第21話 王都に連れて行くと
「その、助けてくれて、ありがとうね」
「お礼を言われるほどのことでもないよ。僕は当たり前のことをしただけだからね」
フレイヤ軍の陣地に戻った彼女とオオトリは、天幕の中でそう話をしていた。
フレイヤもすでに手当てがされており、動くことに支障はない。
大きな被害を受けていた私兵たちだが、さすがは武名が王都まで轟いていたフレイヤ軍。
すぐに立て直すことに成功していた。
それは、ディオニソス軍が嬉々としてバンディットに襲い掛かり、フレイヤ軍に追撃がなかったというのも大きな要因ではあるのだが……それを、彼女らは素直に認めることはできなかった。
「それにしても、あれがディオニソス・ホーエンガンプか……」
「知っているのかい? ……という質問はおかしいね。この国にいて、あいつを知らない奴は一人もいないだろうさ」
「うん。その悪名は、もちろん僕も知っているよ」
フレイヤの言葉に頷くオオトリ。
ディオニソス・ホーエンガンプ。彼の名を聞いて、好意的な印象を抱く者はほとんどいないだろう。
悪辣にして暴君。自分の快楽のために行動し続ける、悪徳貴族そのもの。
ディオニソスだけが悪辣ならば、彼はまだしょせん領主ではない一貴族。
何とかすることができたかもしれないが、彼の家族もまた全員が悪辣。
だからこそ、誰も手を出せないのである。
また、王都にその陳情がたどり着いても、王の元には届かないように事前に潰されていたりもする。
どこの盲目の王女の仕業かは知らないが。
さらに、その陳情がすべてがホーエンガンプ領の領民から出ていないということも大きかった。
「その噂にたがわぬ男のようだった……」
「あたしや、他の一部の貴族でもあいつを問題視している奴はいる。ただ、あまりにも能力が高い。だから、多少の問題も無理やり捻り潰せるのさ」
「そんな横暴なこと、許されるはずもない。僕は、彼を認められないよ」
「オオトリ……」
目を輝かせるフレイヤ。
彼女の思想からは、オオトリはとてつもなく好青年に見えた。
決意を新たにする彼であったが、少し困ったように眉をひそめた。
「……ただ、あいつの領地に行ったときに、領民たちは僕に賛同してくれなかったんだよね……」
オオトリはとっくに動いていた。
弾圧されているホーエンガンプ領の領民たちに立ち上がってもらうよう、呼びかけるために領地の中に入り込み、彼らに声をかけた。
だが、その反応はオオトリの望むところ、予想していたものとは大きく異なるものだった。
『ホーエンガンプ家に反抗!? 馬鹿言っちゃいけねえ。そんなのできるわけねえだろ! 殺されるぞ!』
『ディオニソス様が抱えている私兵団は、皆恐ろしいのよ。彼らに目をつけられたら……。そんなことを言うなら、さっさと出て行ってちょうだい!』
『あー……確かに圧制というか、かなり強く支配されているよ。税も高いしね。ただ、ここにいると、賊や犯罪者に害されることはほとんどないんだ。ここにいれば、誰かに殺されることはない。これって、凄いことなんだよ』
『ディオニソス様に歯向かう? こんな素晴らしい領地を作ってくださっているのに? ……今のお話はしっかりと警邏にお伝えします。さっさとどこかに消えやがってください死ね』
それらの言葉が、領民たちに呼びかけて返ってきた言葉だった。
ディオニソスとホーエンガンプ家に恐怖し、ただ抑圧に耐える者。
彼らに支配されるメリットを考え、抑圧を受け入れる者。
彼らを崇拝し、ただ実直に従う者。
様々な者がいるが、結論は一つ。
ディオニソスとホーエンガンプ家に逆らうなんて選択肢を選ぶものは、誰一人としていなかった。
「ホーエンガンプ領の領民が声を上げないと、状況は何も変えることはできない。でも、彼らにはその意思がない。ごく一部に気になる人はいるけど、多くは恐怖に縛られているんだ」
オオトリには、なぜディオニソスとホーエンガンプ家に忠誠を誓うのかさっぱり分からなかったが、さすがにそういった領民はほとんどいなかった。
ただ、多くは彼らの支配を良しとし、受け入れていた。
それは、彼らの心の底からの想いではないのではないかと、オオトリは考えていた。
「僕は、その恐怖から彼らを解放し、そして悪辣な貴族を減らしたい!」
「オオトリ……」
感激したように目を輝かせるフレイヤ。
こんな男もいるのか。
ディオニソスという、オオトリと対極に位置する男を見ているからこそ、なおさらそう思った。
「できる限り、あたしも協力するよ。助けてもらった……お礼もあるしね」
「ありがとう!」
「ところで、あんたは一体誰なんだい? 貴族……ではないようだけど」
それは、至極当たり前の疑問だった。
オオトリは、実際に貴族ではない。
その庇護を受けているのは間違いないが。
「うん、そうだね。僕は……」
「フレイヤ様! ご報告したいことが……」
オオトリが自分のことを話そうとした瞬間、フレイヤの部下が飛び込んでくる。
眉を顰めつつも、フレイヤは尋ねる。
「なんだい? この場でいいから、言ってみな」
「はっ。その……パトリシア王女が……」
言いづらそうに言葉を詰まらせるも、私兵はすぐに口を開いた。
「王女が、ディオニソス・ホーエンガンプを王都に連れて行くと……」
その報告を聞いた二人は、目を合わせて……。
「「……はあ!?」」
過去作『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』のコミカライズ第2話がニコニコ漫画で公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや表紙から飛べるので、ぜひご覧ください。
https://manga.nicovideo.jp/comic/74458




