第26話 どうかしましたか?
パトリシアの褒賞上乗せに釣られて、馬車に向かって歩いていた俺。
いや、大事よ、お金。
重税でかなり儲けているホーエンガンプ領ではあるが、あればあるだけいいのが金だ。
まあ、馬車の中では適当に寝ていたらいいだろう。
『王女の接待とかするつもりは……?』
あるわけねえだろ、バカ。
そんなことを考えながら歩いていると……。
「おい、クソ貴族」
パトリシアの護衛をするために随伴していた近衛騎士団。
王族に対する忠誠心とか愛国心とかが強いあいつらは、貴族をそんなに好きではないらしい。
まあ、王族の力が衰退した今、貴族の各領地では好き勝手しているからなあ。
俺もその一人だし、何なら悪名高さという面でいうと、かなり目の敵にされているに違いない。
『そこまで分かっているなら、一緒に改善していこうよ!』
嫌だわ。
というか、他人からどう思われようが知ったことじゃねえし。
『革命とか怖くないの?』
やれるもんならやってみろ。
まあ、そいつらは全員殺すし、家族も皆殺しにするがな。
『徹底した悪役キャラだぁ……』
逆に、これくらいしているから簡単に謀反とかが起きないんだよ。
バカな領民が夢を見たりしない。
失敗した時にとんでもなく大きなペナルティがあると分かれば、二の足を踏む奴がほとんどだ。
自分だけならまだしも、家族もどうなるか分からないとなると、そう簡単に踏み切れないだろうなあ。
それでもやる奴らは馬鹿だし、簡単に潰せるわ。
『ひぇぇ……。なんだこの悪辣さ……。だからボロクソに嫌われるんだよ』
「おい、聞いているのか? 怯えて私の顔を見ることもできないか?」
ボロクソに嫌われると言ってもな……。
全員から好かれることなんてありえないし、そもそもどうでもいい奴らに好かれたところでなんだって話だし……。
「お、おい! 貴様、いい加減に……!」
と、今まで温情で無視してやっていた近衛騎士の一人が、目の前に飛び出してくる。
おい、もう面倒くさいことすんなや。
俺が気づかないでいてやったら、後で報復するくらいで済ませてやったのに……。
こうして目の前に出てこられたら、俺としても罰を与えないといけないようになるだろうが。
そうしないと、舐められるからな。
さてと、面倒くさいけどこいつ殺さないとなぁ……。
まったく……馬車の中でストレスフルになるというのに、どうしてこんな面倒なことをしないといけないのか……。
まあ、こいつ殺すくらいじゃ疲れないけど……。
『いやいや、ちょっと待って! 確かにどうかと思う言動していたけど、殺すのはヘイト値が増えるからダメだって! それに、男の子だし!』
男だからなんだよ。
お前、変なところで贔屓するよな。
そんなことを考えながら剣を抜こうとすると……。
「とぉっ!」
空高く舞い上がった女がいた。
太陽を背にクルクルと回転しながら落ちてきて……その勢いのまま、近衛騎士の足を踏み抜いた。
うわ、痛そう……。
「ぎゃっ!?」
「閣下、何やってるっすか? 早く行きましょう!」
脚を踏み抜かれた騎士くんは地面を転がるが、それをやった犯人……マリエッタは、完全に無視してこっちに話しかけてくる。
ニコニコと笑っているが、お前後ろでもだえ苦しんでいるぞ。
「あー。それなんだけど、俺馬車であっちに行くことになったわ。私兵のまとめはお前に任せる、ワンコ」
「えー。閣下も一緒に来てくれたら楽しかったっすのにぃ」
「文句は王女に言え」
「了解っす!」
元気に敬礼するマリエッタ。
……いや、本気で文句は言うなよ?
立場が悪くなる、俺の。
「き、貴様、ふざけるな! この私の足を……! このような狼藉、許されんぞ!」
震えながら怒りを露わにする近衛騎士。
まだ若くて立派な心構えを持っているのだろうが、どうにもエリート思想に固執しているようだ。
呆れたようにマリエッタが冷たく見下ろす。
「いや、狼藉も何も……。やべーことやっているのはそっちっすよ? 大貴族の閣下にため口で、しかも喧嘩を売るって……。お前が何様っすか」
「私は近衛。近衛騎士だ。王族直下の騎士である私たちは、当然貴族と同等、いやそれ以上の立場。貴族という地位にひれ伏す庶民とは違う」
「うわぁ……。閣下、こいつやばいっすよ……」
呆れたように俺を見上げてくるマリエッタ。
もちろん、近衛騎士は王族直下であり、他の騎士よりも貴ばれる存在だろう。
だが、当然貴族以下である。
この国における貴族って、かなり力が強いんだぞ?
それを知らないのか、あるいは知っていてこんなことを言っているのか……。
こいつ、たぶん前者だろうなあ……。
言っていること、バカみたいだもん。
しかし、どうするかな……。
殺しておいてもいいのだが、マリエッタが先に攻撃してしまったものだから、さらにやるのもなあ……。
気分が乗っていたらやってもいいのだが、さっきから何度も言うように、面倒くさい。
『ほほう。つまり、マリエッタが助けた形になるんだね!』
そりゃそうだろう。
こいつ、たぶんそれを知っていてやってるし。
『……え? どういうこと?』
いや、どういうこともなにも……。
お前の言ったとおり、この騎士を助けようとしたんだよ。
俺の代わりに罰を与えたら、俺がやる意味も薄れるだろ?
まあ、単純に俺の手間をかけさせない、という殊勝な心掛けからかもしれないけど。
『えーと……つまり?』
マリエッタは、割と周りに優しい犬ってことだよ。
お前、以前に言っていたよな?
こいつが俺を裏切ってオオトリの味方になるって。
案外、間違ってないかもしれねえぞ。
「放っておけよ。虫だ」
「了解っす!」
俺とマリエッタはそう言って歩き出す。
『えー!? ちょっと待った待った! そこまで分かっているのに、マリエッタに何も言わなくていいの!?』
いいんだよ、別に。
こいつが俺を裏切ろうが裏切らないが、どっちでも。
裏切ったら殺すし、そうでないなら飼ってやるまでだ。
使い勝手もいいしな。
『わぁ、悪役ぅ……』
「ま、待て!」
騎士に呼び止められる。
こいつ、しつけえなあ……。
「私は……いや、私たちは、貴様を認めんぞ、ホーエンガンプ。殿下に近づく理由など薄汚いものだろうが、私たちが断固としてお守りする。貴様の思惑通りにはさせん!」
「あのさあ……」
お前、せっかくワンコがお前を助けようと頑張ったのに……。
ここは黙って大人しくしておくのが正解だったぞ。
こいつのバカさ加減にもイライラしてきたし、そろそろ一発痛い目に合わせてやろうかと思うと……。
「――――――どうかしましたか?」
どこか冷たい声を発する女が近づいてきた。
良いところで来るよな、パトリシアって。
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや書影から飛べるので、ぜひご覧ください。
『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』第29話
https://unicorn.comic-ryu.jp/10371/
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第6話
https://magcomi.com/episode/2551460909601061375
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』第6話
https://kimicomi.com/series/eb41931417e85/




