第10話 崖から突き落としてもいい?
「はあ、ダル……」
ズカズカと歩きながら、俺はそんな独り言を漏らす。
王女からの召集を受けてそんなことを言っていると、誰かに聞かれて告げ口でもされたら、不敬罪で厳罰が下されそうなものだ。
だが、どうにも俺は怖がられているらしく、周りに近づいてくる奴はどこにもいないので、独り言を誰かに聞かれる心配はまるでなかった。
『でも、いいの? あんな小娘の言うことなんかに従って……』
「ここで無理やり命令を無視するメリットもないしな。勝手にやるって言ってんなら、やらせればいいだろ。……ところで、お前あの女に当たり強いけど、何なの?」
小娘ってお前……。
こいつ、誰も殺すなとか訳の分からん博愛主義的なことを言うかと思えば、時折急に毒針を刺してくるから驚かされる。
『いや、別に彼女に特別な感情があるわけじゃないんだけど……。原作ヒロインの一人だしね』
「ヒロインねぇ。お前の言う、主人公とやらのか?」
本当に創作物みたいな言い方をするな、こいつ。
俺は何とも思ってないから構わないが、聞く奴によってはかなり不快に思うような言い方である。
『そうだよ。リョナ鬱グロゲーの名の通り、フレイヤも死ぬルートはあるんだけど、生き延びるルートもあるんだ。キャラクターによっては、何をどうしても死ぬルートしかないキャラもいるから、かなり恵まれているんだよ!』
「その創作物、何が面白いんだ……?」
『あ、このキャラ死なないんだ! という驚きがあるよ』
「それ、楽しみ方あってるか?」
その創作物、どれだけ人が死ぬんだよ……。
いや、プレイヤーの言う通りなら、俺も死ぬ予定らしいからな。
まあ、いつかは死ぬだろうが……。
『別にそのキャラ生かしておく必要あるかなっていう不満もある』
「知らねえよ」
単純にこいつの好き嫌いじゃねえか。
まったく考慮する必要のない意見である。
しかし、誰が生きるとか死ぬとか、あまり興味がわかない。
というか、人間なんていずれ死ぬんだから、死ぬと言われてもなあ……。
フレイヤ……やけに俺に敵意を向けてくるあの女が死ぬと言われても、あっそうで終わりだ。
助ける義理もないし、今のところ積極的に害するつもりもない。
命令は無視するけど。
『確定死にキャラとしては、あのパトリシア王女もそうだね。見た目もかわいいから有志プレイヤーが何とかして生き延びさせようとしたらしいけど、何をしてもダメだったみたいだよ』
「え!? あいつ、確実に死ぬの!?」
『なんで嬉しそうなのかなあ……』
ここにきて一番うれしい報告だ!
何の役にも立たず、ただ人を殺すな殺すなしか言わない、生きている価値のないゴミクズだとばかり思っていたが……。
パトリシアが死ぬということを教えてくれるのであれば、話は別だ。
便所虫くらいの価値はある。
『でも、本当に死ぬよ。しかも、あんなに儚そうなキャラなのに、えげつない死に方ばかりで……。メンタルがボロボロになるプレイヤーが多かったんだよ。僕はそうでもないけど』
「たびたびお前の闇をにじみださせるの止めてくれない? てか、そんな感じだったら、ここに来るまでの間に潰した賊も殺させろや。ストレスたまるだろうが」
『ダメだよ、そんな非道なこと!』
「お前の基準が分からねえ……」
こいつの毒を吐く基準は何なんだ……?
賊みたいな価値のないゴミを殺すなと言ってみたり、比較的まともな貴族っぽいフレイヤやパトリシアには厳しかったり……。
……まあ、こいつの考え方なんてどうでもいいか!
俺、関係ないし。
そんなことを考えていると、俺に近づいてくる足音が聞こえてくる。
どうにもここにいる奴らのほとんどに俺は恐れられているらしいので、誰も近づいてこず、遠目からちらちらと様子をうかがってくるだけだったが……。
そちらを見て、俺は心の底からげんなりとした。
「お久しぶりです、ディオニソス様」
「……俺は会いたくなかったけどな、パトリシア」
『王族にため口、だと……?』
ニコニコと楽しそうに笑っているのは、先程の天幕では一言もしゃべらなかった、王女パトリシアだった。
◆
俺は苦虫をかみつぶした顔をする。
自分の顔を鏡で見ていないから実際には分からないが、絶対にそんな顔をしている。
確信できた。
なにせ、俺に声をかけてきているのは、パトリシア。
貴族の力が非常に強くなっているこの国でも、いまだに王族というのは一定以上の求心力や権威を持っている。
その中でも、パトリシアというのは特別なほどに力を持っている。
とくに、何か大きな功績を上げたとかではない。
理由としては、儚くも美しく整った見た目と、盲目という先天性の障害が、彼女を薄幸の王女に仕立て上げている。
人間というのは傲慢なもので、自分より『かわいそうだ』と思うと、自己満足のために尊重しようとする。
そして、実際に王族という尊い血ということもあって、パトリシアは他の王族よりも特別な力を持っていた。
で、自分で言うのもなんだが、俺の評判はお世辞にも良くない。
そんな俺がパトリシアと喋っていたら、色々とヘイトを向けられやすいのだ。
俺から積極的にこいつに取り入ろうとしていたらその弊害も甘んじて受け入れるべきだろうが、全然喋りたくないのにあっちから来られて、しかも赤の他人から恨まれるなんて、冗談ではない。
「他の奴らも見ている中でお前に話しかけられると、めちゃくちゃ迷惑なんだよ。俺がお前なんかに取り入っているように、変な邪推をするバカもいるんだからさ」
「でも、そうなったらあなたは自分で何とかしてしまうでしょう? むしろ、人殺しが好きなあなたには、歯向かう人がいるのは好都合では?」
「別に人殺しが好きなんじゃねえよ」
俺が好きなのは弱いものいじめと、自分が強いと思っている奴を叩きのめすことである。
ただ殺したいだけなら、ただの快楽殺人鬼だ。
そんなゴミと一緒にしないでもらいたい。
そう答えると、パトリシアは嬉しそうに手を差し伸べてきた。
白くて細い、まるで病人のような手だ。
「そうおっしゃるのでしたら、人の少ないところに行きましょう。エスコート、お願いしますね」
「…………」
エス、コート……?
崖から突き落としてもいい?
「しばらくお話できていませんでしたから、ゆっくり話しましょう」
そんな俺の内心を知ってか知らずか……いや、知っているんだろうな。
知っていて、俺が嫌そうにしているのを感じ取って、それを愉悦している。
最低だろ、この女。
『あっれー、おかしいな……。パトリシアって、こんな性格だったっけ?』
ずっとこんな奴だよ。
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下記のURLや表紙から飛べるので、ぜひご覧ください。
https://manga.nicovideo.jp/comic/73126




