第16話 これから死ぬ奴に
「おいおいおい、このままだったら、もしかしたらいくところまでいけるんじゃねえか?」
そう嬉々とした声を上げるのは、バンディットの構成員。
農民上がりの賊である。
彼に戦いの知識なんてないが、自分たちが優勢かどうかくらいなら分かる。
そして、今は間違いなく優勢だ。
いけ好かない貴族の連中を、押すことができている。
「かもしれねえな。ただの農民でしかなかった俺らがなあ……」
「貴族を殺して、その財物を奪い取る。今まで俺たちから散々奪い取っていったんだ……。俺たちのものを、返してもらうぞ!」
「おぉ! その上にいる王族ってのも、ここにきているらしい。責任取って、痛い目を見させねえとな……!」
最初は、ある意味では正当な復讐精神だったかもしれない。
貴族から搾取されていたのを取り戻す。
そんな思いから、バンディットに属した。
しかし、人間は贅沢を覚えると、楽を実感すると、一気にダメになる。
苦労をせず、他人が必死に育てた果実を無理やり奪い取るのは楽だ。
その果実を貪る贅沢は、堪らないほどに気持ちがいい。
「随分と綺麗どころらしいぜ。痛い目を見せる前に、良い思いをさせてやらねえとな!」
ニヤニヤと嗜虐的に笑う。
結局、三大欲求を満たすのが、人間一番気持ちがいいのだ。
女の身体を貪るのもそうだ。
賊はその未来を夢想して楽しそうに笑って……。
「……あ? 急に止まってんじゃ……」
目の前で立ち尽くす仲間に、苛立たし気に罵倒をぶつける。
いい気分だったのに台無しだ。
なぜ戦場で、しかも自分たちが優勢なのに立ち止まるのか。
そう声を張り上げようとして……呆然と空を見上げた。
空に異常があるわけではない。
先ほどまでと変わらない、普通の青空だ。
「……あ? 何だ、あれ……」
いや、普通ではない。
青い空に、いくつもの黒い点が浮かび上がっている。
空高くだから、よく目を凝らさなければ見えない。
目を細めながらそれを凝視すると……それが、人であることが分かった。
「はあ……?」
空を人が飛んでいる。
魔法のあるこの世界でも非常識な光景に、魔法の使えない元農民の男はポカンと口を開けた。
鳥のように、自由に空を飛んでいる……というわけではない。
自分の意思で空を飛んでいる者は、あの中には誰一人としていなかった。
そもそも、飛んでいるという表現もおかしい。
空に吹き飛ばされて、落ちてきている過程でしかなかった。
「ぎゃっ!?」
ドチャドチャと、嫌な水音を立てて人が地面に落ちてくる。
そういう音を鳴らしているのは、すでに空に打ち上げられた時に、身体の一部が欠損している者が多い。
腕と足がバラバラになって落ちてきた者や、あるいは胴体を裂かれて宙を舞っていた者もいた。
四肢がもげずに済んでいた者も、落下の衝撃で首の骨などをへし折って命を落とす者ばかりだ。
「え、あ……? なんだ、これ……?」
その光景が現実のものとはとてもじゃないが思えず、ただ立ち尽くす男。
それが悪手であったかどうかは、疑問である。
たとえ、この時機敏に動いて逃げることができていたとしても、まったくの無意味であっただろうから。
「ぎゃああああああああああああ!?」
彼の眼の前にいた仲間が吹き飛ばされた。
宙を舞っているが、すでにバッサリと肩口から切り裂かれていた。
今にも胴体がバラバラになってしまいそうなほどの、大きな傷。
そもそも、人間の身体は固くて重たい。
剣でここまでバッサリと人間の力を持って斬るのは、ほとんど不可能だ。
だが、それができる男がいた。
「なぁんも歯ごたえがねえな。つまんね」
「あ、あ……」
男の前に立ちはだかる、血にまみれた男。
それがすべて返り血であることは、誰の目から見ても明らかだった。
【殺戮皇】ディオニソス・ホーエンガンプ。
ホーエンガンプ家の嫡男で、傍若無人の悪徳貴族。
敵対者に対して一切の容赦はなく、目を向けられないような残虐な殺害方法で、賊はもちろん領民からも恐れられている怪物。
だからこそ、王国全体で暴れまわっていたバンディットも、ホーエンガンプ領にはほとんど手出しをしていなかった。
そもそも、バンディットを構成する者は、ほとんどが農民だ。
ホーエンガンプ領の領民から、バンディットに身を落とす者がほとんど現れなかったのが、被害を受けなかった大きな要因だろう。
それは、恐ろしいからだ。
暴れたりしたら、一瞬で鎮圧される。
今の、身体をバラバラにされて死ぬバンディットのように。
「ひっ、ひいいいいいいいっ!!」
先ほどまでの威勢はどこにいったのか。
プライドも見栄えも関係ない。
ただ、死にたくない。
その一心で、その男は必死に逃げ出した。
だが、その逃避行は一瞬のうちに終わりを迎える。
「ぎゃっ!?」
彼の背中を貫く槍。
投擲されたそれは、見事に彼の心臓を貫いていた。
つまらなそうにそれを見ていたディオニソスがしたわけではない。
彼が無理やりこじ開けた賊の間から、一斉に飛び出してくるのはホーエンガンプの私兵たちだ。
「うおおおおおおおおお! 早く殺せええええええええ! 全部閣下に持っていかれるぞおおおおおおお!!」
「今日の晩飯! 今日の女ぁ! その金になれえええ!!」
「賊は殺していい人間! 殺して褒められる人間!」
とんでもなく士気が高いディオニソスの私兵たち。
鬼気迫るその表情は、もともとの厳つい顔も相まって、とてつもなく恐ろしい。
そんな彼らに全力で命を狙われるバンディットの構成員たちは、悲鳴を上げながら次々に討ち取られていくのであった。
ディオニソスの金払いはいい。
殺した分だけ褒賞も弾むので、それ自体が私兵たちには魅力的だ。
だというのに、ディオニソス自身が猛威を振るって敵をほとんど殺しつくしてしまうので、急がなければ自分たちの獲物がいなくなってしまう。
今も随分と少なくなってしまったバンディットを、大慌てで我先にと殺しにかかっていた。
そんな彼らを見て、ディオニソスはポツリと呟く。
「なんだこいつら……キモ……」
『君の部下たちだよね?』
「知らん」
◆
人が吹き飛んでいる。
しかも、吹き飛ばされているのはすべてがバンディット構成員だ。
それを目の当たりにしたスペンサーは……。
「……やっばいですねぇ。これは、今すぐにでも逃げなければ」
「あいつ……っ!」
冷や汗をダラダラに垂らして顔色を真っ青にしていた。
そして、彼に囚われているフレイヤは、強烈な敗北感に打ちひしがれていた。
自分がこうして敵に捕まっているというのに、あの男は……ディオニソスは、その失態をひっくり返すほどの大暴れをしている。
本来であれば、自分がそのように活躍していたはずなのに……。
フレイヤは歯を噛み砕かんばかりに力を込めていた。
そして……。
「あ?」
人が宙を舞った。
圧倒的な暴力に、抗うことなどできない。
ドシャドシャと落ちてくる、バンディット構成員の死体。
それを呆然と見るスペンサーを、剣を片手に暴れていたディオニソスが見つけた。
チラリとそのすぐそばで拘束されている様子のフレイヤを見て、一瞬で視線をスペンサーに戻した。
「なんだ、俺が当たりを引いたのかよ。あいつらも運がないなあ」
「えーと……お名前をお伺いしても?」
冷や汗をダラダラと流しながら、それでもまだかすかに残っている希望に縋り付くスペンサー。
そんな彼を、ディオニソスは鼻で笑った。
「は? これから死ぬ奴になんで名前を名乗らないといけねえんだよ。さっさと死ね」
「絶対殺戮皇だ!!」
スペンサーは深く絶望するのであった。
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