第30話 苦手そうなお人
「おい、あれって……」
「どうしてあの店の支配人がわざわざ……!? 貴族や王族が利用しようとしても、出てこないだろうに!」
遠巻きにこっちを見ていたバカな奴らが騒ぎ立てる。
別に俺が色町にいることがばれるのは一向にかまわないが、バカな連中の見世物になるのは腹立たしい。
そして、その原因となったのは、目の前でヘラヘラと笑っているクソ女のせいである。
何笑ってんだ。
「……おい、お前が出てきたせいで、変に目立っているだろうが」
「ええやんか、そんなん。どうでもええ奴に何を思われても気にしない人やろ?」
「無駄に目立ちたいわけじゃねえんだよ」
話のネタにされるのが不快なだけだ。
そんな俺の反応をニヤニヤと楽しそうに見ていたエデルローザは、ひらひらと手招きした。
「仕方ないなあ。ほら、入り」
「ここ、会員制の一見お断りだろ。いいのかよ」
「旦那はんはお客さん違うやろ。それに……」
俺を見て薄く笑った。
「スポンサーが入られへんって、意味わからんやろ?」
「まあな」
◆
『投資って、娼館にしていたの!?』
エデルローザの後ろをついて歩きながら、プレイヤーの相手をしてやる。
そうだよ。別に変なことじゃないだろ。
……いや、珍しくはあるか。
公に色町を支援している奴っていないし。
やっぱり、体裁が悪いもんな。
『へ、へー……また凄いところに投資するんだね……。なかなか想像できないかな……』
なんでだよ。リターンがかなりでかいし、ほとんど確実なのに……。
出した分以上に返ってくる確率がかなり高いんだったら、絶対に出すだろ。
しかも、他の奴らが手を出そうとしないところだから、入れ食いだ。
俺が美味い汁を啜っているのを見て参入しようとした奴らもいるが、少なくとも王都の色町は俺とずぶずぶの関係だ。今更入り込む余地はない。
裏切ったら相応の報いを受けさせるしな!
『……そんなに見返りが確実なものなの?』
そりゃそうだ。需要がなくなることが絶対にないところだからな。
人間なんて、しょせん飯食うこととエロいことすることさえできていたら、勝手に満足できる。
逆に、それができないとかなりストレスが高くなるから、何とかしてその欲望を満たそうとするんだよ。
見た目がいい男女がいて、金さえ払えばそいつらとエロいことができる。
じゃあ、人が集まって金を落とすのも当然だろうが。
で、その旨味はスポンサーである俺がいただく。
最高だ!
『僕は分からないよ。何が好きで女なんか……』
だから、ちょくちょく闇を見せてくるの止めろって言ってんだ。
善人かと思えば違うし、お人よしというわけでもないし……。
マジで気持ち悪い奴に寄生されちゃったな、俺。
エデルローザに案内されたのは、彼女の仕事部屋だ。
と言っても、こいつは今客を取っているようなこともないから、普通に支配人としての仕事をする場所。
普通に娼婦が客を取る部屋に案内されても、気味悪いからこれで何ら問題ない。
柔らかい椅子の上に俺を座らせると、その対面に座ってにこやかに笑いかけてくるエデルローザ。
結構長い付き合いだが、ほとんど見た目が変わっていない。
紫がかった黒髪を肩にかからないくらいのところでバッサリと切っている髪型。
左右に分けてでこを出しているため、彼女のけだるけではあるが整った顔がはっきりと見える。
退廃的な雰囲気は、娼館の支配人に相応しいかもしれない。
長く付き合うと、破滅させられそうな危険な雰囲気のある女だ。
普段着ではほとんど見ないが、色町では時折見ることのできる着物を着ている。
ただ、しっかりと着こなしているわけではなく、だらしなく着崩しているため、深い胸の谷間などがちらちらと見え隠れする。
まあ、だから何だと言う話だが。
「ほんまに急に来るん止めてや。心臓に悪いわ」
「別にお前がやましいことをしていなかったら、心臓に悪いことなんてないだろうが」
「嫌やわぁ。ウチが旦那はんのこと裏切るわけないやん」
「嘘つけ。自分に利があったら平然と裏切るタイプだろ、お前」
「え~、知らんわぁ」
クスクスと楽しそうに笑うエデルローザ。
……扱いづらい。だから嫌なんだよな、こいつと顔を合わせるの。
金を稼ぐことに関しては有能だから、切り捨てることもできないし……。
こいつ以上に色町をうまく管理する奴が他にいれば……。
『……癖、強そうだね』
それくらいじゃないと、この色町でトップに立つことなんてできねえだろうな。
まあ、その面倒くささを俺に発揮してくるのは、マジで止めさせたいが。
「まあ、たまたま寄る機会があったから、暇つぶしに顔を出しただけだ」
「そうやろなあ。いつも代わりの人が状況を聞きに来たり、お金を回収しに来たりするもんな。旦那はんが来てくれてもええんやで? ウチも一生懸命接待するし」
そう言って前かがみになるエデルローザ。
着崩された着物がさらにはだけ、柔らかそうな胸がチラリと覗ける。
『僕のディオニソスに汚い脂肪を見せつけて……!』
お前のものになったことは一度もない。
「……いい。お前とそういう関係になったら、何か根こそぎ持っていかれそうな気がする」
「そんなことないわ。試してみようや」
「嫌」
すり寄ろうとしてくるエデルローザに、俺は敵意を向ける。
しかし、そんなものを意に介さず、俺の隣に座ってきてしなだれかかってくる。
止めろ、キモイ。
こいつが役に立たない奴だったら、すでに剣を抜いていたほどだ。
『くっ、僕のディオニソスにそんな無防備に……! 汚い脂肪を押し付けるなぁ!』
マジでこいつうるさい。
「でも、ちゃんと事前に連絡するとかは大事やと思うで。自分の首を絞めることにもなるし」
「……は? まさか、アルマがいるんじゃねえだろうな。あいつ、飛ばしただろ」
エデルローザの含みがある言葉に、俺は最悪の予想をする。
アルマ。あいつがここにいるとなれば、俺は速攻ここから出ていく。
あいつもエデルローザと一緒だ。
有用だが、鬱陶しくてたまらない。
引くことを知っているエデルローザと違い、そういうのをまったく意識しないから、うざさはとんでもないほど跳ね上がる。
しかし、幸いにも彼女は首を横に振る。
「あの子は旦那はんが追い払ったからおらんよ。まあ、たまに遊びに来るけどなあ」
「二度と入れないようにしとけよ」
「無理やって。一番売れっ子やねんから」
「……おかしいだろ、この世界」
俺にとって都合が悪い奴ほど有用なのは何なの?
世界、終わってんな。
「で、なんだよ」
気になるのは、エデルローザの言葉である。
まるで、俺をからかうような表情に、嫌な予感しかしない。
アルマではないということは……誰だよ。
「旦那はんが苦手そうなお人が、ここに来てはるんや」
「――――――お兄様!」
結局誰なのか問い詰めようとした瞬間、その声が聞こえてきた。
俺は、これまでにないほどげんなりと顔を歪めた。
パトリシアも鬱陶しくてたまらないが、こいつもそれと同等……いや、血のつながりを考えたらそれ以上かもしれない。
「うげぇ……」
『え、あの子って……』
プレイヤーも知っているようで、驚きの声が聞こえてくる。
俺に説明するためか、姿を現したそいつの名前を、エデルローザが呼ぶのであった。
「旦那はんの妹、ダイアナ様や」
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』第30話
https://unicorn.comic-ryu.jp/10857/




