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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
32/111

01  偽空の下で(1)


 ――城塞都市『ラウエル』

 魔族だけで無く同じ人間族を含む外敵から己が領地を守る為、広大な土地の周囲に深い堀を穿ち、水を溜め、多くの煉瓦や石を用いて造り上げた壁は高山にも匹敵するほど高く堅固。

 その上、空からの奇襲にさえ対応できるようドーム状に造り上げられた石の天涯によって完全に包まれている様はもはや難攻不落の要塞と言っても過言ではない。

 その唯一の出入り口である巨大な門口――優に五階建てのビルに匹敵するであろう門に設置されている検問所の前には必然的にラウエルへの立ち入りを求める者達が門番である三人の憲兵達に足止めをくらい長い行列を為していた。


「次の者、前へ!」


「「………………」」


 その行列の最前列に並ぶ薄汚れたローブを身に纏う二人組は自分達の荷物を背負う荷馬を引き連れ、静かに憲兵の呼び掛けに答え前へ歩みでた。ローブに付いているフードを深く被っているせいで顔つきは分からないが一人は背の高い男。もう一人は口元も隠すように襟元までしっかりとあげているものの、こちらは男よりも頭一つ分背が低く身体の線も細い事から女だろう。

 二人の風貌と荷馬が運ぶ荷物の量からして人間族の村や街、大きな都市を巡る商人では無い事は一目瞭然。考えられるのは定住の地を探して方々を旅する旅人、もしくは人も魔族の手も入らぬ秘境を探し其所に眠る金銀財宝を掘り当てることを生業とする冒険者。

 どちらにせよ身なりからして怪しいと思っているのか、ラウエルに置ける規約同意の証拠となる言伝石を手に二人を見る憲兵達の視線は厳しいものだった。


「街への立ち入りを許可するために身分と荷を改めさせてもらう、まず顔を見せてもらいたい」


「……これで良いか?」


 鋭い視線を向けられる中、男は被っていたフードに手を掛け顔をさらす。

 フードの下から出てきたのは灰色の髪と右と左で瞳の色の違う双眸が特徴的な端正な顔立ち。成人しているようにも見えるが若者特有の青さを感じる。


「若いな……それで名前と此処へ来た目的、滞在期間は?」


「名前は名無、家名は無い。旅すがら貴重品を集めて生計を立てている。ここ暫くめぼしい見つけられていなくてな、休息をかねての情報収集がしたい。期間は一週間程」


「冒険者か、ならもう一人は同業者か身内だな?」


「彼女は……」


「私はレラと申します、ご主人様の忠実なる隷です」


 名無が答える前に連れだった少女が名無と同じようにフードを捲り、一切の感情を切り捨てた声で答えた。


「ま、魔族!」


「道中の荷物運びからご主人様の朝のお食事の準備から身だしなみの手入れ、夜のお戯れの相手等させて頂いております。勿論、日が高くとも求められればいつ何時でも……それが私の役目、この身はすでにご主人様の所有物。身も心も、私の全てを捧げております」


 ローブに包まれたその肢体はか弱く細い。しかし、それに反してメリハリある体つきは瞠目に値する。

 見ただけで確かな弾力と大きさを実感する事が出来る程よく実る双丘、思わず吸い付きたくなるような艶のある唇、喉を鳴らし息を飲み込みざるおえない優艶な腰つき……。

 もしその裸体を此処で晒したとしたら、この場に居る男達の眼はどうあっても釘付けに成るだろう。例え己の妻や子供達の眼があったとしても視線をきる事など考えもせずに。


「ご主人様以外の方にも反旗を翻す気は微塵もありません、どうぞご安心下さい」


「そ、そうか……それは何より……だ」


「その若さで良くここまで従順に、どれだけ調教しても反抗心は残るというのに……いや、若いからこそ欲望の赴くままに躾けたのが逆に功をそうした……のか?」


「だとしたら、一体どれだけ…………」


 人間族は魔族を自分達よりも下である事が当然だと考える者達が大半だ。

 この人間族が築き上げた城塞都市ラウエルでもその考えは強く刻み込まれている。

 それは名無達の立ち入りを検分している憲兵達にも言える事だが、羞恥心で躊躇うことも唇を噛んで悔やむ事もせず淡々と自分の身の振り方を語るレラの様子に、憲兵達は名無が施してきたであろう調教の苛烈さと悲惨さを想像してたじろいでしまう。


「………必要の無いことは聞かないでもらえないか、それに何時までも俺ばかりに時間を割いている訳にはいかないはずだ」


「あ、ああ! そうだな、後ろがつっかえているしな」


 レラの発言で思いがけず向けられる周囲の冷めた視線に名無は眉を寄せ、居心地の悪さから早くこの場を離れようと憲兵達に先を促す。


「えー、見たところ荷馬の方に危険な物は無いようだが……冒険者なら武器も携帯しているはずだ。所持している武器は?」


「これだ」


 名無は手を腰へと回し、ホルスターに治まっている対輪外者武器(ノーティス)を取り出し刀身を構築してみせた。


「まさか奴隷だけでなく魔法具まで所持しているとは………………先失礼な態度を取ってしまい大変申し訳ありません、以前は魔法騎士の位に身を置いていたとお見受けいたしました」


「……さっきも言ったが、あまり身の上について聞かれるのは良い気分じゃ無いんだ。今の事も含めて悪いと思っているのなら早く済ませて欲しいんだが」


「重ね重ね申し訳ありません……ナナキ様の生業は冒険者であらせられるようですが第二区画への滞在を受付させて頂きます」


「第二区画というのは?」


「はっ! このラウエルは滞在する場合だけでなく定住する場合も、身分や生業としている職を基準にして円形状に五つの区画に分けて住み分けをしているのです」


 城塞都市ラウエルの構造は樹木の年輪のような同心円状の模様の様に全五区画に分割されている。


(分かり易く考えるならバームクーヘンの形をしていると言ったところか)


 外見や言動とは裏腹に、門番達の説明を思いの外可愛らしい例えでラウエルの構造を理解した名無。そんな変わった解釈をしているなど思ってもいない門番達は名無への説明を続ける。


「第一、第二区画は魔法騎士以上の位か上流商人の地位を確立している方だけが立ち入ることが出来るラウエルに置ける最大の安全地帯です。警備も厳重にしており治安が整っていますので、滞在中は快適な生活を保証いたします」


「残りの三区画はどうなっているんだ?」


「第三区画は冒険者、第四区画は中流から下流までの一般市民、最外層の第五区画は身分が定かでは無い放浪者達を申請期間だけ滞在させる為だけの区画になっています」


「なら俺の第二区画への滞在許可の理由は?」


「魔法具の所持、調教の行き届いた奴隷の所有。これらの事を踏まえまして、ラウエル第二区画の滞在を提案させて頂きました」


「………………」


「ご、ご不満でしょうか?」


「いや、その提案を受ける」


 身の安全と休息を考えるのであれば断る理由は無い、それにこれ以上此処に居るのは拙い。レラの……不用意な発言もそうだが、自分が魔法騎士だと判断してから周りの視線と空気に怯えが含まれ始めた。

 必要以上に目立ってしまっては、ラウエル内を出歩くにも支障が出かねない。

 しばらくの黙考の後、早く話を切りあげようと表情を強ばらせる門番の言葉に淀みなく応える名無。


「こちらの提案を受け入れて頂きありがとうございます」


「それで検査はまだ続くのか? 無いのなら宿を確保したいんだが」


「では最後に一つだけご注意頂きたいことが」


「注意?」


「はい」


 最後と口にしながら名無に向けられていた門番の視線は、再び名無の後ろで控えているレラに向けられた。その視線に害意らしいものは映ってはいない……が、我関せずといった無機質な感情がありありと浮かんでいた。


「ナナキ様の連れている奴隷、ブルーリッドは『心器』の材料にもなる貴重な個体。第一、第二区画に定住する魔法騎士の位に就く方々の眼に止まる可能性は大いにあります。その際はご自身の力で対処して頂く事になりますので、外出の際は充分お気をつけ下さい」


「……分かった、その点に関しては自力で何とかする」


「ありがとうございます。あと最後と申し上げましたがもう一つ、第二区画以上の滞在者には全区画共通で金銭の支払いは不要です、全て接客側が負担しますので自由にお楽しみくさい。では、お通りください」


 立ち入り許可を出す為の実務を全て終えた門番は胸の前で右手を構え小さく頭を下げる。


「行くぞ、レラ」


「はい、ご主人様」


 これでラウエルの中へと入ることが出来る、名無とレラは門番が溢した最後の注意点。人間族最大の法を聞いても特に表情を変えること無く歩を進めるのだった。







「マクスウェル、さっきのはどう言う事だ」


 ラウエルの門口で行われていた審査を終えた名無は、レラと共に第五区画から第三区を寄り道すること無く歩き進め自分達に宛がわれた第二区画へと辿り着く。そして、区画内にある宿の一つで部屋を取り休息を取っていた。


『さっき、というのは……検問所での事でしょうか?』


「そうだ」


 身体と心の疲れを癒すための休息ではあったが、名無は棘を感じさせる声でマクスウェルを問い詰める。


「レラの声を模倣して門番達の前で言った事だ、アレでは悪目立ちする上に明らかに彼女なら絶対に言わない事だぞ」


『内容は任せるとの事でしたので、ワタシのデータベースで保有している奴隷に関する情報から適切な物を選んだつもりでしたが』


「……それでも限度がある、見ろ」


 シャルアを出立してから約一ヶ月、エルマリアの助言を受けた今の名無とレラの関係は人間上位の主従関係である。しかし、これはあくまで人間達の集落や都市に限ってのことで

魔族達の集落であれば逆転した関係で事を進める流れだった。

 とは言え、レラが主という場合では名無を従えるだけの力が無いことは一目瞭然ではある。が、マクスウェルを拘束に秀でた『心器』である事にすれば後々の対応の選択肢を広げることが出来る。

 そして今回は人間族が統治する都市であり、限定的とは言えマクスウェルが自分の中に保存されている奴隷に関する情報を元に門番達に提示したレラの立場は間違いなく最適解であるのだが……


「……うぅ……」


 同じ部屋で、たった一つしか無いベッドの上でシーツに包まり小さく唸るレラの姿に目頭を押さえる名無。

 ラウエルに辿り着く直前である程度の打ち合わせはした。しかし、レラが淀みなく大勢の人の前で自分の役割を説明する事が出来ないのは話し合う前から分かっていた。人も魔族も得手不得手がある、まして今回は魔族の比率が少ない上に人間族が暮らす街……レラの負担も一入である。

 そこで少しでも彼女の負担を減らそうと今回のような検問に対して、マクスウェルにレラの代役を任せたのだ。マクスウェルであれば突然の話題転換や斬り返しにも柔軟に対応する事が出来る上に、戸惑いや動揺と言った相手側に付け入る隙を見せない事も期待できる。これ以上無い適役だと名無もレラも気負いせずに検問所へ出向いたのだ。

 だが、その結果はより一層レラに負担を強いる形になってしまった。

 蒼い肌でも頬が上気しているレラの表情は、文字通り顔から火が出るのでは無いかと言う程に赤い。原因は言わずもがな、マクスウェルが淡々と口にした奴隷としての過激な奉仕内容である。

 あの大衆の前で表情を崩さず冷静にマクスウェルの音声に合わせ口を動かし、何事も無かったかのようにこの部屋まで辿り着けたレラを褒めたい、本当に心からそう思う名無だった。


「話す内容は控えめで頼むと言っておいただろう、アレでは悪目立ちするだけだ」


『ですが、あの状況を利用しない方が下策だったと進言しても?』


「……聞こう」


 出来るなら今のうちにマクスウェルの判断基準を改めさせたかった名無だったが、マクスウェルの真意に耳を傾ける。

『レラ様に恥を強いて行った発言のデメリットは、言うまでもなくレラ様が悶えている羞恥心です。メリットとしてはマスターの力に頼ったものになってしまいますが、レラ様の安全をある程度ですが確保出来た点です』


「メリットの根拠は?」


『ワタシの発言は確かに悪目立ちする物でした。しかし、同時に門番の誤認も加わって、あの場にいた者達の意識はマスターに注がれました。この時点で彼等のレラ様に対する認識は魔法騎士だったマスターの奴隷で固定され、ワタシがレラ様として所有権は全てマスターにあると明確に宣言した事でレラ様を力尽くで奪おうとする輩には効果的な牽制となったはずです』


 生まれ持った可憐な容姿もさることながらレラは魔族の中でも特殊能力を持つ珍しい種族である、それは皮肉にも男達の欲望のはけ口にも『心器』という力を求める魔法騎士達の欲求にも答える事が出来てしまう事に他ならない。

 奴隷が一体どう言う存在なのか、どう扱われるのか。正確な知識を保有しているマクスウェルだからこそ、敢えて『誰』の奴隷であるのかを強く印象づける事でレラを守ろうとした故の発言だったのだ。


「お前の言いたい事は分かった。だが、それでも力尽くでという考えを持った奴は止められないが」


『その点に関してはエルマリア様の助言の通りに行動すべきではないかと。加えて、そう言った事態になった場合は自力で対処する事になると門番も言っていました。力のある魔法騎士達の主な行動範囲は第一区画の様ですので、不用意に第一区画に向かわなければ問題無いと思われます』


「………………」


 自分達がいるのは第二区画、その道すがら行き違った人間達は商人の格好した者達が殆どだった。何人かは腰に剣を下げていたが、比率で考えれば一割も遭遇していない。おそらく第二区画の定住者の大半が商業を生業に自力をつけた者達が集められていると考えられる。

 そして、ラウエルの最高領域に成っている第一区画は魔法騎士達の巣窟。実質、この都市の支配階級者達が意気揚々と暮らしているといった所だろう。


(魔族にも比較的安全でこれか。これから先の事を考えても荒事を長引かせるだけレラの負担は大きくなる、逆に力を示した方が要らない問題を遠ざけることが出来るか……)


 エルマリアの助言とマクスウェルの進言。

 二人の意見に後押しされる形ではあったが、名無は重いため息を溢すも有事の際には実力行使に打って出ることを決める。


「お前の言いたいことは分かった、なら俺達に直接的な危害を加えてきた相手に対しては死なない程度ですませることにしよう……レラ」


「は、はい!」


「出来る限り問題を起こすつもりは無いが、騒ぎになった時は俺の後ろに。何か聞かれても答えなくて良い、俺が対処する。任せて貰えるか?」


「はい、ナナキさんにお任せします。私はナナキさんの様に戦えませんから。でも、私に出来る事があったら言ってください。私に出来る事なら何でも……なんで、も……なん……で……も…………」


「……安心してくれ、荒事もそうだが疚しい事も頼むことは無い」


「は、はいぃ……」

 

 自分が口にした『何でも』という言葉にマクスウェルの代弁を思い出し頬を朱くし俯いてしまうレラ。口籠もってしまっている事からも、まだ羞恥心と動揺を納め切れていないことがありありと分かる。


「んんっ……とりあえずではあるが方針は決まった。今日一日は不必要な外出は控え身体を休めることに専念しよう、幸いこの宿は全ての条件を満たしているしな」


 一週間の滞在期間中、宿泊する事になった客室には一人で寝るには大きすぎるベッドから始まり誰にも急かされる事無く湯浴みを楽しむ事が出来る浴室も完備されている。そして、食事に関しても宿屋内で食事を済ませる事もできる。

 食事に関しては他の見せに任せている宿屋が多いらしいが、これなら外に出ず宿屋の中だけで一日中過ごすことが出来る。あまり表立って行動せずに済む点は素直にありがたかった。


「早めに食事を取って後は休もう、情報収集は明日からだ」


「そ、それじゃ……先にお風呂に入っても良いですか? 人間の人達が沢山いるところに汚れたままで行くのは、その、あまり良くないと思うので……」


「そうだな、身なりをだしに強気に喰ってかかられる可能性もある。レラの後で俺も入るが急がなくて良い、少しゆっくりしてから動こう」


「ありがとうございます、それじゃ先にお風呂頂きますね」


「ああ」


 レラは荷物の中から着替えを手に取り、浴室へと入っていった。身だしなみの事もそうだが、浴室の扉を開けた時に見えたレラの横顔は喜んでいるように見えた。年頃の少女としては身体の汚れをゆっくりと、そしてしっかりと落としたかったに違いない。


 そんなレラの姿に、僅かばかりだったが名無の肩からも力が抜けるのだった。


「今度は上手くペース配分が出来ていたようで安心した、あの様子なら疲れを隠していると言う訳ではなさそうだな」


『イエス、生体スキャンでも不調らしい不調は見つかりませんでした。前回よりも移動ペースを抑えた事と、簡易的な物ですがマスターが用意した浴槽に張った湯船による疲労緩和が功を奏したようです』


「俺としても魔法の加減を覚えるのに一役かってくれているからな、そういう意味でも助かってはいる…………まあ、俺が近くにいては気が休まらないのは眼を瞑ってもらうしかないが」


 こうして話している間にもレラは湯浴みの最中である、当然の事ながら覗き等という不貞をする気は無い。人間族の街に滞在するからには難しい事は分かりきってはいるが、レラには身体だけで無く精神的にも休んでもらわなければ。

 その為にも出来る限り彼女の行動に気を配り、同時に配りすぎない距離感を保たなくては逆にレラに気を遣わせてしまうだろう。


『レラ様が入浴を済ませるまで荷物の選別をしながら状況の整理をしておきましょう。衣類に関しては替えが少なくなってきていますし、洗う物を分けておくだけでもレラ様の負担を幾分か軽減できます。それに――』


「ああ、分かってる」


 ベッドの上に乗せていた旅袋の一つに手を伸ばしながら、部屋の窓から見える光景に眼を細める名無。

 彼の色違いの瞳に映るのは、何てことの無い風景。

 晴れ渡った何処までも広がる青い空とゆったりと浮かび流れる白い雲。

 ――天蓋という灰色の城壁に塞がれているはずの頭上に広がる、見えるはずの無い空の景色だった。

 



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