キスの代償
「玲香………」
彗は俯き、「ここまでか」と考えた。
玲香は誰よりも彗と仲が良く、誰よりも怪盗Witch Phantomを愛した女。
それならば、気づかれても仕方なかったのかもしれない。
(正直に、言うしかない──)
「あのね、れいk───」
「だからスイには、私専属のコスプレイヤーになってほしいの!!!」
「───はっ?」
彗は目と口をぽかんと開き、玲香の方を見た。
何を言っているのだろうか。
怪盗Witch Phantomと友人が同一人物だと気付いたのではないのか。
「スイは体だけは最高だから、その体を私のために使わせてほしいの!」
「その言い方いろんな語弊があるよ、玲香」
玲香は目を輝かせながら話を続ける。
「つまり私が作ったWitch Phantom様の衣装を、体型がほぼ同じなスイに着てほしいの!!マネキンじゃなくて、生身のあなたに着てもらった方がリアルだし!!」
彗は楽しそうに話す玲香に色々と言いたいことはあったが、とりあえず最優先の確認事項を頭の中に浮かべ、口を開いた。
「あ、あの……玲香は……その、まさか怪盗の正体が私だ……とかは思っていないんだよね……?」
バチバチバチバチッッッッッ!!!!
「あ゛ん゛ぎゃああああああああっっ!?!?!?」
彗は太ももにスタンガンを押し付けられ、高圧電流で全身が跳ね上がりながら痙攣した。
彗は頭の中に夜空が広がり、星の瞬きが見えた。
「Witch Phantom様を、愚弄するなァ!!!あのお方はあんたみたいな脳筋おバカと違って、華麗で、鮮やかで……私の語彙では言い表せないほどの存在なんだァッ!!」
玲香は手にスタンガンを持ちながら怒り狂い、彗に怒鳴り散らした。
「あのお方とあんたはッ!!体以外に共通点はないんだよォッッ!!!解釈違いにも程があるわァッ!!!」
玲香は奥歯をギリギリと鳴らし、鬼のような形相で彗を睨みつけている。
しかし玲香は突然我に返ったような様子で、自分でも驚いたような顔で話し始めた。
「……はっ!!ご、ごめん!スイ、本当にごめん!私、Witch Phantom様のことになると最近ヤバくて……ほんとにごめんね、ごめん……」
玲香は突然メソメソと泣き出して、自分がスタンガンを押し付けたせいで少し焦げている彗の太ももを優しく撫で始めた。
「私、最近学校で着替えるときもスイの体見るとWitch Phantom様のことを思い出しちゃって、もう本当にヤバくて、だから頑張って距離取ってたんだよね……ほんとごめん……」
彗は、自分の太ももに顔を擦り付けてシクシクと泣いている玲香を見て血の気が引くのを感じた。
「もう情緒の乱高下が完全にDVやる人のそれなんだよ……怖いよ玲香ぁ……」
彗は友人の狂気に震えながらも、一安心した。
自分は怪盗だとバレていないのだ。
なんとなく作っていた怪盗の舞台女優的なキャラクターは現実の彗とはかけ離れており、一番の友人でさえも誤魔化せている。
「あ、あの、スイ。ここまでやっておいて本当に言いづらくはあるんだけど……その衣装を着て、コスプレ……やってくれない……?私の夢なんだ。リアルなWitch Phantom様と絡むのが……」
「うーん……」
玲香の確認に対し、彗は少し考えた。
玲香にはスタンガンを押し付けられ、意識がない間に制服は脱がされ、自作の衣装を着せられ、太ももに顔を擦り付けられ、さらにスタンガンを押し付けられた。
「この変態が!警察官の父親に逮捕されろ!!」と怒って部屋から出て行ってもお釣りがくるほどのことを既にされているが、彗には心に負い目がある。
(全部、私のせいなんだよなぁ……)
そう。そもそも玲香が憧れている「怪盗Witch Phantom」は間違いなく自分である。
そして玲香は刑事の娘として自分の行動を反省し、自力でやめようとしていた。
そんな玲香に、わざとでないとはいえ「ファンサービス」として軽い気持ちで幻影を使ってキスをし、彼女の心を誑かし、こちらに引きずり戻したのは、他ならぬ自分なのだ。
その責任は果たさなければならない。
彗はそう考えていた。
「うん、協力するよ。えっと……早く玲香に元気になってほしいし」
玲香は彗の言葉を聞いてパアァと表情を明るくし、友人に抱きついた。
「ありがとう、スイ!大好き!」
そしてすぐに「はっ!」と声をあげて少し離れ、改めて彗に頭を下げた。
「あ、あの、スイ。ごめんね?私、刑事の娘なのに怪盗のファンなんておかしいよね?それにスイに突然Witch Phantom様の衣装まで着せて……」
「うーん、そのことよりもスタンガンを押し付けたことを謝ってくれない?」
──────────────────
「……で?私は何をすればいいの?このコスプレしたままポーズとかすればいいの?」
「ううん、ちょっとやってほしいことがあって……はい、これ!台本ね!」
玲香は自分のスマートフォンを手に操作をしてから、彗に手渡した。
「台本?」
彗は玲香から受け取ったスマートフォンを見ると、そこには長文の文章がズラリと並んでいる。
玲香は台本と言っていたが、彗はそれが小説のようなものに見えた。
「えっと……『怪盗Witch Phantomと盗まれた姫』?」
彗がタイトルを読むと、玲香は顔を真っ赤にしながらコクン、と頷いた。
「スイ、まずは読んで。最後まで」
「私、文字読むの苦手なんだけど……1分ぐらいで眠くなっちゃうかも」
彗がそう言うと玲香はスタンガンを手に取り、電源を入れた。バチッ!バチチッ!!と火花が先端に散るのが見える。
「読んで」
「ハイ」
彗は恐怖に駆られながらも、ベッドの上にあぐらをかいてそれを読み始めた。
優雅なWitch Phantom様の衣装を着てそんな体勢で座られることに玲香は苛立ったが、彗が読み終わるのを我慢して待っていた。
「えっ、えっ!?何これ!?えっ……!?」
彗が読まされたそれは、怪盗Witch Phantomがとある国の王に対して、「美しいレイカ姫をいただきに参上する」と予告状を出し、王国の警備を華麗に掻い潜ってレイカ姫の目の前に現れ、王様に対して「レイカ姫を返してもらう」と高らかに宣言する。
「え!?なんで初対面のはずなのに『レイカ姫を返してもらう』なの!?別に姫は怪盗のものではないよね!?」
「二人は運命の赤い鎖で繋がっているから、それで合ってるの!!早く続きを読んで!!」
そして怪盗は姫の手の甲にキスをしてから抱きかかえて拐い、その後自分の宮殿に連れ帰り、姫をベッドに乗せて───
「ままま、待って!!ねえ!玲香!!なんか二人が濃密な絡みを始めたんだけど!!なんで突然ベッドシーンになったの!?あとなんで怪盗の家が宮殿なの!?多分怪盗はボロアパートとかに住んで──」
バチバチバチバチッッッッッ!!!
「い゛ん゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あああああああああっっっっ!!!?!?!?」
彗は首筋にスタンガンを押し付けられた。
彗はその衝撃で持っていたスマートフォンを投げ出し、高圧電流が全身に通電した激痛で体を痙攣させ、ベッドの上でのたうち回った。
彗は再び頭の中に夜空が広がり、瞬く星の中に、亡くなった祖父母と両親がこちらを見て微笑んでいる顔が見えた気がした。
「満月鏡、満月鏡ぉ……」
彗は感電で混乱しながら必死に手探りで神器を探した。
早く透明になって逃げなければ。このままここにいたら、このクレイジーサイコ女にいずれ電気ショック死させられるかもしれない。
しかしいくら手探りで探しても家に置いてきた神器が見つかるわけもなく、彗がベッドの上で動かしていた手は玲香に掴まれ、代わりにスマートフォンを握らされた。
「読んで♡最後まで♡」
「ハイ……」
そこからは怪盗と姫の濃密なベッドシーンが延々と続き、最終的に二人は同性同士でそのまま結婚した。
最初に姫を拐われて怒っていた王国の王も、城に侵入した怪盗を本気で殺そうとしていたはずの城の兵士達も、ラストシーンでは何故か二人を笑顔で祝っている。
それは玲香がいかに怪盗Witch Phantomに強烈な情欲を一方的に抱いているかがよくわかる作品であった。
「えっと……ハイ、読み終わりました」
「ちゃんと読んだ!?」
玲香は彗の顔に自分の顔を近づけ、読者の反応を確かめるように彗の目を強く見つめた。
「うん……世界中の誰よりも、この話に感情移入して読んだと思うよ……?わたし」
彗は自分が同性の親友とベッドの上でどうにかなるという、彼女にとっては地獄のような物語を読んだダメージで、少しやつれたような表情で答えた。
「えっと、じゃあ、帰るね玲香。また明日……あれ?」
彗はそそくさと立ち上がり、着替えることもなく慌てて部屋から出て行こうとしたが、扉には鍵がかかっていた。
ドアノブをガチャガチャと捻ったが、扉が開かない。
正しい四桁の数字を入れると開くタイプの簡素な鍵だが、弱った女子を一人部屋の中に閉じ込めるには十分だろう。
「ダメだよ。スイ。私は一番恥ずかしい部分をあなたに曝け出したんだから。最後まで協力してもらわないと」
振り返ると、玲香はとても清々しい笑顔で笑っている。
「私ね、この小説を漫画にして年末のイベントで売ろうと思ってるの。でもいろんな体勢とか構図を描くのが難しくてさ」
玲香は続ける。
「だからあなたには今からWitch Phantom様の役をやってもらって、私がレイカ姫役をやる。それを動画で撮影して、あとで私が漫画を描くときの資料にする。大丈夫、やるフリだけでいいから」
彗は「え?え?これをやるの?ほんとに?」と涙を目に浮かべながら縋るように玲香を見たが、彼女の目はとても澄んでおり、徐々にこちらに近づいてくる。
「最後まで、協力してくれるよね……?」
玲香はスタンガンを手に持って握り、バチッ!バチバチッ!!と音を立てながらニッコリと笑った。
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深夜近くになってから、二人が暮らすアパートのドアが開いた。
ドアは激しく音を立てながら開き、そのドアに向かって倒れ込むような形で、彗が部屋の中に転がり込んできた。
「彗!?どうしたんだこんなに遅くまで!心配したんだぞ!!」
宵は玄関で倒れてしまった妹を慌てて抱きあげ、「大丈夫か!?」と何度も声をかけた。
しかし彗からの返事はない。小さく震えながら、目を瞑っている。
妹が無断でこんなに遅くなり、かつこんなに疲労して帰ってきたのは初めてだった。
部屋の中央に置かれたテーブルには二人分の夕飯が並び、ラップがかけられて置かれていた。
「いったい、どうしたんだ……?」
宵は慌てて呼吸や脈などすぐにできるものは確認し、それらは特に異常はなかったが、首筋に小さな火傷がいくつもあるのが気になった。
「おに、い、ちゃん……わたし……」
宵が彗を抱きかかえてしばらくすると、彼女は静かに、乾いた声を発した。
「なんだ!?どうしたんだ!言ってみろ!!」
宵は本気で心配しながら、自分の耳を妹の口元に近づけた。
「わたし……」
彗は最後の力を振り絞り、兄に思いを伝えようと口を開いた。
そのとき彗の目尻からスゥと涙の筋が頬を伝い、床に一雫の涙滴が落ちた。
「汚され……ちゃった……」
彗はそれを最後の言葉として、意識を失った。
「おい!彗!!どういう意味だ!?彗!彗ーーーーーー!!!!」
☽ あとがき ☾
「愛」とは損得や利害を超えて自分を差し出し、相手を求める素晴らしいものです。
愛なしには人は生まれない。つまり、人類の歴史は愛によって紡がれてきました。
しかしただ一つだけ。
「相手の合意」がないとき。
──「愛」は、恐ろしい暴力になってしまうのです。




