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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
閑話休題〜月詠兄妹と愉快な人たち〜

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38/60

痺れる心

彗は東条家のダイニングに通された。


「ほら、中村さん!お茶が入ったぞ!飲んでくれ!」


彗が椅子に座っていると、東条に緑茶が入った湯呑みと、大福を一つ差し出された。


「いま玲香を呼ぶからな。待っててくれ」


「あっ……あの、体調が悪いなら別に呼ばなくても……」


「はっはっは、ズル休みだよ。玲香は。なんか最近『胸がズキズキする』と言っていてな。かと言って病院に行こうともしないし、飯もちゃんと三食とも食べているんだ」


「あ……そうなんですか」


彗はとりあえず、友人が元気そうで安心した。


「おーい、玲香ぁ!!ご友人が来てるぞ!降りてきて挨拶しろぉ!!」


東条は元気な声で階段に向かって声をあげた。どうやら玲香の部屋は2階のようだ、と彗は思った。


「まあそのうち降りてくるから待っててくれ。今日は妻は仕事だが私は非番でね。こうして学校を休んだ娘の世話をしているというわけさ」


「あー、そうなんですね……?」


彗は目線を泳がせながら返事をした。なるべく、東条と会話をしたくない。いつボロが出るかわからないからだ。


もしも「刑事の家にあがりこんだ挙句、話しているうちに怪盗だとバレた」と宵に話すことになったら大目玉どころでは済まないのは彗にもわかる。


「私はいまとある怪盗の担当にされてしまってね、夜勤が多いんだ。知っているだろう?怪盗Witch Phantom」


「あー、えっと……知りません」


「なに!?こんなに報道されているのにか!?……でもまあ、あんな泥棒をアイドルのように追いかけ回したりキャーキャー言っている輩よりかはずっといいな」


「あは、あはははは……」


『あんな泥棒』は目線を逸らしながら、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「中村さんはあれだよな、剣道が強かったよな。私が玲香の大会を見に行ったとき、優勝してたもんな!」


東条が言っているのは、6月にあったインターハイの予選のことだ。

玲香は一回戦で敗れてしまったが、彗はその大会で優勝している。


「いやぁ、剣道は私も少しやっているがね。中村さんほど才能に満ち溢れた剣士はなかなかいないぞ!」


「あ、ああ……ははは、ありがとうございます……」


「お父さん、うるさいよ……何してるの……え、スイッ!?どうしたの!?」


彗が苦笑いを浮かべていると、階段からリビングに降りてきた玲香が彗に驚いて大声をあげた。


「おお、降りてきたな玲香。ほら、お前もここに座って茶を飲め。中村さんがプリントを届けにきてくれたんだ」


「い、いいよ!そんなの!スイ、もういいから帰ってよ!!」


玲香は彗と目を合わせず、下を向いたまま玄関の方を指差した。


「玲香……」


彗は玲香の対応に小さなショックを受け、プリントをテーブルの上に置いて帰ろうとした。


しかしその空気を壊すように、東条が大声を張り上げた。


「おいっ!玲香!友達がわざわざ来てくれたのになんだその言い草はっ!!お前、高校入ってからずーっとスイちゃんスイちゃんって毎日楽しそうに話してるじゃないか!!」


「えっ」


「──────ッッッッッ!!!」


東条の言葉に玲香は俯いたまま顔を真っ赤にし、そのまま駆け上がるように階段を登っていってしまった。


2階から「バタン!!」と音が聞こえ、玲香が自室のドアを閉めたと思われる音が家の中に響いた。


「あの………」


静まり返った後に彗が気まずそうに声を出すと、東条は「ああ、すまないな。中村さん」と頭を下げた。


「実は、玲香はここ最近ずっとあんな調子なんだ。8月の終わりぐらいからかな、突然おかしくなってね。私なんかが部屋に近づこうものなら、鬼のように怒鳴るんだ」


東条は続ける。


「思春期と言えばそれまでかもしれんが……すまないが、中村さん。娘の話を聞いてやってはくれないか?」


「えっ……私が、ですか?」


「ああ。おそらく父親なんかより、親友の方が話しやすいことも多いだろう。すまんが、頼めないだろうか?」


自分の娘と同じ歳の小娘に、しかも(東条は知らないが)毎週追いかけている怪盗娘に真剣に頭を下げて頼んでいる東条を見て、彗は心が動くのを感じた。


もしも父・昴が生きていたら自分もこんな風に思春期になり、親子喧嘩をしたりしたのだろうか、と彗は少し物思いに耽った。


「……わかりました。私が、玲香の話を聞きます」


「本当か!ありがとう、中村さん!玲香の部屋は2階の廊下の突き当たりを右だ。よろしく頼むぞ」


彗は「はい」と返事をし、階段を上がり始めた。


────────────────


(ダメ、スイが上がってくる!!)


東条玲香は暗い部屋の中で、慌ててドアの前に移動して扉を押さえた。


階段を登ってくる足音でわかる。

このデリカシーもリテラシーもなさそうなドスドスと品の無い足音を立てているのは、絶対に彗だと玲香は確信した。


「玲香ぁ、どうしたの。話そうよ」


「やだ!帰って!!お願い!!」


ドアの前に来た彗に、玲香は大声をあげた。

『こんな部屋』を見られるわけにはいかない。


(特に、スイに見られるのだけはダメ!絶対に!)


「玲香、なんで?私にも話してくれないの?最近、何があったの?」


「ダメ!絶対!!スイがそれ以上進んだら……私、自分を抑えられなくなっちゃう!!私たち、友達じゃいられなくなる!!スイはたぶん、こんな私を受け入れられない!お願いだから帰って!」


「ッ……!」


彗はその言葉を聞き、少し固まった。

友人の言葉の意味を考えたからだ。


高校に入ってから一番仲良くなった友人は、間違いなく玲香だ。


小学校、中学校は叔母たちに対する恨みだけで生きてきた彗に友人はいなかった。


いつも冷たく振る舞い、周囲と距離を取り、兄と神器を取り返すことだけを考えていた。


剣道の全国大会で準優勝したときでさえ、喜んでくれた友人はいなかったと彗は思っている。


しかし高校に入ってから玲香と出会った。


生活態度が悪い彗を親のように叱り、ときには友人として相談に乗り、そして親友としてここまで歩んできた。


クラスでも、部活でも、不器用な彗が周囲に受け入れられたのは全て玲香が間に入ってくれたからだ。


彗にとって玲香は親友であり、そして暖かい高校生活を与えてくれた恩人なのだ。


「……わたしが!玲香を受け入れられないなんてことは絶対にないよ!!」


彗は目に涙を浮かべながら、扉に向かって声をあげた。


「玲香はこんな私を友達として受け入れてくれたじゃん!それなのに、玲香は私があなたを受け入れないって思うの!?」


「スイ……」


「私、玲香のことが好き!友達の中で一番好き!!だから、そんなことを言われたら悲しい!お願い、扉を開けて!!どんなあなたでも、絶対受け入れてみせるから!」


彗は涙声を響かせながら、友人に思いを伝えた。


「ほ……本当に?どんな私でも、私が何しても、受け入れてくれる……?」


「うん!絶対受け入れるよ!」


「そっか……うん、それを聞いて、安心したよ……」


二人の間を隔つ扉が、ゆっくりと開いた。


彗が部屋の中に入ると部屋の中には電気がついておらず、玲香が部屋のドアを閉めると部屋の中は真っ暗になった。


さらに、「カチャリ」と部屋のドアに鍵がかけられる音が暗闇の中に響いた。


「あれ?暗いよ、玲香。どこ?」


「うん、ちょっと待って。いま『電気』付けるね」


バチバチバチイッ!!!!


「あがあっ!?!?」


彗は背中に突如与えられた痺れるような衝撃で自分の体が跳ね上がるのを感じ、その場に倒れ込んだ。


「あがっ……がはっ……」


(えっ!?なに!?何が起きたの!?)


彗は体が痺れて動けなくなり、床に這いつくばったまま目だけで上を見上げた。


そこには暗闇の中で手にスタンガンを持っている玲香がいた。


「あれ?これ、熊とかでも気絶させられるやつだって外国のサイトで買った改造品なのに……1発で気絶しないなんて、さすがスイだね」


「あ、あが……」


彗は体が痺れて上手く声が出せない。

友人が何を考えているのか、なぜこんなことをしたのか分からない。


玲香は彗を見下ろしているが、部屋が暗いせいでその表情はよく見えない。


「ほんとにごめんね。でも、スイはどんな私でも受け入れてくれるって言ってたもんね」


玲香はそう言うと、彗の脇腹に再びスタンガンを押し付けた。

次は確実に意識を奪えるように、ゆっくりと長時間。


バチバチバチバチバチバチッッ………!!!!


「あぎ、あがっ!あぎゃああああああああああああああああああっっっ!!!」


彗はあまりの激痛と衝撃に少しずつ意識が遠のき、最後には視界が真っ暗になった。


「ふふ、ふふふっ!スイは、どんな、私でも……受け入れてくれるって言ったもんね……ふふっ!!」


☽ あとがき ☾


彗は小学生、中学生の頃は宵以外の人間を信じず、誰にも心を開かなくて態度も良くない少女でした。


それは高校に入学してからも変わらず、遅刻や無断早退は当たり前。授業も真面目に聞かず教師の言うことは無視。でも剣道だけは猛獣のように強い。


そんな彗は周囲から「不良」と呼ばれて恐れられてしまうような存在でしたが、1年生の頃からクラスも部活も同じだった玲香は、父親譲りの正義感で彗を追いかけて注意し続けました。


しつこい玲香を彗は最初は煩わしく思いましたが、そのうち心を開き、彼女の仲介のもと周囲に溶け込めるようになりました。


人が心を開くのは、誰かが諦めずに扉を叩き続けてくれたときなのですね。

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