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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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第3部 第10話

時間が必要だった。

一つ目の問題である自分の進路を決めた日から2ヶ月以上も。それほどに二つ目の問題は厄介だった。


だけど、このままじゃいけない気がする。またいつ「飛ぶ」かもしれないけど、私は「今」を生きている。今ある問題は今解決しなくてはならない。そう思う。

それでも電車が駅に近づくにつれ緊張は否応無しに高まっていった。私は行ってどうしようというのだろう、なんて往生際の悪い考えが頭に浮かぶ。


ダメだ。うじうじ考えてたら本当に帰りたくなってしまう。悩んでたって何も前に進まないってこの2ヶ月で嫌というほどわかったのに。


伴野のおじ様からうちに「聖が家を出たから婚約は解消して欲しい」と連絡がきたのは1ヶ月ほど前のことだった。すぐに連絡してこなかったのは、聖が帰ってくるかもしれないからと思っていたからなのか単に連絡しづらかったからなのか・・・多分前者だろう。ただしそれは期待ではなく「どうせあいつは長続きしない」という見くびりからくるものだと思う。

聖贔屓のパパは残念そうだったけど、話を聞いた私は、来たかと思いながら昔の通り「そう」とだけ返事をした。昔は嬉しさを隠すのに必死だったのに、今回はなんだか複雑な気分だった。聖は好きな演劇をしていて、私は聖から解放される。良いこと尽くめなはずなのに、今までの私が聖を好きだったらしいという想いが邪魔をする。


だけど、それだけなんだろうか。この複雑な気持ちの原因は。


私は電車から降りると何も考えずに走り出した。ホームを駆け抜け改札をくぐり、まだ遅い時間でもないのに暗く一雨降りそうな気配の空の下を、まるで止まったら雨が降り出すぞと自分にプレッシャーをかけるかのように走り続けた。


そして私の足が止まったのは、メモに書いてある目的の建物が見えた時だった。


・・・あれ?あれがそうなの?


それは「建物」というのも申し訳ないくらい「かろうじて建っている物」という感じの古ぼけたアパートで、前のマンションとは雲泥どころの差ではない。住んでるご褒美に家賃を貰いたいくらいだ。


あのお坊ちゃまな聖が本当にこんなところに2ヶ月も住んでいるんだろうか?


メモに書かれた部屋番号の部屋のベルを押してみる。前のマンションのようなインターホンではなく、外からでも中で響く単調なベルの音が聞こえてくるような単純な作りだ。でも私には、その感触が前以上に重厚に感じられる。


しとしとと降りだした雨の中しばらく待ってみたけど、反応はない。携帯にも電話したけど無駄だった。少し出掛けているだけかもしれないし、もしかしたらもう嫌気が差してここから出たのかもしれない。


私は雨が降り続く空を睨んだ。聖を待とう。雨になんて負けるか。

なんとしても答えが欲しい。そうでなきゃ、ノエルと再会なんてできない。きちんとした気持ちでノエルと会いたい。


私は辺りを見回し、目に付いたコンビニに駆け込んだ。取り合えず傘を買わないと、ずぶ濡れになってしまう。アパートには軒があったけどあってないようなもので、雨漏りのオンパレードだ。


適当なビニール傘を手に取ってレジへ向かう。4時半なんて中途半端な時間だからなのか店内はガラガラで、レジにいる高校生くらいのバイトの女の子が傘のバーコードを読み取ってくれた。

ところが。


「あれ?」


何度バーコードにバーコードリーダーをかざしてもレジは反応しない。女の子は焦って直接金額を打ち込もうとしたけど、それもあえなく失敗。どうやら新人のアルバイトらしい。急いでいたらイライラするところだけど、あのアパートに聖がまだ住んでいるのかどうかも分からないし、住んでいたとしてもまだ帰ってはこないだろう。他にお客さんもいない。


「いいですよ、焦らなくて。急ぎませんし」

「は、はい、すみません!」


よく見るとスラッとしていてなかなかかわいい女の子だ。お嬢様なのか、化粧も上品な感じだし、どことなく「世間知らずです」的な雰囲気が漂っている。

お嬢様はそれからしばらく青くなりながら尚もレジと格闘していたけど、どうやらレジの方が一枚上手らしい。しかも私のように傘を求めて別のお客さんもコンビニに入ってきてしまい、お嬢様はついにギブアップした。


「あの・・・この傘のお金、私が後で払っておきますから結構です」

「え。」


そういうギブアップの仕方ってありなの?レジを通さず私からお金だけもらえばいいでしょ?もしくは。


「もう一人くらい店員がいるでしょ?その人に聞けば?」

「あ。そうですよね!」


・・・大丈夫かな、この子。

女の子は在庫置き場らしいところに向かって「ひろこー!」と呼びかけた。すると中から、これまた可愛らしい女の子が出てきた。ただしこちらは「お嬢様」と違ってキリッとした感じで、いかにも頼りになりそうな子だ。


「どうしたの?」

「レジが動かないの」

「そんな訳ないでしょ」


そうよね。

「ひろこ」という女の子は私に「申し訳ありません、少々お待ちください」と言ってレジの中に入った。


「ほら、まずお客様の年齢を打ち込まなきゃ」

「あ、そっか」


ああ。そう言えばテレビの特集か何かで見たことがある。コンビニでは客の年齢層を把握するために、会計時に「10代」「20代」「30代」「それ以上」みたいなボタンを押してから会計するのだと。


「えっと」


お嬢様はじーっと私の顔を見つめてはっきりとこう言った。


「10代、と」

「ちょ、ちょっと!お客様に失礼でしょ!声に出しちゃダメよ!」

「あ」


お嬢様が真っ赤になる。面白い子だ。それにどうでもいいけど私、20代だし。

私はさっきまでの緊張を忘れて、一生懸命笑いを噛み殺した。


「すみません!」


はいはい。でもそろそろ終わらないと、次のお客さんがレジに来ちゃうわよ?

お嬢様はたどたどしくレジのボタンを押し、ついに!「290円になります」と言った。


「ありがとうございました!」

「あの、お釣りは?」

「!!!」


生涯、これほどコンビニでお辞儀をされることはないだろう。




それから私は近くのカフェで本を読みながら時間を潰した。やたらと人がジロジロ見てくるからなんだろうと思ったら本がよくなかったらしい。確かに人体解剖の本は公共の場には相応しくない。仕方なく店を出ようとしたとき、レジの横にあるショーケースに目がとまった。ケーキなんかが入っているショーケースだ。

そう言えば聖、ちゃんとご飯とか食べてるのかな?1人暮らしの男の人なんて、どうせいつもコンビニ弁当だよね。

さっきのお嬢様が頭をよぎる。聖もあのコンビニを利用して、お嬢様の手際の悪さにイライラしてたりするのだろうか。


私はそんな場面を想像しながら1人で少し笑ってレジに並んだ。

ところが、いざ自分の番になって注文を聞かれる段階になり、私は困ってしまった。聖の好みが分からない。6年も一緒に暮らしてたのに、聖が甘い物を好んで食べていたかどうかさえ分からないのだ。


なんて情けない・・・

無難にサンドイッチでいいかな。でも、この前三浦君と一緒に大学でお昼ご飯を食べた時「俺、サンドイッチに挟んであるぐちゃぐちゃの卵って嫌い」って言ってたっけ。男の人ってああいうの、嫌いなのかな。


「お決まりでしょうか?」

「あ、えっと・・・卵サンド、じゃなくてハムと野菜のサンドイッチとツナサンド、サラダスパと・・・

スコーン、じゃなくて、チーズケーキとチョコチップのクッキーをテイクアウトで」

「お飲み物はどうされますか?」

「結構です」

「ありがとうございます」


お嬢様とは比べ物にならない手際の良さで会計が済み、注文した物が入った紙袋が私の前に出てくる。これでこそ「店員さん」だけど、あのお嬢様はお嬢様でいい味を出してた。



私はカフェを出て傘をさすと、紙袋が濡れないように胸に抱えて雨の中を歩き始めた。








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