第32話 いつまで俺にため口使ってんだ、カス
「まさか、こんな色町なんかにいるとはな。恥ずかしいところを見られてしまったようだな、ディオニソス」
ニヤニヤと笑う近衛騎士。
名前は……忘れた。どうでもいい奴だからね。仕方ないね。
完全に初対面のダイアナが、近づいてきて耳元でささやく。
「どちら様ですの?」
「知らね」
「えー……思いきり知り合いみたいな感じで喋っているじゃありませんの……」
「貴様ぁ……!」
誰かと勘違いしているんじゃね? 記憶にございません。
誰だこいつ……。
とか、適当に煽っていたら、近衛騎士……ニックの顔が面白いくらいに真っ赤になる。
俺の意図を察してか、ダイアナも良いフォローをしてくれた。
もちろん、俺を助けるためというわけではなく、ただニックをバカにして楽しみたかっただけだろう。
人格は腐っているのだ、こいつは。
「あと、俺は別にここにいても恥ずかしいとか思わねえしな。よくもまあ、大勢の前で言えたと思うよ。さすが、近衛騎士!」
「貴様……! 大きな声を出すな! 貴様を糾弾するためとはいえ、このような場所にいることは、私にとって汚点以外のなにものでもないのだからな」
ニックは俺以上の大声でしゃべるものだから、周りには人だかりができてしまう。
色町に通っている客もそうだが、何よりこの街で働いている人間も大勢いる。
よくもまあそんな場所で、そんな言葉を吐けるものだよな。
どんどんと嫌われていくぞ、お前。
まあ、俺も全然言えるけど、ニックのような考え方は持ち合わせていないので、口に出すこともない。
凄いぞ、娼婦たちの敵意は。感じ取れていないのかね、こいつ。
「で、何の用?」
「いちいち言わなくても分からないか?」
分かんね。
そんな態度をとっていた俺の足元に、引きずっていた俺の私兵をぶん投げてくる。
ズタボロで、血だらけだ。
……ふふっ、バカみたいな恰好だな。
「貴様の私兵が、王都の民に恫喝していた。それを見た私が、懲らしめてやった。当然、上司である貴様の責任でもあるぞ、ディオニソス」
「あー……」
ニックが意気揚々と、このようなことをした理由を説明している。
なるほど、懲らしめたか。ボッコボコにされたようだ。
ピクリとも動かない恥さらしの髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「何負けてんだ、お前」
『そこ?』
そこ以外に何もねえだろうが。
『いや、普通の人に恫喝していたとか言っているけど……』
それは別に何も問題ない。
問題なのは、この優男に負けたということだ。
『えぇ……?』
「いや、クソ強いっすよ、そいつ……。ただの近衛じゃないです……。というか、医者連れて行ってもらっていいですか……?」
「そんなに喋れたら大丈夫だ。喋れなくなったら、捨てるだけだ」
「えぇ……」
困惑したように俺を見上げる私兵。
てか、お前自分で身体を起こした方がいいと思うぞ。
お前、無駄にガタイが良いから、髪の毛を掴んでいるとそこに負荷が強くかかっている。
つまり、毛が何本も抜け始めている。
引きちぎれるぞ、髪の毛。
「お兄様!」
クワッ! と怒りを露わにするダイアナ。
何だよ、うるせえな。
『おぉっ! これは、かなり厳しいことを言うディオニソスへの忠言だよ! これでヘイト値が少しはマシに……』
「お医者様になんてかかったら、出費が激しいですわ! 人の命よりもお金! 彼はお医者様には見せず、自力で回復してもらいましょう」
『ですよねー。知ってた。だって、ディオニソスの妹だもん』
本当、金のことしか言わねえな、こいつ。がめつい。
多分、こいつ医者に見せないと死ぬぞ。
……まあ、いいか。優男に負ける奴なんていらないし。
「……最悪兄妹」
そう言って、ガクリと意識を失った私兵。
よし、生き残ってもこいつは処刑だな。
というか、やっぱり俺の手で殺したくなった。そのために生かしてやろう。
遠巻きにこっそりと覗いていた他の私兵を目で催促すると、すぐに飛んできて男を担いで行った。
『自分で殺すために助けるって……。やっぱり、クソ悪役キャラじゃないか! 最高だね!』
何だこいつ。
「さて、どう責任を取るつもりだ、ディオニソス? このことをパトリシア殿下にご報告すれば、貴様にも沙汰が下ることになるだろう」
マジ? じゃあ全然言ってくれていいよ。
そして、もう二度とパトリシアが俺に関われなくしてくれ。
だとしたら、俺は全力でお前を支持する。
「深く頭を下げて許しを乞え。そうしたら、報告を止めてやることを、考えないでもないぞ?」
嗜虐的に笑みを浮かべるニック。
どれだけ俺のことが嫌いなんだよ、こいつ。
近衛騎士は、もちろん戦う能力だけでなく、王国や王族への忠誠心、そして人格を求められる。
……人格、これで大丈夫なの?
まあ、俺のことが嫌いで仕方ないんだろうな。
なにせ、こいつの大好きな王族をないがしろにしている貴族代表みたいなもんだし。
だって、嫌いなんだもん、俺の上に立つ奴……。
ニックはなぜか勝利を確信して俺をいたぶりたいようだが、認識の齟齬がある。
俺はそれを説明することにした。
「あー……まあ、俺がどうするかより、お前のしたことを羅列した方が、俺がこれからどうするか分かるんじゃないか?」
「なに?」
怒るわけでもなく、従って卑屈になるわけでもなく、想定していなかったであろう反応を見せられたことで、ニックは困惑していた。
そんな奴に対し、俺は人差し指を立てる。
「一つ。別に大切でも何でもないが、こいつを半殺しにしたこと。一応、これでも俺の私兵だからな。貴族の兵を、近衛騎士のお前が痛めつけたということは、認めがたい」
「裁判も経ずに叩きのめしたのは間違いでしたわね。私刑とみなされる可能性が高いですわ」
「なっ……! 私は正義のために行動したのだ。裁判を経る必要はない!」
俺の言葉を、ダイアナが補足する。
まさしく、ダイアナが俺を脅していた時と同じ言葉だ。
一応、あんなのでも俺の部下である。
そして、俺が召し抱えているものであり、それを傷つけるということは、俺に喧嘩を売ったも同然。
俺は、さらにニックに二本指を立てる。
「二つ。俺を脅迫したこと。お前、いくら近衛騎士がエリートだからって、貴族を脅迫するのはマズイだろ。間違いなくアウト」
「脅迫ではない! 是正を求めたのだ!」
「是正……? あれが……?」
困惑するダイアナ。
分かるぞ。嫌だけど、お前の気持ちが分かるぞ。
だって、こいつパトリシアにチクられたくなかったら頭を下げろとか言っていたんだぞ。
ゴリゴリ脅迫だろ。
そうして、俺は三つ目の指をニックに立てる。
「そして、三つ。これが最後だ」
直後、俺は剣を抜いた。
「――――――いつまで俺にため口使ってんだ、カス。死ね」
「ッ!?」
躊躇なく、ニックを脳天から真っ二つにするために剣を振り下ろした。
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』第30話
https://unicorn.comic-ryu.jp/10857/




