第20話 じゃ、そういうことで
オオトリは奇襲を受けたわけだが、見事な反応速度でそれに対応してみせた。
空から彼に襲い掛かったマリエッタは、一切躊躇することなく、本気で殺すつもりで剣を振るう。
剣と剣がぶつかり合う、耳を塞ぎたくなるような不快な音が響き渡った。
「なっ!?」
ギョッとした様子でマリエッタを見るオオトリ。
まさか、自分が攻撃されるなんて思ってもいなかったような顔だ。
んー……というか、ここまで直接的な殺意を向けられる理由が分からず、困惑しているというところだろうか?
まあ、マリエッタとは初対面だろうし、そりゃ驚くわな。
それに、彼女の力の強さにも驚いているのだろう。
一見すると、華奢な獣人の女にしか見えないマリエッタ。
下から受け止める不利な体勢とはいえ、かなり押し込まれている。
これも、ワンコが本気でオオトリを殺そうとしているからこその力だろう。
人間、無意識に他人を殺すまではいかないように、力をセーブするものだ。
戦場に出るのであれば、そのリミッターを無理やり外す必要があるのだが……。
マリエッタはそれを外して本気でオオトリを殺しに行っているので、力も強いのだ。
「くっ……!」
何とかといった様子ではあるが、マリエッタを跳ねのけるオオトリ。
空中でクルクルと回転して身軽に俺の隣に着地するマリエッタ。
曲芸師かよ。
「あーん……一撃で殺せなかったっす……」
心底残念そうに眉を顰め、俺を見上げて報告してくるマリエッタ。
いや、そんな命令していないんだけど……。
どうするんだよ。オオトリって、ろくに話したことないけど、やたらと俺を敵視しているくせに思い込みも激しそうだぞ。
これ、マリエッタを洗脳しているとか思われないよな?
「ど、どうして僕を攻撃するんだ? 僕が君に何かをしたのか?」
「何かを、した?」
反応を見せたマリエッタに、まだ話をする余地があると思ったのだろう。
ホッと息を吐いたオオトリは、口を開く。
「ああ。僕が何かをしてしまったのだとしたら、もちろん謝罪させてもらうよ。君のようなかわいい子を怒らせてしまったのだから、それは当然だ」
……なんでこいつちょくちょく間に女を口説こうとしているんだ?
女好きか? だとしたら、女で何とでも転がせられるな。ヨシ!
……俺、本当にこいつに殺されるの? マジ?
プレイヤーの言っている俺って、どんだけ雑魚だったんだよ。
マリエッタはすがるようにしがみついてくる。離れろ。
「……なぁんか、キモイっすあれ。閣下、どうにかしてくださいっす」
「自分に自信があるんだろうなあ。これだけ強い自信ってことは、たぶんこういう言動をして一度も引かれたことすらなかったのかもな。すごい世界で生きてきたんだな、こいつ」
まあ、確かに見た目は整っているし、マリエッタの奇襲をいなすことができたから、実力もあるのだろう。
これだけあれば、普通女からは好かれるか。
「んー……ウチを怒らせたから、何でもしてくれるって言ったっすか?」
「ん? そこまで言っていない気がするけど……いいよ。君の頼みならね」
拡大解釈して交渉を有利に持って行こうとするその心意気、ヨシ!
俺が言っていたらオオトリもブチ切れていただろうに、マリエッタが言ったからあっさりと受け入れていた。
そんな男らしい彼に対し、彼女はニッコリと笑った。
「じゃあ、死んでくださいっす」
「…………え?」
何を言われたのか理解できず、唖然と口を開くオオトリ。
そんな彼に、マリエッタが畳みかける。
「まず、ウチがなんで怒っているのか分からないのに、とりあえず場を治めるために謝罪しようとする考えが気に食わないっす。嫌いっす」
「え、と……」
「そして、一番大切なことっす。ウチが怒っている理由でもあるっすけど……」
笑顔を消して、冷たい無表情でオオトリを見据える。
「閣下に舐めた口を利くな。主人を舐められて黙っている犬がいるわけないだろ」
今までとはまったく異なる雰囲気と口調に、オオトリもビクッと肩を跳ねさせる。
初対面のオオトリでも驚愕する変貌ぶりなのだ。
長く付き合いのある俺からしても、驚かされるばかり……というわけでもないな。
もともと、普段の言動が演技みたいなものだし。
こいつの本性を一番知っているのは俺だろうしな。
「ワンコ、口調」
「…………っす!」
「よし」
『なんか全然普段の彼女と違わない!?』
ぼそっと言うだけですぐに自分を取り戻して仮面をかぶり直すマリエッタ。
ニッコリと笑って手を上げるバカな犬に戻った。
こいつはお前の言っていた原作とやらには出てこなかったのか?
『いや、出ていたよ! 最後は君を裏切って主人公になびいていたけど』
お前……割と重要そうなことをサラッと言うなよ……。
まあ、だからと言って俺がこの犬を遠ざけることはないがな。
使い勝手がいいのだ、こいつは。
「え、あ……っと……」
「まあ、何でもいいや。ワンコ、戻るぞ。もうバンディットの頭も潰したし、これ以上戦いも続かねえだろ。さっさと帰ろう。だるかった」
「んー……閣下がそれでいいなら、了解っす!」
戸惑っているままのオオトリをそのままにしておいて、俺は領地に戻ることにした。
そもそも、パトリシアのバカに召集されて嫌々こっちに来ているしな。
早く領地に戻って、また適当に誰かをいじめ殺して遊ぼう。
悪人って、潰しても潰しても出てくるからいいよな、ゴキブリみたいで。
そいつらを痛めつけても、誰も文句言わないし。
歩き出すと、マリエッタがひょこひょことついてくる。
「ま、待て! 彼女に謝罪はないのか!?」
いい気分で去ろうとしていたのに、オオトリに呼び止められる。
こいつの言っているのは、あの女貴族のことだろう。
いや、謝罪って……。
だから、何度も言うけど別に俺は殺そうとしたわけじゃないし。
プレイヤーの横入で死にそうになったわけだから、全部プレイヤーが悪い。
まあ、別に助けてあげようとかは思っていなかったけど。
「いや、ないけど? 敵に捕虜にされる指揮官ってなんだよ。むしろ、助けてくれてありがとうございます、だろ?」
「くっ……!」
苦々しそうに顔を歪めるオオトリと女貴族。
いや、くっ……! じゃなくて。
というか、俺に謝罪させる前に、女貴族は自分の身の振り方を考えておいた方がいいだろ。
これ、何の御咎めもなしというわけでもないだろうし。
俺の謝罪を待つより、パトリシアに謝罪する言葉を考えた方が良くない?
まあ、本当にどうでもいいから、絶対に助言とかしないけど。
「あと、お前も貴族にため口利いたこと、許してやるよ。感謝しろよ、マジで。別に処刑してもいいんだけど、気分がいいから見逃してやるよ」
「…………ッ!」
オオトリに言えば、露骨に顔を歪める。
いや、お前貴族でもないのに貴族にため口はダメだろ……。
俺以外だったら無礼討ちされてもおかしくないからな?
今回はバンディットをある程度潰せて、俺の領地に侵入してくるバカを減らすことができたから、まあ許すけども。
「じゃ、そういうことで」
「べー」
そう言って会話を打ち切れば、マリエッタは舌を出してからこっちに駆け寄ってくる。
ガキか、お前は。
過去作『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』のコミカライズ第2話がニコニコ漫画で公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLや表紙から飛べるので、ぜひご覧ください。
https://manga.nicovideo.jp/comic/74458




