第18話 そいつに、俺にとって
剣が振り下ろされた音とは思えないような、激しい破壊音が鳴り響く。
「(これが、人間がただ鉄の剣を振り下ろしただけの音ですか!?)」
先程、バンディットの構成員たちが宙を飛んでいる様を目の当たりにした。
魔法を使って飛ばしているのかとも考えていたが、なるほど目の前の斬撃を見れば分かる。
これは、単純な筋力と技術だ。
魔法なんて小細工は使っていない。
ただ、圧倒的な暴力で、人間を吹き飛ばしまくっていたのだ。
「ごぇっ!?」
とっさに剣を避けることには成功した。
身体が両断されるようなことはなかった。
だが、そもそも近接戦闘に長けているわけでもないのがスペンサーだ。
斬撃を何とか逃げると、今は完全に隙だらけとなっていた。
その腹部に、強烈な蹴りがめり込んだ。
地面を無様に転がり、吐しゃ物をまき散らしそうになるのを何とかこらえる。
「お、折れた……? これ、折れちゃいました……?」
自分のお腹周りを抑えて、近時ほとんど味わうことのなかった強烈な激痛にもだえるスペンサー。
骨折したとはっきり分かることはないが、とんでもなく痛い蹴りだった。
しかし、それを聞いたディオニソスは鼻で笑う。
「そんなに元気だったら折れてないだろ。おら、さっさと立てや」
続行宣言である。
スペンサー、顔を青白く染める。
「必死に逃げようと足掻いている奴を徹底的にいたぶるのが、楽しいんだよなあ」
「なんでこの人が悪側にいないんですか? 私よりも悪の親分っぽいんですけど」
「あたしに聞くな。知るかい」
遂にはフレイヤに助けを求めてしまうスペンサー。
しかし、残念。バンディットは彼しかいないので、ディオニソスの中で優先殺害対象に入ってしまっている。
自分の領地を狙われたことは、ディオニソスはずっと根に持っている。
領民の財物は自分たちのものだし、税を納める領民が殺されたら収入が減る。
すなわち、自分に剣を向けたということである。
生かしておく必要性が、微塵もなかった。
どうせ殺すのであれば、色々と楽しむためにせいぜい苦しませてやろうというだけである。
「悪とすると、お前らのリーダーにならないといけないのか? お前らみたいな気持ち悪い奴らを率いてやるかよ。というか、俺は領民を守る良い貴族だぞ。お前らゴミが侵入してくるから、皆殺しにしてやっているくらいだし」
「いい貴族は徹底的に殺したりしないと思うんですけど」
そう言いつつ、スペンサーは再度自分の力を行使し、魔法をディオニソスにかけていた。
先程は効かないと言っていたが、ブラフかもしれない。
しかし、そんな努力を鼻で笑うのがディオニソスだった。
「また時間稼ぎか? お前のわけわからん魔法は、俺には通用しないって」
「そんなバカな……。今まで、強弱はあれど誰でも効果があったのに……」
初めての結果に、スペンサーは呆然とするほかない。
目の前の男が、異常なのだと信じたい。
「まさか、一定以上の強者には通用しないということでしょうか? もっと早くに教えてほしいことでしたね……」
「あー……まあ、それもあるかもしれないけどなあ」
「……それもあるかもしれない?」
理解が及ばない顔をしているスペンサーに、ディオニソスは目を向ける。
「実際、本当にお前の言っているとおり、強者には通用しないのかもしれない。俺は間違いなく強いからな。ただ……お前の力の効果って、敵味方の本能的な認識を書き換えるってものだろ?」
「え、ええ」
スペンサーが戸惑いながら頷くと、うんうんと納得した様子を見せるディオニソス。
なるほど、だからこいつの魔法は効かなかったのだ、と。
その理由を、教えてやることにした。
「――――――俺、別に諸侯連合軍を味方だと思ってないし」
「…………はい?」
「だから、もともと味方と思ってないから、敵とも思えないの。それがないから、お前の支配下に入らないんだろうな」
「えぇ……」
唖然とするスペンサー。
堂々と味方を何とも思っていないと言うこの男、頭がおかしいのでは……?
いや、おかしいから殺戮皇なんてとんでもない二つ名がつけられているのだろうが。
一緒に賊と戦っている軍を味方と思わないとはいったい……?
『いや、何で思わないの? おかしくない?』
「(味方になれる要素がどこに……?)」
『そう思わない要素がどこにあるんだよ』
「あーあ、無駄な時間を使ってしまったわ。とりあえず、さっさと死んでくれよ。面倒くさいし。首領のお前を俺が殺せば、報奨金の大幅節約になるしな」
プレイヤーにも言われて少々憮然とするディオニソス。
まあ、他人からどう思われようが知ったことではない。
自分がよければ、それでいいのだ。
ということで、とっととスペンサーを殺すことにした。
別に私兵たちにお金を出し渋りすることはしないが、出さないでいいならそれにこしたことはない。
そのお金は自分の懐に入ることになるからだ。
ディオニソス、暴君らしくお金は大好きだった。
「ちょっ、ちょおおっと待っていただきたい!!」
「ぐぁっ!?」
あ、これヤバいわ私。
と思ったスペンサーは、慌ててフレイヤを引っ張り自分の前に立たせる。
「今、私にはぁ! 人質がいまぁす!」
「そんな嬉しそうに言うことじゃねえだろ……」
何してんだこいつ、とディオニソスの顔が歪む。
人質。古典的で使い古された手段ではあるが、廃れていないということは、それだけ効果があるということ。
フレイヤは貴族で、しかも今回の討伐部隊の指揮官である。
これ以上ないほどに価値があった。
「私への攻撃を止めていただきたい! であれば、この貴族も無傷で解放しましょう。だから、お願いします……!」
『懇願が入っちゃった……』
プレイヤーも思わず苦笑いしてしまうような言動。
それを受けて、ディオニソスもまた苦笑する。
「はあ、やれやれ。どうやらお前は勘違いをしているようだ」
「か、勘違い……?」
コクリと頷き、ディオニソスにしては優しく温かい目をスペンサーに向けた。
「まず、さっきも言ったが、俺は諸侯連合軍を味方だと思っていない。そして、当然ながらそれを率いていたそいつもそうだ」
「……ッ!」
「いいか? 分かりやすく言ってやる」
フレイヤも目を鋭くしてディオニソスを睨みつけるが、その程度で怖気づくような暴君ではない。
さらに煽り立てるように、ゆっくりと口を開いた。
「――――――そいつに、俺にとって人質の価値はねえ」
「のおおおおおおおおお!?」
『うわあああああああああ!?』
斬撃が、フレイヤ諸共スペンサーを襲ったのであった。
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