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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第五章 深森教示
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08  静観の天秤(1)


 二者択一。

 それは一つの事柄に対し提示される二つの選択肢のうち、どちらか一方を選ばなくてはならないこと示す。

 起床の際、このまま起きるのか起きないのか?

 食事の際、主食として米を食べるかパンを食べるのか?

 外出の際、近場で済ませるか遠出をするか?

 戦いの際、敵を殺すのか見逃すのか……武器は? 魔法は? 異能は? 一対一? 一対多数?  日常の何気ない習慣から非情になり命のやり取りに対するモノまで、人はおろか動物達でさえ必ず決め無くてはならない『選択』に迫られた時には迷いに立ち止まる。

 己の直感、言わば本能に従って迷わず選べる物達も少なからず居るだろう。だが、それでも選んだ自分の答えによって決定づけられた結果に嘆き、苦しみ、後悔する。

 選ぶ事の意味を、待ち受ける事実を重さを知る故に……。


「……何で来ちゃうのよ、ナガレ」


 それを知る一人として問いかけたフォルティナの表情は眼に見える事の無い痛みに歪む。


「な、何でって言われても…………迷っちゃったから、かな」


 あはは、と気まずさに染まった笑みを浮かべ頬を掻く流。

 状況が状況であればフォルティナから怒濤の追求があったかもしれないが、『未完魔律調整体(フラグメント・レプリツク)』という脅威を前にして悠長に言葉を交える時間は彼等には無い。


「く、詳しい話は後でって事で! 今は目の前の怪物を何とかしなくちゃだよね? ねっ!?」


「……ああ、もうっ! 聞きたい事や言いたい事も山ほどあるけど今は引き下がってあげる。でも、覚悟してきなさい!」


「そ、そんなに怒らなくても良いじゃん! 別に悪い事した訳じゃ無いんだよ!?」


「此処に来ただけで充分やらかしてくれてるわよ! どうせ来るんだったらナナキさんを説得して連れて来るくらいして!!」


「あーっ! 言った、言っちゃいけないこといったあぁぁぁぁ!! 俺だってそうしたかったけど、フォルティナさんが俺達を巻き込まないようにって言ってくれたから名無を巻き込まないようにしたのにいぃぃ!!?」


「それが建前だって事くらい分かってるでしょ、戦力が欲しいって事も話してあるんだから少しは気を回しなさいよ」


「理不尽、りふじいぃぃぃぃん!!」


 無い……はずなのだが、油断ならない強敵を前にして顔を向け合い言い争いを始めてしまう流とフォルティナ。流の加勢によって敵戦力の大半を屠り優勢に立ち、残すは『未完魔律調整体』一体のみ。しかし、その性能は他個体達全ての戦力を総合した物と比べても遥かに上回る生物兵器。

 こんな隙だらけと言える姿を晒してしまえば『未完魔律調整体』で無くとも攻勢に打って出る。





『――――』





 しかし、肝心の『未完魔律調整体』は凶刃の猛威を振るうことも、静謐の死突を地中に這わせる事も無く流とフォルティナの言い争う姿を剥き出しの眼球に映していた。


(…………どういう事だ? 我との戦いで見せた僅かな隙も見逃さない精密さを課ね揃えた獰猛さがない……何故だ?)


 警戒しているのであれば二人の一挙手一投足全てを眼に焼き付け、それこそ隙を見せている今この瞬間を無防備と一言って良いほどに立ち尽くす姿を見せている。それでも身に宿す血滴る視線だけは二人を見つめながらも小刻みに震え食い入るように向けられていた。


(……ナガレ殿の風は魔法では無く異能によるもの、魔力を奪う事が出来なかった事に驚いているのか? だからと言って棒立ちになるほどの事では無いはず、表情など無いが注視している事だけは分かる。驚き、戸惑いとも違う……まさか観察しているのか、フォルティナとナガレ殿を?)


 魔力その物に対する特攻と言える能力を有しているとは言え『未完魔律調整体』が魔力探知が出来るのかどうか、ハッキリとしたことは分からない。分かっているのは悍ましい姿と生体兵器として脅威であると言うことだけ。そして自我らしい自我が存在しているのかも不明、そんな魔法具がここまで感情を有していると思わせる姿を見せている……それも命を奪いあう状況下で。


(まだキトとロワーの意識が? それとも魔法具では無く心器の類いか? どちらにせよ攻撃の手を緩めるとは思えんが……)


 仮にキトとロワー、どちらか一方の意識が残っていたとしても肉体の支配権はもう取り返す事は出来ないだろう。そして魔法具では無く心器であるのなら尚更命令を遂行されるよう調整されているはず。

 意識の残留、兵器としての役割。

 この二つの可能性を考えても『未完魔律調整体』の奇妙な行動に納得しきれるだけの説得力が感じられない。ベッカーは言い争う流達に意識を割きつつも、『未完魔律調整体』の突発的な行動と死角からの奇襲に対応できるよう身構える。


「フォルティナ、ナガレ殿! 怖じ気づくよりは良いが気を抜きすぎではいか――」


『――――――』


 場違いな醜態を見せる二人の気を引き締めさせようと呼びかけたベッカーではあったが、それよりも一息早く状況が動き出してしまう。

 流とフォルティナの言い争う様を見ていた『未完魔律調整体』は広範囲の間合いを誇る両腕の刃を収縮させ、その凶刃を地面に押し当て四つん這いの姿勢を取った。しかし、地中に刃を埋め込み攻撃に移るかと思いきや、『未完魔律調整体』が器として操っていた死した肉体がぐちゅぐちゅと背筋に怖気が走る不快な音をたて姿を変えていく。


 上半身の骨格は強度を増し肉は密度を上げてながら膨れ上がり主兵装であった両腕は象にさえ匹敵する強靱な前足へ、振るわれていた凶刃は地面に深々と食い込む分厚い爪に。下半身の尾骶骨からは三叉矛を思わせる鋭い尾先が三尾生え伸びる。

 象を超える巨軀にまで肥大をした上半身、反対に尾が生えただけで変わり映えの無かった矮小な下半身。だが、そのバランスの取れていない……生物として歪な体躯は嫌悪を超えて忌避感を。そして人としての面影だけは残っていた頭部は花の蕾が開くかのように頭蓋ごと咲き分かれ、入っていたはずの脳の代わりに魁偉な金の一つ眼が血肉の中から押し出される。



『――――――』



 そのたった一つの眼球も例に漏れる事無く血に塗れている。しかし、その瞳にはつい先ほどまでは無かったはずの明確な……人で言う『知性』を感じさせる光が備わっていた。


「「――――」」


 僅か数秒で予期せぬ変貌を遂げた『未完魔律調整体』。

 その変容の様は見る者全てに鳩尾から喉に掛けて湧き上がる強烈な嘔気を与えるものではあったが、数多くの戦いを経験した者であれば耐えることは出来る。それは『未完魔律調整体』の変貌を目の当たりにした三人にも言える事だ。

 されど、そんな流達であっても花開く様に開かれた知性ある金眼の眼差しと視線がぶつかった瞬間、流からは彼を中心に風が巻き起こりフォルティナはレイピアを構え直し即座に臨戦態勢を取った。

 助かった、と口にする事は無かった三人だが不具合を起こしたように動きを止めていた『未完魔律調整体』に感謝すべき停滞。結果としては何を観察されていたか分からず、突然の変貌――進化とうには醜悪な変化ではあるが、より戦闘に適した形態への移行。

 フォルティナ、流の援軍。戦闘能力を高めた魔法具(せいたいへいき)、優勢のは果たしてどちらなのか……


『――』


 互いが互いに戦力が整い把握し切れていない中、戦いの口火を切ったのは流達では無く『未完魔律調整体』。矮小な半身など何の問題にもならないと言うように筋骨隆々な前足で地面を蹴り上げ前と飛び出す様は、四肢を使って疾走する獣その物。

 しかし、その脚力と加速力は比べものにならず一息に流達の元へ。何の変哲も無い突進攻撃だが、三人を轢き殺さんとする勢いに迷いはなく純粋な力業出るからこそ対処は困難。


「――『風製製統(エア・クラフト)・風盾』」


 回避するには僅かに遅い、受け流すには立ち位置が悪い。その判断を下した流はすかさず二人の前に立ち前方に右手を掲げ風の盾を創り出す。傍目には何の変化も見られない無防備な姿だが、次の『未完魔律調整体』の突進攻撃を受け止めた瞬間、ぶつかり合っている箇所から耳を劈く風切り音と供に爆風が吹き荒れる。


「お、おもっ!!」


 創り出した風の盾から伝わってくる圧力に流は思わず苦言を溢す。


(この威力、『強化獣種』でもAクラス――ううん、SSクラスはある。少しでも気を抜いたら一気に押し込まれちゃう!)


 『強化獣種』にはSS、S、A、B、C、Dと全部で六段階の戦力評価が存在する。

 その中でもSSクラスに指定されている個体は能力を所持する上位の《輪外者》四人がかりでも討伐は困難、場合によっては第一陣の全滅を前提に討伐作戦を立てなければならない正真正銘の怪物である。


「うぅ……きっついぃぃ!!」


 そんな怪物の一撃を学生の身とは言え受け止めた流、此処に同じ世界の住人がいれば賞賛の声があがったに違いない。しかし、この場には流と同じ常識を身に付ける者は織らず上がるのは流の苦言と爆風が織りなす轟音だけ。


『――――』


 それどころか不可視の盾越しに流に視線を向ける眼球が、自身の攻撃を受け止めた少年を排除すべく視点を定め尾てい骨から伸びる鉤爪の如き刃先を有する三本の触手を流の頭上目がけて振り落とす。


「それは――」

「させないわ」


 今の流では巨体をいかした『未完魔律調整体』の突進攻撃を受け止めるのが精一杯。彼一人であれば『強化獣種』のクラス分けの通り此処で命を落としていただろう。だが、流に迫る凶刃はベッカーとフォルティナによって切り払われる。


「フォルティナ!」

「分かってるっ!」


 流の頭上を飛び越え凶刃を切り払った二人はそのまま『未完魔律調整体』の背後へと着地、同時に踵を返し守りが疎かになっている内部構造が剥き出しの後ろ足のアキレス腱、膝関節、腸脛靭帯と的確に動きを阻害する箇所を切り裂いていく。


『――!』


 両足が破壊され体勢を維持出来なくなった『未完魔律調整体』は驚愕の視線を背後の二人に向け――


「――『風製製統(エア・クラフト)・風刃夙砲』」


 自分から意識が逸れた瞬間に流は風盾を解除して、今度は目視が可能なほどに圧縮された乱回転する風球を言葉通り一つしか無い眼をベッカー達に向けたことで無防備になった首回に叩き込む。


「決まれえぇぇぇぇっ!」


 乱回転する風球に巻き込まれた筋組織は破断の音を立ててちぎれ、その下にある強靱な骨格もメキメキと音を立てて砕け『未完魔律調整体』が宙に浮かび上がる。その一撃だけでも叩き込んだ相手の命を刈りとるには充分すぎる一撃で――だけで無く、気迫の込められた流の声に呼応して刀剣の形を模倣した無数の風の刃が今も血肉を砕く風球へ吸い寄せられ『未完魔律調整体』の肉体へと突き刺さり蹂躙していく。

 その勢いは凄まじく、宙へと浮かび上がった巨体を風の刃が押し流しベッカー達を飛び越え吹き飛ばす。

 風刃の濁流に飲まれ地面へと激突した巨軀は、抵抗らしい抵抗さえ出来ぬまま視界を埋め尽くす土煙に包まれるのだった。


「「「………………」」」


 黙々と立ち上る土煙を前に流達は口を開くこと無く集まり、煙の向こう側に視線を向け続ける。流の防御を起点に反撃を成功させた、状況を鑑みればこれ以上無い戦果。けれど彼等の表情に喜びは無く、先ほどのように軽口をたたき合う事も無い。

 一秒、二秒、三秒……ほんの僅かな時間の沈黙が場に広がる中、立ちこめる土煙は散り始め次第に風景が元の光景を取り戻す。


「…………やっぱり、この位じゃ駄目だよね」

「いい線は言ってたと思うけど、こっちが予想してた以上に厄介な相手みたいね」

「うむ、実に手強い!」


 土煙が晴れた先、流達の眼に映るのは自分達の攻撃によって砕けた骨を、断裂した筋繊維を、原型を失った眼球を徐々に元の形に直していく『未完魔律調整体』の姿。

 再生速度は『聖約魔律調整体』には劣るものの、致命傷であり死んでもおかしくない傷を確実に再生させていく。元々の機能であるかのかもしれないが、傷を治す怪物の肉体が僅かにだが血のように濁る魔力光を帯びていた。


「あの魔力光、キトさんとロワーさんの魔力を感じる。それに父さんの魔力も」


「恐らく我等から奪った魔力で治癒能力を増幅させているのだろう。だとしても、あれだけの再生力を得られるとは驚きだが……ナガレ殿」


「何、ベッカーさん」


「アレの攻撃を正面から受け止めてからの反撃は賞賛に値するものだったが、追撃に使った異能による攻撃はまだ出来そうか?」


「うん、大丈夫。でも、あの怪物を倒すまで繰り返せるかって言われれば無理。全力を出し切ったわけじゃ無いけど、結構な力で攻撃したのは確かだから。威力はまだ上げられるけど、使えてあと三回くらいかな。防御を捨てれば四回、動けなくなっても良いなら六回はいけると思う」


「そうか、決定的なダメージを与えられるのがナガレ殿だけというのが痛いな」


 『未完魔律調整体』がどんどん元の形を取り戻していく中、ベッカー達は怪物の討ち筋を考える。


「アレを一撃で消しきれる威力は出せそう?」


「ごめん、其処までの威力は出せないや」


「短期決戦は微妙、そうなると持久戦になるわね……魔力が切れれば再生能力も落ちると思う?」


「おそらくは。だが、我とフォルティナの魔力を奪われる事があれば今以上の再生力をもつか更なる進化をみせるやもしれん」


「こっちは魔法が使えない、かすり傷も駄目、攻撃はナガレ一辺倒……不利にも程があるわね」


「でも、戦った感じ一方的に追い詰めらる事にはならなさそう……だと思う」


「確かに、人型の時よりも力も速さも格段に上がったが巨体のお陰で眼で追いやすくなった。それに手癖の悪さも手数が減ったことで大分楽になっただろう」



『――――――』



 決定的な打開策は出ない、だが勝算は決して低くは無いという共通の再確認。

 いかに修羅場をくぐってきた者達であっても、万全の姿を取り戻した敵を前にしては気が滅入るどころの話では済まない――けれど、流達の眼に怯えは無い。


「最終確認だが、ナガレ殿には攻撃に専念してくれ。我とフォルティナで可能な限り損傷を与え、其処に決定的な一撃を叩き込む。可能であれば今度は再生中でも攻撃の手を緩めないでくれ、持久戦ではあるが単純明快でいこう」


「うん、任せてよ」


「作戦も決まったことだし、そろそろ再開しましょ……向こうもお待ちかねみたいだしね」


 受けた傷の全てを直し流達の動向を注視していた『未完魔律調整体』。

 今回も何故か観察を優先したような動きを見せるが、戦闘に特化した形態へ移行したためか右の前足で地面を蹴り掘り戦意を高ぶらせている姿が三人の眼に映る。


「ではでは、仕切り直しといこう。フォルティナ、ナガレ殿……準備は良いか?」

「何時でも良いよ」

「同じく」

「うむ……では、行くぞっ!」


『――――――!!』


 ベッカーの裂帛の声音を合図に駆ける三人と一体。

 互いの有利、不利は平等に健在。戦いの天秤は流達にも、『未完魔律調整体』にも傾かず……勝敗の行く末は未だ見えない。



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