第17話 どっかに行くなら
バンディットの首領として甘い汁を啜るために生きてきたスペンサー。
長く生きるコツは、危険なものにはできる限り近づかないことである。
無論、自分の力でどうとでもなる荒事は危険とは言わないので、それはむしろ積極的に踏破する。
しかし、自分の力ではどうすることもできない事象というものも存在する。
この中で言うと、真っ先にアビスのことは諦めていた。
彼女と相対すれば自分の命に危険が迫るということは認識していた。
自分は特別な力を持っているが、それが彼女には効かない恐れがあった。
そして、もう一人。
アビスと同等か、それ以上に警戒しなければならない男。
それが、ディオニソス・ホーエンガンプ。
王族のいる王国で、殺戮皇という「皇」の字が入った異名をつけられる怪物。
不敬であると殺されてもおかしくないが、誰もそれを咎めることができない。
そんな男が、アビスと並んで特別に警戒しなければならない存在だった。
それが、目の前にいて、自分を見据えていた。
「んー。……これ、交渉の余地とかあります?」
「ない」
「えーと……私、まだあなたに敵対するようなことはしていないはずなのですが……」
バッサリと切り捨てられ、思わず頬を引きつらせるスペンサー。
そんな彼を、かわいそうなものを見る目で冷たく見下ろすディオニソス。
「バカか、お前? お前がどの立場の人間か知らないが、バンディットの構成員であることは間違いないだろ。で、バンディットの構成員は全員殺す。俺の領地にまで侵入してきたんだ。生きている価値ないだろ」
「過激すぎませんかねぇ……!」
もうちょっとこう……交渉の余地くらいはあってもいいだろう?
だというのに、すでにディオニソスの中では、バンディットは皆殺し対象となっていたようだった。
彼らの命を奪い取ったら報奨金を出すと、私兵たちには宣言しているのである。
とんでもない宣言だ。
「ほら、あれですよ。私は違いますけど、賊に身を落とすのは貴族の治政が悪いからですよ。自分の身を省みないのですかぁ!?」
とりあえずそんなことを言ってみて、動揺を誘ってみる。
精神の揺らぎは大きな隙となるからだ。
ちなみに、スペンサーは貴族の力が強いこの王国でも、強力な力のおかげで何不自由なく暮らすことができていたので、とくに貴族に対して恨みとかはなかったりする。
「知るかボケ。どんな理由があっても賊は賊だろうが。そもそも、自分たちと同じ立場の農民から財物を奪っている時点でゴミだろ。自分たちみたいな存在をまた生み出しているんだから」
一刀両断するディオニソス。
賊が賊を生み出しているのである。
元を断たなければ、この負の連鎖が止まることはない。
だから、根絶やしにしてやるのだ。
「あと、俺に省みることなんて何一つとして存在しない。お前が自分の胸に手を当てて考えてみろ。殺されるには十分すぎるほどのことをしてきただろうが」
「んー……まあ、確かに……」
自分もさんざん好き勝手してきた。
恨まれることだって多かっただろうから、殺される理由はあるだろう。
もちろん、簡単に殺されてやるつもりはないが。
ちなみに、ディオニソスは本気で自分が殺される理由がないと思っている。
絶対に自分が正しいからだ。
「ですが、時間稼ぎは十分でした。では、この方と同じように、私の手駒になっていただきましょう」
ニヤリと、余裕のある笑みを浮かべるスペンサー。
先ほどまでの怯え切っていた彼とは違う。
直後、ドクンとディオニソスの身体が跳ね、うつむいて動かなくなった。
それを見たフレイヤが声を上げる。
「これはあたしを……。何の力だい!?」
「いやいや、だから私の能力を簡単にひけらかすようなことはできませんが……まあ、今は気分がいいから説明してあげましょう。本当、死地から帰還できた気分です」
ディオニソスの心配は一切していないが、自分の身体が動かなくなったものと同じものを感じ取ったフレイヤが問いかければ、スペンサーは朗らかに笑う。
命の危機から救われたとなると、気が大きくなるのも当然と言えた。
自分の力。この戦いを、たった一人で優勢に変えたものを、フレイヤに誇示する。
「私の力は、敵味方の認識を逆転させることができるというものです」
「は? 何言っているのさ。あたしはあんたのこと、まだ敵だと思っていて……!」
「ああ、別に洗脳をするというわけじゃないんですよ。だから、意識はちゃんと私のことを敵だと思っています。ただ、無意識下の本能にそれを植え付けるのです。だから、あなたがどんなに私を殺そうとしても、身動きが取れなかった。味方を殺そうとするバカはいませんからねぇ」
人間の本能に、スペンサーが味方であると植え込む。
もちろん、今のフレイヤのように彼をしっかりと敵だと認識しているも、本能的に彼を味方だと思ってしまうために、身体が意に反して動かなくなったりする。
ある程度力の差があれば、自分の命令に従わせることだってできる。
フレイヤ軍が味方に襲い掛かり始めたのは、これが原因である。
「そんな力が……!」
「ということで、今の殺戮皇も同じ状態になっているということです。しかし、殺戮皇をどうにかできるとも思えませんし、アビスもいます。今のうちに、さっさと逃げさせてもらいますよ。それでは……」
スペンサーは油断しない。
今、ディオニソスをも支配下に置くことができたが、こうして動きを止めるのが精いっぱいだろう。
正直、アビスとぶつけさせて大混乱をさせてみたいとも思うが……おかしな欲のために逃げられなくなるのは最悪だ。
スペンサーはバンディットの咎をすべてフレイヤに押し付けつつ、この場を去ろうとして……。
「待てよ」
「…………はい?」
声をかけられる。
今の自分に、そんな声をかけられるのなんて……。
恐る恐る振り返れば、すでに剣を振り上げているディオニソスがいた。
「どっかに行くなら、死体で行け」
「ふぉおおおおおおおおおおお!?」
死をもたらす剣が、スペンサーに振り下ろされた。
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