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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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    迷いの先(2)


「旅を続けて欲しいって言う理由、ナナキさんなら分かるわよね?」


「ああ。今回の襲撃で深域の位置の露呈、異空間領域としての秘匿性が揺らいでしまった事が主な理由だろう」


「そうよ、ナナキさん達が此処に残れば私たちもろとも全滅――ナナキさんが魔王に対してどう動くか別にしてもね」


 今回の襲撃を凌いだとはいっても深域、ひいてはフォーエンの大凡の位置が魔王側に露見してしまったのはフォルティナ達にとって致命的ともいえる情報漏洩だ。フォルティナ達『反逆の(レベリオン・ライン)』の有する戦力は一組織として充分とは言え、長であるベッカーを弔ったばかり。次の襲撃が何時あってもおかしくない、そんな状況下でベッカーの後を継ぎ長となったフォルティナによる新体制は何一つ確立できていない状況である。

 今の彼女達からしてみれば信頼を置くグノーのお墨付きがあり、尚且つ『反逆の境』全戦力を上回る圧倒的な力を秘めているであろう名無の滞在はむしろ歓迎すべき事ではある……だが、だからこそ僅かでも魔王に対抗できる名無を此処で使い潰すような事態にするわけにはいかなかった。


「今回の襲撃、ナナキさんが防衛に専念してくれた事もあって向こうにナナキさんの事を知られずにすんだわ。もしナナキさんが魔王と戦うつもりなら、少なからずナナキさんにゆう――」


「すまない、俺の動向まで把握しているかは分からない。だが、俺の力についてはかなり正確に把握されている節がある……クアス・ルシェルシュという男は知っているか?」


「魔王直属の選定騎士……戦ったのね」


「ああ、森でグノーさんと合流した時に詳しく話せれば良かったんだが……」


「気にしないで、あの時に話してくれた事だけでも充分過ぎるくらいだもの」


 視線こそ動かさなかったものの、クアスの名をティニーに聞こえないよう声を絞った名無の対応にフォルティナも声を小さくしティニーが知ることの無いクアスの二つ名で答えを返す。深域の外にある森で話をした時も、ティニーの精神的負担が少なくてすむように要所要所話をそらしぼかした。

 その話し方でグノーもフォルティナもティニーの身に徒ならぬ事が起きたのだと気づき深掘りはしなかったのだ、それを此処で深掘りしては意味が無いとフォルティナは「こほん」と一つ咳払いをして話を仕切り直す。


「ナナキさんの実力が知られてるなら優位性は見込めない、なら尚更ここに留まるのは良くないわね。ナナキさんが『反逆の境』に留まってるって知られれば、ナナキさんを倒せるだけの戦力を投入してくる」


 名無を含めたフォルティナ達を殲滅するための戦力を用意するにはかなりの時間を要する。しかし、こうして話をしている間にも深域の外で名無達が出入りする瞬間を今か今かと待っていると考えることも出来る。

 フォーエンに残るのなら先細り削れるだけの戦い、旅を続けるのなら深域を出てから安全を少しでも確保する為に迅速な行動が求められる。


「この状況で今のあたし達に出来るのは奴等の眼を此処に向けさせてナナキさん達を逃がすことくらい」


 フォルティナ達が新天地で再起を図るには深域に身を置きすぎた。

 ベッカーよりも前の世代、更に前の世代……何代も何代も前から深域に根を下ろし生きてきた。故郷であり巨大な敵を前に身を隠し反旗を翻す者達にとってこれ以上無い拠点だからこそ、ただ生きる為に根を下ろすだけではない攻めるも護るも深域を軸にしてきた、戦う事を前提に知識を経験を繋いできた彼女達が新しい環境に適応するのは生半可な事では無いだろう。

 生まれ育った故郷を、仲間達と家族達との思い出が詰まったこの場所を捨てる事は出来ないという感情だけの話では無い。ただ逃げ延びるるだけでは、助かるだけでは得られない宿敵を討つ為に積み重ねられた年月をむざむざ捨てる様な事は許されない。


「あたし達は此処で最後まで戦う。だから、だからナナキさん……勝手だとは思うけどあたし達が掲げてきたものを貴男に託すわ」


 父の死を静かに悼む間もなく、次なる戦いに命を賭す覚悟を示すフォルティナ。未だその顔には戦いの疲労が色濃く残り、長としての責任の重さに強ばっている。それでも、一方的に突きつけると口にした声に震えは無かった……。











 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「――ナナキ君達を送り出しちゃって良かったのかい、フォルティナ」


「良い、悪いの話じゃないわよ。それは猫先生だって分かってるでしょ」


 打倒魔王の願いを一方的に託す、そのフォルティなの言葉に明確な言葉を返す事無く名無は準備を整え再びレラ達と共に旅を再開した。

 そんな名無達を見送り深域内へと戻ったフォルティナに目尻を下げ声を掛けるグノー。深域に入る前、今は亡きベッカーと共に名無達の行動を縛り付けるような真似はしないと公言していたとは言え、フォルティナ達を取り巻く現状を考えれば万全の体制とはまでは言わないものの、それに近い……せめて精神的にある程度のゆとりが持てるまでは。


 しかし、グノーの思いとは裏腹に彼女が選んだのは別離。名無達と共に共倒れしてしまうよりも、僅かでも魔王を倒すことが出来るかも知れない可能性に賭ける。それはたった一人の肉親を手に掛け喪ったばかりの少女が決断するには並々ならぬ葛藤があったであろう事は、グノーも気付いていたことだろう。

 だからこその提案ではあったのだが、結果としてフォルティナはその気遣いを無碍にした。だが、グノーは咎める事はなかった。


「フォルティナにベッカーの後を任せたのは皆の要望でもあったからだけど、だからって一人で頑張れって言ってるわけじゃ無い。皆を頼って休んだって良いんだからねぇ」


「大丈夫、それくらい分かってるから。あたし一人じゃ決められない事があったらちゃんと相談するから安心して」


「……そっかぁ、それじゃボクは先に戻るからぁ。大丈夫だとは思うけどあんまり一人でいないようにねぇ」


「ええ、もう少ししたらあたしも戻るから」


「分かったよぉ」


 そう言って空を見つめ続けるフォルティナを残しグノーは街へと歩を進める。

 そして火葬の跡が残る更地で一人、何をするわけでも無く空を見つめ続けるフォルティナ。彼女の赤い双眸が捉える厚い雲に覆われ曇る空は今にも雨粒が落ちてきてもおかしくない様相を呈していた。彼女以外に人影が無い光景も相まって、かすかに擦れる木々のざわめきと鳥たちの細やかな囀りが一層大きな音に聞こえる。


「………………」


 グノーが去ってどれだけ時間が経ったのか。五分、十分……それとも一分も経っていないのか……薄暗い空を見つめる赤い瞳は揺れること無く、小さな背中はただまっすぐで。

 普段と変わらぬ気丈な立ち姿のままフォルティナは無言の時間を過ごす。


「フォルティナさん」


「……ナガレ」


 そんな唯々時間だけが過ぎていく中で、土草を踏みしめる音と共にフォルティナに声を掛けたのは今回の襲撃戦に多大な貢献と功績を残した少年――風音流。


「何しに来たの? ナナキさん達ならもうとっくに行ったわよ……残るって言っておきながら追いかけたくなったんだったら残念ね、今から追いかけても四人と合流出来ないわよ」


「ううん、追いかけようとした訳じゃ無いよ……猫先生が帰ってきてから結構時間が経ったから心配になって来てみたんだ」


「そう、だったらもう心配いらないでしょ。あたしはこうして無事よ、用が済んだならさっさと帰るのね」


「フォルティナさんを置いて帰っちゃったら来た意味が……」


「ほっといてくれる? 小さな子供じゃ無いのよ、あんたに迎えに来てもらわなくても一人で帰れる」


「でも……今、フォーエンは警戒態勢でしょ。指揮を取るのはフォルティナさんだし、それに単独行動はやっぱり危ないと思うんだ」


「分かってるわよ、そんなこと。だからこうして落ち着いて考えるために此処にいるのよ」


「作戦を考えてるんだったら、それこそみんなと話し合った方が良いよ。一人で考えるより良い考えが浮かぶんじゃないかな」


「……はぁ」


 帰れと言っても、ほっといてと言っても、頑なに連れ戻そうとする流にしびれを切らしたのだろう。フォルティナは細い指を握り込んで視線と身体を流へと向けた。


「なら長として新参者のあんたに命令するわ、今すぐ街に戻って待機してなさい。しばらくあたし達と一緒に居たって言っても深域の中を完全に把握しきれてないでしょ、猫先生から教えてもらっても良いし手が空いてる他のみんなからでも良い。次の襲撃が来る前に覚えてちょうだい、此処に残った以上はやってもらう事は多いの。分かった? 分かったら早く行って」


 フォルティナの言うとおり、流は名無達と旅をするのでは無くフォルティナ達の元に残る事を選んだ。名無達に謝罪し許可も得る事が出来たからこそこの状況があるのだが、同時に『反逆の境』という組織に属したということでもある。

 大小関わりなく組織の一員となったのであれば、組織のリーダーの指示に従うのは当然の義務。彼女の命令の内容も組織の一員となって間もない者に対して何の問題も無いもの、本格的に戦力を整え乗り込んで来るであろう魔王軍に対抗する為にも陣地となる深域内部の地理は、製紙技術の無いこの世界において脳内で地図を完成させ間違いなく記憶しておく必要がある。

 それは一朝一夕で出来るものではなく、いつ何時戦いが始まるかもしれない状況にある中で覚えきるには時間的猶予は無い。

 故にフォルティナが流に出した命令に何の問題も無い、問題ないものなのだ。


「フォルティナさんの言う通りだと思うけど――ごめん、その命令は聞けないや」


「馬鹿にしてるの?」


「してないよ、心配なだけ」


「心配しなくても考えが纏まれば戻るって言って――」


「泣けてないんでしょ、思いっきり……なら泣かなくちゃ駄目だ」


 フォルティナの声音に怒気が込められようとしたその時、流は小さな声を響かせる。小さな声と言えど言葉を遮られた事でフォルティナの怒りが顕わになるかと思われたが、流の言葉に帰ってきたのは一瞬の、それでも確かな静寂。


「……お生憎様、もう泣いた」


 無言の肯定とも取れる静寂を嫌うかのようにフォルティナは流に背を向けた。


「あんたがトドメを指し損ねた化け物の核を壊した時に見たでしょ、あんな情けない姿見ておいて泣いた方が良いなんて皮肉が過ぎるわよ」


「皮肉なんかじゃないよ、今のフォルティナさんに必要だと思うから」


「もう終わった事を、終わらせた事をまた繰り返す必要があるのよ? 今のあたしに必要って何よ、あたしの理解者にでもなったつもり??」


「そんなつもりもないよ、俺が君の事で知ってる事なんて猫先生達に比べたら全然だ。でも……そんな俺でも泣かないように我慢してることくらい分かるよ」


 ベッカーを手に掛けた罪科、失った喪失感、継いだ長としての義務、背負った仲間達の命の重さ、次々と迫られる重すぎる決断の数々。

 それら全てに追い立てられ周りの言葉に耳を傾けてはいても、重くのし掛かる罪の意識と重責など何でも無い。そう取り繕う今の彼女に仲間達の言葉は芯に届いていない――だからこそ、言わずにはいられなかった。

 フォルティナが自分に向ける暗く沈んだ赤い瞳の奥にあるモノが何なのかを良く知っていたから。


「泣くのは弱さじゃ無い、涙は悲しみを肯定だけのものじゃ無い――大切な人がちゃんと居たんだって事を、作ってきた大事な思い出を確かめ直すものだって思うから」


 故人を想い流す涙は失ったものへの嘆きであると同時に、愛していたという事実の証。親友が、父親が共に居てくれた温かいな時間が掛け替えのないものだと忘れないようにという心の叫び。

 限りなく近く、異なる別離の形を知るからこそ流はフォルティナに求めた。大切なものを無くしたなら誤魔化さず、隠す事もせず、耐えるのでも無い――ありのままに泣く事が出来る弱さ(つよさ)を。


「……俺はちょっと周りの様子を見てくるね、それが終わったら一緒に帰ろう。猫先生や街の皆もフォルティナさんの事待ってるからさ」


 それ以上、言葉をかける事無く流は森へと踵を返しその場を後にした。


「………………」


 フォルティナは流の言葉に答えを返す事は無く、視線を向ける事もしなかった。

 だが、彼から背けた赤い瞳の先に映っていたのは、『静穏示す燈の(レニティ・ラーク・イア)』によって焼け焦げた地面。フォルティナは無言のまま火葬跡へと歩み寄り静かに膝を着き座り込む。


「……泣いたら、心残りだって……いってた。言われたら、我慢するでしょ……するしかない無いじゃない、しなきゃ……いけない、じゃない……」


 口を閉じて、唇を噛みしめて止める事が出来たのは嗚咽だけ。涙は、止められなかった。それでも剣を握り直し父をこの手に掛けると決断した時、あの人は笑った。自分がよく知る父の安心した笑顔で。




 ――お前の父のまま死ねる、これ以上の幸せは無い――




「そう言ってくれた……父さんを、大好きな父さんを……」


 彼女の眼に焼き付いてしまった血塗れの光景が、彼女の両手にこびり付く悍ましい感触が、彼女の耳に残るベッカーの最後の言葉が、彼女が彼女自身を許す事を赦さなかった。


「救えたんだって、思わなきゃ……父さんが、何時まで経っても、安心できないじゃない……っ」


 救う為に殺す事で、殺す事で救えるのだと。それが父の望んだ、自分が最後に父にしてあげられる唯一の救い(おわり)方なのだと信じなくては意味がないと思ったのだ。

 だと言うのに、彼は泣かなくてはいけないと言った……大切な人を理不尽な現実によって奪い去られた痛みを知っている。知っている者からの言葉だと理解した時、フォルティナは俯いた顔を勢いよく空に向けた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 強く、強く閉じられた目蓋から流れ落ちる涙。掌が血色を失い白くなるほどに握られた手。そして胸の内に押し殺していた感情を一気に溢れ出す為に大きく開かれた口。そのどれもがフォルティナが行き場の無かった悲嘆を曝け出した事を証明していた。

 例え父を救うことが出来たのだとしても、傷つき痛みに苦しむ心の叫びを大声で吐き出す。

 

 しかし、そんな彼女の声だけが響かない。空気を揺らすことも、森に木霊することもない。

 聞こえるのは小さな小さなそよ風の音――泣きじゃくる少女が隠し通そうとしたものが、せめて今だけは知られてしまわないようにと。寄り添うように吹く柔らかな風音だけが響いていた。




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