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第一話 テールニャの人狼 一

「次の任務はどんなのだろーね?」

「ブリーフィングを聞けば分かるよ」


 無邪気なフリをして聞いてくる班員のサマンダに、私は素っ気なく返事をする。なぜサマンダはこんな風に、まるで仲の良い友人同士のような体で私に話しかけてくることができるのだろうか。本当は私のことを嫌っているくせに。


「次の任務は楽なやつだといいなー。あっ、イケメンと出会えるならちょっとくらい大変でもアリかも。そう思わない、ラムサス?」


 美男子がいたらいい、というのはサマンダの本心だろう。だがサマンダの目的は、その美男子を自分が射止めることではない。そういう思考を紡ぐように、サマンダの感情ははたらいていない。


「男なんてどうでもいいよ」


 そう、彼以外は。


「ラムサスはラシードがいるもんねー」


 口の端に笑みを浮かべて冷やかすサマンダの表情は実に自然だ。私がサマンダの本心に気付いていることをおそらく理性では分かっていて、なおこんな表情ができるのだから、女というものは恐ろしい。私も女ではあるが、到底サマンダのように器用に表情を操って雰囲気を悪くしないように立ち振る舞うことはできない。


「さ、班長の所へ行こう」

「うん」


 前の任務の疲れが抜けきらない体を叱咤して気合を入れる。お互いの着衣と装備に乱れが無いことを確認したら、部屋の清掃の最終点検を行う。清潔、整頓以外の痕跡を残さずに借りた宿の一室を撤収し、集合場所へと向かう。集合場所と言っても、目と鼻の先、隣の建物で班員の顔を確認し点呼に代え、班長へ集合を報告する。


「まだ疲れが抜けていないんじゃないか」


 班長のアリステルが口を開く。嫌味などではなく私達の体調を気遣ってくれている。


「体調は万全です」


 代表して返事をするのは班員の中で最も階級の高いラシードだ。


 班長(アリステル)を含めて疲れていない者などいない。いや、班長(アリステル)こそ最も……


「よし、じゃあ今回の任務を説明するね。隣街のテールニャにライカンスロープが出現した、という話だ。既に市民が何人か殺されている。それを調査する」

人狼(ライカンスロープ)……」


 ライカンスロープか。絵本や教科書でしか見たことがない。私だけでなく、ラシードやサマンダも同様ではないだろうか。経験豊富な班長ならばあるいは、というところだ。


「現時点では裏取りできていないから未確認情報なんだけどね。ライカンスロープは症例数が減っているから非常に貴重だ。本物だったら応援を要請して生け捕りにしよう」


 応援を要請?


 今のジバクマにそんな余裕などあるのだろうか。どの部隊も人員が足りていない。だからこそアリステルはその階級にそぐわない、総人員たった四名の班を率いている。この人数は短期間に技術を伝達するには効率的ではあるけれど。


 それに生け捕りにしたところで、誰が研究をするというのだろう。そんな人員と予算が余っているのであれば、少しでも敵国の力を削ぐことに費やすべきだ。ライカンスロープ研究は国力増強に寄与しない。


「ラシード、どう思う?」

「可能性としてはライカンスロープよりも、無病(インタクト)の犯罪者の線が濃厚と思います。勉強という意味ではライカンスロープのほうが望ましいです」


 上官を見据えて返答をした後、黙ってそのまま見ていればいいものを、ラシードはちらりと私の顔色を窺う。答案を採点するのは私ではなくアリステルだというのに締まりきらない人だ。


「では、サマンダはどう思う」

「ライカンスロープの戦闘力とはどれほどのものなのか、本物だった場合の討伐の推定難易度が気になります。生け捕りとなると、討伐よりも難易度が断然高くなります」

「うん、そうだね。個体によってライカンスロープの強さはマチマチだ。シルバークラスからプラチナクラスに(またが)る。生け捕りにする側にはチタンクラスの強さを求められる場合がある。では、ラムサスは……最後に正解を言ってもらうから、今はいいか」


 ハハハ。


 小さな笑いが班の雰囲気を和らげる。なんとも軍人らしくないブリーフィングながら、終わり際だけは、それっぽく日付と時刻を確認する。一日の行動開始前の定形行動(ルーティーン)だ。今日は東天歴一一一二( 1112 )年の六月。国際的な意識を持つため、なんて理由付けをして、声には出さずに頭の中でだけ紅炎歴に換算する。暗算は苦手だ。ええっと五百四十……




    ◇◇    




 ブリーフィングが終了となり、私達アリステル班は隣街へ移動を開始した。


 つい数日前に来たばかりの街を後にして、次の街へ向かう。昨夜、久しぶりにゆっくりと眠ることができただけで、それまで何度も眠らずに日を(また)いだ。そのせいで本当はあの街で何日を過ごしたのか日付感覚がよく分からない。


 私達の派遣先は戦争の最前線を外れているため、眠気で少し意識が飛んだところで直ちに自分の命を失うわけではないが、いくら優しい上官であっても、設定された仮眠時間以外に転寝(うたたね)などの失態は見せられない。何らかの方法で自分の身体に強い痛みを与え、なんとか瞳が閉じないように精一杯の努力を試みることもある。


 緊張感が足りていない証だ。実際に自分に死の足音が近づいていたときは、『逃げ延びるためなら、何日でも眠らずに歩き続けることができる』なんて気がしたことさえあった。それは、疲れと異常な興奮が体にかけた幻覚だったのかもしれない。逃走中、実際は何度も眠ったのだが、睡眠の前後に眠気というものを感じなかったのは事実だ。


 今はここが私達の戦場だ。今も、この先も、死ぬまでずっと、云わば市街戦を繰り広げることになるのだ。私達は全員、軍人なのだから。




    ◇◇    




 隣街に着き、ラシードと二人一組で聞き込みを開始する。アリステルとサマンダは憲兵が調査した内容の確認だ。聞き込みについては私の役割が他の誰にも代替できないから、どう人員分けしようと私の仕事が減ることはない。


 犯行現場を目撃した市民数名の聞き取り調査を終えた後、アリステル達と合流して情報の共有を行う。


「目撃者達の証言は全員一貫していて、誰も嘘を言っていないようでした。ライカンスロープ説は信憑性を帯びてきましたね」

隻腕(せきわん)のライカンスロープ……か。人狼形態ではなく人間形態をとっていても隻腕なことには変わりない。犯人はすぐに分かりそうなものだ」


 犯人は本当に隻腕なのだろうか。()()()()()()は、嘘は見抜けても勘違いまでは見抜くことができない。過信は禁物だ。


「容疑者候補が三人挙がっている。ここからは班を分けず全員で調査に行こう」


 容疑者といっても確保されている訳ではなく、それぞれが通常の生活を送っている。一所に纏まっていないため、容疑者の下を一箇所一箇所訪ねなければならない。


 訪ねたところで容疑者達と顔を合わせる必要は無く、トゥールさんで確かめ終わるのを班長達三人はひたすら待つだけだ。


 一人は街の西の外れ、一人は東の外れ、といった具合に容疑者達はそれぞれ街の離れた場所に住んでいるせいで、散々歩いて全員を調べ終わった頃には日が暮れていた。


「今日調べた三人の中には、犯人はいませんでしたね」


 私が一日かけて調査、報告した内容をサマンダが振り返る。


「いえ、そうは言い切れません。班長、ライカンスロープというのは人狼の形態をとっているときも人間時の意識があるのでしょうか?」

「それは症例による。人間形態と一連の意識を持っている一型が主流だけど、人間時とは全く異なる別の意識……人格とでもいったらいいかな。別人格で行動し、人間に戻ったときは人狼形態のときのことを忘れているライカンスロープ二型が存在する」


 やはりそうか。ライカンスロープを疑っての調査なのだ。事前にその病気についてもっと確認しておくべきだった。班長や班員達、軍医三人と違い、私は応急手当程度の医学知識しか持っていない。知ってさえいれば、もう少しトゥールさんへの対応を変えられたものを……


「今日は活動を終了する。犯人は今まで連夜の犯行には至っていない。経験則だと今夜は大丈夫なはずだ。早めに身体を休めよう」


 班長のその一言で本日の活動は終了となり、二日連続で宿に戻り夜中は眠ることができる。そのはずだった。


 だが私の、いや私達のささやかな願いをあざ笑うかのような夜の街をつんざく叫び声が、私達に安眠を許さなかった。




 女性の叫び声で飛び起きた私は大急ぎで装備を身に着ける。サマンダは装備を完全に外しておらず、私よりも早く身支度を整えている。


 班長達と合流し、叫び声が聞こえた地点へ走ると、そこには深夜だというのに既に人(だか)りができていた。


 蝟集(いしゅう)する人間を押しのけて円の中心にたどり着くと、そこには女性と思われる人間の身体が血の海の中で横たわっていた。


「人狼だ! また人狼が出たぞ!」

「憲兵の奴らは何をやってるんだ!!」


 責任の所在を求め野次馬が騒ぐ。


 こちらを見るアリステルに対し、私は首を横に振って答える。これはライカンスロープの犯行ではない、と。




 人ごみから離れ、聞き耳を立てる者がいないことを確認し、情報を確認する。


「あれは一連の事件とは関係ない。別の者による犯行、そうだね?」

「はい。今ならライカンスロープが罪を被ってくれる、と踏んだ、普通の殺人者による犯行と思われます」


『普通の殺人者』なんて言い回しはおかしい気がするが、とにかく別人による犯行だ。


「あの見物人の中に犯人が混じっているかもしれないが……」


 居たとしても、それをトゥールさんで探し当てるのは難しい。もう少し絞り込めないと。


 それに、犯人を見つけても証拠が無ければ逮捕できない。ライカンスロープではない、となると、確たる証拠を得た上で犯人を確保するのが望ましい。


 取り敢えず無難な線として、第一目撃者の男女をトゥールさんで調査する。




 その男女は恋仲かと思ったが、夜の女性とその客、という組み合わせだった。調査の結果は二人ともシロ。通りすがりに死体を見つけただけの一般人だった。二人とも、犯行の瞬間はおろか、犯人の姿すら見ていない。これでは役に立たない。


 二人を調べている間に、大半の野次馬は方々へ散ってしまった。素人探偵でも気取っているのか、粘り強く数人だけ残っているから、そいつらだけでも調べてみるとしよう。




 期待はせずに数人を調べてみるものの、やはりその中に犯人はいなかった。時間と体力だけを無駄にした。


「全員シロです、班長」

「そうか。後は憲兵に任せて僕達は宿に戻ろう」


 ライカンスロープに便乗した不届き者が変な気を起こしさえしなければ、私達は今日もゆっくり休めたものを……


 まだ見ぬ犯人に怒りを燃やしながら、私は班員達と共に現場を後にした。




    ◇◇    




 翌朝、無言で班員の顔を確認し点呼に代え、班長からその日の指示を仰ぐ。


「ライカンスロープ二型であっても、手がかりを得られる可能性があるんだな、ラムサス?」

「はい、班長」


 私は、容疑者三人のうち二人を再訪することを班長に進言した。


 残る一人の容疑者のところに行くのは無駄骨にしかならない。誰が話を聞いたところで、あの浮浪者から得られる情報には信頼性が皆無だ。それはもちろんトゥールさんであっても、だ。


「人狼形態をとっている際の意識が無いのであれば、夢遊病のような不可解な体験に思い当たりがないか、そういう方面からアプローチしてみます」


 直属の上官であるアリステルも、トゥールさんのことは大まかにしか知らない。私でさえもその能力は完全に把握できていない。変わらぬ物を見ているのに、少しずつ見る角度が変わっているが故に変化しているように感じるだけなのか、それとも能力という名の姿形が実際に年々移ろい変わっているのか、詳細がよく分からない。とにかく手探りだ。


「じゃあ近い方から調べてみようか。ラシードとラムサスは街の西に住む容疑者(パープ)を再訪、僕とサマンダは憲兵の所にいって捜査状況を確認。犯人だと確信が得られても戦闘にならないように注意してね。正午に街の中央広場に集合だ。以上、行動を開始してくれ」


 三人全員で返事をした後、二手に分かれて行動を開始する。




「平和そうな街なのにライカンスロープがいて、殺人者がいて、物騒な所だな」

「どんなに素晴らしい場所であっても、人間が住んでいる限り、ある一定確率で殺人は起きますよ。その確率が高いか低いかの違いくらいはあるかもしれませんけれど」


 私の対応は、ラシードとサマンダ、どちらを相手にしたときに、より冷たくなってしまうだろうか。このままでは良くないと思うのだが、感情を取り繕う愛想の仮面を被るのがどうにも上手くいかない。


「ラムサスは現実的だな。でも、そこがいい所だよな」


 ラシードは口をにかっと開けてこちらを見ながら、私の背中を軽く叩いた。


 格好良く言ったつもりだろうか。確かにラシードは目鼻立ちが整っている。積極的に内面深くに触れたことはないが、性格も悪くない。


 人は追い込まれたときに本性が出る、という。そういう意味では、私達はかなりの部分まで本性を出し合っていることになる。本性に目を向けても、ラシードは信用に足る人間だ。


 ラシードだけではない。アリステル班は全員信用できる仲間達だ。それは、私のことを嫌っているサマンダも含めてだ。


 ラシードは容姿も性格も強さも、全部ポイントが高い。物語だって持っているはずなのに……


 やはり感情とは操ることの叶わない化物である。


「私だって夢見がちな部分があります」

「えっ、本当に? どんな夢?」


 ラシードは私と話すのを楽しんでいる。でも話すこと自体が目的なのであって、会話の内容など全く覚えていないのだ。アリステルが心を砕いて伝えようとする医学に関しての知識と経験だけは、かろうじて何割か覚えているようだが、男という生き物は女よりも記憶力が低いのかもしれない。


「話したくないです」

「いいじゃん、教えてよ。それとも、話したくなるシチュエーションがあるのかな」


 相手が誰であっても、どんな状況であっても言うつもりはない。何かの間違いで知られてしまったら、恥ずかしさのあまり顔から火が吹き出すかもしれない。


「絶対に秘密です」


 秘密ならば最初から言わなければいいことなのだ。それなのに、むしろラシードだからこそ、秘密があることを誇示してしまうのかもしれない。


「はあー。寛容さを持たないと、ラムサスとは付き合っていられないな」


 大げさな身振りを交えてラシードは深く溜め息を衝く。少しわざとらしい仕草も端正な容姿の人間にやらせると見れないことはない。こうやって身体を使って非言語的なコミュニケーションを取るのも、本来人間には必要な能力のはずだ。私は、それを誰に対して取ったらいいのだろう。誰になら取れるのだろう。


 少し気が沈みかけた私を無理矢理浮かび上がらせようとでもするかのように、不穏な情報が一つもたらされる。


「ラシード、静かにして」


 私の雰囲気が変わったのを察してラシードも辺りを警戒する。急に襲い掛かってくる敵を見つけたり、それに機敏に応じたりするのは私のやや不得意なところだ。


 戦闘力が然程高くない、というのも痛い。戦闘力はラシードのほうが圧倒的に高い。守り守られる関係、というのは女性の垂涎のようであり、力の足りない歯がゆさを感じるところでもある。


「危険そうな人物は?」

「ぱっと見回した感じでは、いないと思う」

「そう」


 急場の危険は無いことが分かり、口調を改める。


「では、大尉。あの部分を見張っていてください。私は班長達を呼んできます」


 街の中心から少し外れた郊外、建物の連なりが途切れ、土地に余裕が生まれ、庭や菜園が見え始める場所に、不審な箇所がある。アタリをつけた()()()()()を指さしてラシードに伝える。


「分かった。そっちも気を付けろよ」


 ラシードをその場に置き、憲兵の所にいるはずのアリステルとサマンダを探しに行く。今も詰所にいるだろうか。




 昨日訪れた憲兵詰所に行くと、果たして二人は憲兵から調査報告を確認しているところだった。


「お話し中すみません。班長、怪しい箇所を見つけました。応援をお願いします」

「それは最初のほう? それとも昨夜のほう?」

「可能性としては昨夜のほうかと」

「分かった。少し待っていてくれ」

「承知いたしました」


 班長は対応してくれていた憲兵に話をつけ、新たに憲兵一人を応援として確保した。


 アリステル、憲兵、サマンダと私の四人は、急ぎラシードの下へ戻った。




「大尉、誰か来ましたか?」


 菜園の一画を中心に周囲に警戒を払うラシードへ確認を取る。


「いや、誰も。ここのご主人と思われる人がずっと畑いじりをしているくらいのものだ。都合のいいことに、その人はあの一画に足を踏み入れなかった」


 それは何よりだ。


「班長、地主から許可を。あそこに新しく土が掘り返されている部分があります」


 全てを語らずともそれだけでアリステルは私の要求を察し、農作業に勤しむ男性の所へ憲兵を連れて歩いていく。私達は地主の許可が得られるのを待つだけだ。


「当たりだといいねー」


 サマンダの言う通り、当たっていてもらいたいところだ。しかし、結果は掘り返してみるまで分からない。子供が将来に期待して夢とともに埋めたタイムカプセルではないことは確実。それならば、()()()()()は言わない。少し心配なのは、ライカンスロープの件とも昨夜の事件とも全く違う新しい事件を掘り返してしまわないかどうか、ということだ。




「許可は取ったし、シャベルも借りてきた。早速掘り返してみよう」


 班長と憲兵が戻ってきた。やはり憲兵がいると話が早い。民間人に協力を要請する場合、軍人よりも憲兵のほうが権力としては効果的だ。


「地主さんに、ああは言いましたけど、本当に何かあるのでしょうか?」

「それを確かめるのが私達の役目です。百回掘って一回当たれば、それで報われます」


 アリステルがそれらしいことを言って憲兵の疑いの目を逸らす。百回中九十九回も外しては、いかにこの班員達といえど私を信じてくれなくなるとは思うのだが、そこは言葉の綾というものだろう。


 二本のシャベルで憲兵とラシードが土を掘り返していく。


 土はみるみる深く掘れていく。最近掘り返されたばかりとあって、土は柔らかい。ラシードが強くシャベルを踏んだところで、周りにいる私達のところまで、ガキンッ、という鈍い衝撃音が響いた。


「シャベルの先が届いたお宝は、果たして何かな……」


 ラシードは小さなスコップに持ち替え、更に慎重に掘り進めていく。スコップで埋まっていたものを崩さないように周りの土を掻き出し、埋まっていた物を土ごと掘り返す。土中から引き上げられた物の土を手で払っていくと、土の下からは鈍色の金属が顔を覗かせた。


「あれっ、これ俺の爪じゃねえの?」


 横から作業を覗き込んでいた地主が素っ頓狂な声を上げて驚いている。


「爪?」

「俺の、っていうか俺の親父の持ってた金爪だよ。もう死んで何年にもなる。まだ生きてた頃は武器を収集するのが趣味だったんだ。親父が死んだ後、俺が財産を相続したときに武器は全部売ったつもりだったんだけど、その金爪だけ売り忘れて納屋に残っててさ。錆びてて大して金にならなそうだったから、そのまま放っぽっておいたんだが、なんでこんなところにあるんだ?」


 ラシードが金爪の土を更に払っていくと、爪にべったりと付着した赤黒いものが見えてきた。


「錆びてはいたけど、こんな色だったかなあ……」


 これは錆びの色ではない。血の色だ。




 昨夜の殺人に凶器として使われたと思われる金爪は、犯行現場から離れた街外れの菜園の片隅で見つかった。地主を含め、家人全員の調査をしたが、全員シロだった。


 私の能力で分かるのはその程度のもの。私だけではない。ありとあらゆる謎を暴き真実を突き止める、といったスキルや魔道具なんてものは、世界のどこにも存在しない。だからこそ、世界中に未解決の事件がある。私達が為すべきことは、有りもしない反則的な能力を夢想することではなく、限られた手掛かりから真相に近付いて問題を解決することだ。この金爪にしたって、能力無しに憲兵が見つけることはなかったものだ。本来であれば見つからなかった手掛かりを入手したのだ。間違いなく犯人に大きく近付いている。


 犯人はこの家の納屋に金爪があることを知っている人物に限定される。更に、わざわざこの土地に犯行凶器を埋めに戻ってきていることから、地主に恨みを持っている可能性も否定できない。そういう人物に心当たりが無いか地主に尋ねてみたところ、一人の新しい容疑者が浮かび上がってきた。




  ◇◇  




 容疑者の職場を憲兵達が取り囲む。憲兵はあくまでも逃げ道を塞ぐ壁役。突入役は私達が担う手筈となっている。軍人である私達と憲兵の共同任務であり、確保計画においてこいつは一応容疑者となっているが、私達アリステル班の中では、もう容疑者ではない。昼休憩の際にこいつが建物の外に出てきたときに、トゥールさんの能力で犯人と確定済みだ。しかも、こいつは心の強い人間ではない。そっと一押ししてやるだけでいい。




 ラシードを先頭として、四人全員で犯人が働く職場へ突入する。


「全員動くな。憲兵団だ」


 ラシードが建物中に響く大きな声で名乗りを上げる。私達は憲兵ではないが、捜査の主体は憲兵であり、事実、表と脱出経路を塞いでいるのは憲兵だ。何ら嘘ではない。


 強制捜査の告知を受け、男の声とは思えない上ずった悲鳴が工房の数か所から発生する。


「工房長は誰だ」

「わ、私です」


 先ほど一番情けない声を上げた男がこの工房の長であった。見た目だけは確かに年をとっている。


「工房長、あんたを含めてこの建物の中にいるのは四人、そうだな?」

「はい、そうです」

「建物の奥にいる者は、ゆっくりと広間まで出てこい」




 建物内の全職員である四名が私達の前に並んだところでラシードが一歩だけ下がり、今度は班長であるアリステルが口を開く。


「我々は昨夜の殺人事件の調査をしている。一人一人話を聞かせてもらう。協力してもらえれば手荒な真似はしない」


 そう言って班長(アリステル)は武器を下げ、それに合わせて私達三人も武器を下ろす。


 たったそれだけで職員達の顔に少しだけ血の気が戻っていくのが見て取れる。


 安堵しているのは潔白の職員だけであり、犯人も班員達も一切緊張を緩めていない。


「では順番に建物の外に出てもらう。外で憲兵団が待っているが、怖がる必要はない。皆気のいい奴らだ。大人しく話を聞かせてもらえれば暴力が振るわれることはない。くれぐれも怪しい動きやおかしな真似はしないでくれ。では工房長、君から出てもらう」

「はい、何もしません。出ます、出ます」


 工場長は前のめりになって全力で走りだそうとする。


「ゆっくりだ。ゆっくり歩いて出て行ってくれ」

「ひいぃ」


 足元が覚束ない工房長は、まるで子供が地団太を踏みながら徐々にスライドしていくように、速度だけはゆっくりと建物の外に出て行った。恐怖故の行動だろうが、傍目にはおどけているようにしか見えない。


「よし、次は君だ」


 工房長に続いて、一人、また一人と建物の外へ出していく。三人目が出て行ったところで、まだアリステルが何も言っていないというのに四人目が建物外へ悠然と出て行こうとする。


「待て。君はここで話を聞かせてもらうぞ、ベルケン君」


 ベルケンと呼ばれたその男はその場に立ち止まると、ねっとりと絡みつくような三白眼でアリステルを()め付けた。

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