極道は子分を灰皿で殴りがち
(なんや……何が起きたんや……!?)
豪月竜司は、目の前で起きたことを整理しきれていなかった。
月竜会傘下の月蜥蜴組の事務所が襲撃されて、現場を彷徨いていた怪しい男を捕らえて話を聞いたら一般人だった。
だからさっさと家に帰そうとしたら、その一般人の背後から突然ド派手な女が現れた。
竜司は条件反射で背広の内ポケットに入れていた拳銃を取り出し、銃口を女に突き付けて固まることしか出来なかった。
刀で素振りをしていた剛田も女の背後で刀を振りかぶり、下手な動きをすればすぐに対応できる体勢をとっている。
「何者や?ねぇちゃん」
単純な質問。
だが、それはいま彼が最も知りたいこと。
「……わた、私たちは、一般人じゃ、ないので……おに、お兄ちゃんと、話を、つづ、続けて、ください………オネガイシマス……」
「あぁん?」
「ヒィッ!!」
派手な登場をして不敵な口をきいた割には、その女はガタガタと膝を振るわせて怯えている。
(なんやこの姉ちゃん。膝の間から、今にも小便垂れて来そうやんけ……)
竜司がそう思ったところで、先ほどまで一般人だと思っていた学生が立ち上がり、女を拳銃から守るように間に入った。
「あ、あの、えっと……あの!俺が、俺が全部話します!俺たちが何者なのか……全部話すので、穏便に!穏便にお願いします!!」
学生が女を守りながら必死にそう話していると、別室から骨川が扉を開けて戻ってきた。
「組長、車の準備ができ………ふあああああ!!!怪盗・Witch Phantom様やああああああああああああん!?!?!?俺、大ファンやねん!!!さ、さいん、サインくださいいいいいいい!!!!」
骨川は持っていた車の鍵をその場に落とし、激しく興奮しながらその場にへたり込んだ。
─────────────────
「全部、説明させてください!!お願いします!!」
収集がつかなくなった月竜会の事務所で、宵は声を張り上げた。
「で、でもお兄ちゃんいいの?全部話しちゃうなんて……」
「お前がそんな格好で出て来たから台無しになったんだよっ!!!」
「だって!あのままだと追い出されるかと思ったから私も必死で……」
「大体なんで怪盗の姿で出てきたんだ!?」
「素顔を見られるのは怖いなーって……」
「あーあーあー。キミら、兄妹喧嘩は後にせぇ。それより兄ちゃん、さっき言ったよなぁ。『全部説明する』って。早いとこ頼むわ。ワシ、頭おかしくなりそうやわ」
頭を抱えながらそう話す竜司の言葉で二人は静かになり、宵は元のソファに再び腰掛け、彗はWitch Phantomの格好のまま宵の隣のソファに座った。
「…………」
竜司は目の前に現れた「怪盗Witch Phantom」をよく知らなかったが、子分である骨川の騒ぎようから、前にテレビで見かけた最近世間を騒がせているという怪盗がこの女なのだろうと推測した。
「えーと、えーと……」
宵は妹の乱入に頭を混乱させ、まとまらない思考のまま口を開いた。
「実は俺たち、一般人じゃないんです」
「わかっとるわボケェ」
「すみません」
宵は謝り、混乱と恐怖の中で必死に言葉を紡ぐ。
「妹は……魔女なんです。魔法が使えるんです」
「……そうか」
「え?信じてくれるんですか?」
「ほな、何もないところから光りながら登場するのは魔法以外にどないしてやるねん」
「すみません」
宵は何とか頭の中を整理し、竜司に説明した。
自分たちは魔女の末裔であること。
10年前に叔母たちに三種の神器を奪われ、今は1つ取り返したということ。
そして、例の動画はもしかすると神器を悪用している叔母の仕業かもしれないということ。
それを調べるために関西まできたということ。
「……なるほどなァ、魔女か……」
竜司は宵の説明が終わるまで静かに聞いたあと、小さく言葉を漏らした。
「……ちなみに、キミらの叔母の名前は?」
「春華、夏波、冬子です」
宵は冬子はもう関係ないと思いつつも、三人の叔母の名前を並べた。
「……!!」
竜司は宵の言葉を聞いて目を見開いた。
「夏波……虎助の嫁と、同じ名前……!」
竜司の中で、この10年で点々と起きていた出来事が繋がって一本の線となった。
虎助の結婚、突如として勢力を伸ばし始めていった月虎会、殺されていく月竜会の仲間たち、刀を持った鬼のような男とその背後を歩く女の噂、そして──
「全部、魔法やったんか……」
──目の前にいる、魔女。
─────────────────
竜司は全てに納得した。
虎助の背後には魔女がいた。
魔女は魔法を使って虎助を助け、竜司の仲間を殺していったのだ。
仮にも拳銃や刀を持った男たちを、簡単に制圧できるか?一斉に皆殺しにできるか?
月虎会関係の者が犯人だという尻尾は掴んでいたが、肝心の方法は最後まで分からなかった。
ネットに流れていた動画を見ても、納得できなかった。
しかし今、目の前に本物の「魔女」がいる。
その事実は竜司の常識を変え、全ての事象を線で結んだ。
「ふぅ……」
長い沈黙のあとに竜司は胸ポケットからタバコを一本取り出し、火をつけた。
「ワシは……親父から、いや、ひいじいちゃんからずっと繋がってきてる、この豪月組を継ぐつもりなんや」
ゆっくりと話し始めた竜司の話を、宵は静かに聞いた。
たとえその隣で小柄な男が妹に「Witch Phantom様ぁ!!サインくださいいいいぃぃぃ!!」と騒いでいても、目もくれることもなく。
「ヤクザの仕事っちゅうのは……簡単に言えば、ドブさらいみたいなもんや。一般人のみなさんが綺麗に社会を流れられるように、見えへんところに溜まった汚れを排除する」
竜司はふぅー……と肺から煙を吐き出し、続ける。
「正しいかどうかは知らんが、少なくともワシは親父にそう教わった。しかし虎助……アホの弟には分からんかったらしい」
宵の隣で、小柄な男に押し切られた彗はサインペンと色紙を押し付けられ、半泣きで自分のサインを書き始めていた。
「昔から『俺は日本一のヤクザになる』とかアホみたいな野望ばっか語っとる奴やった。でもアホやから誰も相手にせんかったし、野望を叶えるための頭も実力もなかったんや」
竜司は「でも、10年前──」と言葉を続ける。
「──急に『結婚する!』言うて妙な女をワシと親父に紹介した。明るくてオモロい話をする女やったが……目の奥にドス黒い嫌なモンが見えた」
彗が書き終わったサインは字が震えている上に「怪盗・Which Fantom」と無茶苦茶な綴りだったが、小柄な男は「家宝にします!」と土下座してそれを受け取っていた。
「そっからや。アホやった虎助の立ち回りは急に賢く理性的になって、さらにあいつの月虎会にとってじゃまな組織がどんどん姿を消した。……ワシの月竜会傘下の組織も、何個も潰された」
竜司はサインを受け取ってはしゃぐ小柄な子分の頭を、机の上の灰皿で「ガン!」と音を立てて殴り、悔しそうに目を瞑った。
「親父は倒れる前、ワシに『豪月組を任す』って言うてくれた。やから、虎助はワシが止めなアカンと思って色々調べて来たが……いくら調べても出てくるんは『鬼の面の男』の奇妙な噂だけ。何を止めたらええんかすら、分からん。全部徒労やった……」
竜司はそこでニヤリと笑った。
「……今日まではな!」
竜司は宵の目を見つめた。
眼鏡の奥にある彼の目はとても強く、譲れない信念が籠っている。
「ワシはアホの弟を止めたい。キミらはあの魔女から神器を奪い返したい。目的は違うが、ワシらの方法は一緒や」
竜司はソファから立ち上がった。
「そしてワシらはその魔法について知りたい、キミらは弟夫婦について知りたい。せやろ?」
竜司は右手を宵の前に差し出した。
「手ェ組もうや、怪盗兄妹。世界初、ヤクザと怪盗の共同戦線や!」
宵はそれを見て安心したような笑顔で立ち上がり、震える手で竜司の右手を強く握った。
宵も竜司の話を聞いて、彼を信用に値する男だと判断した。
竜司が言う通り自分達は手を組むべき仲間であり、先祖から引き継いできた一族を守るという、共通の使命を帯びた同志なのだ。
「よろしくお願いします!!」
二人の「兄」が手を組んだとき、その隣では頭から血を流しながらサインを抱きしめている男と、その様子を見てオロオロと慌てて泣いている怪盗少女がいた。
☽ あとがき ☾
40年後。
小柄な男が病室で一人、老衰で息を引き取った。
家族がいない老人が亡くなったと聞いて、彼に部屋を貸していた大家は後片付けのためにゴミ袋を持って彼の部屋に入り、驚いた。
部屋にはほとんど何もなく、最低限の衣類と布団があるだけだったのだ。
「ん?なんだこれ?」
大家が男の衣類などをゴミ袋に入れていると、そのあまりにも簡素な部屋には似つかわしくない物を一つ見つけた。
それは一枚の色紙で、丁寧にラミネートされて壁に貼り付けられている。
その色紙には震えた字で「怪盗・Which Fantom」と書かれていた。
40年ほど前にこの国に現れた伝説の怪盗の名前は「Witch Phantom」だ。
「こんな明らかな偽物を、あの老人はなぜこんなに丁寧に扱っていたのか?」と、大家と疑問に思い、その色紙を壁から剥がしてゴミ袋に入れてしまった。




