇が包む光明を眼に一刻も早く名無が来る事を願い続けた。




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