『ヤクザ』も『オバケ』も怖いけど、『ヤクザのオバケ』だとなんか怖くない気がする
「ここか……」
宵と彗は、明智が解析してくれた動画が撮影されたとみられる「現場」に来ていた。
そこはビルの2階で、外の歩道から階段を上がって入るタイプの事務所であった。
事務所の入り口には「月蜥蜴会」と書かれている。
「鍵がかかっているな……当然か」
宵はそう言って、カバンから細い金具などが入った小さな工具箱を取り出そうとした。
ここに来る前に、ある程度こういったことは想定して準備をしてきてある。
「はぁー、またお兄ちゃんはチマチマとそうやって怪盗らしからぬことをさぁ。ちょっとどいて。私の本気キックならこんなドア、無いのとおんなじだよ」
「お前、蹴破る気か?バカ、音で誰かが来たらどうするんだ!!」
宵が止めるのを聞かず、彗は両足を揃えた足跡を付けるようにドアを蹴り飛ばし、数回空中を回ってから着地した。
ドアは奥に吹っ飛び、その空間には長方形の入り口だけが残された。
「さ、いこ!」
「ヤクザの事務所の扉を蹴り破るやつがあるか……」
二人が中に入るとそこにはまだ大量の血の臭いが漂っており、息をすると喉に鉄のような臭いが残る。
死体は片付けられているものの、そこで凄惨な事件が起きたという痕跡は十分すぎるほどにあった。
「……ここでいっぱい人が殺されたんだよね。オバケとか出るかな……」
「科学的に考えて、幽霊なんてものはいない」
「魔法はあるのに?」
「む……だが幽霊はいない。断じてだ」
「あ、お兄ちゃん怖いだけでしょ。ヤクザのオバケが」
「うるさい」
「でも『ヤクザ』も『オバケ』も怖いけどさ、『ヤクザのオバケ』だとなんか怖くない気がするよね。なんでだろ」
彗はただ室内をうろうろと歩き回り、宵は床や壁に飛び散っている血液に顔を顰めながら部屋の中を調べていた。
しかし魔法の痕跡や、神器を追うヒントとなるような情報は見つからない。
(ダメだ、やっぱりこんなところを調べても神器の行方は追えないのか……?)
宵がそう考え始めたそのとき、下の方から騒ぎ声が聞こえた。
──おい、2階に誰かおる!!
──何者や!?捕まえろ!
「っ……!!」
宵は血の気が引いた。
この事務所の関係者が近くに来て、外から自分たちの存在に気づいたのだろう。
慌ててドアを閉めて鍵をかけようとしたが、ドアは妹が蹴り飛ばして壊したので、出入り口には長方形の枠が残っているだけだった。
「ッ……彗!満月鏡で……!」
二人で透明になって逃げよう、宵はそう提案しようとした。
しかし、彗は宵を放置して一人で姿を透明にし始めていた。
彗のウエストポーチに入れてある満月鏡は、美しい月光色に光りながら彗の腹の辺りを照らしている。
その光景を見て宵は絶望した。なぜ妹は一人だけで姿を消そうとしているのか。
「ちょ、彗!なんでだよ!!お、お兄ちゃんを一人にしないでくれぇ!!頼むぅ!!」
宵は迫り来るヤクザ男たちの恐怖にガタガタと震えながら、姿が消えていく魔女の妹に縋るように涙目で訴えた。
「ダメだよお兄ちゃん。あの人たちに話を聞いてみようよ。こんなところを私たちだけで調べてても埒が明かないよ。勇気を出して。いよいよとなったら私が魔法で透明にしてあげるからさ」
「ッ……!!」
宵は階段を上がってくる連中への恐怖を強く感じたが、彗の言葉が正論であることも理解した。
確かにここを調べるだけでは手詰まりだと宵も感じ始めていたところだ。
妹は、たまにこうして核心を突いた正論を言うのだ。
「……いや、じゃあなんでお前だけ消えようとしてんだよ!!おい!!!」
「だって怖いもん。こんないたいけな女子高生がヤクザさんと話なんて出来るわけないよ」
「お前、警察官が100人いても平然とダイヤ盗んで来るじゃん!!あと魔女だし!!でも俺は普通の人間なんだって!!無理だから!!」
「………がんばってね。お兄ちゃん……」
彗は宵の言葉を無視し、可愛らしい微笑みを浮かべて兄に優しく手を振りながらスウゥ……と魔法で姿を消した。
「彗ィーーーーー!!!」
「な、なんや!?扉があらへんやんけ!!何があったんや!?」
「おい!そこのお前、何してんねや!!」
彗が姿を消した瞬間に二人の男が現れ、部屋の電気が点いた。
片方の男は筋肉質な体にスキンヘッドで、顔に刀傷のようなものがある。
もう一人は角刈りで、小柄な体格に木刀を持っていた。
「ん!?さっきまでもう一人……女がおらんかったか!?」
「おい!そこのお前!答えェ!女がおらんかったか!?」
宵は二人の男の様相の怖さに泣きそうになりながら、「理系の学生としてこんなことは言いたくないですし、私はそんなものの存在は認めていないのですが……」と前置きし、口を開いた。
「えっと、たぶん……オバケだと思います……」
──────────────────
宵は筋肉質な男に首根っこを掴まれ、黒塗りの車に放り込まれるようにして乗せられた。
宵を車の後部座席に投げ込んだ筋肉質の男は「いったん、事務所行こかぁ。兄ちゃん」と笑い、車の運転を始めた。
そして宵の見張りとして、小柄な男が宵の隣に座った。
『お兄ちゃん、大丈夫?殺されてない?』
(……ッ!)
宵は怖すぎて気がついていなかったが、自分の耳の中に何かが押し込まれていることに気がついた。
こっそり手に取ってみたがそれは透明で、彗が魔法で透明にしている小型イヤホンだと宵は理解した。
そして見えないが、マイクとカメラも体のどこかに付けられているのだろうと察した。
宵が二人の男に捕まっている間に、彗は彼のスマートフォンなどを取り出して設定をしていたのだ。
『ふふ、いつもと逆だね。敵陣に一人放り込まれる気分を味わうといいよ。今日の私は助手としてそばにいるからね』
彗の言葉が聞こえたあと、ブルルンと車にエンジンがかかってシフトレバーが操作された。
(……車が動く!まずい!)
彗とはいえ流石に車に走って付いてくることはできない。また、車内のどこかに妹が乗っている気配はない。
(くっ、このままでは……!)
宵は妹と逸れてしまうことを心配した。もし二人が離れてしまえば、いよいよとなったときに自分が逃げ出すこともできなくなる。
この男たちから逃げる際は、絶対に彗の魔法が必要になるだろう。
『安心してお兄ちゃん。私、車の上に貼り付いてるから』
(よかった。妹がバケモンで)
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「おら、入れ!!」
無理やり車に乗せられた宵は、いわゆる「事務所」に連行された。
事務所の入り口には「月竜会」と看板が掲げられ、中に入ると壁に刀や「任侠」と書かれた書が飾られており、床にはソファや机が並んでいる。
奥には大きなデスクが置かれていて、デスクの前に置かれた大きな回転椅子は窓の方を向いていて、宵からは椅子の背面しか見えなかった。
「組長!例の現場を怪しい奴が彷徨いとったもんで……捕まえてきました!なんか知っとるかもしれません!」
「……怪しいやつ?」
筋肉質の男が宵の首根っこを持ったまま子猫のように持ち上げて掲げると、デスクの奥の回転椅子がキィ……と音を立てながらゆっくりと回り、こちらを見た。
「ってこら、そんな乱暴にしたらアカン。剛田」
そういった男は細身で背が高く、黒いスーツを着ていた。
四角い眼鏡をかけており、眼鏡の奥に見える細い目からは強い信念のようなものを感じる。
手や肌の様子から年齢は30代後半といったところか、と宵は推測したが、彼の顔や動きだけを見れば20代だと考える人間もいるだろう。
「早よ離したれ。『お客さん』なんやから」
「はい!」
剛田と呼ばれた筋肉質の男は組長の指示に従い、宵を持っていた手を離した。
「あぐっ!」
手を離された宵はそのまま垂直に落下し、床にべちゃりと落ちた。
「ほな聞かせてもらおか。兄ちゃんはあの場所で──」
細身の男は椅子から立ち上がり、回り込むように歩いて宵に近づき、
「──何しとったんや?」
床に落ちた宵を見下ろし、尋ねた。




